第2話 宴会
慎二は都市の大きな広場に出る途中で、こっそりと部下に連絡を入れていた。そして広場に出ると、唐突に左手を開いた。そこには、小さな生物が浮かんでいた。
「慎二様。それは一体なんでしょうか?」
慎二と一緒に付いてきた女王ガイアノーラは、不思議に思って尋ねる。慎二の右手に浮かんだ小さな生物が、敵を蹴散らすこととどう関係するのかまったく理解できないからだ。周りのガルフ族の者達も同様で、『本当に敵を蹴散らせるのか』などという声が聞こえてくる。
「これは、ドラゴンという生物です。私のことは、召喚士とでも思ってください。これから、このドラゴンが敵を蹴散らしてご覧にいれます」
慎二はにっこり笑うと、右手の指を鳴らす。するとそのドラゴンは上空に昇っていくと同時に、みるみるうちに大きくなっていく。その様子を見ていたガルフ族達は、いっせいに驚きの声をあげる。
「な、なんと巨大な……」
ガイアノーラは、ドラゴンのあまりの大きさに目を丸くする。ドラゴンは、既に200メートルを超えるほどの大きさになっていた。
「よし、蹴散らせ」
慎二が再び指を鳴らすと、ドラゴンは大声で鳴いたかと思うと一気に城壁を越えていく。敵のトロールやオークは、いきなり現れた巨大なドラゴンを目にすると驚いて動きが止まった。そこで再びドラゴンが大声で鳴くと、敵は驚いて後退していき、そこに追い討ちをかけるようにドラゴンが口から光線を放つ。すると、大音響と共に地面に大きな穴が開いて、それを見た敵は雲の子を散らすように逃げていった。
慎二は偵察虫から情報を得て、その一部始終を見ていた。そして敵がいなくなったことを確認すると、これまた偵察虫から得た情報を謙介に送り、敵が置いていった食料や武器弾薬を運んでくるように指示した。
「さて、終わりましたよ」
慎二が振り向くと、ガルフ族は女王も含めてみんな口をあんぐりと開けて尻もちをついていた。慎二はそれを見て、思わず笑ってしまった。
その晩は、盛大に祝勝会兼慎二達の歓迎会である宴会が開かれた。慎二の席は、女王の隣である。慎二の近くには謙介達もいて、もれなく隣に美少女を侍らせている。
「慎二様。私達を救っていただき、ありがとうございました。いくらお礼を言っても言い足りません」
ガイアノーラは、そう言いながら慎二に酌をする。滅亡寸前から、一発大逆転したのである。それはもう、彼女は上機嫌だった。
「いえいえ。女王様が我々との同盟を決断していただいたおかげですよ。この同盟を長続きさせるためには、どうしたらいいのかおわかりですか」
慎二か尋ねると、彼女は大きく頷いた。
「わかっています。慎二様には、とびきりの美少女を10人ほど用意しました。いかなるご奉仕もいたしますので、なんなりとお申し付けください」
彼女は、全員一緒に寝てもいいですよと小声で付け足す。それを聞いた慎二は、苦笑する。もちろん心遣いは物凄く嬉しいのだが、慎二の上司が求めているのはそういうことではないからだ。
「まあ、それはそれで嬉しいのですが。しかし、我々が最も求めているのはあなた方の知識です。次に我々に対する協力と物資の提供なのです。美少女を用意していただいたのは嬉しいのですが、奉仕をしていただくよりも我々の質問に的確に答えていただきたいのです。私の望みを言うならば、10人のうち男女半々で年齢も異なる方がいいのですが」
慎二は、しばらく夜は仲間達と一緒に寝ますと小声で付け足す。慎二の言葉を聞いた彼女は、意外に思ったようだ。しかし、すぐに気を取り直す。
「わかりました。なるべく違った分野の知識に詳しい者を集めましょう。ただし、美少女とは別に集めます。それならば良いのではありませんか?」
女王の言葉に、慎二は頷くしかなかった。
宴会の後、慎二は謙介や部下達を泊まる部屋に集めた。
「さてと。一人ずつ報告してもらおうか」
慎二は、謙介達から今回の偵察に係る報告を求めた。謙介達には、なるべく雑談をしてこの世界の情報を多く集めるよう指示していたこともあり、思った以上の情報を集めることが出来た。
敵についての情報だが、今回この都市に攻めてきたのは、ダークナー帝国の軍隊だという。かの国は、ダークエルフという種族が支配者で、ドラゴニー、コボルト、トロール、オーク、ドワーフ、ホビット、ワーウルフ、ワードッグ、ワーキャット、ワーホース、ワーピッグ、ワーシープ、ワーバニー、ブラッキー、ブラウニー、ホワイティー、レッダーなど数多くの種族が住むという。
支配者のダークエルフは、他のエルフと激しく争っているという。そのエルフは、さらに幾つかの種族に分かれているそうだ。
