第24話 機甲師団
ガイアグネの妹であるガイアスタは、慎二のお菓子作戦が成功したことや、慎二の大事な棒がおもちゃ代わりにされたこともあって、ホワイティーの子供達と次第に仲良くなっていった。そこで見た目によらず活発な彼女は、ホワイティーの子供達を引き連れて、外で遊び回るようになった。
「おや、ガイアスタか?」
今日もガイアスタが外で子供達と一緒に遊んでいると、そこに謙介が現れた。イオナや彼女の家に住んでいるホワイティーの子供達も一緒だ。
「まあ、謙介様。こんにちは」
ガイアスタは、笑顔を浮かべた後でぺこりと頭を下げる。彼女は、基本的に目上の者に礼儀正しく接する。それが誰であろうとだ。
「そうだ、ちょうどいいや。悪いけど、この子達も一緒に遊んでくれないかな?」
謙介は、偶然を装ってさりげなく頼む。だが、実は狙ってやったものだ。イオナの家の子供達がなかなか馴染まないので、ガイアスタに協力してもらうつもりだったのだ。
「ええ、いいですわ。でも、その代わり……」
ガイアスタは、ちゃっかり謙介に交換条件を出した。お菓子をたくさんくださいと。
その日の昼、慎二と謙介は亮治に呼び出された。
「どうだ、2人とも。上手くやってるか?」
亮治の質問に、2人とも一瞬顔を見合わせた後で、一応上手くやっていると答えた。ただし、獣人に限ってですがと謙介は続ける。
「獣人と比べると、エルフとホワイティーの仲は上手くいっていないですね。ホワイティーの子供達は、エルフのことを完全に見下していますよ。彼らの態度を見る限り、帝国のエルフがどんな酷い待遇なのかが推測出来ます」
謙介は、上手くいっている獣人との差が激し過ぎるとこぼす。イオナもほとほと困っていたので、謙介は結局ガイアスタの協力を得る羽目になった。
「こっちも同じような状況でした。でも、エルフとの仲はなんとか上手くいきそうな雰囲気になってきました」
慎二は、時間をかければなんとかなりそうだと言う。お菓子の威力と、ガイアスタのキャラクターの相乗効果なのだろう。もっとも、確固たる信頼関係を築けるかどうかは、予断を許さない状況ではあるのだが。
「そうか。そんな状況では、ホワイティーを戦力にすることは難しいな」
亮治は、少し当てが外れたと苦笑い。大勢のホワイティーを味方兵士にするべく、一気に戦力増強を図った今回の作戦は、成功したとは言いがたくなってしまった。
「ですが、獣人の奴隷であった者ならば、後方支援ならば任せられるでしょう。農業や商工業についても同様です。ある程度の戦力増強は可能でしょう」
謙介は、獣人族の2割を兵士にすると仮定して、8万人の兵力増強が可能だと主張する。その代わりに、10万人程度のホワイティーを充てればよいと。更に、後方支援を任せることにして6万のホワイティーを兵力を加えれば、20個機甲師団の編成も夢ではないという。現在生産活動に協力しているホワイティーは2万人強なので、前回と同規模の殖民隊があと7回あれば数が揃う計算だ。
「うへっ。軍隊を全部機甲師団にするのかよっ」
慎二は、いくらなんでも無茶だと言う。だが、亮治はアイデアはいいかもしれないと言う。
「最初は、エルフと獣人だけで師団を編成し、徐々に機甲師団化してホワイティーに置き換えればいいさ。そうすれば、12個師団が編成できる。うん、戦力としては十分かもしれないな」
亮治は、21世紀初頭の陸上自衛隊の定員が、15万人程度であることを調べたばかりで覚えていた。その半分の兵力もあれば、ガルフ半島を占領する戦力としては十分であると考えたのだ。
確かに銃も碌に無いようなこの惑星では、20世紀末の自衛隊の装備があれば無敵に近い。十分な物資があって補給が続けばという条件付ではあるのだが、物資についてはある程度めどがついている。補給については、ホワイティーの協力を得られれば、なんとか続けられるだろう。
