第27話 機甲師団その4
第5機甲師団結成式の翌日。ガイアグネは、急に亮治に呼び出された。すると、そこには慎二も一緒にいたので、彼女は何か重要な話があるのかなと思って身構えた。
「亮治様。急な呼び出しですが、何かあったのでしょうか?」
彼女が尋ねると、亮治は慎二を見て何かを促す。すると慎二は、驚くべきことを口にした。
「ガイアグネ。落ち着いて聞いてほしい。実は、君と僕の結婚式の日取りが決まったんだ」
慎二は、1か月後に亮治達と一緒に結婚式をあげるという。
「えっ?うそ……」
彼女は、最初は聞き間違いかと思った。だが、もう一度確認したところ、間違いではないという。
「こんなことで、嘘なんて言わないよ」
彼女の顔は、最初は驚きで固まる。だが続いて、嬉しさで思いっきりふにゃあっと緩む。彼女にとって、待ちに待った日がようやく来たのだ。こんなに嬉しいことはないのだろう。
「まあ……。なんて嬉しいことでしょう。ようやく慎二様に、この身を捧げることが出来るのですね」
ガイアグネは、あまりの嬉しさに妄想の世界に浸ってしまったようで、慎二が何を言っても反応しなくなってしまった。初夜がどうのこうの、可愛い赤ちゃんが生まれるといいなどと言い、自分の身体をぎゅっと抱きしめて、いやーんと言いながら身体をくねらす始末だ。
「こういうところは、なんとかならないもんかなあ」
この調子では、彼女は1時間は使い物にならないだろう。慎二は、亮治と二人で顔を見合わせてため息をついた。
ガイアグネが再起動すると、慎二達から結婚式の打ち合わせは後日行うと告げられた。迫り来るダークナー帝国の移民団への対応が優先するからだという。もちろん彼女にとっても異存はない。
だが慎二達と別れてから、ガイアグネはうきうきした気分を周囲に対して盛大に振りまいた。普段は澄ました顔をすることが多いガイアグネが、締まらない顔をしてにこにこしていれば、嬉しくてたまらないというオーラを振りまいていれば、誰だって何かあったんだろうと気付く。
当然ながらどうしたのかと聞かれると、良くぞ聞いてくれたと言わんばかりの歓喜の表情を浮かべた後で、がっしと腕を掴んで逃がさないようにしてから、ここだけの話だけど結婚式の日取りが決まったのよと、心底嬉しそうな顔をして目じりを下げて彼女は答える。それが続いたものだから、その日のうちに彼女の結婚式が行われることが広まってしまった。
もちろん、ガイアグネは大勢の仲間から祝福を受けた。ようやく思いがかなうのよと、もじもじしながらも嬉しそうに話すという可愛い仕草をする彼女に対し、祝福以外の言葉を向ける者がいるはずもない。イオナはガイアグネと抱き合って喜び、他のガルフ族もガイアグネと大いに喜びを分かち合った。
内心は少し面白くない妹のガイアスタも、猫を被って祝福の言葉を口にした。万一姉と慎二の仲がこじれたら、その時が付け入るチャンスなのだと自分に言い聞かせながら。
トリーネとフィーネも、ガイアグネを祝福した。実は慎二から、最初に結婚するのはガイアグネだと伝えられていたので、次はようやく自分の順番が来るかもしれないという喜びが裏にはあった。とりあえず彼女が結婚しなければ、自分達はいつ結婚できるかどうかわからなかったのだ。そのうえ、トリーネとフィーネはガイアグネが妊娠するまで避妊を強いられていた。とにかくガイアグネが妊娠してくれないと、自分に順番が回ってこないのだから、2人にとってもこの結婚は喜ばしいことだったのだ。
こうして、ガイアグネは幸せの絶頂にいた。
一方、慎二は亮治に不満たらたらだった。結婚式なんて大事なことを、自分に断りなしに勝手に決めてしまったからだ。
「悪かったな、慎二。許してくれ、この通り」
だが、素直に手を合わせて謝る亮治を見ると、文句を言う気も失せてしまう。確かに結婚式は先延ばしにしたいと言ってはいたのだが、最近はしおらしくなってきたガイアグネを見て、自分好みの女になってきたなと感じ、これなら結婚してあげてもいいかなと思うようになってきたからだ。貧乳なのが唯一の不満なのだが、そこはこれからモミモミすれば大きくなるかもしれないと、少しばかり期待している。
「まあ、それはいいですけどね。でも、子供の件はいいんですか?」
慎二は、亮治に重大な疑問をぶつける。そもそも彼女との結婚を先延ばしにしたのは、自分達とエルフとの間に無事に子供が生まれるかどうかわからないため、女王とその後継者であるガイアグネに対して危険を冒させないというのが真の理由だったはずなのだ。それがどうして結婚していいという事態になったのか、慎二はどうしても確認したかったのだ。
「ああ、そこなんだが。実は最近遺伝子の解析が進んで、彼女達が出産で死ぬことはないだろうという結論になったんだ」
