今日は花の金曜日。
時間がノンビリ流れる感じが実に良い。
学生の時は特に感じなかったが、いざ会社勤めになると金曜日の夜というのは妙に嬉しい物だ。
仕事と鍛錬を速めに終えた俺はイリヤと一緒に帰宅。
イリヤは汗を流すため一人風呂へ、俺はというと今日も今日とて晩のメニューを考えながら、居間と隣接した狭い台所で冷蔵庫と睨めっこしていた。
時計が七時の鐘を告げる前に台所の横に設けられた我が家の玄関が開き、艶やかな女性の香りが部屋の中に漂う。
「お帰り。今日の晩飯何にする?」
冷蔵庫の材料を見渡しながら振り向きもせず、共同風呂より帰ってきたイリヤに尋ねた。
「そうね、今夜も暑いしサッパリした物がいいかしら」
サッパリした物ね………パスタがまだ残っていた筈だし、トマトとほうれん草の冷パスタを主菜にかぼちゃのヨーグルトサラダ、それとアスパラのベーコン巻きでいいか?
「オーケー、主菜はパスタでいいよな? ちょっと軽すぎか?」
晩御飯としては、少し軽すぎな感が否めないので、一応尋ねる。
「軽すぎも軽すぎ。私はもっとガッツリ食べたいね。夏はやっぱりスタミナ料理でしょ?」
案の定不満の声。
スタミナ料理ね、うーん今日の材料だとちょっと。
「悪い、今日の材料だと無理そうだ」
「えー、衛宮っち。配慮が足りないぞ」
うだうだ言いながらパイナップルヘアーが残念がって揺れている。
「―――――――――――まて、なんで朝倉がいる?」
だらだらと居間で足を延ばすインベーダー。
別に晩飯食いに来るのは構わないけどな、挨拶くらいして上がれよな。
「階段の下でイリヤちゃんと会ってね、晩御飯まだだって言うから私もお邪魔しようかな~って」
転がったまま、勝手にテレビをつけて寛ぎだした自称美少女パパラッチを一瞥。
「それはいいけどさ、挨拶ぐらいしろよな」
「そうよ、カズミ。礼儀がなってないわ」
ドライヤーで長髪を乾かしながら優雅に一喝、我らがボロ屋のプリンセス。
「はは、イリヤちゃんに言われちゃあねぇ」
苦笑しながらイリヤに挨拶する朝倉、………俺には無いのか?
「当然ジャン。衛宮っちに礼を取るのはご飯の前と後だけよ」
何処まで本気なんだか、サッサと視線をテレビに戻す朝倉。
イリヤも扇風機の近くに陣取り、朝倉と一緒になってブラウン管の向こう側。
「――――――――まあ、いいけどさ」
俺のヒエラルキーって、一体?
やっぱり一番下なのか?
下らない事を考えつつ、包丁を構える。
それと同時にこぼれるため息。
「はぁ、とっとと飯を作ろう」
お姫様たちが待っているしな。
FATE/MISTIC LEEK
第十ニ話 白の雪 Ⅱ
「今日もご馳走様。衛宮っち」
冷パスタを確り二人前間完食した朝倉が空になった茶碗を差し出しお茶を要求してきた。
「お粗末さまです。何茶にする?」
朝倉とイリヤに食器を片しながら目で問う。
「私は麦茶、日本の夏はコレだって大河も言っていたしね」
「コーヒー。ネサカフェのシルバーブレンド、勿論アイスね」
「了解。ちょっと待ってろよな」
洗い物を水に浸して備え付けの戸棚に手を伸ばし、お茶菓子とコーヒー、冷蔵庫から作り置きの麦茶を探す。
がさがさとお茶を探していると、再びテレビの喧騒が耳につく。
それと重なる様に、存在すら忘れていた我が家のインターホンが鳴った。
「邪魔するよ衛宮、―――――っと今日は和美も同伴かい?」
顔を覗かせたのは今日も袢纏を着た薬売りのお姉さん。
暑くないんですか? 今夏ですよ?
