第26話 機甲師団その3
第5機甲師団の結成式は、見事に青く晴れ渡った空の下で行われた。
総勢7千人の兵士が、ナムア──ガルフ族の新しい首都──の中心に位置する広場に勢揃いし、部隊ごとに整然と並んでいる。広場の周囲は、兵士の家族や見物客で埋め尽くされている。彼らを含めると、10万人を超えるエルフや獣人が集まったようだ。第5機甲師団に対して、エルフや獣人達がいかに期待しているのかが伺われる。兵士たちは揃いの制服に身を包み、直立不動の姿勢でいる。そこに女王ガイアノーラが登場し、兵士達に激励の言葉を与える。それが終わると、ガイアノーラはガイアグネの名前を呼ぶ。
「ガイアグネ師団長、前へ」
すると、ガイアグネがその声に合わせてゆっくりと進み出て、ガイアノーラの前で宣誓を始める。
「──私たちは、ダークナー帝国をこのガルフ半島から追い出すまで、最後の一兵となっても、戦い抜くことを誓いますっ!」
ガイアグネの透き通った美しい声が響き渡ると、ガイアノーラは一歩前に出て、ガイアグネの胸に師団長章を取り付ける。それが終わると、ガイアグネは元の位置に戻り、直立不動の姿勢に戻る。それを見届けたガイアノーラはトリーネの名前を呼び、ガイアグネと同様にして副師団長章を取り付ける。他の連隊長に対しても次々と隊章が取り付けられ、トア中佐の番が終わると、ガイアグネの号令によって全兵士がガイアノーラに向かって敬礼する。
それからは、近隣ポリス長の祝辞やなにやらで1時間ほど結成式が続き、最後にトリーネの決意表明をもって結成式は終わりをつげた。すると、広場に集まったエルフや獣人達から、思いがけず拍手が湧き起こった。こうして、第5機甲師団の結成式は、つつがなく執り行われた。
結成式が終わったからといって、兵士達はそこで解散というわけにはいかなかった。4日後に実戦が控えているため、各中隊に分かれて訓練を行う必要があるからだ。
戦車連隊に関しては、現在の規模は前回の3倍になっており、全部隊が一斉に戦車を用いた訓練を行うことは、現時点では色々な面で無理がある。そこで、連隊ごとに分かれて訓練をすることにした。前回の作戦と同じメンバーで訓練を行うことも検討したのだが、戦車は自動操縦に出来ることもあって、そこまでしなくても実戦に十分耐えられるとの判断からだ。
第51戦車連隊は、9割近くが新兵もしくは新たに加わった兵である。前回この部隊にいた兵士の多くを、イオナに付けたり他の連隊に振り分けたからだ。しかし、中隊長にはベテランを配置しているため、訓練は比較的順調に進んでいる。もう一つの特徴として、この連隊は全員が女性兵士である。殆どがガルフ族で、騎兵隊にワーウルフがいるくらいだ。
第52戦車連隊も、その多くが新兵もしくは新たに加わった兵である。元第2中隊の兵士とアグネ中隊から配属されたワーキャットとガルフ族を中核とし、戦車と装甲車にはワーキャットとワードッグ、騎兵隊にはワーホースを配置しているが、馬不足で騎兵隊の数は定数の半分に満たない。
第53戦車連隊も、新兵中心である。元第4中隊兵士の半分をフィーネが残してくれたのと、アグネ中隊から配属されたガルフ族がいるおかげで、なんとか連隊の形をなしてはいるが、しばらくはまともな作戦行動は望めないかもしれない。このため、捕虜を素早く拘束する訓練を行うことにした。馬不足で騎兵隊の数は定数の半分に満たない。
第5特科連隊は、新設の部隊である。元第1中隊兵士とアグネ中隊から配属されたガルフ族を中核とし、3人乗りの60式自走無反動砲と荷馬車隊を運用する。全員がガルフ族の女性兵士である。
第11普通科連隊は、1500人から500人増員して連隊長が変わっただけなので、最も錬度が高い部隊となっている。しかも、増員した兵士のうち、40人は元第4中隊の騎兵である。また、新たに装甲車が40台配備され、機動力も上がっている。ワーウルフとワードッグが中心であるが、全ての獣人族兵士がいる。
