第6話 交渉
「あーあ、短い新婚生活だったなあ」
謙介は、深いため息をつきながらしみじみと言う。謙介は結婚式から1週間、とっても甘い新婚生活を送っていたのだが、突然の命令によってガイアサレムから出るはめになったのだ。もう少し新妻といちゃいちゃいていたいと思う謙介の気持ちは、しごく当然なものだろう。
「それでも、俺よりはマシじゃないか。ヤルことはヤッているんだから」
謙介の愚痴を聞いて、慎二は口を尖らす。慎二が一人悶々として寝ている夜に、謙介はエルフの美人妻とよろしくやっていたのだから、慎二でなくても文句の一つや二つ言いたくなるというものだろう。何せ慎二は、婚約者とエッチどころかキスもしていないのだから。それでも、事実上妻が人体実験の被験者になっている謙介よりも、ある意味ではマシなのかもしれない。だが、それはそれ、これはこれだ。
「ああ、そうだったな。いやあ、悪いなあ」
謙介は、思わず苦笑い。慎二に悪かったなと言って謝る。慎二もそれほど怒っていなかったようで、すぐに謙介を許す。
「悪気が無いならいいよ。それよりも、俺達これからどうするんだろ?お前、何か聞いていないか?」
慎二が受けた命令は、謙介と共に分隊を率いて明日の早朝にガイアサレムを出発せよというものだった。だが、それだけでは何がなんだか分からないので、困って謙介のところにやって来たというわけだ。
「え?お前、任務のことを聞いていないのか」
謙介は、意外だと言う。だが、知らないものは知らないので、慎二は謙介に教えてよと詰め寄る。むろん、謙介は隠すつもりはなく、任務の概要を教えてくれた。それによると、謙介の任務は妻とその配下を護衛すること。慎二の任務も同様で、自分の婚約者を護衛することだという。
「護衛ねえ。この都市にいれば安全なのに、なんで外に出るのかな?」
慎二は、訳が分からずに首を捻る。すると謙介は、またもや苦笑する。
「それがな、どうやら大変な任務をおおせつかったようなんだ。お前の婚約者が女王の代理となって、近隣のポリスに対して軍事同盟を組まないかと交渉に行くんだと。俺の妻はガイアグネと親しいらしくて、一緒に付いていくことになったらしい。なにやら、きな臭い話になったもんだ」
謙介が言うには、この任務は結構やばいらしい。普通に考えても、戦力を増強して敵に対抗しようというのは明らかだ。ところが敵が強大であれば、交渉は難航するだろう。それでも交渉に行くとなれば、交渉を有利に進める目算が立ったということだ。
「どう考えても、俺達の戦力を当てにしてるよなあ。それにしても、よく亮治さんが承知したなあ」
慎二は、この惑星の運命を左右するような行動を取ったことを、少し後悔しはじめた。それと共に、一体亮治が何を考えているのか不審に思った。この惑星に長居するつもりがなければ、自衛隊はこのポリスから出ない方が無難だからだ。
「案外、美人の女王に本気で惚れたとか」
謙介は、俺もそれに近いと言う。亮治さんも、惚れた女にいいところを見せたいんじゃないかなと。
「まさかなあ」
慎二は、亮治がそんな男ではないと思っていた。
翌朝、慎二と謙介は目を丸くしていた。
「なっ、なんだよ。この人数は?」
てっきり数人でひっそりと交渉に向かうと思っていたのだが、ガイアグネの配下の数は百人を超えていたのだ。それも揃って騎馬らしき動物に跨り、帯剣したうえに黒光りする皮のような鎧を身に纏っていた。これでは交渉に向かうのではなくて、まるで戦争をしに行くようなものだ。
「これって、まるで軍隊じゃないか?」
慎二は驚いてガイアグネに詰め寄るが、彼女はそれがどうしたと言う。
「慎二、何を驚いているのですか?同盟の交渉に行くのですから、この程度の軍隊を連れて行くのは当然のことです。あなたがいるので安心だと思い、これでも人数をかなり抑えているのですよ」
彼女は、何が問題なのかわからないと言う。
「とにかく、人数は20人以内に抑えてください。いいですね」
慎二は、どうしても人数を減らすようにと言い張った。護衛対象が多ければ、それだけ慎二の負担が増えるからだ。慎二の横では、謙介も妻に同じことを頼んでいた。そして、結局ガイアグネが折れた。
「わかりました。愛しい慎二が言うことですから、従うことにします」
彼女は、渋々慎二の言葉に従った。しかし、慎二は彼女の舌打ちを聞き逃さなかった。
ガイアグネの一行が向かったのは、ワーウルフの都市だった。ガイアサレムの数倍はあろうかという都市の規模を見て、慎二はどれくらいの人が住んでいるのか尋ねたところ、おおよそで10万人との答えが返ってきた。都市の規模としては、平均よりも少し大きいそうだ。
ガイアグネは、先頭に立って宮殿に向かった。そこには、このポリスの長だけでなく、近隣ポリスの代表者やその部下達が待ち受けていた。ワードッグ、ワーキャット、ワーホース、ワーピッグ、ワーシープ、ワーバニー達だ。一見したところ、彼らは人間とそう見分けがつかなかった。外見上は、耳と尻尾以外にはさしたる違いは無いらしい。
