やや煙った空に幾条もの魔法が交錯する。炸裂した魔力がたくさんの火花となって輝き、耳障りな爆音が轟いた。
「このっ!」
気合を込め、振りかぶったハーケンフォームのバルディッシュを袈裟懸けに一閃。私は斬り捨てたキモチワルイ姿の魚型“冥魔”に目もくれず、グンと飛行速度を上げる。
眼下、深い森林と切り立った崖に挟まれた線路の上を八両編成の真っ白な列車──ギャラクシアンライナーが、纏わりつく怪物の群れから逃れるように疾走していた。流線型の車体には“冥魔”がつけた損傷が見受けられ、所々からもくもくと黒い噴煙が上がる姿は痛々しい。
──制空権の確保と外部の敵を引きつけるおとり役を任された私は、列車からつかず離れずの距離を保ったまま、大量の“冥魔”とのドッグファイトに挑んでいた。
「──ッ!」
背後から追走する何者かの気配を感じて、慣性制御と体捌きを駆使しし、その場で逆さまに半回転。それ──鳥型の“冥魔”、闇鳥の群れと後方に進みながら相対する。
私はあらかじめ準備していた魔法を解き放つ!
『プラズマランサー』
合成音声を合図に、斉射された雷撃の槍が数体の鳥のバケモノを貫く。その瞬間、槍型の誘導弾に付与した魔力が解き放たれて、電気を帯びた爆炎が巻き起こる。
鼻につくイオン臭に顔をしかめつつ、くるりと元の体勢に戻って視線を躍らせる。防衛目標である白い車両はずいぶん先に進んでしまっていて、私は慌てて後を追った。
“箒”としてもカテゴライズされるだけのことはあって、ギャラクシアンライナーの速度はかなりのものだ。激しい損傷がたたって機能が落ちているにしても、戦闘機動を維持したままついて行くのは一苦労。ぼやぼや“冥魔”の相手をしてたら、すぐに置いてかれてしまうだろう。気をつけなければ。
すでに、スバルたちは列車の内部に突入している。初めての実戦ですごく心配だけど、ここは任せるしかない。
空戦魔導師より、建物内など閉鎖空間での戦闘を得意とする陸戦魔導師の方が今回の任務に適していることは、子どもでもわかる簡単な図式。……それに、相手を信頼して託すこともチームワークを形成する上で大切なことだ。
私は、私に与えられた役割を全うするだけ。外から見ててヒヤリする場面が何度あっても、その度に駆けつけて手を差し伸べたくなる自分をグッと抑えた。──だって、そうしなければ、困るのは私以外の誰かだってことを知っているから。
……たとえ、心の底から気に入らない僚友と空を飛ぶことになろうとも。それはかわらない────
「く、数ばかり揃えたって!」
『フォトンランサー』
目の前を阻むように浮遊する巨大な水晶の集団に、私は八つの誘導弾をけしかけた。
光の尾を引いて、フォトンランサーが四方から水晶体に殺到する。
取った──!
そう思ったのもつかの間。水晶体の内部が不気味に発光し、金色の魔法弾は突然操られるかのようにくんっと軌道を変えて、こちらに跳ね返ってくるではないか。
「っ!?」
不可解な現象の意味がまるでわからず、愕然とした私の思考に幾ばくかの空白が生まれた。会心の一撃をいともたやすく、それも非常識な方法で無力化された衝撃は大きい。
オートプロテクション。
バルディッシュが展開した障壁と反射されたフォトンランサーを相殺して、強い衝撃を生み出す。
「ぐ、うあ……っ!」
大きく弾き飛ばされた私は、体勢を無様に崩した。
ぐるぐると回る視界に、身体を構成する結晶をいまにも撃ち出そうとする敵の姿が映る。
(しまっ──)
無情にも、水晶柱は一斉に撃ち出された。
──避けられない……!