第5後方支援連隊は、500人から1400人へと大幅に増員された部隊である。車両整備隊、補給隊、輸送隊、衛生隊に分かれているが、今後の作戦次第で臨機応変に部隊編成を変えることになっている。今度の作戦では捕虜や物資の輸送任務を担当することになっているため、輸送隊を中心に訓練が行われている。ワーバニー、ワーシープ、ワーピッグが中心の部隊である。
第5施設大隊は、まだ何をしていいのかよくわからないので、第5後方支援連隊と共同で訓練を行っている。ワードッグ、ワーシープ、ワーピッグ、ワーホースが中心の部隊である。
第5特殊偵察隊は、既に作戦行動に移っている。罠の設置自体は熟練を要しないので、新兵も一緒に行動している。もっとも、新兵は作業を見守るだけであるが。
こうして、第5機甲師団は一応順調な滑り出しを見せていた。
「さあて、みんな。今日はご苦労様」
ガイアグネは、第5機甲師団の隊長達を見渡してねぎらう。すると、みんな口々に今日は疲れましたと言う。
「でも、今日の師団長はかっこよかったですよ」
トア中佐は、憧れちゃいますと言う。ガイアグネは、これに気分を良くしてか、笑って礼を言う。
「ありがとう。でもね、みんなもかっこよかったわよ」
そして内心では、強さが伴えばこっといいのだけれどと付け加える。
「まあ、それはともかく。さっさと用件を済ませましょう」
そこで、トリーネが口を挟む。すると、ガイアグネは苦笑い。
「そうね。では、今日までの各隊の状況を報告してもらいます。最初は私から」
ガイアグネは、51戦車連隊の状況を皆に説明する。最初は、ひたすら戦車や装甲車を走らせて、とにかく運転や乗車に慣れてもらうことにしたという。運転技能は、戦車以外にも有効と考えたからだという。騎兵隊については、10騎ほどの小部隊に分かれて、集団行動を行えるように繰り返し訓練したという。
「では、次は私ね」
トリーネは、52戦車連隊と53戦車連隊の状況を説明する。さすがに2つの連隊の面倒を見切れなくて、53戦車連隊は慎二か謙介に殆ど面倒を見てもらったという。訓練方法はガイアグネと同じだが、騎兵隊の数が足りないので、騎兵隊の活躍は見込めないという。
「えっと、次は私か」
イオナは、第5特科連隊の状況を説明する。一から連隊を編成したが、ガルフ族の軍から部隊ごと引き抜いた兵士が多いため、指揮命令系統は十分機能しているという。また、女性だけの部隊であることもあり、とっても気楽だというのだ。
「あっと、私だわ」
フィーネは、11普通科連隊の状況を説明する。兵士が3割増しになっただけなので、特に混乱は見られないという。士気も高く、いつでも戦闘に出られる状況だという。
「私の番ね」
サリナは、第5後方支援連隊の状況を説明する。兵士が3倍増になったのだが、特殊なことをするわけではないので、訓練自体は順調だという。兵士も、輸送業務の経験者を優先して集めたので、それが大きなプラスになっているそうだ。
「もう私か」
イーダ中佐は、第5施設大隊の状況を説明する。当面は何をしていいのかわからないので、第5後方支援連隊と共同で訓練することになるという。
「最後は私ね」
トア中佐は、第5特殊偵察隊の状況を説明する。既に今日中に罠の設置を終えたので、明日以降はオートバイを使った偵察訓練をする予定だという。
「うん、今のところは順調なようね。でも、油断は禁物よ。それに、今後は毎月1個師団を編成することが正式に決まったそうなの。だから、みんなはいつ転属になってもいいように、心の準備をしておいて」
ガイアグネは、そう言って打ち合わせを締めくくった。
亮治は、ガイアノーラに決断を迫っていた。以前から話はしていたのだが、そろそろ決断してもいい頃だと彼女に強く迫ったのだ。それに対して、ガイアノーラも悩んだ末に一応の結論を出していた。
「亮治様。結論が出ました。未婚女性に、結婚を強制することにしました」
ガイアノーラは、既婚女性には妊娠の奨励をして、未婚女性には結婚を強制することにしたのだ。それはなぜかというと、どうしても強制的にでも人口増加策を採らざるを得ないと判断せざるを得なかったからだ。
