第19話 初陣前夜
最近、謙介が難しい顔をすることが多くなったので、慎二は見かねて声をかけた。何を悩んでいるのか俺に相談して欲しいと。すると謙介の悩みとは、エルフ娘や獣人娘にどんな戦闘服を着せようかというものだというのだ。
「いやあ、参ったよ。獣人娘達に防刃繊維の戦闘服を着せようとしたら、暑苦しいっていうんで試着もせずに断られちゃったんだよ。でもな、いくらなんでも水着並みの今の格好じゃあまずいだろ。だから、少しでも防御力が高い服を着せようとしているんだ。色々調べたら、昔のコスプレが結構感じが良くてな、ビキニアーマーなんていいかなあって思っていたんだ」
謙介が言うには、『レイナ』という千年以上も前のアニメキャラのビキニアーマーがいいという。しかし、彼女達からの反応は良くなかったそうだ。試着する者すらいなかったという。
「ふうん、どんな感じなんだ?」
慎二が試作品を見ると、すぐに理由がわかった。身体の前面をカバーするアーマー自体も金属製だが、なおかつ膝上までの長い金属製ブーツを履くタイプだったからだ。見るからにすごく暑苦しそうだ。他にもっといいのは無いのかと聞くと、謙介は画像データを幾つか見せてくれた。
「この、『アレイン』というキャラもいいと思うんだけどな。ただ、今一つなんだよなあ」
謙介に言われて見てみると、基本は緑のビキニの上下だったので、これだけだったら涼しそうだ。だが、それに加えて手足の8割近くを隠している緑の長いブーツと長い籠手があるのが暑そうであまりよくない。これに赤いマントと帽子が加わるので、余計に悪い。見た目はとても可愛くていいのだが、防御力に不安を感じる。透明な素材でカバーする方法もあるが、今度は着替えが面倒になるという欠点を抱えてしまう。
他にもエルフの画像データを見せてもらったところ、『ティファニア』というのが謙介の嫁に良く似ていた。胸は画像データの方が大きかったが、謙介の嫁もそれなりに大きい。『ディードリット』は、ガイアノーラを少し幼くしたような感じだが、どことなく似ていた。
『アレイン』は、ガイアグネによく似ていた。ただし、髪や瞳の色と胸以外だが。『ノワ』は、貧乳だけがガイアグネに似ていた。ガイアグネの貧乳を思い出して、ちょっとため息をつく慎二。同じガルフ族でも、謙介の嫁とはあまりにも違いすぎた。エルフ以外の画像データも探してみると、『賢狼ホロ』というのがフィーネに結構似ていた。トリーネに似ている画像データを探したところ、残念ながら見付からなかった。
いつの間にか熱心に画像データをあさっていたのだが、そのうちに慎二はふと我に返った。そして思う。彼女らの服装は、どう見てもビジュアル重視で実用的ではない。普段はコスプレでも構わないが、戦闘時はさすがに勘弁して欲しいと。慎二は、謙介に釘を刺すことにした。
「普通に迷彩服でいいんじゃないかなあ。うん、そうしよう。それで決まり」
慎二は、実用性第一で考えると迷彩服でいいと謙介に言う。ヘルメットを被れば、トロールが打ち下ろす棍棒にある程度は耐えられるし、暑苦しいというのであれば、素材を工夫すればいいからだ。だが、謙介は納得しない様子。
「お、男のロマンが……」
謙介はなおも抵抗するが、男のロマンよりは人命の方が大事である。慎二は、戦闘時は迷彩服とヘルメット着用を義務付けることを決定した。あとで、ガイアグネを通じて全軍に命令を伝えさせれば、おそらく徹底されるだろう。
亮治はのんびりしていたかというと、そんなことは無かった。戦争の準備でガイアノーラと打ち合わせることが、盛りだくさんだったからだ。敵の人数にもよるが、戦車連隊だけで4つの都市を同時に占領するなんてかなり難易度が高いので、かなりの準備が必要なのだ。
そこで、既に1,500人規模の普通科連隊を立ち上げていた。第11普通科連隊である。将来的には機械化歩兵で編成する予定だが、現時点では馬車で移動する歩兵部隊となっている。貧弱な装備なので、本格的な戦闘には到底耐えられそうにないが、使い方次第では有効に活用できると思って亮治が編成することを決めたのだ。この連隊は、慎二の部下の妻達が率いている。ワーウルフを中心とした部隊で、6個中隊編成だ。1個中隊の人数は、250人となっている。亮治は、他にも幾つかの連隊を編成した。
「ねえ、亮治。本当に私達は勝てるのかしら?」
準備の合間に、ガイノーラはふと不安を漏らす。兵力としては2千を用意したのだが、敵の兵力が読みきれないうえに、戦車連隊が迎え撃つのは基本的に都市に向かってくる兵力で、都市内の兵力に対しては万全とは思えなかったからだ。
