第3話 熱愛
「──さあて、これからどうなるのかな」
井上一尉は、先日基地造りが順調との報告を受けて良い気分であったところに艦長からの秘密通信が入り、その後目に見えて落ち込んだ。艦長からの通信には、極めて悪いニュースが含まれていたからだ。それに加えて、この惑星に長期滞在することになる可能性が高くなったことも井上の気を重くさせていた。
そこに、田中二曹の分隊が異星人と接触したとの情報が入ったため、詳細な情報を集めて急いで検討した。その結果、田中が内規を逸脱した行動をしていることに気がついたが、エルフやトロールの写真を見比べて納得した。自分も若ければ、同じような行動をしていただろうとも思って苦笑した。
田中の行動は、結果的には好ましいと思えるものだった。エルフの信頼を勝ち得たようだし、うまくいけば同盟を結べるかもしれない状況になった。田中からエルフと同盟を結びたいとの上申が来たので、井上は早速承認すると共に、エルフと自分の結婚を条件に加えるよう指示を下した。
本来、異星人と接触した時にそのような指示を下すことは有り得ないのだが、この惑星に長期滞在する可能性が高いとなれば話は別だ。現地の住民と早急に友好関係を築いて、必要な情報を集めなければならないし、それには指導者との結婚が有効かもしれないと考えたのだ。命令した後で早まったかなとも思ったのだが、先日の機会を逃せば二度と機会は巡ってこなかっただろうから、まあやむを得ないだろう。
だが、問題はこれからだ。田中からの情報を元に井上は幾つかの計画を立案し、艦長の判断を仰ぐことにした。
井上が最良と思う案は、1個小隊をガイアサレムに駐屯させて専守防衛に努め、残りの部隊は、この基地でひっそりと隠れていること。この案の欠点としては、食料供給に若干の不安があることぐらいで、最も妥当な案と言える。
次案は、全部隊でこの惑星を武力制圧すること。武器使用に制限をかけなければ、半年もかからないだろう。しかし、殺生を禁じた場合は膨大な時間と物資が必要になる。そのうえ、制圧後に支配がうまくいくかどうかもわからない。最悪の場合、叛乱が頻発して隊員にも被害が出かねない。井上には下策に思えた。
最後の案は、ガルフ族又は友好的な種族に武器を与えて、彼らをこの惑星又はこの大陸の支配者とすること。この惑星の一定領域を支配すれば、食料供給は安定するのだが、いたずらに戦争を拡大させかねない。これも下策と言えるだろう。
艦長からの答えは、1週間後にもらえることになっている。現在艦長達は、人工衛星をこの惑星の軌道に乗せることに全力を注いでいるため、検討する余裕がないからだ。全部で200もある人工衛星の全てを軌道に乗せるのだから、かなり大変な作業になるはずだった。
人工衛星は、元々任地に設置するためのものなので、あんまり使えない。半数は太陽光発電衛星で、4個中隊に対して100というのは過剰だが、多くて困ることはない。後は天文観測衛星が10、星系観測衛星が10、放送衛星が20、気象衛星が10、攻撃衛星が50といった具合だ。任地からのオーダーが無かったため、偵察衛星は積み込んでいなかった。だが気象衛星を改修することによって、10日後には最低限の偵察活動は可能になる。そうすれば、更に広い範囲の偵察活動を行うつもりだった。
「エルフの嫁さんかあ。まあ、それもいいかもしれないな」
井上は、エルフと結婚するかどうかも、本気で悩んでいた。
慎二達は、毎日ガルフ族から歓待を受けていた。その間も一応真面目に情報収集活動を行って、かなりの情報を得ることに成功していた。そして3日目の晩、夕食の席で慎二の隣には、美しいガルフ族の中でも一際綺麗な少女が座った。
「はじめまして、慎二様。私は、ガイアグネといいます。先日は、助けていただきありがとうございました」
彼女は、大輪の花が咲いたかのような素晴らしい笑顔を慎二に向ける。彼女の歳は10代後半だろうか。他のエルフと比べて背が高く、美しい顔は気品にあふれているにもかかわらず、精悍な雰囲気も漂わせる少女だった。肌は雪のように白く、つやもいい。日本人には、こんな美少女は滅多にいないだろう。当然ながら、慎二は悪い気はしない。
