「浮かない顔だね、衛宮」
いつもの様に紫煙を吹かせて先生は俺を視ることも無く呟いた。
「―――――分かりますか?」
式さんとの鍛錬の後、俺は先生の工房にやってきた。
アーチャーの双剣、そして剣舞。
式さんの指摘した俺の剣の不整合さ。
心を掻き毟る、―――――――オレという他人の囁き。
「まあな、衛宮の解析はソコソコに使えてきた様だし、そろそろかと思っていた」
先生は無貌の儘に振り返り。
「“エミヤシロウ”の双剣に辿り着いたのだろう?」
―――――――――――――当然の様に口にした。
「気付いて、――――たんですか―――――?」
驚いた。
エミヤシロウのことはまだ誰にも話していない筈、いや…………それ以前に、どうしてアーチャーが“エミヤシロウ”だって知っている?
「見縊るなよ衛宮。解析能力を伸ばしてやれば自ずと剣の記憶を読み込めるようになる。式とまともに斬り合うには“エミヤシロウ”の剣技を模倣することが必須だったろう?」
「いや、それもそうなんですけど、どうして先生はアーチャーが俺だって知っているんです?俺だって最近気付いたんですよ」
あたふたしながら、表情一つ変えない先生に尋ねる。
「其れこそ、知っていて当然だ。教えただろう? 私は聖杯戦争を“視ていた”と。その折“エミヤシロウ”の投影魔術を確認している。覚えておくといい、衛宮の魔術は後にも先にも君にしか使えない。ほら、道理だろ? “衛宮士郎”しか使えないはずの魔術をあの弓兵は使ったのだ、奴が“エミヤシロウ”ではなかったら何者だというんだ?」
先生は算数を教える教師のの様に言い放つ。
―――――――全く、先生には敵わないな。
FATE/MISTIC LEEK
第十一話 錬鉄の魔術師 Ⅱ
「それで?何を考えている?」
好奇に満ちる瞳が俺に向けられる。
「分からなく………なっちまったんです」
「ほう、何がだ?」
「“エミヤシロウ”の剣技。俺という人間が生涯をかけて鍛えた俺に最適の戦闘方法、―――――だと思ってた」
先生は答えない、だけど――――
「俺は戦闘者じゃない。「創るモノ」として、“エミヤシロウ”が辿り着いた一つの答え。
勝てもしなければ、負けもしない。“エミヤシロウ”が戦うのは自分自身、自身に負けない「不敗」の剣、鍛え続けた錬鉄の剣」
―――――その瞳はいつか視た優しい光を讃えている。
「その「剣」を受け入れるオレがいる。その「剣」を否定する俺がいる!」
いつの間にか感情的になっていた。
式さんやイリヤの手前、先ほどは冷静を装っていたけど、俺、随分と参っているんだな。
「だから違う!何が違うのか分からないけど違うんだ!俺は!衛宮士郎は「負けない」だけじゃ足りない!それだけじゃ、アイツに届かないのに………エミヤシロウの剣を………否定できない…………」
痛い沈黙―――――そして、
「そうだな、―――――」
長い無音の大気を割いて。
「“エミヤ”と“衛宮”は、―――――違うから、な」
びっくりするほど優しい声で先生は言葉を紡いだ。
「エミヤの「世界」と衛宮の「世界」はもう異なっているよ」
独白は続く。
「君がかつて視た赤い丘。分かっているはずだ、そこは、君が辿り着く筈だった“世界”」
いつもと同じ不遜な顔。
「エミヤの剣に“敗北”は無い、だが同時に勝利も無いといったな」
だけど確かに、先生の瞳は、――――――
「そんな剣と君が同じ? 衛宮の世界に“勝利”が無い?―――はん、笑えないね」
――――――俺を導く賢者の瞳。
「君の『世界』は彼女のための伽藍なのだろう? 約束された勝利の騎士、勝利すべき黄金の担い手。―――――――――――」
久しく感じることの無かった、切嗣の様な温かい瞳で、――――――
「―――――彼女のための『世界』に“勝利”が無いはずあるか」
―――――――俺の世界を確実に暴いていく。
「腹立たしいにも程がある、エミヤの剣を認めているだと? 嘘だね。本当にその剣を理解したいのなら、とっくにその全てを引き出せている。其の程度の技量、この私がとっくの昔に与えているからな」
相変わらず、唯我独尊で。
「君が、衛宮士郎がエミヤシロウの剣を模倣しきれないのはね、お前とエミヤが決定的に異なっていることの証明に他ならない」
これっぽっちも人のことを考えない、
「つまりだ、手遅れなんだよ衛宮。この私の弟子になった時点で、―――――」
自分勝手な人だけど。
「君には、自身への“勝利”しか、許されないんだから」
こんなにも、俺を大切にしてくれる――――――――――――。
「分かったか、衛宮士郎」
先生の貌は、やっぱり無愛想で、詰まらなそうだけど
「ええ、―――――俺、馬鹿だったみたいです」
そんな先生の顔、俺、好きなんですよ。
「全くだ、気付くのが遅すぎだよ衛宮」
ほんと、俺は馬鹿だ。
エミヤシロウの剣、それはオレの理想だったモノ。
空っぽだったオレが、自身の理想しかなかったオレが、ただ鍛え続けた“不敗”の剣。
衛宮士郎の目指す剣、それは俺とアイツの理想。
空っぽの伽藍を、今はアイツが満たしてくれる。
自身に打ち克つため、アイツと鍛える“勝利”の剣。
「―――――――――それが、俺の唯一つの剣」
迷いは無い。
エミヤの剣技、古き理想に振り返る必要は無い。
これから創る。
衛宮士郎の剣技、ここで、伽藍の堂で、オレとは異なる剣を鍛つ。
「分かればいい、――――これで、やっと投影魔術を解禁できるな」
やれやれと、先生は椅子にもたれてそんなことを言った。
「?――何で投影魔術が解禁になるんですか?」
分かりません、とゆう顔を作って先生に尋ねてみた。
「分からないか?お前はエミヤの剣技を模倣するため自身の中から剣の経験を知識として読み取っただろう?」
無言で頷く。
「もし衛宮が投影魔術で剣そのモノを投影すれば、その経験を「知識」として知るだけではなく「経験」として再現してしまう恐れがあったからだ」
それの何が悪いのさ?