「では、いっそのこと階級も作りましょうか?」
謙介は、何故か目を輝かせながら言う。確かに、近代の軍隊であれば階級はあった方がいいだろうと亮治は判断した。
「そうだな。お前に全て段取りを任せていいなら認めるぞ」
亮治は、そう言いながらニヤリと笑う。こう言えば自分は楽が出来るうえに、謙介が張り切ることが分かっているからだ。案の定、謙介は乗ってきた。
「私に任せてください。きっちりとした軍隊を作って見せます」
そう言う謙介の目は、更に輝いていた。
ガイアグネは、慎二から急遽会議が開かれることになったと聞いて驚いた。メンバーは、慎二と謙介。それに彼らの妻と婚約者だ。場所は自分の家なので、聞いた時にはメンバー全員が揃っていた。
「慎二様、一体何があったのですか?」
ガイアグネの質問に、謙介が代わって答える。
「ガルフ同盟軍を強化して、ダークナー帝国と互角に戦えるようにするんだ。手始めに、機甲師団を編成する。ガイアグネ少将、君には師団長と第51戦車連隊長になってもらう。トリーネ大佐は第52戦車連隊長と第53戦車連隊長、フィーネ大佐は第11普通科連隊長、イオナ大佐は第5特科連隊長、サリナ大佐は第5後方支援連隊長になってもらう」
その説明を聞いて、みんな目が点になる。謙介が何を言っているのか、理解できないからだ。頭にはてなマークを浮かべているガイアグネ達を見て、謙介は壁に機甲師団の模擬戦闘の映像を映しながら説明する。そこには、戦車や自走砲が火を吹き、敵の騎馬隊を一気に蹴散らしていく様子が映っていた。精巧な合成映像なのだが、迫力は満点だった。
「なんてすごい……」
「これが、機甲師団というものなの……」
「騎馬隊よりも、遥かに強いわ……」
彼女達は、敵を簡単に蹴散らしていく機甲師団の映像に目を奪われる。これならば、強大なダークナー帝国相手に戦えると彼女達は思った。
「さて、これからは忙しくなるよ。でも、皆で頑張ろう」
慎二の言葉に、ガイアグネは皆と一緒にしっかりと頷いた。ガイアグネにとって、奪われた祖国を取り戻す戦いは、始まったばかりなのだ。自由と権利とそして尊厳を奪われた同胞達を救うため、必ずガルフ半島からダークナー帝国を追い払ってみせる。ガイアグネは、決意を新たにするのだった。
翌日から、ガイアグネは機甲師団設立に向けて大忙しとなった。師団長としての任務と、戦車連隊長としての任務を同時にこなさなければならないのが辛いところだ。
「ひー、疲れたよー」
ガイアグネは、初日から音を上げる。家に帰ると、ぐったりとしてしまう。そこに、心配そうな顔をして、ガイアスタがやって来た。
「お姉様、お疲れ様です。どうか、元気を出してくださいね」
ガイアスタが励ますと、少しは元気が湧いている。本音では慎二といちゃいちゃして元気を補給したいのだが、慎二がこの家に夕食を食べに来るのは3日に1度というローテーションになっているので、今は我慢するしかない。
「ありがとう、アスタ。少し休めば、きっと元気になるから」
ガイアグネは、無理して微笑む。するとガイアスタは、笑顔を浮かべるだけの元気はあると思ったらしく、ほっとしていた。
「あまり無理はなさらないで。夕食はもうじき出来ますから、それまでは休んでいてください」
ガイアスタによると、ホワイティーの女の子達と一緒に料理をしているという。しばらくは帝国から奪った高級な食材があるので、豪華な食事が続くという。慎二やその仲間がいる家には、優先して高級な食材が配られているからだ。その代わり、捕虜となったダークエルフ達には粗末な食事が回っている。
「豪華な食事ね。期待してるわ」
豪華な食事が食べられると聞いて、ガイアグネは現金なようだが少し元気が出た。
