第21話 遷都
亮治は、ガイアノーラを根気良く説得していた。
「ダークエルフは、皆殺しにすべきです!」
仲間の仇であるダークエルフは、一人たりとも生かしてはおけないと彼女は目を吊り上げて感情的に言う。女はオークやトロールに死ぬまでレイプさせ、その後で男ともども八つ裂きにすべきだと。綺麗な顔して怖いこと言うなあと思いつつ、亮治は懸命になだめすかし、彼らは利用価値が高いことから生かして活用すべきだと主張した。
「もしも捕らえられたガルフ族が生きていれば、救えるかもしれない。彼らを殺したら、それも難しくなるんだが」
これが決め手になって、ようやくガイアノーラは亮治の説得に応じた。
「仲間を救えるかもしれないのですね?」
彼女は、歯を食いしばっていた。唇からは血も滲んでいる。よほどダークエルフが憎いのだろう。彼らを殺さないという決断をするだけなのに、エメラルドグリーンの瞳には怒りの炎が渦巻き、拳を強く握り締めてもいる。美人が台無しである。そんな彼女に、亮治は更に受け入れがたい提案をする。
「ああ、そうだ。それと、一つ提案がある。ナムアにガルフ族を移住させるんだ。近いうちに、ガルフ軍の司令部をラッカウムに置く。これからは政治の中心地はナムア、軍事の中心地はラッカウム、経済の中心地はアバダムとしたいんだが。捕虜はアジジャに集めて、アバダムとの間の土地を農地にして働いてもらう。ダエッド湖の南も農地にすれば、必要な食料が生産出来るだろう」
亮治の提案を聞いて、彼女は真っ青になった。
「ここを捨てるというのですか?」
彼女の質問に、亮治は首を振る。
「いや、違う。ここは、万一の時のための避難所にしたいんだ。現状では、ここを落とされたらおしまいだからな」
亮治は、それではガルフ族はいつ滅ぼされるかわからないと続ける。ガルフ族の滅亡を防ぐには、分散して住んでいた方がいいと。ガイアノーラはしばらく苦悩の表情を浮かべていたが、亮治の真剣な表情を見て心を決めたようだ。
「わかりました。亮治様がそうおっしゃるのなら、従いましょう」
彼女はそう言って、亮治に抱きついて口付けた。こうして、ガイアサレムの首都機能は、ナムアに移転することが決まったのである。
一方、戦勝気分に浸っていたガルフ軍だが、困ったことが起きていた。種族ごとに分けて捕虜を拘束していたのだが、ダークエルフはもちろんのこと、他の種族もガルフ軍に加わろうとはしなかったのだ。捕虜は皆、ダークナー帝国に忠誠を誓うと言って、ガルフ軍の指図には一切従わないことを意思表明した。
これを聞いたガイアグネは、信じられないと言って驚いた。彼女達ガルフ族にしてみれば、自分達は悪逆非道なダークエルフからイー種や獣人種を『解放』したのであり、感謝感激されると信じて疑っていなかったのだ。
もちろん、トイアークを偵察した獣人娘達は、やっぱりそうだろうなという表情をしていたが、あえて口に出すことはしなかった。ガルフ族の不興を買う恐れがあるからだ。獣人娘達の目から見ても、帝国内の獣人種は優遇されているので、仲間に引き入れるのは到底無理だろうと思っていた。彼女達自身も、帝国で生まれたかったと思ったほどだから。
ホワイティーにしても、生活レベルは自分達よりも数段良かったことから、仲間にするのは難しいかもしれないと思っていた。その点はきっちり報告したはずなのに、今更何を言うのかと思ったくらいだ。
「ケンちゃん。みんなダークナー帝国から縁が切れるっていうのに、あんまり喜んでいないよ。一体どうしたんだろうね、おかしいよね?」
イオナもガルフ族であるためか、ガイアグネらと同じ考えだったらしい。
「なあに、そのうちわかってくれるよ。だから、お前は心配しなくていいからな」
謙介は、妻を安心させるために少し嘘をついた。亮治も謙介も、こうなることは想定内であり、一応対策も立ててあったのだ。もっとも、あまり良い方法ではなかったのだが。
捕虜対策を実行する役目は、慎二とトリーネに回ってきた。ガイアグネとイオナは適任ではないと判断され、サリナとフィーネは昨夜初体験だったので無理。というわけで、消去法で決まったのだ。
「みなさんが協力してくれませんと、ガルフ族は捕虜のダークエルフを皆殺しにすると言っています。それでも良いのでしょうか?」
慎二は、ホワイティーに半ば脅しに近い呼びかけをした。ダークエルフに忠誠を誓っているならば、彼らが人質になると思われたからだ。すると、しばらく騒がしくなったのだが、一人の老婆が立ち上がると静かになった。
「私達のご主人様を、どうか助けてください」
老婆は、思い詰めたような表情で言う。慎二は内心で胸をなでおろしたが、ポーカーフェイスで交渉し、なんとかホワイティーの半分近くの協力を取り付けた。ただし、ダークエルフ1人につき1人以上のホワイティーを、彼らの世話係として傍に付けるという条件を突きつけられた。