「あれぇ? オネェどうしたの? 晩御飯なら終わっちゃたよ」
朝倉がテレビから視線を外しお姉さんに尋ねる。
「そいつは残念だね。―――衛宮、アタシはコーヒーな。ちょいと頼みたい事があるんだ時間あるよね?」
言い終わるが速いか、お姉さんもお姫様方の団欒に混じり姦しく居間に腰を下ろした。
「それで、頼み事というのは?」
全員分のお茶を用意し、どら焼きを居間のテーブルに備え俺は切り出した。
「言っておきますけど、薬関係の仕事だったら御免ですよ」
真剣な瞳で彼女に返す。
お姉さんが扱っているドラッグ。
彼女に聞いた限り、扱う薬は他のそれと比べ依存性や耐久性は段違いに少なく、人体への影響もそれほどでも無いという物らしい。
今は彼女の人柄が真っ当な事もあり俺も大人しくしているが、不信感は拭えない。
「分かってるよ、アタシも衛宮に嫌われるのは嫌だしね」
俺の一睨みなど何処吹く風と、彼女はアイスコーヒーに口を付けた。
「それじゃ、何です?」
こちら側の頼みごとは先ず在りえない。
彼女には俺や朝倉が“こちら側”の人間だと話していない筈。
当たり前だ、彼女は社会の裏側に生きてはいるが俺達の様に世界の裏に生きている人間じゃない。
「―――――ちょいと、厄介な事件がアタイ等の界隈で起きててね」
「ああ、例の変死体の話?」
朝倉がお姉さんの言葉を受け取り返した。
「衛宮っちは知らない? 最近、ここいらで裏の人間が変死体で発見されてるって話」
「変死体? 知らないぞ、初耳だ」
最近、忙しくてテレビも新聞も見てないからなぁ。
「知っているわ、さっきのニュースでも大きく取り上げられていたもの。何でも外傷が一切無く、人目のつかない路地裏や閉鎖された工場内で薬の売人やその交渉相手と思しき人間が死体で発見されたとか、それ以外にも一般人が何人か死体で発見されているみたいだけどね」
こちらもはイリヤ、どら焼きを頬張りながら興味なさげに教えてくれた。
「それだけじゃないよ衛宮っち。ここからは公開されていない情報なんだけどね、この事件が面白いのは、その共通項、死亡時刻が全て一致しているとこなんだ」
「死亡時刻の一致? それはまた奇妙な共通項だな」
「でしょ、変な話よね」
朝倉もどら焼きに手を伸ばし、お姉さんに目配り。
「それで? オネェは一体衛宮っちに何を頼むのさ?」
お姉さんは真剣な面持ちを崩さない。そして、
「それなんだけどね衛宮。この事件を解決が解決するまでアタイを養ってくんない?」
ずずず、とコーヒーを最後まで啜り理解不能な事をのたまった。
「――――――――――――――――は?」
なんでさ?
「この事件のおかげで警察屋さんが夜中にウロウロしててね、お客さんが出てこなくてアタイの商売上がったりな訳よ」
ゴツンと、テーブルに頭を擦り付けながら、先ほどまでのピリピリした緊張感を粉みじんにして下さいます。
「でね、この事件を起こしたアンポンタンのせいで金がないのよ。三食作ってくれるだけでいいからさ、頼むよ。御代はアタイのカ・ラ・ダ。文句無いだろ? 衛ぇ宮~」
潤んだ瞳で俺を見つめるお姉さん。
既に死語かと思われるこの台詞も、実際面と向かって言われるとかなりの破壊力だ。
確かに問題な、―――――――くないわけあるか!? 俺の馬鹿!
「何で顔赤くしてるのよ、シロウ」
妹の殺意さえこもった視線が痛すぎる。
「まま、妹君、衛宮っちもあれで男の子故、許してあげるのが女の器量かと」
朝倉の奴が笑いを堪えながらイリヤの相手をしている。
止めろ、朝倉。今のイリヤには火に油だ。
「それで衛宮ぁ~、助けてくれるのかぁ~、こんな美人に尽くせるんだぞぉ~、その上衛宮の望むがままだぁ、こんな破格な条件そこら辺に転がって無いぞぉ~」
なおも猫なで声で袢纏をはためかせ懇願を続けるお姉さん。
「シロウ……………」
ゴッド、俺に平穏は無いのですか?
結局、何が何だか分からないうちに俺はお姉さんにこの事件が解決するまでご飯三食、洗濯、部屋の掃除を全て請け負うことになっていた。
ご飯は分かるけど、後の二つは金欠と全く関係ないぞ。
「衛宮っちも大変だねぇ~」
「シロウの場合は自業自得よ、女には甘いんだから」
ケラケラ、プンプン、ケラケラ、プンプン対照的な効果音が部屋を満たしている。
「まあなんだ、ふざけた話しはここまでにしておくぞ朝倉、イリヤ」
お姉さんが帰った後、俺は洗い物を片付けながら朝倉に問いだした。
途端、先ほどまでの空気はなりを潜めた。
「何の事かな、衛宮っち?」
惚ける朝倉。
ほう、そう来るか?
