第４話　結婚？

「──そうですか、うまくいきましたか」

慎二は、中隊長である井上一尉こと亮治から、人工衛星を無事に確保したとの連絡を受けて安堵した。特に重要なのは太陽光発電衛星で、これさえあればエネルギー問題にだけでなく殆どの問題は解決するからだ。十分なエネルギーさえあれば、物資の加工は思いのままなのだから、食料問題は既に解決したも同然である。むろん、軍事行動用のエネルギーは確保してあるのだが、万一のことを考えるとなるべく節約したいのだ。

「こちらの基地は、既に工事を完了した。仲間を受け入れる準備も出来ている。人工衛星の改修が終われば、すぐに軌道に乗せることになるだろう。そうすれば、地表の観測も可能になる」

亮治は、やっと楽が出来そうだと言って笑う。人工衛星が軌道に乗れば、エネルギーを基地から少し離れた場所で受け取って基地に送る。そうすればエネルギーは使い放題になり、物資の確保がかなり楽になるのだ。具体的なことを言えば、毎日熱いシャワーを浴びることが可能になったりする。一息ついたら、偵察範囲を拡大する予定だ。基地周辺の安全は確認してあるのだが、予想外の事態が起こらないとも限らない。

「そういえば、真鍋一尉は相変わらずですか？」

シンジは、本来はこの惑星に一番乗りするはずだった、亮治より先任の一尉で中隊長である男の名前を出す。彼は臆病者で、地表の観測が終わるまではどんな危険があるかわからないから惑星表面に降りるべきではないと主張して、他の隊員の失笑と艦長の怒りを買って謹慎を言い渡されていたのだ。

「ああ、そうだな。未だに自説を曲げていないよ。十分な事前偵察もなしで、何があるのかわからない場所に行くなんて自殺行為だと言っている。本当に馬鹿な奴だ」

亮治は、そう言って鼻で笑う。この惑星には、地球で言うとせいぜい19世紀以前レベルの文明しか無いことは、既にわかっていたからだ。文明が発達していれば、何がしかの電波が受信出来るはずなのだが、この惑星にはそれがなかった。となれば、現在の自衛隊にとって脅威となる軍隊は存在しない。むろん、軍事行動によって生じる各種電磁波などの観測は一通り行ったのだが、いずれも反応が無かった。そうなると、亮治にとっての現実的な脅威は無いと言えた。

しかし、真鍋一尉はしつこく主張した。敵の基地があるかもしれない。異星人がいるかもしれない。だから徹底的に地表の観測をすべきだと。これには誰もがあきれ果てた。脅威となるような軍隊や異星人が存在するならば、いくら観測しても無意味だからだ。当然相手は光学迷彩などでカムフラージュしているだろうから、地表観測には全く意味が無い。そんなことに時間と手間をかけるならば、さっさと偵察部隊を送り込んだほうがいい。それが32世紀の軍事常識だ。むしろ、天変地異の方がよっぽど脅威なのだ。

「実際、脅威となる軍隊はありませんでしたしね」

もっとも、慎二は異星人すらいるはずがないと思っていたのだが。実際には、立体映像に驚いて逃げる軍隊しか今のところ遭遇していない。今後も惑星上で遭遇しないとは断言出来ないが、確率はかなり低いだろう。むしろ、惑星外からやってくる可能性の方が高いくらいだ。

「まあ、おかげで美人のエルフと結婚出来ることになったからな。何が幸いするかわからないな」

亮治は、あのバカに感謝すべきかなと呟いた。





その頃、山田艦長は今後どうすべきかを考えていた。積荷の人工衛星は、いったん回収してから必要な分のみ順次軌道に乗せている。突然の事故だったため、積荷をコンテナに入れたまま射出せざるを得なかったので、いったん回収してコンテナから人工衛星を出す必要があったのだ。天体観測を繰り返して積荷の進路を確認し、積荷とスピードなどを同調させてトラクタービームで牽引して回収した。言葉で言うと簡単に聞こえるが、実際には一歩間違えれば大事故を招きかねない危険な作業の連続で、責任者として気が抜けない状況だったのだ。

