第5話 不運
「大地を踏みしめるというのは、なかなかいいものだね」
山田一佐は、惑星に降り立って最初にかみ締めるようにして言った。狭い脱出艇で1週間も過ごしたのだから、広い大地が恋しくなるのも仕方無いのいかもしれない。
「では、私はこれでお役御免ですかね?」
亮治がおどけて言うと、山田は苦笑する。亮治には、更に面倒なことを押し付けることになるからだ。
「井上君には、ガルフ族を我々の強固な同盟者としてほしいのだが、お願いできるかね?この任務は、君が最も適任だと思えるのだが」
山田は亮治が未婚で付き合っている女性がいないことを指摘し、ガルフの女王と強い信頼関係を築くよう求めた。この惑星に長期間にわたって平穏無事に滞在するには、現地住民の協力が得られることが望ましい。協力を求める相手としてガルフ族は必要な条件の殆どを満たしており、山田としてはどうしてもガルフ族を味方にしたいのだ。
むろん、今後別の種族と同盟を結ぶ可能性はあるのだが、ガルフ族の重要性は変わらないだろうと山田は考えている。この惑星上の知りうる限りの知的生命体の中では、最も人類に近い文化を持っており、そのうえ意思の疎通が比較的容易な上に価値観も似ているからだ。
「では、ガルフ族の女性と結婚でもしますかな」
亮治が冗談交じりに言うと、山田はいい考えだから是非そうしろと即答した。さすがの亮治も、まさか現地女性との結婚が認められるとは夢にも思わなかったので、最初は耳を疑ってしまった。しかし、山田が本気であることを知って、表面上は嫌々命令に従うことにした。もちろん内心では、上司を騙さなくてすむとほっとしていた。
その後二人で相談した結果、亮治率いる第313731中隊は、順次ガイアサレムに移動することになった。ここを拠点にして周囲を偵察するとともに、ガルフ族から可能な限りの情報を集めるためだ。特に優先するのは、資源や植生に関する情報だ。衣食住のうち、衣住を充実させるには資源の確保が必要であり、食を充実させるには植生に関する情報が有用と考えられるからだ。
こうして、第一陣1個小隊がガイアサレムへと向かった。
亮治は、ガイアサレムに入ると早速女王に面会を求めた。
「はじめまして、ガイアノーラ様」
亮治は、彼女を見るなり胸が高鳴った。映像で見るよりも、断然本人の方が美しかったからだ。流れるようなさらさらの美しい金髪、エメラルドグリーンの澄んだ瞳、モデル並みのスタイルに少なくともDカップ以上の豊かな胸が彼女の美しさを更に引き立たせていた。彼女は単に見栄えが良いだけでなく、高貴な雰囲気を漂わせたうえに凛とした威厳も併せ持ち、女王の気品を感じさせる最上級の女だった。亮治は、こんな良い女を誰にも渡したくないと心の底から思うようになっていった。
「あなたが井上亮治様ですね。慎二様から、話は伺っています。私と結婚していただけるとか」
彼女は、亮治に柔らかく微笑む。亮治は思わず頬が緩みそうになるが、懸命に堪えた。最初が肝心と良く言うからだ。
「ええ、そうです。あなたさえ良ければの話ですが。もちろん無理強いはいたしませんし、急ぐこともありません。ゆっくりと時間をかけて考えてから、結論を出していただければ結構です」
亮治は、彼女に微笑を返す。信頼関係を築くためには、無理強いは禁物。時間をかけて口説けばいいと考えてのことだった。女を口説くことにかけては、中隊随一と言われる亮治の自信のなせるわざである。しかし意外なことに、彼女は是非亮治と結婚したいと言う。
「慎二様の力を見て、私達は是非ともあなた方を味方にし、お互いの理解を深めたいと思いました。そのためには、女王である私自らが率先して理解を深める必要があると考えます。それには、私達が結婚するのが最も早道だと思うのです、いかがでしょうか」
彼女は、澄んだ瞳で亮治を見つめる。亮治は彼女に見つめられて、心臓の鼓動が早まることを止められない。
「それはそれは。あなたみたいな美しくて素晴らしい女性と結婚できるなんて、身に余る光栄ですね。あなたさえ良ければ、私も是非結婚したいと思います」
思った以上にナイスな展開になって、亮治の期待は膨らんでいく。