ジャブジャブと洗い物と格闘しながら一つ考えを纏め、俺は口を開いた。
「お前がこの事件についてある程度情報を集めているって事は、この事件にそれなりの価値と裏があるんだろ? こっち側の仕業なのか?」
俺の考えを振り返らずに投げつける。
油汚れのフライパンは擦り付けたスポンジと共に綺麗に洗い流された。
「へぇ、衛宮っちも鋭くなったね」
意外そうに朝倉が口を開く。
俺だって先生に揉まれて来たのだ、洞察力だってそれなりに養われるさ。
「よく言うわね、カズミ。今日晩御飯食べに来たのも、その話しをするためなんでしょう?」
イリヤが涼しげな声で追い討ちをかける。
ナイスだ、イリヤ。
「は、ばればれな訳か。アタシもまだまだだね」
例によって朝倉は万歳のポーズで降参を表す。
だが、その瞳を見る限り自分の流れだと分かっているのだろう。
不遜な態度のまま彼女は告げる。
「降参だよご両人。それで? 私の情報、買うのかい?」
情報屋の本領発揮。
買い手が買わずにはいられない状況を作りだし朝倉が俺に問う。
この話しをすれば俺が首突っ込まずにはいられない事を分かって言ってやがるな、こいつ。
「勿論だ、この事件は放っておけない」
正義の味方として、この事件は止めなくちゃならない。
「シロウが首を突っ込むんなら私も一緒よ」
俺の答えなど予測済みだとばかりに、イリヤの声が重なる。
「妬けるね仲良し兄妹」
一旦、エプロンを外し台所を離れる。
「――――――それじゃいいかい?」
俺はイリヤの隣、朝倉の正面に腰を下ろした。
「事件の始まりは七月二十日の深夜………といっても日付が変わる前だからそれ程遅くも無いか。町外れの閉鎖された地下バーで麻薬の売人三名とその買い手二名がさっきイリヤちゃんが言ったように外傷が一切なく発見されたわ、コレが最初の死亡事件ね。んで、二つ目の変死体はやはり同時刻、港の倉庫街で残業中の従業員が死亡、翌日に出社した同僚が遺体を発見、これを通報。警察屋さんはこの時点で事件を関連づけて調査を開始。今日に至るまで首都を中心にその他多数同上の事件が発生するも警察屋さんは未だ解決は愚か手がかりすら掴んでいないわ」
「表向きの情報はいいよ、裏の方を教えてくれ」
「せっかちだね、衛宮っち。ご想像の通りこの事件は真っ当な人間の起こした事件じゃない」
人差し指をピンと立て、注目を促す朝倉。
「警察屋さんは犠牲者の死因を解明しきれていないから、変死体って事で情報を公開しているけどね。私お抱えの諜報員によるとその死体には生命力を食われた痕跡があったとか。何らかの神秘が絡んでいるのは間違いない」
「朝倉お抱えの諜報員? お前、そんなのいたのか?」
初耳だぞ。
「ああ、そういえば衛宮っちには話してなかったね。丁度いいから紹介しようか? 出てきなよ、さよ」
言って、指をぱちりと鳴らす彼女。
何故だか部屋の気温が下がった気がした。
「どうも~はじめまして」
突然朝倉の横に明確な何かが浮かび上がり口を開いた。
「相沢さよって言います。衛宮さん、イリヤさん、和美ちゃんが何時もご迷惑おかけしています」
礼儀正しく現れたのは十四歳ほどの少女の……………幽霊?
「………え~と、こちらこそ宜しく。衛宮士郎です」
いきなり幽霊を見ても動じないのは喜んでいいのか微妙ではあるな。
一応握手を試みる。
………が、手は一向に交わる気配が無い。
「ああ、すみません衛宮さん。私、幽霊なんで物質には干渉できないんです」
ぺこぺこと何度も平謝りの自称幽霊。
「カズミ………こいつ何者?」
って、どうしたイリヤ、怖い顔して?
