第11話 特命
亮治は、自衛隊抜きで帝国の侵攻を食い止めるための作戦を考えていた。ただ守るだけなら簡単なのだが、敵を押し返すことも視野に入れるとなると難易度は一気に上がる。ましてや、上官の山田は一定エリアの占領まで考えているようなのだ。そうなると、補給線の確保や後方支援のための人員まで必要になってしまう。物資の製造や運搬に関しては最悪仲間に頼るとしても、人員だけはそうはいかない。仲間の絶対数が不足しているからだ。
「駄目だ、全然足りないな……」
亮治は、人員不足というあまりの難題に頭を抱える。なんといっても、このガイアサレムにいるガルフ族は数万しかいないのだ。同盟を組んだ獣人族にしたって、合計しても40万がせいぜいだ。それなのに、帝国の標準的な都市人口は50万だという。そのうち兵士は5万以上はいるそうだ。近々完成予定の都市には、合わせて20万以上の兵力がいる計算になり、増援を考えると最悪100万を超えるだろう。
「駄目だ、話にならん」
亮治は、目の前が真っ暗になりそうだった。こちらの兵力は、女子供まで動員したとしてもせいぜい20万。それも烏合の衆なので、実際に戦場に出せるのは数万がいいとこだという報告があがっている。いくら高性能のボウガンを持たせたとしても、訓練しなければそうそう当たるものではない。せめて兵力差が倍程度ならばやりようがあるのだが、10倍を超えると数の力で押し潰されてしまうだろう。最悪の予想では30倍以上の兵力差になるのだから、自衛隊抜きでの戦いがどんなに無謀なのかは明らかなのだ。
「あら、どうしたの亮治?何を悩んでいるのかしら」
そこに、ガイアノーラがやってきた。コップと酒を持ち、一緒に飲みましょうと言う。
「まあ、いいか」
亮治は、気分転換もいいかと思い、彼女の誘いに乗ることにした。ところが、飲んでいるうちに彼女の様子がおかしくなっていった。亮治がどうしたと聞くと、彼女は急に泣き出した。
「私達、やはり滅びるしかないのかしら」
彼女は亮治が悩んでいる姿を見て、最悪の予想をしたようだ。彼女とて、敵の兵力が100万を超える可能性があること位は承知している。それに撃退に成功したとしても、次は更なる大軍で攻めてくる可能性が高いことも。
「俺と結婚すれば、少なくとも君とその妹は助かるさ」
亮治は、君だけは俺が守ってみせると言うが、彼女は首を振る。
「私は女王です。仲間を見捨てるわけにはいきません。ガイアサレムが滅びるならば、私は運命を共にしなければなりません」
そう言った後、彼女は更に涙を流す。亮治は、女の涙を見て黙っているわけにもいかず、彼女を優しく抱きしめる。
「大丈夫だ。ここも俺が守ってみせるよ」
亮治が彼女の耳元で囁くが、それでも彼女は泣いたままだった。亮治がどうしてまだ泣くのか聞くと、彼女は捕虜となっている仲間が心配だという。
「みんな、酷い目に遭っていると聞いています。それなのに、私には助ける力がありません。それが悲しいのです」
今度は、さすがになんとかするとも言えずに、亮治は彼女を優しく抱きしめるだけだった。
翌日、慎二は亮治から特命を受けた。分隊を率いて敵の都市に接近し、詳しく探れというものだった。
「そ、そんなあ……」
慎二は亮治の命令を聞いて肩を落とす。昨夜はトリーネと初めて一緒に寝て、これからの夜が楽しみでたまらなかったのに、なんという悪いタイミングで命令が出されたのかと。だが、亮治の次の言葉を聞いて胸をなでおろす。
「婚約者を連れていってもいいからな。もちろん、任務に差支えが無い範囲ではあるが、多少のお楽しみも許す」
要は、夜は婚約者と一緒に寝てもいいということだろう。
「はい、ありがとうございます」
慎二は、にこやかな顔で命令を受領した。だが、亮治との通信を終了してから、大事なことに気が付いた。ガイアグネらには、不眠不休で戦術の勉強をしてもらうはずだったことに。
「げえっ、どうしよう」
慎二は頭を抱えたが、今更どうしようもなかった。仕方ないので、勉強が間に合わなかったら裏技を使用することにした。
今回の偵察は、光学迷彩を用いて空中を移動する通常の偵察ではなくて、電動オートバイを使用して陸路を進むこととなった。空を飛べることや光学迷彩については、味方にも禁止するという方針が艦長から出されているからである。そうなると、慎二にとっていきなり難題が発生した。誰をオートバイの後ろに乗せるかと言う問題である。エルフや獣人にオートバイを運転させるわけにはいかないので、必然的に彼女達は自衛隊員の後ろに乗ることになるからだ。
気分的には、昨夜存分に一体感を味わったワーキャットのトリーネを後ろに乗せたいところなのだが、公式の場ではガイアグネを優先せざるを得ない。そこで慎二は、断腸の思いでガイアグネを後ろに乗せることにした。慎二の分隊には未婚男性が2人いたので、彼らの後ろにフィーネとトリーネは乗ることになった。彼らの身体が密着するので婚約者としては複雑な気分だったが、この程度のことで嫉妬してもしょうがないと諦めた。