「いえ、どういたしまして。あなたみたいな美しい女性を助けられて、光栄ですよ」
慎二は、早くもこの彼女に見とれていた。自衛隊には女性隊員はそれほど多くなくて、しかも美人といったら更に少ないので、慎二が彼女に目を奪われるのもやむを得ないだろう。
「まあ、お上手ですこと。慎二様には、さぞかし素晴らしい伴侶がいらっしゃるのでしょうね。羨ましいですわ」
彼女は、なぜか悲しそうな表情になる。慎二は、これは恋愛フラグが立ったのではないかと喜んだが、それはそれで困った事態になるのが分かりきっていたため、彼女の質問にはあやふやに答えることにした。
「いえ、それほどでも」
そうか耐えると、彼女は更に悲しそうな表情になった。慎二の心はチクリと痛んだが、ここはゲームと違って恋愛フラグを立ててはいけないところだ。相手の真意が分からない以上、ハニートラップに引っかかるわけにはいかないのだ。慎二は、具体的なことを聞かれたら、故郷に婚約者がいると嘘をつくつもりだった。しかし、彼女の質問は慎二の予想を超えていた。
「慎二様。私をあなたの妾にしていただけませんか。他に何人妻がいようと構いませんから」
慎二は、思わず吹きそうになった。だが逆に、こんな美少女に告白されるなんて、普通じゃ有り得ないことも分かっていた。だから、かえって心が落ち着いてくる。内心では、中隊長だけ良い思いをしやがってと悪態をつきながらも、悲しい表情を浮かべて断ることにする。
「残念ながら、私にはこれ以上妻を娶ることは難しいのです。理由は言えませんが、察してください」
慎二は、彼女に理由を聞くなと言って、追及をかわすことにした。一応自分は彼らの恩人なのだから、しつこく聞いてくることはないだろうと思ってのことだった。
「そうですか。それは非常に残念なことです。ですが、私は簡単には諦めませんから」
そう言って、彼女は寂しく微笑んだ。その笑顔も可愛くて、慎二のハートを鷲づかみにしたのだが、なんとか堪えることに成功した。
その晩、ガイアグネはガイアノーラと一緒に寝ていた。
「姉さん。慎二の言っていることは本当かしら。私が慎二の好みではないから、嘘を言ったのでは?」
そう、ガイアグネは女王ガイアノーラの妹だったのだ。決してレズだから一緒に寝ているわけではない。二人はとても仲の良い姉妹なので、たまに一緒に寝ているのだ。
「慎二は、勇敢で強いわ。おそらく、大勢の妻がいるんでしょう。だから、あなたは諦めなさい」
ガイアノーラは、妹の気持ちは分かっていたので、慎二は諦めるようにと諭す。しかし、妹は納得しなかった。
「でも、慎二は私の命の恩人なのよ。命の恩人を好きになることは、我々ガルフにとっては当たり前でしょう。だから私は諦めないわ。いつかきっと、慎二に好かれるようになってみせるわ。だから姉さん、協力してちょうだい」
ガイアノーラは、深いため息をつく。
「あなたも強情ね。いいわ、少しだけ手助けしてあげる。他の者には、慎二と必要以上に仲良くならないように命令するわ。それでいいわね」
姉の言葉に、妹は笑顔で応える。
「姉さん、ありがとう。大好きよ」
慎二の予想と違って、ガイアグネは本当に慎二のことを好きだったのだ。それは何故か。勇敢な戦士でもあったガイアグネは、一度死んだところを慎二に助けられていたからだ。ガイアノーラが簡単に慎二を死者の所に案内したのも、妹が助かるかもしれないと思ってのことだったのだ。
結局、死者の8割以上が助かったのだが、その中の一人がガイアグネだったというわけだ。ちなみに、ガイアグネの右足は千切れ左手は切断されていたのだが、今では傷跡が残ってはいるもののつながっている。そのことにも、彼女は深く感謝していた。
それに実は、ガイアグネのように慎二に熱愛している少女は少なくない。蘇生した本人だったり、その姉妹や娘だったりするのだが。慎二は、実は物凄いモテ期に入っていたのだ。
「慎二、覚悟しなさいよ。いつかきっと、あなたを私の虜にしてみせるわ」
ガイアグネは、強くこぶしを握り締めて誓うのだった。
※6/27誤字修正のみ
※8/30プロローグ1に合わせて修正