「まあ、それは嬉しいですわ。ですが、結婚するに当たって幾つかお願いしたいことがあるのですが」
彼女は、少し顔を曇らせる。亮治は何事かと思ったが、ポーカーフェイスで聞き返す。
「私に出来ることであれば、何なりと」
すると彼女は、2つの条件を出した。
「今すぐに結婚するのは、私の立場上難しいのです。ですから、少し時間を頂きたいのです。それから、私以外にもあなた方と結婚したいという者がいるのですが……」
彼女の申し出は、亮治にとって非常にありがたかった。いずれも、亮治の方から提案しようと思っていて、どうやって切り出そうか考えあぐねていたことだったからだ。
「最初の条件については、あなたの希望通りにしますよ。もっとも二番目の条件については、もう少し詳しい話を聞きたいと思いますが」
亮治は、そう言って身体を乗り出した。
慎二は、急に亮治から呼び出された。
「お前の結婚相手が決まったぞ。ただ、悪いが結婚はもう少し待って欲しいんだ」
亮治は、慎二を見るなりそう切り出した。慎二もどこの誰かわからない相手と急に結婚するのは本意ではなかったので、亮治の頼みを受け入れることにした。
「それで、僕は一体どんな人と結婚するんですか?」
慎二が尋ねると、亮治は慎二から目を逸らした。
「最近、お前に付きまとっている女の子がいるだろう。彼女だ」
亮治は、さらっと言う。
「げえっ。まさか、ガイアグネさんじゃ?」
慎二の顔が青くなる。彼女は、第一印象こそ素晴らしかったのだが、話していくうちに慎二の好みに合わないことが分かり、最近ではそれとなく距離を置こうとしていたからだ。
「その通りだ。悪いな、慎二。女王からのたっての頼みなんでな。なんと彼女は、女王の妹だったのさ」
亮治の言葉を聞いて、慎二は盛大に肩を落として落ち込む。そういう事情ならば、結婚話を断れないだろうことが分かったからだ。
「あのお、亮治さん。僕が嫌われれば、離婚は可能なんでしょうか?」
慎二は、念のために聞いてみた。わらにもすがる気持ちで。だが、無駄だった。
「彼らには、離婚という概念が無いんだ。結婚の解消は、死別以外には有り得ないんだと。まあ、諦めるんだな」
亮治は、慎二の肩をぽんぽんと叩く。これで慎二の逃げ道は、塞がれたも同然だ。慎二は、一瞬にして屍のように
なってしまった。
「恨みますよ、亮治さん」
慎二は、低い声で恨みがましく言う。慎二としては、優しくて大人しい女の子が良かったのだが、ガイアグネは慎二の好みからは程遠かったからだ。彼女は最初のうちこそ猫を被っていたのだが、次第に粗暴な本性を現すようになった。ツンデレだったらまだ受け入れられたかもしれなかったが、最初がデレだったこともあり、デレツンとも言うべき彼女の評価は急降下したのだ。そのことは亮治にも話していて、彼女だけは結婚相手にしないで欲しいと頼んでいたのだが、結果は慎二にとって最悪に近い。
「まあ、当分の間は婚約者ということで。折を見て、正式に結婚してもらうことになる。その辺の事情は、俺と同じだな」
亮治が言うには、結婚した後で女王とトラブルを起こすのは絶対に避けたい。そこで何人かの隊員に亮治に先立って結婚生活を経験してもらい、その経験を亮治の結婚生活に活かすつもりだという。
「もしかして、結婚まではエッチ出来ないんじゃ?」
慎二が万一の期待を込めて聞くが、亮治は首を横に振る。
「しょうがないだろ。俺だって辛いんだ。ちくしょう、謙介達が羨ましいぜ」
亮治は、美女を目の前にしてお預けを食らう不幸を慎二と分かち合うのだ。とはいえ、慎二はちっとも嬉しいはずがない。謙介達は意中の女の子と結婚すると聞いて、余計に羨ましくなった。
それから数日後、亮治と慎二は盛大な婚約パーティーを開いた。一方、謙介と数人の慎二の部下達は、これまた盛大な結婚式を執り行った。
その結婚の翌日、謙介は慎二のところにすっ飛んできた。
「おい、慎二。エルフの女の子って、すっごくいいぞ!もう、最高だよ」
そして謙介は、自分の妻がいかに素晴らしいのか、延々と自慢話を始めたのだ。
「──ははは。良かったな、謙介」
友人を無碍にも出来ず、自らの不運を恨みつつ、慎二は黙って苦行に耐えるのだった。