「それじゃあ、トリーネとフィーネを頼むな。絶対に怪我をさせるなよ」
慎二は、部下達に苦笑しながら頼む。
「任せてください。怪我なんてさせませんよ」
「そうそう。分隊長は、安心してガイアグネさんといちゃいちゃしてください」
しかし、部下達からは安心していいのか悪いのか、ちょっと気になる返事が来た。とはいえ、今更婚約者2人を偵察メンバーから外すことは出来ないので、慎二は苦笑するのみである。
「よろしくお願いします。トリーネといいます」
「おなじくフィーネです。よろしくお願いします」
トリーネとフィーネは、慎二の部下達に笑顔であいさつをする。トリーネは、黒い皮の胸当てに同じく黒い皮のミニスカートという出で立ちだった。フィーネは、毛皮の胸当てに毛皮のミニスカートである。どうやら獣人族の女は布で肌を隠すのを嫌がるようで、このようなセクシーというか、肌の露出が多い服装の者が殆どだった。他の獣人族の女たちも、見た目は多少違っても同じような服装をしている。
「二人とも、怪我をしないように大人しくしているんだぞ」
慎二はそう言いながら、二人にヘルメットを渡す。
トリーネのヘルメットの表面は皮で覆われており、フィーネのそれは毛皮で覆われていて、服と一体感あるコーディネートがされている。もっともヘルメットとはいっても、現代のバイクのヘルメットのような形状ではなくて、頭の上の方だけ隠す一見簡単な構造に見えるものである。しかし、実際にはかなり高性能のヘルメットであり、通信機能等便利な機能も備わっている。ちなみに服装も同様で、自衛隊員の妻や婚約者の服には、パワードスーツにも匹敵する防御性能がある。そのため、高速走行中に振り落とされても、よほどのことが無い限り怪我はしないはずなのだ。
慎二は二人の婚約者から離れると、ガイアグネの方に向かった。エルフ女は獣人族と違って肌の露出はやや控えめで、ワンピースを着ることが多い。彼女もその例に漏れず、緑のノースリーブのワンピースという出で立ちだった。ちなみにワンピースには2種類あり、『ディードリットタイプ』と『ティファニアタイプ』がある。いずれも謙介がデザインしたもので名前の由来は不明だが、『ディードリットタイプ』はハイネックで腰に皮ベルトを巻くのが特徴だ。加えて、胸当てと肩当てとマントを加えることによって、戦闘時にも使うことができる。ガイアグネが着ているのはこのタイプだった。
一方『ティファニアタイプ』は、首から紐を吊るした先に輪っかを通しそこから更に布を集めて吊るすため、肩と背中が大きく露出するのが特徴だ。腰には布ベルトを巻いて結び、スカートに当たる部分にはスリットがある。どちらかというと胸の大きい女向けの服装だ。謙介いわく、妊婦でも布ベルトを緩めれば着ることが出来て、出産後も紐を外せば母乳を与えるのに便利だという。ただ、どう見ても後ろから手を回して胸を揉むのに便利なデザインとしか見えないのだが。もちろん、謙介の妻はこのタイプの服を着ている。ちなみに、両方にセパレートタイプがあって、一部の獣人やエルフが着ていたりする。
「どうだ、ヘルメットの調子は?」
慎二はオートバイに跨りながら、ガイアグネに優しく声をかけた。
「はい、まあまあです。慣れれば、なんてことないですね」
最初のうちはヘルメットの装着に苦労していた彼女だったが、どうやら何度か付け外しの練習をするうちに慣れたようだ。
「そうか、それは良かった。じゃあ、そろそろ出発するから、しっかりつかまってくれ」
慎二が頼むと、彼女は慎二にぎゅうっとしがみつく。すると柔らかくて気持ちいい感触が2つ、慎二の背中に当たる。思わず頬が緩んでしまう慎二だったが、約2名の部下も同じ思いをしていることに気付くと複雑な気分になる。
「おい、謙介。俺達はこれから出発する。お互い、上手くいくといいな」
慎二は謙介に通信を入れると、部下達に合図をして出発した。そうして、慎二に続いて10台のオートバイが続く。その場には、慎二とは別の場所への偵察を命令された謙介の分隊が残る。謙介は、藤次の分隊がやって来てからガイアサレムを出発することになっていたので、今は待機している。藤次の分隊は、30分もしないうちに到着することになっている。
「ねえ、ケンちゃん。これって、どうやって動いているの?」
謙介の妻は、オートバイがどうして動くのか不思議に思っているようだった。
「それはね、魔法で動いているんだよ」
謙介は、心ならずも妻に嘘をついた。技術流出を防ぐという理由で、電気のことは魔法と言い換えることが決定していたからだ。オートバイは電動だから、魔動オートバイというわけだ。動力源は、魔力電池となる。
「へえ、凄いのね」
謙介の妻は、しきりに感心していた。