第13話 潜入
トリーネは、フィーネと組んで都市に入った。都市に入る前は無事に入れるのか戦々恐々だった彼女達だが、すんなり入り込めたので拍子抜けしていた。戦地で戦っている兄弟に会いに行く途中だという言い訳が、すんなりと通ったのだから驚きだ。まさかここまで警戒が緩いとは思わなかったのだ。
「なんかこう、もっと厳しい詮索を受けるのかと思っていたのにね」
トリーネは、運が良かったねと素直に喜んでいる。自分達の正体が露見して、何か怖い目に遭うかもしれないと恐れていたから、無事に第一関門を潜り抜けた喜びは大きい。
「そうかしら。私はいっそのこと、騒ぎが起きれば面白いかなあって思っているわ」
対するフィーネは、ちょっぴり物足りない様子。勇敢なのか無謀なのか。おそらく後者だろう。
「しっかし、ここってホワイティーが多いよね。本当にダークエルフの支配する都市なのかなあ。そのうえ、エルフの方がダークエルフより多いよね。いったい、どういうことなんだろうね」
しばらく歩くうちに、トリーネはおかしなことに気が付いた。都市の住人を大勢見たのだが、奴隷であるはずのホワイティーがやけに多かったからだ。それに対して、支配階級であるはずのダークエルフの姿は少ない。本当にダークナー帝国の都市なのかと、疑問に思えるのだ。だが、フィーネは更におかしなことに気が付いた。
「ねえ、私は夢でも見ているのかしら。エルフがオークと腕を組んで歩いているわ」
フィーネの視線の先には、オークに腕を絡ませて歩いているエルフ娘の姿があった。それがどう見ても、恋人同士が歩いているようにしか見えないのだ。オークやトロールを見下しているエルフが、奴らを恋人にするなんて信じがたいのだが、目に見えることを信じないわけにはいかなかった。
「こんなこと、ガルフ族に言っても信じてもらえないよね。それどころか、嘘をつくなって怒られそうだね。まあ、無理も無いか。実際に見ている私が信じられないんだからね」
トリーネは、もっと詳しく調べる必要がありそうだねと呟いた。
「いやあ、参ったな。こりゃあ、一から情報収集をやり直さないといけないか」
亮治は、慎二や謙介から送られてきた情報を見て頭を抱えていた。慎二と謙介は、アオカンをすると他の娘達には思わせておいて──まあ、事実アオカンもしたのだが──偵察虫を昨晩のうちに都市内に放っていたのだ。亮治は、そこからこれまでの予想とはかなり異なる情報を得ていた。
「このぶんだと、かなり厳しい戦いになりそうですね」
亮治の傍に座っている横山真琴三尉も、亮治と同じ考えのようだ。彼は慎二達の小隊長で、最後の分隊と共に今朝到着したところだった。これで亮治の中隊のうち、1個小隊の戦力がガイアサレム付近に展開していることになる。
「うーん、しかし本当に苦しくなるな。女王様の話では、敵の都市を直接攻撃できれば、虐げられた市民の叛乱が期待できるっていうことだったんだがな」
亮治は、婚約者からの話を鵜呑みにしていたわけではないが、それでも内心では大いに期待していた。ところがこれまで集めた情報によると、敵都市における市民の生活レベルは思った以上に高く、帝国の統治に特に不満が高まっているような状況ではないらしいのだ。むしろ一部の市民は、帝国の統治が繁栄をもたらしていると歓迎し、積極的に帝国の統治を支持しているように見えるのだ。
奴隷で惨めな生活をしていると言われていたホワイティーについても、衣食住については最低限のレベルは満たしていた。なにより、彼らの中に餓死者や物乞いなどが一切見られないのには驚かされた。しかも一部のホワイティーは、平均的な獣人よりも生活レベルが高いように見えるのだ。どう見ても虐待されているとは思えない。
数は少なかったが、ダークエルフと同じ学校に通うホワイティーすら確認された。ホワイティーの子供を可愛がっているダークエルフもいたし、調査対象のうち殆ど全てのダークエルフの屋敷で、ホワイティーが住み込みで働いていることが確認された。だがその中に、虐待を受けているホワイティーの実例は全く見つからなかったのだ。
一見すると──それが真実の可能性も高いのだが──金持ちのダークエルフが、貧しいホワイティーを執事やメイドとして養っていて、彼らの衣食住を保障しているようにも見える。少なくとも屋敷内で暮らすホワイティーは、例外なくダークエルフに敬意を払っていたし、陰口を叩くような者も見つからなかったのだ。
「虐待されているはずのホワイティーが見つからないんですからね。ホワイティーは、完全に統治体制の中に組み込まれているようです。これでは、彼らの叛乱は望めないでしょう」
横山は、目論見が完全に狂ったと頭を抱える。日頃の不満が爆発すれば叛乱に繋がるのだが、その不満を抱いていなければ叛乱など起きるはずもない。これまでの情報を分析した結果、帝国の都市を攻めた場合、ホワイティーや獣人の離反や寝返りは期待できないとの結論が出た。
それどころか帝国の都市を攻略した場合、帝国に忠実な市民──要はガルフ族にとっての叛乱分子──を抱えることになるので、ガルフ族の統治に大きな支障が出かねない。下手をすると、レジスタンスに悩まされ続けることになるだろう。
