第17話 戦車連隊
トイアークの偵察からガイサレムに戻ったばかりの慎二の元に、暗い顔をしたガイアノーラがやって来た。
「──慎二様。妹が不始末をしでかしてしまい、大変申し訳ありませんでしたっ!」
彼女は、慎二に会うなり頭を床にこすり付けるようにして謝りだした。
「ちょ、ちょっと顔を上げてください。なにも、そこまでしなくても」
慎二は、大慌てでやめてくださいと頼む。仮にもガイア族の女王である彼女に、こんな真似をさせるわけにはいかないからだ。加えて彼女は、上司である亮治の婚約者でもあるのだ。
「いいえ。慎二様に許してもらうまでは、この頭を上げる訳にはいきません」
だが慎二がいくら頼んでも、彼女は頑として頭を上げない。妹を許してくれるまではと。慎二は、ほとほと困ってしまい、止む無く今回は折れることにした。
「分かりました。ガイアノーラ様の頼みであれば、むげにはいたしません。ですが、ガイアグネには行動を自重するよう、きつく言い聞かせてくれませんか」
慎二が条件付でガイアグネを許すと言うと、ガイアノーラは涙を流して喜んだ。そして、慎二の手を握り締めて何度も礼を言うのだ。慎二は、苦笑するしかなかった。
慎二は、ガイアノーラと別れると、亮治のもとへと向かった。慎二は亮治に会うと、深く頭を下げた。
「亮治さん、すみません。重大な命令違反をしていまいました。どのような処分も覚悟しています」
仮想敵国への無断侵入は、重大な内規違反である。隊員の軽率な行動が、戦争勃発に直結しかねないのだから、罰もかなり重いのだ。だから慎二は、最悪の事態も考えていたのだが、亮治は笑って顔を上げろと言う。
「まあ、今回は大目にみよう。捕らわれた婚約者を救うため、ということにしておいてやる。ガイアノーラからの口添えもあるし。ただし、その分働いてもらうからな」
どうやら、ガイアノーラから亮治に話がすぐに通じていたようだ。慎二は、結局はガイアグネを許すしかなかったことに、今更ながら気付く。それならば、早めに許すと言っておいて良かったようだ。だが、亮治の最後の言葉は聞き捨てなら無い。
「働くって、一体なにをすればいいんですか?」
慎二が恐る恐る聞くと、亮治はとんでもないことを言い出した。
「これから戦車連隊を作ってもらう。指揮官はガイアグネだ。お前は謙介と一緒に、連隊の編成を仕切れ。1か月後には実戦だから、そのつもりでな」
亮治は、ガイア族と獣人族で近代的な装備の軍隊を編成すると言う。そんなこと、はっきり言って無茶苦茶なのだが、中隊長命令とあれば従うしかない。
「冗談ですよね?」
思わず慎二は聞いてしまったが、亮治は首を振る。
「無理難題であることは、承知のうえだ。だが、これ位の無理をしないと、いずれ彼女達は滅んでしまう。それでいいのか?」
亮治の言葉に、いいとは言えない。慎二達が無事にこの惑星を出て任地へと向かった後、もしもガイアサレムが陥落すれば、ガルフ族は皆殺しになる可能性が高い。仮に生き延びたとしても、トイアークで見かけたエルフのように、コボルトやオーク共の妻にされてしまうだろう。ガイアグネが奴らの妻にされるなんて事態は、慎二にとっても許しがたかった。
「わかりました。最善を尽くします」
慎二は、あまりの難題に気が遠くなりそうになったが、なんとか気力を振り絞って返事をすることが出来た。
慎二は、早速謙介を呼んで対応策を協議した。すると、憂鬱な表情の慎二とは対照的に、謙介は小躍りしそうなほど喜んでいた。
「やったぜ、慎二。自衛隊初の国産戦車である61式戦車が、千年の時を超えて初めて実戦に投入されるんだぞ。男のロマンを感じるぜ。こんな歴史的瞬間に立ち会えるなんて、俺って本当に幸せだよな」
謙介は、61式戦車や60式装甲車のうんちくを得意げに語ろうとするが、慎二はお願いだからやめてくれと頼んだ。
「これからどういう編成をするのか考えなければいけないんだぞ。時間は無いし、人員もいないし、無い無い尽くしだ。よくまあ、そんなに暢気にしていられるよな」
慎二は、急いでどのような編成をするのか検討しようと言うが、謙介は俺に任せて欲しいと言う。
「実は、既にプランは考えているんだ。20世紀自衛隊の、唯一の機甲師団である第7師団。その隷下の機甲科連隊である第71戦車連隊をモデルに、俺なりに改良を加えたんだ。いいから、話だけでも聞いてくれよ」