「剣の経験は、衛宮という人物を無意識の内にエミヤという人間に近づけてしまうからな。君が自分自身で衛宮士郎とエミヤシロウの差異を自覚するまで投影を禁止していたのはそういうわけさ」
先生、俺のこときちんと考えてくれていたんだな。ちょっと感動したぞ。
「そうだったんですか。――――ってことは俺、アーチャーの双剣は使わない方が良いんでしょうか?」
アイツの剣を真似ないのは決めたけど、あの双剣が一番俺に合ってると思うんだよなぁ。
「いや、あの剣が君に馴染むのに変わり無いからな、――――そう思って用意した」
先生は机の下から50cm四方の黒いハードケースを取り出した。
「入学祝いの様なものか? 二ヶ月前には用意出来なかったからな、まあ見てみろ」
妙に嬉しそうな先生を不思議に眺めながら、俺はケースを開けた。
「――――――――っつ!?!?これ、“干将・莫耶”!」
そこには、現実を侵食する白と黒の“幻想”があった。
「―――――これ、どこで!?」
本物だ、こと剣に関して見誤る事などありはしない。
「なに、アンダーグラウンドのオークションに出回っていたらしくてね。黒桐に頼んだら直ぐに見つけて来た」
「見つけて来たって…………」
幹也さん、貴方一体何者ですか?
「なんと値段も破格でね。現存する宝具がなんとこれだけ」
安いだろう、と値段を見せる先生。
提示された値段は俺の給与が向こう20年は軽く吹っ飛ぶものだった。
そんな高価な品を俺のために…………。
「とにかくこれなら、エミヤの戦闘経験など詰まってないからな、大事に扱え」
俺、先生の事誤解していました。
「有難うございます、―――――先生」
そう言って、干将・莫耶を手にかけようとした瞬間――――
――――――――――――――バタンと、
「そうか、それはよかった」
先生は、ホクホクとケースを自分の方に戻してしまった。
「――――――へ?」
なんでさ?
「私のコレクションの中に新たに加わった神秘の一つを見せてやったんだ、大切にしろよ」
えーと、はい?
「ああそれと、これからの君の給与なんだがね、払えないんだ。こいつを手に入れたおかげで事務所の金が底を尽いてしまったのでね。」
ナニヲオッシャッテイルンデスカ?
「そんな訳で、金に困ったら適当に見繕え」
「あの………干将・莫耶は俺に……プレゼントしてくれるん、じゃ……?」
「 ? 何を分からないことを、君は視ただけで全く同じモノを複製出来るのだろう? だったら、君にものをやるだけ無駄じゃないか。馬鹿か君は? ああ、馬鹿だったな」
もう何がなんだか分からない。
「今日の魔術の鍛錬はなしでいいか? 思いの他時間を食ってしまったしな、今日はもう帰っていいぞ」
先生は立ち上り、干将・莫耶の入ったケースを持って自身の私室に向かって行く。
「…………」
俺も、イリヤが待っているであろう屋上へ踵を返す。
もう何も聞こえない、何も考えられない。
だと言うのに、―――――――――
「それとな衛宮、一つ頼みたい事が在るんだ」
「何です、…………先生」
「金、貸してくれないか? 宝具を手に入れてしまったのでね見ての通り、無一文なんだ」
―――――――先生、貴方って人は。
「お断りします―――――――――――――!!」
力任せに、ドアを叩き付けて先生の工房を後にする。
途端、夏の匂いが肌を伝う。
屋上へ向かう階段、軽快な音が頭の上から聞こえた。
どうやらイリヤは今日から式さんとの打ち合いを解禁してもらえたみたいだな。
空が近づく、――――そんな錯覚。
迷いは無い、自身を偽るのはもう止めた。
始めからもう一度、アイツと出逢ったあの冬の様に。
もう一度、この夏を彩ろう。