これに対して、慎二は15歳未満の子供達を彼らから引き離すという交換条件を付けた。交渉は難航したが、最終的に彼らはこれを飲んだ。だが慎二は、ホワイティーの様子になんだか違和感を感じた。
それからは、残りのホワイティーとの交渉はわりとすんなりいった。ダークエルフ以外を主人とする者達に対して、主人を害すると言って協力を取り付けることが出来たからだ。こうして、慎二は交渉によって、殆どのホワイティーの協力を取り付けた。
慎二の次は、トリーネの出番だった。同じ獣人種に対して、トリーネはダークナー帝国を見限るよう説得を始めたのだ。
「ダークナー帝国は、我々が必ずガイア半島から追い出します。その時、あなた方に帰る場所はあるんでしょうね?」
トリーネは、獣人代表のワーウルフにそう啖呵を切った。これに対して、彼は大笑いした。
「帝国に勝つだって?冗談にしては面白い。ワーキャット風情が何を言う」
そして、なおも笑い続ける。これには、トリーネがキレた。彼女は、凶悪な輝きを放つオッドアイの瞳を彼に向ける。
「じゃあ、賭けをしましょうか?私とあなたが戦って、あなたが勝ったら逃がしてあげるわね。でも、私が勝ったら言うことを聞いてもらうわ」
トリーネは、お互いに武器は自由でいいわよね、そう言って微笑んだ。
無論、結果はトリーネの勝ちだ。パワードスーツと同じ防御力を誇る服を着ているのだから、敵の攻撃なんて一切通じない。隠し持ったスタンガンで、相手を一発で黙らせて終わりだ。あまりのあっけなさに、獣人族はしばらく静まり返ってしまったほどだ。
無茶な注文も出せたはずなのだが、トリーネはしばらくの間は様子を見ると言い、農作業だけは行うようにという条件だけを相手に飲ませた。帝国軍の惨敗を見せつければ、本当の意味で仲間に出来るのではないかと考えたからだ。だから、帝国軍と戦うまでは態度を保留にしていいということにしたのだ。
これらの交渉の結果、千人弱のダークエルフと1万人のコブ種は、アジジャの一角に監禁されることとなった。3千人弱の獣人族と千人強のホブ種も、アジジャの一角で種族ごとにエリアを区切られて住むこととなった。これに加えて、5千人のホワイティーが主人の世話をする。ホワイティーの子供8千人は、ナムアに住むこととなり、他のホワイティー2万人2千人はアバダムに住む。
これに加えて、アジジャにはフィーネ中隊80人と普通科連隊の2個中隊500人が駐留することになった。アバダムにはトリーネ中隊80人と普通科連隊の1個中隊250人、残りがラッカウムである。
ナムアへ移住するガルフ族は、ガイアサレムの6割を超える。アバダムに移住する者や軍人も合わせると、8割を超える者がガイアサレムから姿を消すことになる。
獣人については、とりあえず1割ほどがナムアに移住することになった。それでも40万の1割なので、4万になる。これにガルフ族3万2千、ホワイティーの子供8千人を加えると、8万人という規模になる。普通に行えばかなり大規模な移動になるのだが、解決手段は既に用意してあった。リニアカーである。
実は、秘密裏にリニアカー用のチューブをダエッド湖で造っており、昨夜のうちにチューブをトラクタービームで運んで設置しておいたのだ。現在では、『ガイアサレム→ダエッド湖→ナムア→ラッカウム→アジジャ→ダエッド湖→ガイアサレム』のルートで2路線、逆周りで2路線が設置されていた。これとは別に、ガイアサレムと獣人のポリスとの間でも、同様に4路線が設置されていた。これを利用すれば、引越しはかなり楽になるだろう。
「なんですって!ガイアサレムからナムアに5分で行けるんですって!」
慎二から話を聞いたガイアグネは、目が飛び出すかと思えるほど目を見開いて驚いた。戦車隊が2時間かかった距離を、たった5分で行けるなどとは、直ぐには信じられないのも無理はない。もっとも5分というのは現在に限ったもので、実際に通常運転を開始した場合は各駅停車になるため、乗り換え時間などが余計にかかるのではあるが。
「ああ、本当だよ。これで、引越しも楽になる。ガイアサレムにも、すぐに戻れるしね」
そう言いながらも、慎二は内心で苦笑していた。リニアカーの設置などとは、ちょっとやり過ぎではないかと。だが、彼女は感激しているようだった。
「凄いわ。さすがは慎二様」
ガイアグネは、慎二に尊敬の眼差しを向けていた。慎二は、お前人の話を聞いていないだろと、思わずツッコミそうになった。
ともあれ、リニアカーの設置によって、遷都は順調に行われる見込みである。既に、初日から100家族が引越しをしたのだが、家が大きくなったと言って皆喜んでいた。
だが、喜んでばかりいられない者も多かった。慎二もその一人である。慎二は、トリーネとフィーネの家族に挟まれて住むことになってしまった。そのうえ、ガイアグネとその妹と同居することになったのである。更には、ホワイティーの子供を預かることも決定していたのだ。