第9話 断念
慎二は、謙介と二人して頭を抱えていた。
「どうしようか、謙介?」
慎二は謙介に話を振るが、謙介はしょうがないだろうと言う。
「やっぱり、俺達だけがいい思いをするなんて駄目だってことだろう。しょうがないから、亮治さんに頼んでみろよ」
謙介は、亮治の判断を仰げと言う。慎二も、謙介の言うとおりにするしかないかと思い始めていた。
さて、一体何がおきているのかといえば、話は簡単である。慎二と謙介の分隊の者が、俺達にも良い思いをさせろと文句を言ってきているのだ。つまり、自分達も獣人の娘達を妻や婚約者にしたいと言い始めたのだ。
実は、慎二や謙介の部下達は、光学迷彩をかけて慎二達に着いてきていた。慎二達に万一のことがあった場合に、速やかに救出するためである。その任務を遂行するためには、現在と同じく都市周辺で待機する必要があり、結婚なんてとんでもないことになるのだが。
「そうだね。ダメモトで頼んでみるか」
慎二は、どうせ駄目だろうけどと呟いた。
慎二から話を聞いた亮治は、早速山田一佐に相談した。部下達の結婚を認めてもいいでしょうかと。これに対して、山田は少し考えた後で条件を付けるようにと言ってきた。
「条件ですか?一体どのような条件を付けるんですかね」
亮治は薄々山田の考えがわかってきたので、何を言うのか想像がついてはいたのだが。それでも一応聞いてみた。
「君も分かっているんだろう。軍隊の指揮が出来る娘に限るんだ」
山田は、何を今更と言う顔をして答える。その答えを聞いて、山田がどの案を採用したのか確信が持てた。専守防衛に努めることも、この惑星を武力制圧することも選択しなかったということを。山田は、おそらくはガルフ族又は友好的な種族に武器を与えて、彼らをこの惑星又はこの大陸の支配者とすることを選択したのだと。
「しかし、上手くいきますかねえ。武器だけ与えても、それでなんとかなるとは限らないでしょうに。かといって、我々が直接戦闘するわけにはいかないでしょう?」
亮治は、なし崩し的に自分達が戦争に巻き込まれるのではないかと危惧していた。もちろん、戦えば勝つに決まっている。とはいえ、隊員達も生身の人間だ。戦闘行為を繰り返すうちに、精神が病んでいく可能性が否定できない。したがって、出来るだけ戦闘に係わらないのがベストなのだが。
「それが、そうも言っていられる状況ではないのだよ。例の帝国だが、再びガイアサレムに攻め込む準備をしているらしいのだ」
山田は、偵察衛星に改修した気象衛星からの情報だと告げる。それによると、かなり大規模な攻撃になることが予想されるという。幾つかのポリスと同盟したとしても、到底持ちこたえられないというのだ。
「そうですか。それでは、戦争は避けられないと判断されたのですね」
亮治も、ガイアサレムが敵国に蹂躙されることを良しとはしない。そうなれば、自分達が撃退するか彼らが撃退するしかないことも分かっている。
「ああ、そうだ。そのための準備も進んでいる」
山田は、ここだけの話だがと言って、何を用意しているのかも教えてくれた。それを聞いて、亮治は山田の考えがある程度読めてきた。
「分かりました。こちらの方も、出来ることはしておきますよ」
亮治は、これから忙しくなりますねとこぼした。
亮治から連絡を受けた慎二は、まさか部下達の結婚が承認されるとは思わなかったので驚いた。
「亮治さん。一体何が起きているんですか?」
慎二は、何かがおかしいと思い始めていた。こうも簡単に部下達の結婚が認められるなんて、どう考えてもおかしいからだ。
「どうやら、戦争が避けられそうにないんだ。それで、軍隊の指揮官を身内で固めることにしたらしい。要は、お前達の妻や婚約者達だ。悪いが、公私共に頑張ってもらいたい」
亮治は、そういうわけでお前の婚約者にも同じ条件を付けるからと、軽く言われてしまった。そんなこと、もっと早く言ってよと文句を言いたかったが、結局言えなかった。安易に亮治を頼った自分の甘い考えが、このような事態を招いたことに気付いたからだ。とはいえ、何も言い返さないのも悔しい。
「では、戦術の基本から教えないといけませんね。それでお聞きしたいのですが、いつの時代の戦術が有効なんですかね?」
慎二は、早く婚約者に教えたいのでと付け足す。すると亮治は苦笑いした。
「お前も、平気な顔して鎌をかけるよな。まあ、いいだろう。そうだな、大体20世紀後半辺りの時代の戦術が有効なんじゃないか」
