プロローグ2
時に西暦3199年。人類は、銀河系全体にその版図を広げていた。
驚くべきことに、日本という国は未だに存在していた。20世紀末に存在していた国の殆どが姿を消していたにもかかわらず、バチカン市国など僅かな国々が未だに存続していたのである。人類が太陽系を出た後は植民星の独立が相次いだため、アメリカやロシアなどの大国は早々に姿を消していき、星間国家連合が代わりに台頭していったにもかかわらずである。
国家が盛衰を繰り返す中で、日本という国は奇跡的に生き残った。単一民族による国家であること、経済力があったことなどがその理由であるといわれているが、最も大きな理由として挙げられるのが憲法第9条の存在である。日本は憲法第9条を盾にして戦争を回避し続けると共に、戦争が起きる度に戦争国に武器弾薬の部品などを売りつけて大もうけしたのだ。言わば、国家全体が死の商人になることによって生き残り、発展し続けたというわけである。
むろん、憲法第9条を厳格に守ろうなどと主張する奇特な者は、精神病院に僅かにいるだけである。宇宙に出たら、やられたらやり返すのが当たり前。そうしないと待っているのは死だからである。しかし、タテマエでは日本には軍隊はなく、自衛隊のみが存在していた。公式見解では、自衛隊の武装は最小限度であり続けた。だが実際には、なぜか〝最新鋭の武器弾薬を運搬〟していることが多く、いざ戦闘となると無敵の強さを誇っていた。最新鋭の武器を使用している割には武器の〝暴発〟が多く、先制攻撃したケースでは、すべて武器の暴発が原因と説明していた。むろん、説明する者も説明される者も、誰一人として信じてはいなかったのだが。
そんな時代に、銀河の辺境を自衛隊の汎用護衛艦が航行していた。その護衛艦には、山田孝造艦長以下約200名の乗組員と、辺境の日本領地に交代要員として向かうために同乗していた4個中隊約800名、計約1,000人の自衛隊員が乗り込んでいた。
「いやあ、早く目的地に着かないかなあ」
第313731中隊の分隊長で二曹の田中慎二20歳は、退屈な航海に飽きてきていた。そのため、暇をもてあまして同僚の山本藤次二曹20歳に話しかける。
「ほんとにそうだよな。俺も、暇で死にそうだよ」
藤次も、慎二と同様に暇な航海に飽き飽きしていたようだ。早く現地に着いて、遊びたいなどとグチを言い合う。
だがその時、何か衝撃音が聞こえたかと思うと、大きく艦が揺れた。そして、二人がいた食堂が大きく揺れ、二人は床に投げ出されそうになる。
「なっ、何が起きたんだ?」
慎二は藤次の方を見るが、藤次も何が起きたのか見当がつかないようで、首を横に振るだけだ。二人とも基本は陸戦部隊であるため、航海中の事故とは今まで無縁だったこともあり、何が起きたのかまったくわからないようだ。
「おい、一体何が起きている?」
ブリッジには、艦長の山田一佐45歳が駆け込んでいた。しかし、ブリッジ要員は何が起きているのかわからないと言う。
「ん、あれは何だ?」
誰かが、正面パネルを指す。そこには、空間に何か裂け目が生じているように見えた。
「宇宙空間に裂け目だと?そんな、ばかなことが……」
山田が唖然としている間に、艦は裂け目に吸い込まれていった。
艦が再び裂け目から出て来た場所は、元の場所ではなかった。しかも、どういうわけか艦は大破しており、航行不能な状況に陥っていた。そのうえ、艦の損傷は思った以上に酷かったようだ。
「艦長、大変です!主エンジンに異常事態発生。間もなく爆発します!」
乗組員の悲痛な報告を受けて、山田は直ちに総員退艦するよう命令する。主エンジンであるハイパー対消滅エンジンが爆発した場合、広範囲にわたって被害が及ぶからだ。一刻も早く逃げないと、生き残れないのだ。
「総員に退艦命令を伝えろ。それから、周囲の状況はどうなっているか知らせろ」
山田は、どこか一時的に退避出来る場所が見つかればと思ったのだが、どうやら不幸中の幸いというのだろうか、近くに惑星が見つかった。
「ここから3光時の距離に、地球型惑星を発見しました」
部下の報告に、山田は安堵する。3光時とは光の速さで3時間かかる距離なので、おおよそ32億4千万キロメートルになる。
「そうか、人工衛星を惑星に向けて射出しろ。全部だ。遭難信号発生機も全部だ。それらを射出後、我々も直ちに脱出する」
山田は何かの役に立つかもしれないと思い、コンテナに入ったままの人工衛星を全て射出させた。遭難信号発生機もだ。それらが無事に射出されたとの報告を聞いた山田は、最悪の事態が避けられたと胸をなでおろした。とりあえず打てる手は全て打ったし、乗組員は当分の間生き延びられることがわかったからだ。
それから自衛隊員は総員退艦し、5隻の脱出艇に分乗して近くの惑星へたどり着いた。惑星を調べたところ、幸運にも人間が居住可能な惑星であることがわかったため、1週間ほど調査した後で脱出艇は順次惑星に降り立つことになった。
調査隊としては、慎二が所属する井上亮治一尉の中隊が選ばれた。慎二達の隊は速やかに惑星に降下し、安全な場所に基地を設置する重要な任務を与えられたのだ。1週間後に基地の安全が確認されれば、順次自衛隊員が惑星に降下し、衛星軌道上に2隻の脱出艇と各々数名の要員を待機させる以外は、すべて惑星に降りて救助を待つことになったからだ。
そこで井上は、艦長から指示された場所に脱出艇を着陸させ、直ちに基地建設に取り掛かった。そこは山の中腹で、周りには何も無かった。井上はその山をくりぬいて、基地を建設するように部下に指示するとともに、数人の分隊長に偵察するよう命じた。命じられた分隊長の中に慎二も含まれていたため、慎二は分隊の中から数人の部下に加えて、上司の許可を受けたうえで友人で分隊長でもある佐藤謙介三曹20歳を引き連れて偵察任務に出た。
偵察部隊の装備は、念のためフル装備にした。外見上は、光学迷彩をかけているのでポロシャツにジーパンという姿に見えるが、実際には超高性能の超薄型パワードスーツで、重さ100トンの岩でも軽々と持ち上げられ、核兵器はもちろんのこと反物質砲の攻撃にも耐えられ、空も連続500時間以上の飛行が可能という優れものだ。自衛隊自慢の最新鋭スーツである。もちろん、他にも便利な装備が満載だ。
だが、偵察に出て1時間もしないうちに驚くべき光景が目に入った。なんと、都市の城壁らしきものを舞台にして、戦闘が繰り広げられていたのだ。城壁からは、弓矢や槍が次々と放たれていく。その弓の射手や槍の投擲手を、棍棒や槍が襲う。
「おいおい、あれってまさか?」
慎二は、謙介に話を振る。だが、振られた方も答えようがなかった。でも悲しいかな、上官命令は絶対という習慣が身に染みているので、ついつい謙介は答えてしまう。
「攻めているのは、トロールやオークじゃないですか?攻められているのは、どう見てもエルフにしか見えませんね」
この時初めて彼らは、自分達がいわゆるファンタジーの世界に来てしまったことに気がついたのである。
【登場人物】
山田孝造 一佐・・・45歳 艦長
井上亮治 一尉・・・30歳 第313731中隊の中隊長
田中慎二 二曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
山本藤次 二曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
佐藤謙介 三曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
※登場人物の設定を変更しました。