「何って、この子の事? 見ての通り幽霊じゃない、足無いし」
「幽霊? 馬鹿なこと言わないで、一般に知られている幽霊は世界に残留した想念、世界に残された魂の記録を第三者が観測することで発生する現象よ。幽霊は世界という場に過去の記録を投射した唯の映像に過ぎない。だけどこいつは違う、明らかに自我を持った状態でこの世界に留まっている。明確な“存在”としてこちらに留まる現象は幽霊なんて言わないわ」
イリヤの剣幕は殺気すら含んで朝倉に迫る。
「そう言われてもね、この子は私にとり憑いてる幽霊以外に説明の仕様が無いよ」
流石の朝倉もイリヤの視線にたじろいでいるぞ。
「カズミ、真面目に答えなさい!魔術師が目指す一つの到達点、魂の物質界への固定、その成功例が目の前にいるのよ!?」
イリヤの目が段々悪魔みたいに成ってきた。
ヤバイ、この目は危険過ぎる。
俺が朝倉に助け舟を出そうと身を乗り出した瞬間。
「あの~、何のことだか分かりませんが、私は気付いたら幽霊に成っていただけですよ?」
さよちゃんは最強の一撃を持ってイリヤを粉砕した。
無言のまま真っ白に崩れ落ちるイリヤ。
俺も含め、朝倉とさよちゃんはイリヤの豹変振りに口を大きく開けている。
「……第三魔法……その足がかり………一千年の妄執………失われた道………アインツベルン……それが気付いたら?……はは、なんでさ?」
ブツブツとかなり危ない雰囲気で俺の口真似をするイリヤだったもの。
イリヤの面持ちはさよちゃん以上に幽霊じみている。
「ま、まあ何だ? それでさよちゃんはどうして朝倉の使い魔に!?」
とりあえずイリヤが帰って来るまでに俺の質問も済ませておこう。
「使い魔、ですか? うーんちょっと違いますね、私達の関係は」
ちょっと困った様にさよちゃんは俺の言葉を受け取った。
「使い魔じゃない?それじゃ一体どんな関係なんだ?」
「同級生でお隣さんだったんですよ私と和美ちゃん」
誇るように胸を張りさよちゃんは視線で朝倉に言葉の続きを求めた。
「さよは私が初等科で学生していた頃に知り合ってね。その頃からの腐れ縁なんだ。だから使い魔ってよりもお友達って感じで付き合って貰ってるんだ。契約って言うのかね? とにかくこの子のほうからラインを繋いで貰って今の状態を維持してるわけ」
「それは分かったけど、さよちゃんはどうやって今の状態を維持してるのさ? 朝倉は魔術師じゃないんだから魔力の供給なんて出来ないだろ?」
「それはですね。私は和美ちゃんの学校に憑いていたんですけど今は和美ちゃんに憑いているんです。言い方は悪いですけど、私が和美ちゃんを呪う側で和美ちゃんは呪われる側なんで、魔力に還元される前の力、生命力を吸い取って維持してるわけです」
さらっと怖いことをおどろおどろ、もとい、オドオドしながら俺の問いに答えてくれるさよちゃん。
「なるほどな、朝倉はさよちゃんにとり憑かれてるだけな訳だ」
なんとも珍妙な関係なんだな。
「そう言う事。この子はこの世界に留まるために何かにとり憑く必要がある、だからアタシの体を提供する代わりに、この子に色々働いて貰ってるのよ」
「――――なるほどね。そいつの事は納得できないけど、魔術師じゃないカズミがそいつを使役できるのは、そう言う訳か」
復活したイリヤが優雅に受ける。
立ち直りは意外と速い方なんだな。
「なんにしても、魔術師でもない貴方がゴーストライナー使いなんて、笑い話にもならないわ」
つぶらな瞳が先生の様笑いながら据わっている。
お兄ちゃんは妹のそんな顔見たくなかったぞ。
「ゴーストライナー………確か最上級の使い魔の事だよな? うろ覚えだけど、人間より格上の存在、俺たちより神秘に近しい使い魔のことだっけ? それで、さよちゃんはどんなことが出来るんだ?」
イリヤの視線でビビリまくってる朝倉とさよちゃんに尋ねる。
最上級の使い魔だものな、かなりのことが出来るはずだ。
「わ、私ですか!? そんな期待された視線向けられても困ります!? 最上級の使い魔だとか言われても何も出来ませんよ!? ね? 和美ちゃん?」
アタフタしながらさよちゃんは自身の相棒に助け舟を求めている。
「確かにねぇ。この子は魔術関連の人間にすら見つからない、気付かれないのを利用しての諜報活動ぐらいしか出来ないよ。最上級の使い魔だっけ? それにしちゃあまり役に立たないねぇ」
苦笑しながら相棒を弄り始めた朝倉。
だけど何だかんだで彼女達の信頼関係が見て取れる。
「ま、こんな子だけど仲良くしてやってくれよ衛宮っち、イリヤちゃん」
さよちゃんを苛め抜いて満足げな朝倉が恥ずかしそうにはにかんで告げる。
「勿論だ。イリヤもそうだろ?」
「ま、私は構わないけどね」
澄ましているものの、イリヤの顔は穏やかだ。
「照れるね、有難うお二人さん。それじゃ話しを戻すよ。さよ、アンタが気付いたことを話してあげなよ」
朝倉の一言に、付き従うさよちゃん。
「はい。私が件の変死体を確認したところ、全ての死体から第二ないし第三要素が抜き取られた痕が見られました」
さきほど朝倉も言っていたが姿の見えないのを利用して警察署に忍び込んだのだろうか?
