「さて衛宮、今日からお前の魔術を本格的に鍛え創める訳だが」
先生は辺りを見回す。
時刻は午後九時、とっくに月が顔を見せている。
「何でお前達全員が残っている?」
興味本位で残っている幹也さんとイリヤ、そして不機嫌そうな顔でやっぱり残っている式さんを眺める。
「昨晩は士郎君の超能力、見られませんでしたから」
「お兄ちゃんが気になるんですもの、残るのは当然だわ」
「…………幹也が残ってるからな」
思い思いを口にする皆様。
そんな面白いものじゃないぞ。
「まあいい、それじゃ始めるぞ衛宮。投影、それに強化だったか? お前の魔術は」
俺は頷いて、先生が手渡してきたランプを受け取った。
これ、遠坂が持っていたのと同じだ。割とポピュラーな魔具なのかもしれないな。
「とりあえずこれを「強化」してみろ、話はそれからだ」
皆の視線が集まる中、神経を研ぎ澄まし。
「――――同調、開始(トレース・オン)」
ランプは閃光と共に粉々に砕け散った、―――――――――――。
FATE/MISTIC LEEK
第九話 伽藍の剣 Ⅳ
「シロウ、まじめにやりなさいよ」
「凄いな士郎君。それが君の超能力かい?」
「へえ、鮮花の奴よりも面白そうだな。燃やすんじゃなくて爆破か」
はは、―――――何でさ?
「大したものだ。君にこそ“ヘッポコ王”の二つ名は相応しい」
本気で感心している先生。
幹也さんが、えっこれ失敗だったの?なんて驚いているし。式さんは残念がっているし。
――――――――泣きたい。
「まあいい、分かっていたことだしな、次は投影だ。出来ないとは思うが、間違っても最高位の武具なんて投影するなよ、ここの結界が破られる」
サッサとやれ。と命令形で先を促された。
まあ、やれと言われたらやりますけど。
投影するのは、―――――自宅の包丁でいいか?
「――――投影、開始(トレース・オン)」
自身のイメージを六節に分けて剣を鍛つ。
昨夜、先生によって自身の属性を完全に自覚したからだろうか?
以前とは比べられないほど「剣」が創りやすい。
瞳を開けば、魔力で編まれた包丁が握られていた。
「これが士郎君の超能力? 日用品を作る能力なのかな?」
「包丁を作るだけだと? 衛宮、さっきの爆破の方が楽しめるぞ」
…………口々に勝手なこと言って下さる。
「ちがうわコクトー、シキ。お兄ちゃんの魔術はね一度見た剣を完璧に複製するのが本質なの。しかも、投影した剣はほおって置けばそのまま存在し続けるでたらめさ。さっきの強化の失敗もね、この魔術から派生したものにすぎないわ」
イリヤが俺に代わって代弁する。
よく出来ましたお兄ちゃん、と言って俺に微笑をくれる妹。
その笑顔、何度見ても癒されるなぁ。
「一度みた剣を完璧に複製?―――――それ、本当かよ衛宮?」
「ええ、そうですよ。ただ、俺に理解できた剣だけっていう条件がつきますけどね、よっぽどのものでない限り投影出来ると思います」
式さんの笑顔が喜々に染まる。
「よし、お前明日、両義の家に来い。蔵の古刀、名刀を見せてやる」
俺も剣が見られるなら嬉しいけど、何でさ?
「これで持ち出し禁止の刀が使いたい放題だ。衛宮、試し切りはお前でしてやるからな」
喜べ、と怪しく笑いかけてくる式さん。
それはどうも、全く嬉しくないですね。
「お楽しみのところ悪いのだがね、そろそろいいかな衛宮。それと、両義の蔵に行くのはまだいい、刀を視たところで今の君では投影できん」
吐血覚悟ならそれも可能だがねって、なんでそんな笑えない事笑顔で言えるんです、先生?
