第1話 同盟
「これって、まるでファンタジーの世界じゃないか?」
慎二は、目の前で繰り広げられている戦闘を見て目を丸くする。想像上の存在であると思われたエルフ、トロールそれにオークが目の前で戦っているのだ。人類以外の知的生命体──いわゆる異星人──を見たことがない慎二が驚くのも、無理はないだろう。
「で、どうしましょうか?とりあえず、報告だけして基地に戻りましょうか?」
謙介は、撤退を進言する。まあ、妥当な判断だろう。普通の自衛官ならば、謙介の進言通りにしただろう。しかし、慎二は少し変わった人間だった。
「いや、エルフに味方しよう。エルフを助ければ、エルフの美少女をお持ち帰り出来るかもしれないじゃないか。こんな千載一遇のチャンスを逃すことはないだろう?」
慎二は、にやりと笑う。既にエルフを助けると決めているようだ。まあ、普通に考えればトロールやオークを助けようなんて奇特な人間はいないだろう。もっとも、外見で人?を判断するのは危険なような気がするのだが。まあ、それは人それぞれということだろうか。
「それって、本気で言ってます?」
謙介は、僅かに目を細めて言う。慎二の発言は、冗談にしては少しきつい。プライベートで言うのは構わないが、仕事中に言うにはあまりにも不謹慎であると謙介の目は語っていた。
「もちろん、半分は冗談さ。だがな、モンスターに攻められて困っている人を見捨てるのは、人としていかがなものかと思うけどな。それに、話を聞くなら、トロールよりもエルフの方がいいだろう。助けて恩を売っておけば、何か貴重な情報が得られるかもしれないし」
慎二は、情報収集をするのには、エルフを助ける方が都合がいいだろうと言う。謙介も、トロールらは犯罪者集団か強盗団の類かなにかだろうと思っていたので、慎二の判断に異を唱えることまではしなかった。
「で、具体的にどうするんですか?」
謙介は、とりあえず慎二の考えを聞くことにした。本心では面倒だからとっとと基地に戻りたいとも思うのだが、慎二の言うことも一応理屈が通っているし、エルフの美少女のおこぼれが自分に回ってくるかもしれないという下世話な期待感もあったため、とりあえず反対するのはやめようと思い直したのが真相だったりする。
「なあに、話は簡単さ」
慎二は、大量の医療キットを至急持ってくるようにと基地に要請した後、得意そうに作戦を話す。
それによると、エルフに対しては最初に負傷者の救助を行い、その後で停戦を提案する。トロールやオークに対しては、停戦又は攻撃中止のみ提案する。トロールらから攻撃を受けた時点で、作戦を変更してトロールらを撃退する。エルフからは攻撃を受けても反撃はしないで、粘り強く交渉するというものだった。
「あのー、それってもしかして……」
謙介は、なにか嫌な予感がした。しかも、それは当たっていた。
「そうだ。もちろんお前がやるんだよ、トロール達との交渉は」
慎二は、おいしいところを謙介に譲る気は無いようだ。謙介は、がっくりとうなだれながら、命令に従うしかなかった。
慎二は、謙介をトロール達のところへ送り出した後、部下の一人を城壁に向かわせ、残る一人と共にエルフの都市らしきものの中に入り込む。光学迷彩を使って姿を消すと共に、超高性能の偵察機である偵察虫をばら撒く。偵察虫は蚊を模したもので、あらゆる場所に潜り込んであますところなく偵察対象の情報を集めるのだ。その高性能さゆえに、盗撮に使われることが多いとの悪評もあるのだが。
「さあて、エルフの美少女はどこにいるのかな?」
慎二は、上空から都市内を見渡しながら呟く。すると、宮殿らしき大きな建物が目に付いたので、ダメモトで降りていくことにした。そうしたらそれが大当たりで、大広間には魅惑的な大人の女エルフと、10人近いエルフが何かを言い合っているようだった。
慎二はすぐに翻訳機のスイッチを入れたが、翻訳に必要な情報を得るのに10分ほどかかってしまった。翻訳が開始されてから話の内容を聞いてみたところ、玉砕するか篭城を続けるか、議論していることがわかった。慎二は、頃合を見て光学迷彩を切り替え、エルフに見えるようにした。すると、一人の女エルフが近寄ってきた。
女エルフは流れるような美しい金髪で、眼はエメラルドグリーン。スタイルはモデル並みに良く、胸は豊かで少なくともDカップ以上。服は眼に合わせたのか鮮やかなエメラルドグリーンで裾が長いドレス。どことなく高貴な雰囲気を漂わせ、凛とした威厳も併せ持つ、気品を感じさせる女だった。やっぱりというかとがったエルフ耳をしており、モデルをやっていけるほどの美人だ。
「どうしてホワイティーがここにいる?お前は何者か」
女エルフは、驚いた顔をして聞く。慎二は、『ホワイティー』が何を指すのかわからなかったので、それには触れなかった。
「私は、あなた方を助けに来ました。負傷者がいるのなら、見せてください。もしかしたら、お役に立てるかもしれません」
慎二はていねいな口調で言ったのだが、周りの者が怪しい奴とかスパイではないかと騒ぎ出した。しかし、それを女エルフが制した。
「お前は、医者なのか?本当に負傷者を助けられるのか?」
女エルフは、慎二を見定めるような目で見つめる。
「ええ、多分。でも自信は無いので、最初は死んで間もない人を治療させてください」