ばさっ。なにかがはためく音がする。
上空から猛スピードで落ちてきた黒い影が、水晶を打ち砕く。次いで、巻き起こった嵐のような黒い炎の渦が“冥魔”を飲み込んだ。
次々に粉砕された結晶が黒い砂に還るのと同時に、水晶の弾丸も同じように霧散した。……私に接触する寸でのところで、だ。
「馬鹿ね、“水晶の魔”に魔力攻撃が通るわけないでしょうに。そんなことも知らないワケ?」
「……っ」
私の窮地を救った銀髪の女の子──ベルは、こちらにゆっくりと振り向くと呆れたようにため息をこぼした。
右の足先にくすぶる黒炎、風になびくポンチョ。私を見下す金色の瞳には、ハッキリとした失望の色が浮かんでいた。
し、知らなかったわけじゃないもんっ、ちょっとど忘れしただけだもん!
ちらりと視線を落とすと、ギャラクシアンライナーの速度が緩んでいるように見る。みんながうまくやったの、かな?
『こちらCP。ナイトウィザード01、応答してください』
念話を介して、聞き慣れた親友の声が届く。
「こちらナイトウィザード01、CPどうぞ」
『エルフィからの報告だけど、車両管制システムの掌握が完了したそうだから、フェイトちゃんはそのまま外部での戦闘を続けてくれる?』
やっぱり突入班がミッションを達成したみたいだ。残った慣性がなくなれば、直に停止することは間違いない。
あとはまわりの“冥魔”を一掃するだけだ。
「了解。予定どおり、残った“冥魔”の掃討に入るね」
『うん、お願い』
念話を切り上げたとき、突然ぶあっと突風が吹き荒れて周りにいた“冥魔”たちが爆発四散した。
突風の発生源、ベルは右腕を振り抜いた体勢で留まっていた。──あれはただ腕を振ったんじゃない。純粋な……だけど強烈な魔力の塊をぶつけたんだ。
「しっかし、やけに数が多いわね。鬱陶しいったらないわ」
横柄に腕を組んだポーズになって、さっきとはまた違うトーンのため息をつくベル。表情もうんざりした感じだ。
そのぼやきを受けて、私たちよりもやや上空──分厚い本を抱えた青いドレスの女性が口を開く。
「……記録によれば、これほどの“冥魔“がこの惑星に出現したのは、こちらの時間で四年前の一件以来のようですね」
「ふぅん、あれ以来、ねぇ……」
リオンの簡潔な説明に、金の瞳が妖しく光る。鋭く切れ長な瞳はまるで気まぐれな猫のようだ。
「嫌がらせかしら? 奴らのやりそうなことだけど」
「大方、“全次元銀河鉄道化計画”の妨害をしているのでしょう。……私の崇高なる計画を邪魔立てするとは大変不届きなことです。速やかに粛正せねば」
「断言してもいいわ、リオン。それだけは絶ッ対にないっ」
白けた顔でベルが言うけど、意見を否定されたリオンはすました感じで易々と受け流している。よく目にする光景だ。それにしても、相変わらず好き勝手にして……。
「…………」
まだくだらない雑談をしている二人から視線を外し、私は目の前の“敵”──この単語は好きじゃないけど、今回は別だ──に向き直る。
深く息を吐き、バルディッシュの握りをもう一度確認する。そして、エリオたちみんなの晴れの舞台──それを汚されたという幼稚な苛立ちをぶつけるために、最大戦速で“冥魔”の集団へ突貫した。
□■□■□■
戦域より数百メートルほど離れた地点。ホバリングするツインローター式輸送ヘリ型“箒”──“ブラックスター”が、集団からはぐれた数体の“冥魔”を備え付けの三十ミリ近接防御機関砲で撃ち落としていた。
特殊部隊向けに開発・改良された性能を遺憾なく発揮し、二機の回転翼を忙しなく回転させて生み出した円運動で揚力で飛来するを難なく回避していく。
『ナイトウィザード03、四号車制あ──スバルッ!』
『わっ、わわっ』
『ったく、頭下げて! ──クロスファイヤー、シュートッ!』
『……ご、ゴメン、ティア。油断してた』
『ぼさっとしないの、あんた時々ウカツなんだから。初任務で殉職とか冗談じゃないわよ?』
『ゴメンっ、ホントゴメン! この埋め合わせは必ずするから』
『ほぉ、言うじゃない。じゃあ、帰ったらスバルのおごりでケーキ食べ放題ね。それで許したげる』
