第10話 婚約
部下達は条件付きであることに難色を示したのだが、慎二は物は試しとばかりに実際に獣人の娘達とお見合いをさせてみた。すると現金なもので、彼らはお気に入りの娘が出来てすぐにでもエッチしたいと言い出した。エッチするには結婚すことが絶対条件になっているため、部下達は多少悩んではいたが、昇進すれば重婚も可能だということがわかると悩みはすぐに消えたようだ。
とはいえ、あまりにも簡単に結婚を考えてもらっては困るので、慎二と謙介で時間をかけて説明した。文化の違いによる障害を乗り越える必要があることや、相互信頼関係を決して崩してはならないこと、妻を戦場に送り込むことが確実であること、その他諸々の注意点を懇切丁寧に説明した。
しかし、お見合い相手の獣人の娘が思った以上に可愛かったためか、それとも目先の性欲解消が優先したのだろうか、殆どの隊員が獣人娘との結婚を希望したのである。今回希望しなかった隊員も、理由を聞くとエルフと結婚したいからだと言っていた。散々説明したうえでのことなので、慎二や謙介も無理に結婚を思いとどまらせようとは考えず、彼らの意思を尊重するしかなかった。
そしてお見合いやデートを重ねた結果、ワードッグとの結婚を希望する隊員が最も多かった。次いでワーキャットである。ワーウルフは気が強いところが敬遠されたらしい。ワーホースは気が荒いところ、ワーピッグは鼻が低いところが敬遠され、一組もカップルが出来なかった。ワーバニーとワーシープは人気こそ高かったのだが、戦場に出られる娘が少なく、絶対数が少ないことからカップルは殆ど出来なかった。
結果として、ワードッグ6組、ワーキャット4組、ワーウルフ2組、ワーバニー1組、ワーシープ1組のカップルが誕生したのである。これに加えて謙介がワーバニーと結婚し、慎二がワーウルフとワーキャットと婚約するのである。
慎二は婚約者を正式に決める前に、婚約者候補を呼び出した。ワーウルフのフィーネとワーキャットのトリーネである。
フィーネもトリーネも、三角の耳が頭の上にちょこんと乗っているところや、庶民の雰囲気を持つところが似ていた。ただし、フィーネの背中までかかる長い髪の色は濃い茶色で瞳は赤かったが、トリーネの肩で切り揃えられた髪の色はブルネットで左目が緑右目が青のオッドアイだった。また、ガイアグネがお姫様風美少女であるのに対して、フィーネは幼馴染の元気娘風の可愛い娘であり、トリーネは我侭な従妹風の可愛い娘だった。彼女達の前で、慎二は真剣な表情で語る。
「君たちとの婚約を決める前に、くどいようだが確認しておきたいことがある。これまで何度も話したと思うが、俺が君たちと婚約する真の理由についてだ。君たちは俺の婚約者というよりも、ガイアグネの護衛として必要なんだ。したがって、何かあれば彼女の盾となって戦って欲しい。そして普段は俺の命令に反しない限りという条件付きだが、彼女の命令に絶対服従することを約束して欲しい。もちろん、普段から彼女を色々な意味で守って欲しいんだ。これらの条件を必ず守るというのなら、俺は是非君たちを婚約者として迎えたい」
慎二は、彼女達にガイアグネの護衛として振舞うことを要求した。そうでもしないと、ガイアグネの立場がないがしろにされる恐れが高いからだ。それは、ガルフ族との関係が悪化することを意味するので、慎二としては到底受け入れられない。それを防ぐには、最初から上下関係を明確にする以外に良い方法が浮かばなかったのだ。この条件を受け入れるならば、少なくとも表面上は目の前の二人はガイアグネと仲良くしてくれる可能性がある。断られれば、残念ながら別の娘を選びなおすだけである。しかし、慎二の心配は杞憂に終わったようだ。
「承知しました。私は、ガイアグネ様をご主人様と仰いで仕えます」
「私も承知しました。同じく、ガイアグネ様をご主人様と仰いで仕えます」
二人共に、僅かの間を置いて慎二の頼みを快諾したのである。
「そうか、良かった。続いて、他にも大事なお願いがあるんだけど」
慎二は、『攻め』と『受け』も決めると告げた。慎二は常に『攻め』、ガイアグネは、フィーネとトリーネに対して『攻め』、トリーネはフィーネに対してのみ『攻め』、フィーネは常に『受け』になるというものだ。これについても、話すのが今回初めてではないこともあり、二人とも快諾した。
こうして、慎二は寂しい一人寝の夜におさらばすることとなった。
慎二達が現地住民との交流を深めている間に、山田一佐は部下達とガルフ族に対してどのような武器を供与するのか議論していた。最初のうちは武器を与えるかどうか議論をしていたのだが、この大陸──仮にイー大陸と呼ぶ──の状況がわかってくると、慎重論を唱える者はいなくなったからだ。