だが、最も危険を伴う回収作業が終わったため、改修が必要なものを除いて軌道に乗せるだけとなったのだ。そのため、艦長の出番は無いということらしい。おかげで、山田は考えをまとめる時間を得られたのだ。亮治から提案された３案のうち、どれを採用するか考える時間を。惑星に短期間滞在するならば、基地に篭る案を採用すべきなのは自明なのだが。

「仕方ない。詳しく調べてから決断するか」

だが彼は、結局決断しなかった。まだ判断材料が十分ではないと考えたからだ。判断材料を集めるためには、更なる情報収集が必要となる。彼は、亮治に更に詳しい情報収集を行うよう命令を下した。





「ええっ、エルフと結婚？」

謙介は、慎二から話を聞いて驚いた。亮治は、志願者を募ってガルフ族のエルフと結婚させるつもりだというのだ。

「ちなみに、俺には拒否権無しね。亮治さんが選んだエルフと結婚することが決定ね」

慎二は、嫁さんを選ぶ権利くらい欲しいよなと言って嘆く。なんだか背中におよよーっと哀愁が漂っていたりする。慎二は、従兄である亮治には昔からさんざん世話になっていて頭が上がらないため、何か頼まれたら断りきれないのだ。よって、亮治がこれから選ぶガルフ族の少女と結婚することが決まっていた。結婚相手くらい自由に選びたかったのだが。

「そういうことなら、俺は志願するよ。だってガルフの女の子達って、みんな凄い美少女揃いじゃないか。結婚が認められるっていうんなら、俺はなんでも言うことを聞くよ」

謙介は興奮気味に言う。実は、謙介は多くのガルフの少女から好意を寄せられていて、出来ればきちんと付き合いたいと考えていた。そこに振って湧いたようなこの話である。当然、食いつかないわけがない。確かに障害は多いけれど、なんとか克服してみせると思っていた。何せこの機会を逃したら、美少女と付き合う機会は永遠に巡ってこないかもしれないからだ。

「でもなあ。言ってみれば、結婚相手はモルモットになるんだぞ」

慎二は、少し渋い顔をする。結婚すれば、当然ながら夜はエッチをすることになるのだが、それが相手にとってどんな影響を与えるのかわからないのだ。最悪、相手を死に至らしめる可能性すらある。もしも結婚した相手を愛してしまい、その後死なせでもしたらやりきれないというのが慎二の考えだった。ちなみに偵察虫の働きによって、ガルフ族は自分達と大して変わらない夜の営みをしていることが確認されている。

「うーん、慎二は深く考えすぎだと思うけどなあ」

謙介は、一度きりの人生なんだから、チャレンジ出来る時はするべきだと言う。もっとも、チャレンジのし過ぎで失恋記録を絶賛更新中であるのだが。

「でもなあ。結婚となれば重みが違うだろ」

慎二が期待していたのは、美少女のエルフとの一夜限りの関係だった。それが結婚となるとちょっと待って欲しいと言いたくなる。大昔に存在したというお見合いでさえ、当人と会ってから結婚を決めたというのに。慎二の場合は結婚が決まってから会うのだという。いくらなんでも、そりゃないよと言いたくなるのが人情だろう。

「なあに、嫌になったら離婚すればいいんじゃないか？」

謙介は気楽に言うが、そんなに簡単に離婚出来る保証は無い。気まずい関係になったとしても、体面上離婚出来ないであろうことは想像に難くない。少なくとも、亮治の承諾が無いと離婚出来ないのは確実である。それも、ガルフとの友好関係を崩さないという確証が無ければ認められないだろう。

「お前って、考えが前向きでいいよなあ」

慎二は深くため息をつくが、謙介は心の中で言い返していた。お前の考えが後ろ向きなんだよと。