亮治が言うには、ホワイティーの捕虜から得られた豊富な遺伝子データなどから、自分達がエルフの娘を妊娠させ得ることがわかったという。更に、出産によって母体が死に至る可能性が極めて低いことも。ただし、亮治も結果を聞いただけで、詳細なことは知らされていないという。聞いたとしても、医者ではないので理解できないそうだ。
「もっとも、ガイアグネなら死んでも生き返らせることが出来るでしょうからね」
そう言う慎二に、亮治は確実ではないぞと言う。胎児から悪影響を受ける可能性を捨てきれないからだ。
「それに、俺もガイアノーラを万が一にも死なせたくないし、悲しませたくもないからな」
亮治は、俺もガイアノーラに情が移ってきたからなと恥ずかしそうに言う。これには慎二も同意見だったので、相槌を打つ。
「でも、そうなると僕は、近いうちに父親になるかもしれないんですよね」
慎二は、自分がこんなに早く親になるかもしれないなんて、予想だにしなかったと本音を言う。慎二はまだ20歳。まだまだ遊びたい盛りなので、正直言って子供はまだ早いと思っている。
「それは、俺も同じだ。だがな、夫婦になったなら、嘘をついてまで避妊するわけにはいかないだろう。まあ、お互い妻に似た子供が出来るのを祈るとするか」
亮治にさりげなく釘を刺されて、慎二はこっそりと避妊する計画を断念した。少し考えれば、避妊した場合に告げ口をする可能性がある人物に思い当たるからだ。謙介や藤次である。それに、ガイアグネは早く子供が欲しいらしいし。慎二は、深くため息をつくしかなかった。
その夜、フィーネは何度も深くため息をついていた。先日のことだが、慎二から子供を作るのは数年先になるだろうと言われてしまったからだ。機甲師団の幹部が揃って妊娠してしまうと、戦力はガタ落ちになる。それを防ぐためだという。理屈では納得するしかないのだが、感情はそうはいかない。
「私も、慎二の子供が早く欲しいのに……」
口に出してしまうと、フィーネは余計に悲しくなってしまう。慎二と肌を重ねるたびに、彼を深く愛するようになってしまったからだ。最初のうちは、打算が無かったといえば嘘になるのだが、今の彼女は心から慎二のことを愛し、子供を授かりたいと思っている。
たかが数年待てばいいのかもしれないが、その間に彼女が必ず生きていられるという保証はない。そもそも、ホワイティーと思われる慎二とワーウルフである自分との間に、子供が生まれるかどうかもわからないのだ。待った挙句に子供が出来なかったら、そう思うと悲しくて仕方がない。
ガイアグネやトリーネの子供が慎二と楽しく遊んでいて、自分だけが蚊帳の外になりそうな気がして、フィーネは気が気ではなかった。
「そうだ。いいことを思いついた」
その時彼女の頭の中に、とある考えが閃いた。あまり良い考えではないのだが、背に腹は変えられない。フィーネは、慎二の優しさに付け込むとある作戦を思いついて、それを実行しようかどうか迷うのだった。
その日の夜。ガイアグネは頭を悩ませていた。数日後、未婚女性に結婚を強制するという強引な人口増加策を打ち出すと姉から聞いたからだ。話を聞いて最初は反発したのだが、理由をよく聞くと苦渋の選択であり、止むを得ない選択であったことがわかった。現状でも帝国と戦うには兵力が絶対的に不足しているし、今もガルフ族の国といいながらも、ガルフ族は少数派になっているからだ。
帝国の移民が予想通りに行われると、ガルフ同盟国はホワイティー160万人、獣人54万人、コブ種10万人、ホブ種6万人、エルフ族6万人、ガルフ族5万人、ダークエルフ4万人という人口構成になる。ガルフ族は、人口の2%しかいない少数民族に転落してしまう計算になる。これでは、ガルフ族の国と言えるのか疑問に思える。
そもそも、4都市を支配下に収めただけでこの始末なのだから、ガルフ半島を支配下に収めたならば、人口問題はもっと深刻なものになる。かといって、ホワイティーや獣人を追い出すわけにもいかないし、他のエルフを迎え入れることもしたくないので、消去法でガルフ族の人口を増やすしかないことになる。
だがそうなると、女性兵士の扱いが難しい。ガルフ族の女性兵士の多くが妊娠してしまうと、戦力がかなり落ちるからだ。第51戦車連隊と第5特科連隊は、殆ど機能しなくなるだろう。その穴埋めをどうするか、頭が痛い問題である。これについては、獣人族の傭兵部隊で補いきれるかどうか。
何よりも、連隊長が2人欠ける可能性があるのが痛い。かといって、ガイアグネは自分が避妊するという選択肢は絶対に取り得ない。そうなると、解決策は限られてくる。
この時ガイアグネの頭に浮かんだ解決策は、奇しくもフィーネの思いつきと似たようなものだった。