朝倉はさよちゃんを役に立たないと評価しているが情報屋として何処へでも侵入可能な目と耳を持っているのはとんでもないアドバンテージだと思うぞ。
直接見てきたのならそのさよちゃんの見解に間違いは無いはず。
「精神と魂………やっぱり魔術師の仕業か?」
聖杯戦争の時も慎二のサーヴァント、ライダーが学園に結界を敷き、生徒から生命力を奪っていた。なら、今回の事件も何らかの手段を用いて何者かが同じ事をしているのか?
「私はその可能性は低いと思うわ、シロウ」
少し考え込んだ後、イリヤは俺の言葉を否定した。
「なんでさ?」
「魔術師は神秘を隠匿する。よほどの事が無い限り、人死にを犯してまで扱いの難しい第二、第三要素を蒐集するなんて考えられない。下手したら協会に処断されるわ。そうでしょカズミ?」
「イリヤちゃんの言う通り、この事件は魔術師とは別の何かが原因に間違いない」
イリヤの言葉に賛同を示し、朝倉はさよちゃんに視線を戻す。
「あくまで私の見解なんですけど。“魂食い”ではないかと」
魂食い? なにさ、それ?
「以前シロウが言っていたと思うけど、人の想念はそれ自体が力なの。愛情や憎悪といった強力な想いは穢れたマナを媒介に象を成す、一時の象を得た“存在”は自身を確立させるため同種の力を食らう」
俺の顔色を読み取ってくれたイリヤが答えてくれた。
「人間の想念が周囲のマナを体にして人を襲ってるって事か?」
「正解。たぶん、過去に何らかの神秘が行使された場所に穢れたマナが溜まってそれを媒介に色んな想念が象を持っちゃったんだと思うわ。魂ないし精神を食らう現象、それらを総じて“魂食い”というのよ。死亡時刻が共通しているのも、“魂食い”が世界干渉できる時間帯が決まっているからだと思う。そうよね、情報屋さん?」
得意げにイリヤは自身の見解を告げた。
「やるねぇ、イリヤちゃん。その通り」
朝倉が感心の意を込め心地よい唇の響きと共に口を開いた。
「それで?どうなのカズミ。ここまで分かっているんですもの、今までの死体発見区域から次に“魂食い”が象を持つであろう場所位、辺りをつけているんでしょう?」
当然の様に朝倉の賞賛を受け取りイリヤは最後の情報を求めた。
「恐らく次に“魂食い”が発生するのは今週の日曜日の夜。湾岸ブロードブリッジの中だと思われます」
それに返したのはさよちゃん。
次の日曜か………問題ない。
犠牲者が出る前にそいつを殲滅しなくては。
「分かった。次の日曜日だな?教えてくれて有難う。朝倉、さよちゃん」
「気にしなくていいよ。アタシと衛宮っちの中じゃないか」
「そうですよ衛宮さん。気にしないで下さい」
豪快に笑う朝倉と、微笑で返すさよちゃん。
笑い方が全然違うのに、彼女達の顔は本当にそっくりだ。
「それで、旦那」
だからさ朝倉。
「………………なにさ」
「報酬は一ヶ月分の晩御飯ご招待ね」
雰囲気をぶち壊すなよな?