うまくいけば、10人に一人は助けられるかもしれませんと慎二が言うと、エルフ達は胡散臭い目で睨んだ。だが女エルフは違った。少し考える素振りを見せると、慎二の手を掴んで急ぎ足で大広間を出た。
「うわっ。これは思ったよりも酷いな」
慎二は、女エルフに連れられた場所で顔をしかめた。そこには、多くの死臭を放つエルフが横たわり、大勢のエルフが死体にすがって泣き喚いていた。エルフの死体は原形をとどめている方がむしろ少なく、多くは手足がちぎれたり身体の一部が欠損していた。
「どうだ?助けられそうな者はいるか?」
女エルフの質問に、慎二は難しいと答えるしかなかった。
「この中で、一人助けられるかどうか。でも、やるだけやってみますよ」
慎二は、死体にすがって泣くエルフにどいてもらい、軍用医療スティックを手にした。怪我人の首筋に当ててれば、そこからナノマシンを注入し、殆どの怪我や病気を治すという優れものなのだ。しかし、人間以外に通用するのかどうかは試してみないと分からない。慎二は祈るような気持ちでエルフの首筋にスティックを当てて、ナノマシンをエルフの身体に注入していく。身体に欠損があれば、エルフに手助けを頼みながらなるべく先にくっつけてから。
作業自体は、30分ほどで終わった。エルフの死者は100人ほどいたのだが、首筋にスティックを当ててスイッチを押すだけなので、作業にそう時間はかからなかったのだ。
「うわあっ!」
その作業が終わって慎二が一息つこうと思った頃、エルフの悲鳴があがった。何事かと思って振り向くと、動き始めた死体があったのだ。どうやら、一人は治療に成功したようだ。それに気づいた慎二は、ほっとしてため息をついた。しかし、事態はそこで止まらなかった。殆どの死体が動き始めたのである。一人でも助けられればと思っていた慎二にとっては、嬉しい誤算である。
「ありがとうございますっ!」
一人のエルフが泣きながら慎二に礼を言うと、他のエルフ達も涙を流しながら口々に礼を言い出した。慎二は内心では驚きながらも、次の交渉を切り出すことにした。
「皆さんの代表者の方はいますか。折り入って話があるので、案内して欲しいのですが」
慎二が聞くと、さきほどの女エルフが歩み寄ってきた。
「私がこのポリスの代表者になります。ガルフ族の女王、ガイアノーラです。あなたのご好意に感謝いたします」
ガイアノーラと名乗った女エルフは、そう言って頭を下げる。口調もさっきとまったく違う。慎二は、内心大当たりかもと思う。それから場所を変えて二人きりになって、努めて平静に提案を持ちかけた。
「実は、急ぎ提案したいことがあります。我々と同盟を組みませんか?そのために、あなた方に色々と協力を頂きたいのです」
慎二は、自分達と同盟を組めば、今攻めてきている敵を追い払うと提案した。その対価については、後で協議すると。
「私達に、奴隷になれと言うのでしょう。命令には絶対服従しろと。違いますか?」
彼女は、少し厳しい顔をして慎二を見た。慎二は、彼女が何か誤解をしていることに気付いたが、否定してもかえって疑われるだろうと思い、彼女に疑われるに任せようと考えた。
「まあ、否定はしません。少なくとも、我々が助けた人に関してはですが」
慎二が答えると、彼女は意外そうな顔をする。
「このポリス全員という訳ではないと?」
ここで慎二は、中隊長から通信が入ったことに気付いた。通信文を見て苦笑しながらも、彼女に条件を言う。
「ええ、そうです。ただし、あなたは別です。我々の代表と結婚していただきたいのです。ただ、結婚といっても名目的なことで、事実上は奴隷だと思ってもらってかまいません」
慎二は、ここまで言って冷や汗を流す。ついうっかり口を滑らしてしまい、とんでもないことを口走ってしまったと後悔したのだが後の祭り。ここで断られたら全てがおしまいだから、慎二は内心では冷や汗たらたらである。
「では、断ったならばどうするつもりですか」
彼女は、透き通るような眼で慎二を見つめる。慎二は、こんな美女が中隊長の玩具になるなんて嫌だなあと思いながらも、上官命令に従って答えを返す。
「今後、あなた方に対する援助は一切行いません。また、我々は新たな同盟者を探すことにします」
「では、このポリスをあなた方が支配すると言うのですか」
「いいえ。ただし、我々の居場所を用意していただくことになります」
「では、このポリスの代表者は私のままでいいと言うのですか」
「はい。我々にとって、このポリスの支配者は変わらない方がいいのです」
慎二はそこまで言って彼女の反応を見た。彼女はしばし眉間にしわを寄せて逡巡していたが、拳を強く握ったかと思うと凛とした声で言う。
「わかりました。あなた方の条件は全て飲みます。あなた方と同盟いたしましょう」
慎二は、その言葉を聞いて安堵する。
「では、ここに署名をお願いします」
慎二は、同盟の条件が書かれた紙を差し出し、そこに署名するようにお願いした。彼女が署名すると、部下に通信を送って状況を確認した。すると、返ってきた答えは……
「交渉は、最初から決裂しました。現在、佐藤三曹は、敵の攻撃から逃げ回っています。もうすぐ捕まるかもしれません。以上」
事態は、慎二の思ったとおりに運んでいた。
「では、女王様。これから敵を蹴散らしてご覧にいれます。ご一緒していただけますか?」
慎二の提案に、ガイアノーラはしっかりと頷くのだった。