『!! そんなぁ〜、私お給料日前なのに! ティアのオニ、アクマ!!』
『ふふん、なんとでも言いなさい。痛くも痒くもないわ』
『フリード、そんなザコ蹴散らして!!』
『キャロさん、僕は?』
『──え? エリオ君? エリオ君は、うーんと……てきとーに突っ込んでて』
『ええー』
『ええー、じゃないよ。だってエリオ君、それくらいしかできないじゃない』
『……ねえ、僕怒ってもいいよね? いいよね?』
『よーし、フリードっ! いっくよーっ!』
『無視されたっ!?』
開きっぱなしの回線から、突入班の動向が伝わってくる。……危なっかしいことこの上ない、いろいろな意味で。
後ろからその様子を監視している新米先生は、生まれ持ったお節介を発揮して気が気ではなく──
「ッ、陸曹、もっと寄って!」
『無茶言わないでください!』
ヘリの内部では、状況開始から幾度となく交わされたやり取りが再燃していた。
興奮気味に声を荒げるのは我らが教導官、高町なのは。そして言い返すのがこの機のパイロット、ヴァイス・グランセニックだ。
『これ以上近づけば“ヤツら”の本隊にも感づかれますよ!? 今でもギリギリなんスか、らッ!』
「っ……!」
“冥魔”の攻撃を躱した振動で激しく揺れる機内。至極真っ当な言い分に、反論できないなのはは言葉にできない悔しさを滲ませて歯噛みした。
本来彼女は、戦場において直情径行・独断専行な人物であり、決して辛抱強いとは言える質ではない。以前であれば「もういい! 私がやるっ!」とでも叫び、愛機片手にさっさと飛び出していっただろう。
しかし──
(ダメ……、こんなんじゃダメだなんだよ、私はっ……!)
過去、戦闘に熱くなるあまり犯した判断ミスが原因で、彼女は幼なじみの命を奪いかけた。「理不尽な暴力からみんなを守りたい」と考えていたなのはにとってそれは、絶対にあってはならなかったこと。
────あんたがその、“理不尽な暴力”とやらになったら世話ないじゃない。
────実力行使で邪魔者を排除するなんて、あたしたち“魔王”と一緒ね。
銀髪の魔王が言い放った皮肉は今もまだ、彼女の心を縛っている。──完膚なきまでに打ちのめされた“蠅の女王”との戦いは、なのはが初めて経験した完全なる挫折の記憶だった。
なのははシートに座ったまま、目の前に展開したモニターに映る部下たちの姿を真剣な眼差しで見つめ続ける。一瞬でも見逃すまいと、瞬きさえも忘れて。
決めたのだ。たとえ至らなくても、指揮官として部下たちを見守るのだと。
──強く握りしめた手の平からは、紅い鮮血がじわりと染み出していた。
同時刻、ミッドチルダ某所。
岩石をくり抜き、作られたと思わしき人工的な空間にぼんやりと淡い光が溢れている。光を生み出しているのは大きなディスプレイや様々な情報を映し出すモニターだ。
「フ、フハハハ、アッハハハハッ!!」
白衣を身に纏う、紫の髪の男が呵々大笑と咽を張り上げる。一見若く見えるが、年の頃はわからない。
彼の爛々と光る金色の瞳に浮かぶ狂気──、常人の理解を越えた領域に存在する精神を今捉えていたのは、大型ディスプレイに映った映像だ。
大空を縦横無尽に翔る黄金の魔導師。列車内で鉄拳を繰り出す空色の少女。屋根の上にて大立ち回りを演じる赤毛の少年。──それらは全て、なのはが見ていたものそのままだった。
「ハッ、“F”の残滓に“タイプゼロ・セカンド”──素晴らしい!!」
興奮した様子で男は叫ぶ。その背後では、同じく白衣を着た女性が淡々とコンソールを操作している。
「是非サンプルとして解剖したいなぁ。あぁ……、改造して“レリック”を埋め込むのも悪くない……!」
──随分と愉しそうじゃないか、スカリエッティ。
ナイフのように鋭く、よく通る声が洞穴内に響く。
夢想の愉悦に浸っていた男──ジェイル・スカリエッティがゆっくりと、狂喜の表情を消して振り返る。
「やあ、シャイマール」
明かりの当たらない漆黒の闇。不遜な笑みを湛えた背の高い青年が壁に背を預け、佇んでいた。