式さんも、別にそれでも………、なんて素晴らしい台詞呟かないで下さい。
「それはそうと、どうですか? 俺の魔術」
フム、と頷いて先生はタバコに火をつけた。
「まあ、先ずは君の体の状態からだな。現在開いている魔術回路は全部で17本、その全てが神経に同化している。魔力容量は大体20~30程度か?そして、何より特筆すべきは回路の強度だ、なるほどこれなら自身の魔力量以上の過負荷にも耐えられるはずだな宝具の投影も可能だろうよ」
先生は自身の専門は“肉体”にある、って言っていたが流石だな。
一度視ただけで、俺の体の状態がそんなハッキリ分かるのか。
にしても気になるのは。
「――――――回路の強度? 他は並以下なのに?」
「大方、衛宮の鍛錬法が原因だろう。私の知った事ではない」
遠坂曰く、魔術回路は作るものではなく開くもの。
ならば八年間、死ぬ思いで続けた鍛錬にも何かしらの意図があったのだろう。
「それと、強化についてはボロボロだ。媒介に回路が全く繋がっていない、流す魔力は出鱈目、救いようが無いほどに魔術ではない」
ここまでハッキリ言われるともう笑うしかないな。
―――――泣いてなんかいない、俺は泣いてなんかいないぞ。
「剣の投影については、――――お前の“起源”に穿ち込まれた魔術だしな特に言うことは無いか」
先生はタバコを灰皿に落とし、今後の指針について話しだした。
「今後の鍛錬についてだが、―――――――そうだな、投影は私の許可があるまで修練、使用の禁止。今後は強化、解析の鍛錬に加えて変化の魔術を中心に教えていく、いいな?」
―――――――投影禁止?確かに遠坂にも投影の魔術は俺の身に余るって言っていたけど、さっき包丁を投影した限りでは問題なかったぞ。
「あの先生? なんで投―――――」
「いいな。衛宮」
「了解しました! ご指導のほど宜しくお願い致します!」
先生がとてつもなく綺麗な笑みで笑っている。
喩えると「質問したら殺す」みたいな素敵な顔。
「分かればいい。それと、今日から式に剣の稽古でもつけてもらえ。場所は、――――屋上でいいか?自由に使え」
必要だろう? と言って、席を立つ先生。
「おい、橙子。オレは何も聞いていないぞ?」
不信感を隠そうともせずに式さんが身を乗り出す。
「別に構わんだろう?殺さないのなら何をしてもいい。久しく血を見ていないだろうし、衛宮は私のオモチャだ、これから毎晩一時間ほど貸してやろう」
いいんだな、勿論だ。なんて言ってニタリと笑いあう大人の女性二人。
ゴッド、どうして俺の周りの女性はこればっかり何ですか?
「そうことだ衛宮、少し式に遊ばれて来い。その後魔術の鍛錬だ。分かっていると思うが、帰宅後は、魔術書を読めよ、今の内に探して来てやるから楽しみにしていろ」
そして先生は工房に消えていった。
「――――だってさ衛宮、屋上へ行くぞ。生憎ここには模擬刀なんて無いからな、お前は適当に見繕え」
投影を禁じられていてどうやって見繕えと? さっきの包丁ですか?
「オレのことは気にするなよ、いつも持ち歩いてる獲物(ナイフ)がある」
短めの凶器を弄ぶ式さん。あの、もしかしてそれを使って斬り合うんですか?
幹也さんとイリヤは、関ることに身の危険を感じたのか二人で和やかにお茶を楽しんでいる。
ああ、なんか慨視感。
現実逃避をしている俺は式さんに轢きづられて屋上へとドナドナされた。
――――――今夜は星が綺麗だ。
目の前にはナイフを構え流麗に月を背負う式さん。
ナイフを持っていなけりゃ、その美しさに見惚れたんだろうなぁ。
俺はというと、もはややけくそで先ほどの包丁を構えている。
夜の月の下、着物の美人が輝く銀色の殺意を握り佇む、相対するは凡庸な男。
握る獲物は出刃包丁、実にシュールな光景だ。
「――――――さあ、衛宮」
式さんの目が肉食動物のそれに変わる。
さて衛宮士郎、現実逃避は終わりだ。
曲がりなりにも剣を執った、なら目の前の脅威に全身全霊で答えるだけだ。
美しすぎる殺意が走る。
愚直な剣で立ち向かう。
「―――――――――存分に、楽しもうか」
「―――――――――――ええ、こちらこそ」
この日、『伽藍の剣』に邂逅する――――――――。