統治に苦労するとなると、当然ながら少なくない兵力を都市に常駐させる必要が生じ、敵の拠点を落とすごとに大幅に戦力ダウンすることになる。そうなると、いつまで経っても戦力的に苦しい不利な状況が続くのだ。この手詰まりの状況を打開するには、徹底的に敵を調べ上げて敵の弱点を探すしかないように思えてくる。それには、現状の1個小隊の人数ではとてもじゃないが足りないだろう。
亮治は、以上のような結論を頭の中で出していた。
「しょうがない。もう一人小隊長を呼ぶか。おい、横山。お前は誰がいいと思う?」
亮治は横山に質問の形をしたが、実際には答えが分かっていて聞いた。
「そうですね。木下なんていかがでしょうか」
横山は、親友の木下茂三尉を推した。
「じゃあ、お前の言うとおりにするか」
亮治は、更に1個小隊の派遣を要請することにした。
トイアークは、標準的な帝国の都市であるならば、50万の人口を擁する都市であるはずだった。そのためか、平均的な獣人族の都市よりも10倍は大きかった。3階建ての大きな家が建ち並び、大通りには人通りが絶えず、商店は大いに賑わっている。港には数十隻の船が停泊し、商人の往来も多い。
それに加えて多いのが、兵士の往来である。激戦地であると伝え聞くスラフェスボ海峡は、トイアークから200kmほど東に向かったところにあるのだが、どうやらそこに向かう兵士の中継地又は後方支援拠点となっているようなのだ。
「なんかさあ、殆どの商店はホワイティーのおばさんが仕切っているみたいだよね。みんな結構生き生きとした顔をしてたし、痩せすぎているようなこともないし、酷い目に遭わされているようには見えなかったよね」
トリーネは、自分達が言い聞かされてきたことが、果たして本当だったのだろうかと疑問を抱く。往来を歩く人々は明るい笑顔の人が多く、ホワイティーが過半数を占めるとはいえ、雑多な種族が一見平和に暮らしているように見えたのだ。
家族連れや一見カップル見える男女が、通りを笑いながら歩いている。時折通る馬車には、ダークエルフが乗っていることが多かったが、そこには必ずといっていいほどホワイティーが付き従っていた。ぱっと見ではあるが、彼らの関係は主人と奴隷というよりも、主人と召使という感じがした。
カップルにしても、同じ種族同士よりもむしろ異なる種族同士であることが多く、傍目には仲睦まじく見えるのだ。金髪碧眼のエルフ娘が、コボルトやトロール、オークなどと腕を組んで歩いている姿も良く見かけた。
獣人にしても、獣人同士のカップルで歩いていたり、ホワイティーと連れ立って歩いている姿も多く見かける。当たり前のことだが、カップルは良く笑っている。人目につかない場所では、キスをしていることも多い。ことカップルに関しては、トリーネやフィーネにとっては、自分達の生まれ育ったポリスとなんら変わらない光景の連続だった。
「今のところは、都市が大きくて人が多くて、雑多な種族が暮らしているところを除けば、私のポリスと変わらないわ」
フィーネも、予想外の光景に驚いているようだった。彼女のポリスでは、男は兵役に就くか農作業などの力仕事をして働いている。女は商売をしたり内職をすることが多い。トイアークの光景は、種族こそ違えど彼女の生まれ育ったポリスとあまり変わらなかった。
「私もそう思う。ただ、種族によって職が分かれているようね。兵役に就いているのはコボルトやトロール、オークが多いのかしら。ホワイティーは農作業や商売といったところね」
そこまで言って、彼女はなにやら違和感を覚えた。大勢のカップルが、ある方向へと向かっていたのだ。
トリーネとフィーネは、カップルの後を追っていったのだが、そこで驚くべき光景を目にした。巨大なダークエルフ戦士の彫像がある広間で、大勢のカップルがその彫像を囲んで踊っていたのだ。男が後ろから女の腰に自分の腰を押し付けて、一緒に腰を振る不思議な踊りだ。
ある男は巻きつけられた布の上から女の腰を掴み、ある男は上半身を密着させて胸当ての下にある女の胸を直に掴み、ある男は後ろに伸ばした女の手を握りながら、腰を前後や上下左右に振っていた。男は皆歓喜の表情を浮かべていたが、それは女も同じだった。
「なんだか、いやらしい踊りだわ」
フィーネは首を傾げるが、トリーネは顔を真っ赤にしていた。彼女は、これがただの踊りではないことに気付いていたからだ。なぜなら、昨夜自分が慎二と同じことをしていたからだ。
「なあに。アンタ達、驚いちゃって。もしかして余所の土地から来たの?」
そこに、一人のワーキャットらしき獣人娘がやって来た。娘の質問に、二人は頷く。
「ええ、戦地で戦っている兄弟に会いに行くところだわ」
それを聞いて、さぞかし驚いただろうと娘は笑う。
「それじゃあ、気持ちは分かるだろ。あいつら、男は皆兵士なんだよ。それでね、ここで太陽が一番高い時に妻や恋人に精を放てば、また妻や恋人と生きて再び会えるっていう言い伝えがあるのさ」
獣人娘の言葉を聞いて、フィーネの顔は真っ赤になった。ようやく彼らがナニをしているのかわかったからだ。
結構修正しました。