慎二達がいるイー大陸には、大きく分けて5つの勢力がある。ダークエルフが支配するダークナー帝国、エルフ族が支配するエルフィン王国、ブラッキーという部族が支配するブラッキール帝国、ワーウルフ族が支配するウルフガイ王国、シーエルフという部族が支配するシーサイダー共和国である。これに加えて、ポリスと呼ばれる単一部族の都市が多数点在している。
これらの勢力のうち、ダークナー帝国はエルフィン王国やシーサイダー共和国と激しく争っており、徐々にその領土を広げているという。ブラッキール帝国はダークナー帝国の友好国であり、エルフィン王国やシーサイダー共和国との関係はすこぶる悪い。ウルフガイ王国のみが中立を保っているという。
ところで、この惑星には6つの大陸があるのだが、イー大陸は主にイー種が、エルフ大陸はエルフ種のエルフ族、ダーク大陸はエルフ種のダークエルフ族、コブ大陸はコブ種、ワー大陸はワー(獣人)種、アルフ大陸はアルフ種が元々支配していたという。
では、この大陸を支配していたイー種は一体どうしているのか。彼らは元々4つの部族に分かれていたといい、ブラッキー族は今もブラッキール帝国を支配しているのだが、それ以外の部族はかなり前に国を滅ぼされたという。ブラウニー族とレッダー族はエルフィン王国やシーサイダー共和国に身を寄せたりポリスに住んだりしており、ホワイティー族に至ってはその殆どが奴隷になっているという。つまり、ダークナー帝国は、他の大陸からの侵略者だったのだ。
しかもそれだけではない。彼らは既にイー大陸の半分を支配しているうえ、コブ大陸全域とワー大陸の半分以上をも支配しているというのだ。彼らはまさに、事実上この惑星の支配者と言えるのだ。
この事実が分かってからは、山田は一度はダークエルフと組む選択肢も視野に入れた。ガルフ族には冷たいようだが、強者と組むのが世の習いだからだ。そしてダークナー帝国に偵察隊を送り込んだのだが、そこで驚くべき事実がわかった。ホワイティー族というのは、ヒト種に極めて外見が似ていたのだ。それからも慎重に調査を進め、様々な角度から検討を重ねた結果、ダークエルフが自分達と友好関係を築くのは有り得ないとの結論が出された。
それでも、出来るならば争いを避けようと何度か帝国に使者を派遣しようとしたのだが、いきなり攻撃を受けて話す間もなく逃げ帰るしかなかった。そこで当面友好関係を築くのは不可能と判断し、ガルフ族との友好関係を強化する方針が再確認されたのである。とはいえ、ダークナー帝国がガイアサレムを攻撃する準備を整えているという情報が入ったため、彼らを見捨てるわけにもいかず支援することになったのだ。
そこで問題になったのが、どのような武器を供与するかという点だ。兵力は、帝国の方が圧倒的に多い。それがなんとか今まで持ちこたえてこられたのは、城郭都市に篭って戦ってきたのと、敵の補給線が弱かったためらしい。
ところが状況は大きく変わりつつある。ガイアサレムと帝国の都市の間に、新たな都市が幾つも建設されているということが分かったのだ。それがもうすぐ完成するという。そうなると、そう遠くないうちに補給の問題が解決し、ガイアサレムのお先は真っ暗となる。で、なんとかしなければという話になりつつあったのだ。
「戦力の逐次投入は愚の骨頂。敵を一気に殲滅する兵器を与えるべきでしょう」
鼻息を荒くしているのは、謹慎が解けたばかりの真鍋一尉だ。なるべく強力な武器を与えるべきだと主張している。
「それはどうでしょうかねえ。彼らが作ることが出来るレベルの武器を与えた方がいいのでは」
別の尉官は、威力が高い兵器を与えることに慎重論を唱えている。必要以上に強力な兵器を与えてると、それがいつ自分達に牙を剥くのかわかったものではないからだという。
「それもそうだが、環境に与える影響も考えなくてはいけないのではないだろうか」
これまた別の尉官が、違う観点から意見を言う。
「そうだな。我々の技術が流れないようにもしなければな」
これまた別の尉官が技術の流出を抑えるべきだと主張する。
そんな話を繰り返すうちに、意見がなんとかまとまってきた。とりあえず、銃やそれ以上の携行武器は与えないことにしたが、例外としてスタンガンを与えることにしたのだ。これならば、万一敵の手に渡っても無効化することが可能だし、誤って味方を殺すような事態はあまり起こらないと思えるからだ。
その一方で、高性能のボウガンを与えることにした。ボウガンならば、彼らの技術でも製作が可能だと判断したからである。離れた場所から一方的に攻撃を加えられることも、ボウガンが好ましいと判断された理由である。それ以外にも、どのうような兵器を与えるのか議論が重ねられ、幾つかの兵器を提供することが決まっていった。