エルフ族は、金髪碧眼で肌が白く体毛は薄い。大きな外見上の特徴として、先のとがった長い耳を持つ。外見は美しくて内面は賢く、鋭い感性と知覚を持つそうだ。しかしその反面、体格が華奢で武術などは苦手であるという弱点もある。彼らは森に集落を作り、武器は弓を好み魔法を操ることが出来るという。
ガルフ族は、外見は金髪緑眼であること以外はエルフと変わらない。他の違いとしては、草原に集落を作り槍を好むことや数が多いことが挙げられる。
シルフ族は、外見は茶髪茶眼でやや肌の色があること以外はエルフと変わらない。他の違いとしては、海辺に集落を作り槍を好むことや海中に長時間潜ることが出来ることが挙げられる。
ハイエルフ族は、エルフよりも更に魔力にすぐれ寿命も長いという。
ダークエルフ族は、髪と眼はグレーか赤で肌は褐色であることが大きく異なる。性格は邪悪なものが多く、他のエルフ族とは敵対しているという。
これらの種族を総じてエルフ種と言い、それぞれの種族は多くの部族に分かれているという。同じ種族が集まった共同体都市をポリスといい、慎二達がいるポリスはガイアサレムと呼ばれている。
他にも、幾つかの国が知られている。エルフが支配するエルフィン王国、ブラッキーが支配するブラッキール帝国、ワーウルフが支配するウルフガイ王国、シーエルフが支配するシーサイダー共和国などだ。
それらの情報を確認し合った後、慎二はタメ口可の雑談に移った。
「いやあ、参ったな。エルフの女の子って、みんな可愛いから目移りしちゃうよ。中隊長に止められなかったら、今頃はあの子達とよろしくしてたのにな」
慎二は、物凄く残念そうだった。
「それよりも、敵の情報を集めないといけないだろう。こりゃあ、敵さんはまた攻めて来るかもな」
謙介は、深いため息をついている。今回は運よく敵を無傷で撃退出来たからいいものの、次もうまくいくとは限らないからだ。いくら人間に見えないからといって、異星人を殺してしまったら後で政治問題化する恐れがあるので、自衛隊の攻撃で死者を出すわけにはいかないという事情が裏にある。
現代から千年以上経っても人権擁護団体は健在であり、まともな主張をする団体だけではないというところも変わらない。彼らは、相手が異星人であろうと『人権擁護』を主張するに違いない。敵対し、なおかつ自衛隊の脅威になるような武力を持つ相手ならばまだしも、全く脅威にならない相手であれば尚更である。だから、決して自衛隊の攻撃で相手に死者を出すわけにはいかないのだ。
同盟を組んだのも、人権団体の批判から逃れるためだった。万一敵に被害を与えた場合の言い訳を考えてのこと。後日この事件が公表されたとしても、停戦を求めた自衛隊員が攻撃を受けたため、やむなく味方を救うためにガルフ族と同盟を組まざるを得なくなったことになる。それを証明する証拠は、偵察虫によって抜かりなく多数揃っていた。
「しかし、分隊長の機転には驚いた。まさか、ドラクエのモンスターを出すとはね」
部下の1士は感心する。そう、あのドラゴンはもちろん本物ではない。ドラクエというゲームから拝借した立体映像なのだ。地面が吹き飛んだのは、ドラゴンの攻撃に合わせて部下が地面を攻撃して、いかにもドラゴンの仕業に見せかけたに過ぎない。
「次も同じ手段が通じればいいんだけど、無理だろうね。まあ、そこんところは中隊長が考えてくれるだろうから、俺達はとにかく情報集めを頑張ろう」
だが、それには大きなネックがあったのだ。
「人工衛星が軌道に乗るのが5日後だっけ。それまでは、地上の偵察をする余裕が無いってことで、俺達は自分達の力で情報を集めるしかないってか」
そう。人工衛星は確かに多数射出されたのだが、慎二達は人工衛星を追い抜いてこの惑星に来たため、まだ軌道に乗っておらず使えない。脱出艇に搭載されている他の観測装置も、地表を観測する余裕は無いとのこと。惑星外からいつ来るかもしれない小惑星などの観測で手一杯だそうだ。それでも、とりあえずこの惑星には重大な脅威となる兵器類は調べた限りでは発見されていないので、一応安全なはずなのだが。
【登場人物】
・自衛隊
山田孝造 一佐・・・45歳 艦長
井上亮治 一尉・・・30歳 第313731中隊の中隊長
田中慎二 二曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
山本藤次 二曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
佐藤謙介 三曹・・・20歳 第313731中隊の分隊長
・エルフ
ガイアノーラ・・・・?歳 ガルフ族の女王
※登場人物の設定を変更しました。