ダークナー帝国に対する亮治の部下の偵察活動が進むにつれて、彼らの人口が極めて多いことがわかった。ところが、ガルフ族は僅か5万人しかいない。これでは、例え軍事的な成功を収めても、ガルフ半島全土をと想定する将来の領土を保全する人口には、あまりにも足りなさすぎるのだ。
また、ホワイティーの数は圧倒的に多く、このまま手をこまねいていると国の支配者がガルフ族以外に移ってしまう恐れがある。ダークナー帝国のように奴隷制度を採用すればいいのかもしれないが、それは他のエルフ種からの猛反発を受けることが確実であるうえに、自らの大義を汚すことから決して採用出来ない。
ガルフ族の人口を増加させるには、他のエルフ種の移民を大勢受け入れることや、可能であれば他の種族との混血を進めることも考えられるが、いずれの選択肢もガイアノーラは否定した。それでは、ガルフ族という種族自体が消える恐れがあったからだ。それでは、ダークナー帝国に滅ぼされるのと大して差が無い。
そうなると、後はガルフ族の女性に結婚を強制して妊娠を奨励するしか方法が無い。これまでは、そんな方法は採り得なかったのだが、獣人やホワイティーを自国受け入れることによって、一度に大勢の女性が妊娠しても、社会が麻痺せずに機能すると思われるようになった。
女性兵士にしても、今から子種を仕込んでおけば、1年後に予想される大規模な軍事衝突には間に合う見込みである。そこで、20歳以上の未婚女性には、1か月以内に結婚するか特定のパートナーを設けることを義務付け、子作りに励むことを義務とすることにした。なお、15歳以上の女性に対しては、努力目標に留めることにした。
こうすれば、現在2万人以上いると推定される妊娠可能な女性──15歳以上の女性──のうち、少なくとも1万人が子供を産むだろうという予測を立てている。この政策を10年続ければ、単純計算で人口が10万人増え、今の3倍の15万人になる計算だ。それでもまだ全然足りないのだが、何もしない場合の倍以上の人口にはなる。更にその後5年経てば、15歳の男女1万人が結婚可能年齢に達するため、一気に人口が増えることになる。20年で、6倍になる計算だ。
1年後──6万人
2年後──7万人
3年後──8万人
4年後──9万人
5年後──10万人
6年後──11万人
7年後──12万人
8年後──13万人
9年後──14万人
10年後──15万人
11年後──16万人
12年後──17万人
13年後──18万人
14年後──19万人
15年後──20万人
16年後──21.5万人
17年後──23・5万人
18年後──26.0万人
19年後──29.0万人
20年後──32.5万人
25年後──57.5万人
30年後──95.0万人
・・・という感じで、15年後からは加速度的に人口が増えていくことになる。人口が100万人を超えたら、後は政策を緩めればいい。それから後は、何もしなくても自然に人口は増えていくだろうから。
「そうか、やはりそうなったか」
亮治は、ガイアノーラの出した結論を聞いて、ぎこちなく頷く。亮治としても、人口が少なすぎるというガルフ族のアキレス腱をなんとかしないと打つ手が限られてしまうので、何らかの手段を講じて欲しいというのが本音だ。ただ、亮治としてはエルフィン王国からの移民を受け入れる方法が最善と考えたのだが、ガイアノーラは結局最後まで反対した。おかげで、結婚の強制と言う下策を採ることになってしまったのだが、亮治の考えをあまり押し通すのも良くないと考え、彼女の最終決断を受け入れることにした。だが、話はそこで終わりにはならなかった。
「亮治様。民に結婚を強制するからには、王族とて例外にするわけにはまいりません。私の言いたいことは分かりますね?」
ガイアグネの言葉に、亮治はこれで独身生活もおさらばかと、少し寂しい気持ちになった。だが、この時亮治は、慎二にも影響が及ぶことをすっかり失念していた。