都市内の敵兵力は確かに少ないだろうが、工事を行っている者達が戦力にならないという保証はない。都市に向かっている兵力にしたって、あまりにも多ければ討ちもらす可能性はあるし、その場合は更に都市占領が困難になるからだ。普通科連隊は装備も悪く貧弱であるため、一般市民相手なら戦力になるが、兵士相手だとまともに戦えないような有様である。
「まあ、そんなに心配するな。俺も対策は考えているよ」
亮治は、そんな心配をするよりも、1台でも馬車を多く集めて欲しいと言う。それに、1本でも多い矢を作って欲しいと。
「ええ、わかっています。言われた通りに矢は作っています。ワー族の各ポリスも、最優先で取り組んでもらっています。ですが、果たしてあれだけの矢が本当に必要なのでしょうか」
ガイアノーラは、亮治からの注文があまりにも多いので、本当にそれだけの量が必要なのか信じられなかったのだ。
「まあ、とにかく俺の言うとおりにしろ。俺だって、奴らがどれだけの兵士を送り込んで来るのかわからないんだ。どれだけの矢が必要かなんて、正直わからないさ。だがな、矢は敵兵士の数の倍以上は最低でも必要だぞ。その敵兵士の数が、最大で100万と考えられるんだ。大いに越したことはないだろ?」
亮治が笑って言うと、ガイアグネも納得せざるを得ない。100万の兵士がいきなり来ることは有り得ないだろうが、あの戦車を見た敵がどう判断するのか、見当もつかないからだ。そうなると、確かに多ければ多いほうがいいだろう。ガイアグネはこの話は打ち切って、別の難題について話し合うことにした。
訓練が始まって1か月近く経った頃、亮治のもとに藤次の分隊から帝国に動きがあるとの知らせが来た。周辺の幾つもの都市から、例の4都市に殖民するためと思われる大規模な馬車隊が出発したというのだ。3方向から向かっており、4都市に到着するのはおよそ1週間後だという。
総数はおよそ5万。そのうち兵士は歩兵のみで1万ほどだという。思ったよりも数が少ない。どうやら敵は、逐次入植をするつもりらしい。亮治にとっては好都合だ。そうなると、単純な兵力比は5対1となる。これならば、2千の騎兵隊でもなんとか勝てるだろうという兵力差だ。戦車連隊があることを考えれば、よほどの失敗がなければ間違いなく勝てると亮治は思ったが、それを口に出すことはなかった。
亮治は、敵の総数が5万以上であること、最悪の場合味方の被害が5割以上になると見込まれることから、出撃までに悔いのない日々を過ごすようにとガイアノーラを通じて兵士達に伝えることにした。そのため、殆どの既婚兵士が子作りに励むこととなり、未婚の兵士には結婚ラッシュが訪れた。
念のため、亮治はワーキャットを中心に編成した第5特殊偵察隊を使って、様々な工作活動の準備を行った。更にワーシープ、ワーバニー、ワーピッグを中心に編成した、500人規模の第5後方支援連隊に、補給物資の準備や戦いに勝利した後の輸送の準備をさせた。戦いに勝っても、その後の対応に失敗したら勝利の意味が半減する。亮治は、既に戦いに勝利した後の準備を進めていたのである。
結婚ラッシュを見たトリーネは、トイアークの経験を元に噂を流した。エルフの剣士像がある広場で、月が見える夜に男女の交わりを行った兵士は、必ず戦から生きて帰ることが出来るという噂だ。この噂は一気に広まって、件の広場は一気に栗の花に似た匂いで満ちることになった。もちろん、トリーネもちゃっかりこの噂を利用した。
「ねえ、慎二様。とっても気になる噂があるんですけど」
そう言って、毎晩慎二を広場に連れていったのである。
トリーネの巧妙な作戦を横目で見ていたフィーネも、対抗して慎二に掛け合った。出撃前夜のことである。
「慎二様。私も生きて帰りたいと思います。ですから、是非ともお情けを頂きたいのですが……」
実はフィーネは、未だに慎二と男女の関係になっていなかった。そこで泣き落としに近い方法で迫ったのだ。だが、慎二には通じなかった。慎二には、明日のために準備しておくことが山ほどあったからだ。
「大丈夫だよ。絶対に勝つし、間違いなく生きて帰ることが出来るから」
慎二は、勝利の宴の後にしようねと言って断った。負ける要素がない戦いであるし、加えてフィーネは、防御力なら慎二と同程度の服を着ることになっているからだ。仮に連隊が全員死亡しても、自衛隊員の妻だけは無事帰還出来るような配慮がされていたのだ。
「──そうですか。そこまで慎二様がおっしゃるのなら……」
フィーネは、狼耳がしおれるほどがっかりしたが、勝利の宴の後に必ずという慎二の言葉を信じて、泣く泣く引き下がることにした。