「皆さん、力を合わせてダークナー帝国を倒しましょう!」
ガイアグネは、彼らにそれだけのことを色々な言い回しで話し、同意を得ようとした。しかしながら、彼らは彼女の主張に同調しなかった。そればかりか、帝国に歯向かえば恐ろしい反撃を食らうと反論してきたのだ。彼女は結局のところ言い負けてしまい、獣人達の協力を得ることが出来なかった。
「お願い、慎二。あなたの力を見せ付けてやって」
彼女は、慎二の腕に胸を押し付けながら、甘い声で頼んできた。だが慎二は、首を振った。
「彼らに僕の力を見せる必要はないよ。そうだね、謙介の力で十分じゃないかな」
慎二は、謙介に力を見せるようにと促した。もちろんこれは、謙介と事前に打ち合わせておいた筋書き通りだ。
「ああ、いいとも。僕の力を見せてあげるよ。では悪いけど、宮殿の外に出てくれないか」
謙介は、獣人達を宮殿の外へ連れ出した。宮殿の外に出た謙介は、それらしい呪文を唱えた後、都市から10km以上離れた山に杖を向けて大声で叫んだ。
「トール・ハンマー!」
すると、天から凄まじい光が降り注ぎ、山の頂上を吹き飛ばしてしまった。
「おおっ!」
「なっ、なんという魔法だ!」
「まさか、これほどとは」
獣人達は、謙介が振るった力の凄まじさにどよめいた。彼らが知る魔法は殆どが治癒魔法であり、これほどの威力を持った魔法など見たことも聞いたことも無かったからだ。気の弱い者は、腰を抜かしたり尻餅をついていたりする。とにかく、獣人達を驚かせることには成功したようだ。種を明かせば攻撃衛星からの攻撃なのだが、そんなことを獣人達が知るはずもない。
「皆さん。我らが力を見て、それでも帝国を恐れますか?我ら共に、帝国と戦いましょう」
ガイアグネが畳み掛けるようにして言うと、獣人達はようやく帝国と戦うことに同意した。
その日の晩は、同盟を組んだ祝いに盛大な宴が開かれた。しかし、ガイアグネは不機嫌な顔をしていた。それは、慎二の隣に座れなかったからだ。
「慎二様、もっとお飲みください」
「さあさあ、ぐいっと」
慎二の両脇は、獣人の娘が固めていて酒を勧めていた。彼女としては、それが面白くない。こんな事態になることを恐れて、大勢の配下を連れて来て阻止しようとしたのだが、それも慎二に止められてしまっていて果たせない。彼女は、自棄酒を飲むしかなかった。
一方、謙介は正式に結婚していたこともあり、妻が隣に座っていた。それでも反対側と前の席は美しい獣人の娘が固めており、女同士の冷たい戦いが行われていた。酔って機嫌がいい謙介は、そのことには気付かない。謙介に対しては花がこぼれんばかりの素敵な笑顔を向けていた娘が、謙介の視界の外では般若のような恐ろしい顔をしていることなど、気付かない方が幸せなのかもしれない。
「謙介様。私を妻に加えていただけませんか」
「いいえ。謙介様の妻には、私の方が相応しいわ」
「謙介様の好みは、どういう女の子なんでしょう」
「謙介様は、清純な女の子が好みですか」
「それとも、淫乱な娘が好きなのかしら」
獣人の娘達は、お互いにけん制し合っている。笑顔は絶やさないが、目はちっとも笑っていない。お互いに、部族の将来をかけて競っているのだから、無理も無いだろう。しかし、勝負はやけにあっさりと決まってしまった。
「俺、バニーちゃんがいいなあ」
謙介はワーバニーを選び、他の獣人娘は見るも無残なほどにガックリと肩を落とした。
翌朝、慎二が昨夜の宴会場を通りがかったところ、なにやら黒山の人だかりが出来ているのに気付いた。
「うん、どうしたのかな」
慎二が好奇心を起こして見に行くと、そこにはガイアグネがすっぽんぽんで大の字になって寝ていた。
「ねえ、起きてよ」
慎二は、驚いて彼女に近付いて身体を揺らす。
「うーん、慎二さまあ。もっと激しくー」
だが、彼女は寝言を言っているのか、それとも寝ぼけているのか、訳の分からないことを言う。
「いいから、早く起きてよ。このままじゃあ、まずいよ」
慎二は、なおも彼女の身体を揺らす。すると、ようやく彼女は目を覚ます。
「うーん、ここはどこですか。えっ!」
彼女は、ようやく自分が置かれた状況に気付き、真っ青になる。
「良かった、起きて。いいから早く何か着てよ」
慎二が言い終わる前に、彼女は走って逃げて行く。
「ぎゃあーーーーーっ!」
残された慎二は、呆然とするのだった。
そこから少し離れた場所では、獣人娘達が小声でひそひそと話していた。
「あのバカエルフ、これで婚約解消ね」
「馬鹿な女。あんなに飲めば、悪酔いして当然なのに」
「これで慎二様をゲットするチャンスが巡ってきたわ」
慎二を巡る女の戦いは、激しさを増していくかもしれない。
コメント返しは、今回はお休みして次回以降にします。