第20話 初勝利
夜明けの少し前。ガイアサレム中心部にある広場に、50両の戦車と10台の装甲車が整列していた。装甲車の後ろには、騎兵隊が整列している。広場の周りは、これから出撃する兵士の家族や友人などで埋め尽くされている。第51戦車連隊の兵士達は、既に全員車両に乗り込んでおり、出撃の合図を待っている。
そこに、ガルフ族女王のガイアノーラが現れた。彼女は先頭の戦車の前に立つと、砲塔上部のハッチから上半身を出している連隊指揮官のガイアグネに向かって、戦勝祈願の言葉を唱える。ガイアグネは目を閉じて静かに姉の言葉を聞くが、姉の言葉が終わると同時にカッと目を見開く。
ガイアグネは他の兵士と同様に迷彩服を着用していたが、彼女を含む中隊指揮官のみベレー帽を被っている。そのベレー帽から、彼女の金色に輝くさらさらの髪が溢れて、背中まで届いている。きりりと引き締まった細い眉と強い意志が篭った鋭い緑色の眼光が、彼女の美しさを一層際立たせている。彼女はしゃんと背筋を伸ばし、右手を頭上に掲げていったん止める。そして数秒後、一気に右手を下ろして前方を指し示し、高らかに宣言する。
「第51戦車連隊、出撃する!」
彼女の言葉と同時に、彼女の乗る戦車が音を立てて前進する。彼女の戦車に、他の戦車も続けて発進していく。アグネ中隊の戦車が全て発進すると、その後を装甲車が追う。アグネ中隊の後に続くのは、第1中隊の戦車10両。中隊長は謙介の妻イオナである。それにトリーネの指揮する第2中隊、謙介の婚約者サリナ率いる第3中隊、フィーネ率いる第4中隊が続く。そして最後尾を騎兵隊が中隊順に進む。
その堂々たる進軍の有様を、ガルフ族や獣人族は期待を不安が入り混じった表情で見つめている。恋人を泣きながら見送るエルフの娘。夫や父の活躍を祈る獣人の母と子。息子の無事を静かに祈るエルフの母。そこには、人の数だけドラマがあるのだろう。ともあれ、第51戦車連隊の初陣が、今ここに始まったのである。
慎二と謙介は、ラッカウム付近に設置した臨時『休憩所』で、最終確認に追われていた。
「どうだ、謙介。戦車連隊の様子は?」
慎二の質問に、謙介は明るく答える。ただし作戦行動中なので、上官にタメ口はきかない。
「はい、万事順調です。今のところ、計画通りに進んでいます。先行していた第11普通科連隊に、そろそろ追い付くところです。現在、ダエッド湖の南を進んでいます」
謙介によると、戦車がコースアウトしたり作戦タイムからオーバーした場合には、自動的に補正するシステムになっているというのだが、今のところ補正が行われた形跡はないという。つまり、計画通りに作戦行動が行われているというのだ。今後の作戦を実行する上で、明るいニュースではある。
「あちらさんも、今のところ野営地から動く気配はないや。連隊の動きは、察知されていないようだし。敵さんには、超常能力を使う者はいないみたいだ。うん、いい傾向だよ」
慎二は、敵に得体の知れない術を使う者がいるのではないかと警戒している。もしもそのような者がいた場合、手厳しい反撃を食らう恐れがあるからだ。
「で、敵の総数は変わりませんか?」
謙介に聞かれて、慎二は肯定する。
「アジジャの北に1万で、ラッカウムの西に4万。うん、変わっていないよ。ただ、クヴァナ方面から来た部隊とクサミッド方面から来た部隊が、既に合流しているみたいだね」
慎二によると、クサミッド方面から来た部隊は山越えルートを避けて西へ大回りし、ナーシスの東10kmの地点で合流していたという。
「はてさて。敵さんが合流したことは、吉と出るか凶と出るか、どちらでしょうね?」
もちろん、吉がいいんですけどねと謙介は呟いた。
慎二から連絡を受けたガイアグネは、全軍に無線で作戦概要を伝えようとしていた。
「栄光あるガルフ同盟軍の諸君。これから我々は、敵集団に待ち伏せ攻撃を仕掛ける。ラッカウムの西にいる敵に当たるのは、我がアグネ中隊、トリーネ中隊、そしてフィーネ中隊である。アジジャの北にいる敵に当たるのは、イオナ中隊とサリナ中隊である。敵集団を蹴散らした後、ラッカウム、ナムア、アジジャ、アバダムの4つの都市を同時に攻めて、一気に攻略する。作戦概要は以上だ。我々の未来は、この戦いにかかっている。諸君の健闘を祈る」
彼女は、言い終わると同時に各中隊長宛に暗号通信を送り、細かい作戦内容を伝えた。その作業が終わると、彼女は大きく息を吐いた。普段は強がっている彼女とて、この作戦の重大さに緊張しているのだ。必ず勝てると慎二に言われているが、それを額面通りに受け取って安穏としていられるはずが無かった。
「ガイアグネ様、少しは肩の力を抜いてください。今の状態では、敵と戦う頃には疲れてしまいますよ」