食事の後は、ガイアグネの家に慎二、フィーネ、トリーネ、謙介、イオナ、サリナが集まる。当分の間は、3日に一度はこのメンバーで顔合わせをして、情報交換をすることになったからだ。
「急な話だが、1週間後に再び敵を迎え撃つことになった」
慎二の発言に、皆表情を固くする。まさか、これほど早く次の敵が来るとは思っていなかったからだ。
「でも、心配しなくていい。どうやら敵にはまだこちらの情報が伝わっていないらしい。今度やって来るのは、前回の植民隊から兵士を除いた4万程度らしい」
謙介は、だから安心していいと言う。どうやら敵は、1万程度の兵士がいれば守りは十分だと判断したらしい。
「では、今回も随分楽な戦いになりそうだわ」
フィーネは、そう言って深く息を吐く。前回よりも多い味方兵力に、少ない敵兵士。となれば、誰が考えても楽勝だろう。サリナなどは、あからさまにほっとしている。
「ですが、油断しない方がいいでしょう。戦場では何が起こるのか分かりませんから」
ガイアグネは、気の緩みは禁物だと言う。しかし、これには慎二が苦笑する。
「勝手に敵陣に突っ込んでいって、捕まるような人がいなければいいんだけどね」
ガイアグネは、トイアークでの自分の行動を言われたことに気付いて真っ赤になった。
「あの時は、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
ガイアグネは、反論する言葉を持たず、深々と頭を下げた。彼女の脳裏に、思い出したくない嫌な記憶が蘇る。
「さすがにああいうことは、二度としないで欲しい。とにかくこちらの指示に従ってくれればいい」
慎二は、おそらく今回も同じ作戦でいくだろうと言う。それならば、敵国民を拘束するだけの楽な作業だけとなる。だが問題はその後だと慎二は言う。
「そうか。捕虜の扱いですね……」
真っ先に、イオナが問題に気付いた。今回も同じように捕虜が大人しくするとは限らないし、捕虜が増えれば見張りの兵士その他が増えるからだ。
「勝てば勝ったで、厄介な問題が出るのね。いっそのこと、徹底的に反抗してくれないかしら」
トリーネは、思わずそう呟いていた。だが、これには慎二と謙介が苦笑する。なるべく彼らを味方に引き入れたいからだ。
「とにかく今は、戦力を蓄えることが重要です。戦闘はなるべく避けて、兵力の消耗を避けましょう。それと同時に、なんとかしてホワイティーの協力を得られるようにしないと。彼らが共に戦ってくれると、心強いのですが」
ガイアグネは、そう言って唇を噛む。アジジャやアバダムにいる部下からは、獣人族やホワイティーの協力を得られそうに無いとの報告が上がっている。なんとかしたいが、この点に関しては打つ手なしの状況だった。
「問題は兵士の数なの?だったら、他の国に頼めないかしら?傭兵でもいいと思うわ」
フィーネは、ウルフガイ王国を頼れないかと提案する。しかし、ガイアグネは難しいと言う。
「今まで何度も援軍を頼みましたが、大金を要求して来たのです。とてもではありませんが、払えない額でした」
ガイアノーラとて、何度も援軍を頼んだのだ。しかし、金が払えなければ援軍は出せないと断られたのだ。ガイアグネは、援軍を断られて苦悩する姉の姿を何度も見て知っていた。
「ちょっと待って。じゃあ、お金かそれに代わるものがあれば、援軍を送ってくれるの?」
慎二が大声を出したので、ガイアグネが驚いて目を向けると、慎二の目が期待に輝いていた。慎二はお金持ちではないと聞いていたので、ガイアグネは慎二の言葉の意味するところがわからなかったが、それでも頷いて答えることは出来た。
ガイアグネの答えを聞いた慎二は、何故か分からないが何とかなるかもしれないと言う。こうして、ガルフ同盟軍初の機甲師団設立の時は、目前に迫っていた。
※09/21 01:36 投稿
09/23 誤字等修正