謙介の話を、慎二は藁にも縋る気持ちで聞くことにした。謙介の考えたプランが、使えることを祈りながら。
「ああ、わかった。とにかく聞いてみよう」
慎二が頷くと、謙介は資料を慎二に渡して嬉々として喋りだす。
名前は51戦車連隊とし、5個中隊編成とする。61式戦車10両と60式装甲車10台を擁するアグネ中隊に加えて、同じく戦車10両を擁する第1中隊から第4中隊という編成だ。各中隊には、戦車に加えて騎兵隊を配置する。
アグネ中隊の指揮官は、連隊指揮官と同じくガイアグネ。第1中隊は謙介の妻イオナ、第2中隊はトリーネ、第3中隊は謙介の婚約者サリナ、第4中隊はフィーネが指揮官となる。アグネ中隊以外の各中隊は、およそ80人の兵士で構成され、180人のアグネ中隊と合わせて500人の兵士からなるというものだ。
「どうだい、慎二。なかなかのもんだろう。これだけの部隊が揃えば、ダークナー帝国なんて怖くないさ」
えへん、と自慢げに胸を張る謙介。だが、確かに悪くない編成案だ。短時間でまとめたにしては良く出来ている、少なくとも慎二にはそう思える出来だった。
「うん、思った以上にいいかもしれないな。ありがとう謙介。これなら、このまま修正無しで使えそうだね」
慎二は、謙介が歴史ヲタクであることを思い出すと共に、ほっとしていた。
次に慎二は、各中隊の指揮官予定者を急いで呼び出した。慎二は謙介に命じて、彼女達に連隊結成の件を説明させた。
「えーっ、私が500人からの兵士の指揮官?」
ガイアグネは、目を白黒させた。他のみんなも、慌てふためいた。
「明日には、ガイアノーラ女王から正式に命令が下されるから。それから、作戦開始は1か月後。ここから西の方で現在建設中のラッカウム、ナムア、アジジャ、アバダムの4つの都市を同時に攻めて、攻略する。この作戦に失敗したら、ガルフ族や周辺の獣人族は滅ぶかもしれないから、それこそ命がけで臨むようにね」
慎二は軽い調子で言うが、その内容は衝撃的だったらしい。しばらくの間、彼女達は口を大きく開けたまま固まってしまったからだ。しかし、慎二は謙介に説明を続けろと言う。
「ガイアグネは、ガルフ族の兵士を180人集めてほしい。他の者は、同族を中心に80人集めてくれ。時間は無いから、とにかく今日中に集めて欲しい。明日からは、早速訓練を開始するから、いいね」
謙介が一喝すると、彼女達は慌ててその場を去った。
「彼女達、うまくやるかな」
慎二が心配そうに呟くと、謙介はなるようにしかならないと言う。
「でもさ、ガイアグネの配下は少なくとも100人はいるんだろ?みんな平等にあと80人じゃないか。1日あれば、なんとかなるさ」
謙介は、わりと楽観的だった。だが、慎二も今回は謙介を見習うことにした。自分達一族の命運が懸かっているとなれば、彼らもなんとかするだろうと。
慎二は、ガイアグネ達が兵士集めをしている間に、謙介と一緒に亮治に対して連隊編成の中間報告をした。報告を聞いた亮治は、笑顔で頷く。
「4つの都市を攻撃するのに、4個中隊。予備兵力として1個中隊か。戦車と騎兵の組み合わせなら、機動力も申し分無い。うん、なかなかいいぞ」
亮治は、後は訓練次第だなと言う。もっとも、それが一番の難題であるのだが。
「それよりも、これで終わりっていうわけじゃないんですよね?今後の予定を聞きたいんですが」
謙介は、中長期的な目標は何かと亮治に聞く。すると亮治は、ガイア半島の回復が最終目標だと答える。要は、千年前にガイア族が支配していた土地を取り戻すというのだ。
「それって、あまりにも無謀では?ガルフ族は、たった5万人しかいないんですよね。トイアークだけでもダークエルフが2万人はいますから、ガイア半島全体ではおそらく50万人は超えますよ。彼らの1割の人数では、都市を攻略した後が続かないのでは?」
慎二には、亮治の目標があまりにも無謀に思えた。ダークエルフに従順な種族を支配するには、ガルフ族の数があまりにも少ないと思えるからだ。
「まあ、その辺は俺にも考えがある。確かにお前の言うとおりかもしれないんだが、俺の勘はなんとかなりそうだと言っているんでな」
亮治は、今はとにかく連隊を戦えるように仕上げることだと言って、その場はお開きになった。だが、亮治が去った後、慎二は重大なことに気が付いた。
「やばい。今日は、フィーネと初めて一緒に寝る夜だったのに……」
こんな状況ではお預けを食らうだろうなと、慎二はがっくりと肩を落とした。