彼女は、副官から少し楽にして欲しいと言われて苦笑する。自分が緊張していては、部下にもそれが伝染し、あまり良い結果は招かないであろうからだ。
「悪いな。お前達には、いつも苦労をかけて」
彼女は、部下達に緊張してすまないと謝る。今ここに彼女が無事でいられるのは、ここにいる部下達のおかげでもあるからだ。特にここにいる副官のおかげで、彼女は隻腕にならずにすんだのだ。
もちろん彼女が助かったのは、直接には彼女が愛する慎二のおかげだ。だが、彼女の副官や部下達が、命を捨ててまで彼女や彼女の腕を無事にガイアサレムへと送り届けてくれなければ、今ここに彼女はいないはずなのだ。
「何を言っているんですか、ガイアグネ様。我々は、命ある限りあなたに従いますよ」
副官の言葉に、その場にいた2人の部下たちも強く頷いた。それを聞いたガイアグネは、思わずうれし泣きしそうになった。
ガイアグネの姉、ガイアノーラは、震えながら亮治を後ろから抱きしめていた。
「おいおい、あんまり邪魔はしないでくれよ。気持ちはわかるがな」
亮治はそう言いながら、優しく彼女の髪をなでる。
「すみません。妹のことが心配で。何しろ妹は、一度死んでいますから」
彼女は、今にも泣きそうな表情だ。亮治は、そんな彼女がとても可愛いと感じる。
「少なくとも、戦車連隊の中隊長は、部隊が全滅しても生きて帰ってくるさ。仮に自殺したとしても、生き返らせてみせる。そう言えば安心かな?それにな、俺には秘策があるのさ」
亮治が彼女にキスすると、彼女は消え入りそうな声で、ありがとうございますと礼を言った。
ラッカウムの西、約15kmの地点でガイアグネの部隊は待ち伏せをしていた。
「ガイアグネ様、敵の姿が見えてきました」
副官が、どうやら敵部隊の姿を目視したようだ。そうなると、攻撃の時間は間近に迫っていることになる。戦車の中を、緊張が支配する。すると、そこに慎二から通信が入った。
「アグネ連隊長、聞こえますか。作戦に変更が生じました。実は、私もさきほど聞いたばかりなのですが、この辺りには罠が仕掛けてあるそうです。その罠が失敗したら、作戦に変更はありません。ただし、罠が成功すれば、別の作戦に移行します。以上」
慎二からの通信は、あまりにも急で要領を得なかったが、慎二の指示に従うという約束をしていたガイアグネには、他に選択肢は無かった。彼女は、直ちに全軍に対して、作戦の一時中断を指示する。
そして待つこと10分。敵集団の周囲でいきなり白い煙が噴出し、敵集団は煙で見えなくなってしまった。そして、その煙が消えた後には、敵の集団からは動くものが消えていた。馬さえも、倒れ伏していた。
「こ、これは一体……」
ガイアグネが驚いていると、慎二から通信が入った。
「どうやら、罠が成功したようです。敵は、全て眠らされています。速やかに敵兵士を武装解除したうえで、拘束してください。その後は、ダークエルフ、獣人の順に拘束し、可能であれば全員拘束してください。ただし、敵には一切危害を加えないでください。以上」
慎二の通信が終わると、しばらくガイアグネは呆けていたが、ふと我に返った。
「全軍、直ちに敵を拘束せよ」
彼女は、フィーネの部隊とトリーネの部隊を敵の最後尾に向かわせ、装甲車の部隊を敵の中間地点に向かわせた。それ以外は、慎二の命令を殆どそのまま全軍に伝えたのである。幸いなことに、敵を全員拘束するまで誰も目を覚まさなかった。
その後、4都市の攻略もあっけなく終わった。敵に扮した部隊が堂々と都市に進入し、催眠ガスを用いた罠の発動後一気に制圧したからである。罠にかからなかった者も僅かにいたのだが、敵に扮した獣人族の部隊に簡単に騙されてしまい、全て捕らえることが出来た。こうして、敵味方共に一人の死者も出さずに戦闘は終了した。捕虜は、種族別に分けて拘束した。捕虜の処遇を決めるのは、明日以降になる。
こうして、第51戦車連隊の初陣は、意外な形であっけなく終わった。だが、どんな形にせよ勝利は勝利である。その日の晩、主に戦利品の酒と肴で、第51戦車連隊と第11普通科連隊の兵士達は、4つの都市に分かれて祝宴を開いたのである。
【主要戦力】ガルフ同盟軍
第51戦車連隊 連隊長ガイアグネ 500人 エルフ、ワーウルフ中心
アグネ中隊 中隊長ガイアグネ 180人 戦車10両+装甲車10台+騎兵隊40
第1中隊 中隊長イオナ 80人 戦車10両+騎兵隊40
第2中隊 中隊長トリーネ 80人 戦車10両+騎兵隊40
第3中隊 中隊長サリナ 80人 戦車10両+騎兵隊40
第4中隊 中隊長フィーネ 80人 戦車10両+騎兵隊40
第11普通科連隊 1500人
第1中隊~第6中隊 各250人 ワーウルフ、ワードッグ中心
第5後方支援連隊 500人 ワーシープ、ワーバニー、ワーピッグ中心
第5特殊偵察隊 ?人 ワーキャット