亮治は、航空戦力のことは考えなくていいと付け足す。ここまで言われれば、慎二にも推測出来る。ガルフ族に対して、20世紀後半の戦車を供与するつもりなのだと。そうなると、ガイアグネは戦車部隊の指揮官を務めることになるだろう。慎二は、当時の戦術資料を急いで集めることにした。時間が無いので、ガイアグネには不眠不休で勉強してもらうことに決めた。だがそこで、ふと疑問が浮かんだ。
「分かりました。でも、帝国が攻めて来なかったらどうするんですか?」
亮治の話は、帝国が責めてくることを前提にしていることに気付いたのだ。だが、帝国が必ず攻めて来るとは限らないと思ったのだ。慎二の問いかけに、亮治は苦笑する。
「婚約者から、何も聞いていないのか?帝国には、ガルフ族が大勢捕らえられているんだそうだ。俺達が結婚したら、俺達は『親族』を助けなければならなくなるんだぞ。お前も、『拉致被害者対策法』くらい知っているだろう?」
亮治の言葉を聞いて、慎二は恥ずかしくなって顔を赤くした。こんな重要な法律を失念していた自分が恥ずかしくなったのだ。
『拉致被害者対策法』とは、日本国民又はその家族や親族が他国に拉致された場合、武力を用いて救出することを認める法律だ。慎二の記憶では、21世紀の前半に議員立法によって成立した法律で、当時は純粋に日本国民の拉致被害者の救出を行うために成立した法律だった。しかし、実際に運用する段階になって、色々と拡大解釈されてきた法律でもある。
現在の状況に当てはめると、慎二達と結婚した相手の親族が帝国に捕らわれていた場合、自衛隊は救出の名目で戦闘を仕掛けることが可能になるのだ。ついでに敵を全滅させるということも可能になる。更に言うと、自衛隊員の妻になる娘達はわざと捕らえられて、そこを自衛隊が救い出すという謀略も可能になる。もっともこれには命の危険が付きまとうので、多用できる方法ではないだろうが。
救出した後で、帝国が黙っていればいいのだが、おそらくそうはならないだろう。一方的に叩かれて黙っているような国ならば、そもそも戦争を仕掛けることはしないからだ。自衛隊の救出作戦は、帝国に戦争を仕掛ける名目を与えることになる。そうなると、必然的に戦争に突入するだろう。
「それでは、これからも『結婚』する隊員が増えるということですね。戦争も避けられないと」
慎二は、自分達の護衛任務に色々と裏があったことにようやく気付いた。元々、自分は婚約者をもう一人増やすことを認められる予定だったのだ。自分達が良い思いをするのを見て、他の隊員達から自分達も結婚を認めろという声が出るのも織り込み済みだったのだろう。そう考えてみると、自分は亮治にいいように踊らされていたことになる。まあ、相手が亮治だからいいが、他の相手だったら快くは思わないだろう。
「ほう。ようやく気付いたか。もっとも、俺個人の希望はここで守りを固めることだったんだけどなあ」
亮治は、慎二には本音をちらっと見せた。慎二も、これが亮治の独断ではないことが分かった。それが分かれば、後は腹を決めるだけだ。
慎二は、亮治との通信を終えると謙介を呼び出した。
「なあ、謙介。重大な話があるんだ」
慎二は、亮治との会話の内容を自分の推測を交えて話した。すると、謙介の目の色が変わった。
「俺、20世紀後半の戦車って結構好きなんだよね」
謙介は、戦車に乗るエルフも萌えるなあと言い、これから妻を鍛えるぞと張り切りだした。
「でもさ、軍隊の指揮が出来る娘にしろなんて、亮治さんも無理を言うよな」
慎二が愚痴を言うと、謙介は目を丸くした。
「俺の妻は、お前の婚約者と同じで軍人だぞ。それに、バニーちゃんも軍隊に入っているのは確認済だ。こういう事態になることくらい、想定してなかったのかよ?」
慎二は、謙介に言われて苦笑した。確かに、想定しておいても良かったと思ったのだ。
「軍隊の指揮が出来る娘ねえ。どうやって見分ければいいんだろ」
慎二がため息をつくと、謙介は簡単なことだと言う。
「優秀な指揮官かどうかは関係ない。要は王族か貴族、又は軍人かどうか聞いて、軍隊で指揮できるかどうか聞けばいいんだろ。身分上軍の指揮が出来ない娘だったら、お前がなんとか話を付ければいい。問題は当人だ。戦場に行きたくないと言わなければ、とりあえずは合格じゃないのか」
謙介に言われて、慎二も自分の思い違いに気付いた。とにかく部下に命令出来て、部下が命令に従えばいいのだと。戦場では自分が協力すればいいし、最低限必要なのは戦場に行く勇気があるかどうかなのだと。
「そうなると、ワーウルフが当確かなあ。あとはワードッグかワーキャットか」
慎二は、ワーシープを泣く泣く断念することにした。