「――――投影、開始(トレース・オン)!」
頭に十の設計図を起こす、想い描くのはただの日本刀。
俺に向かって疾駆する式さんに銃口を向ける。
「――――憑依経験、共感、削除」
今求められるのはスピード、弾丸となる剣には経験など不要。
迫り来る影を右の干将で何とか凌ぐ、――――目的地まで後数歩。
「――――工程完了(ロールアウト)っつ!」
俺に距離を取らせまいと、八の斬撃が襲う。
ヤバイ、防ぎきれない、―――――だが!
「っつ!シロウ、――――!」
俺のピンチと、イリヤは式さんに向けて左手の白く輝く短刀を投擲する。
「――――――っち!」
完全に不意打ちの投擲は式さんの化け物じみた脊髄反射で躱された。
全く、猛禽の類でもあんな反射できないぞ?
だが予測済み! 今はそれで十分、式さんとの距離は約5m――――この距離、取った!
「―――――――全投影、一斉掃射(バレット・フルオープン)!!」
運動エネルギーを持って放たれる、十の弾丸、それを。
「―――――――――――はん、足りないな」
冴える刃で――――――瞬く間に殺しきった。
「惜しかったな、衛宮、イリヤ。今のはいい線行ってたと思うぞ」
なんでもなかった様に、着物の裾を払う式さん。
そして今日の鍛錬は終わりを告げた。
FATE/MISTIC LEEK
第十四話 錬鉄の魔術師 Ⅲ
七月も終わりに差し掛かかり、東京では珍しい涼やかな夜。
俺とイリヤ、伽藍の堂の面々は鍛錬の後、月見を楽しんでいた。
「やっぱりシキの魔眼は反則よ、あんなの使われたら勝てるわけないじゃない」
幹也さんに手渡されたスポーツドリンクに口を付けながらイリヤがぷんぷん不満を漏らす。
まあ、神代の魔眼ってのは反則だよなぁ。
「反則な訳あるかよ。大体、オレはこれ以外普通の人間だぞ?反則って言うならお前等の方だ、上下左右どこからでも剣や氷の礫が飛んでくる、おまけに二対一で相手してやってんだ。それでも勝てないお前らが弱いんだよ」
今日は実戦を想定した模擬戦。
式さんは日本刀一本。自身の防御にのみ魔眼の使用が可能。
対する俺とイリヤは何でもあり。いや、言葉もありません。
俯く俺とイリヤを尻目に、先生がイリヤの剣について切り出した。
「それよりも、どうだ?イリヤスフィール。私と衛宮で作った“青・倚天(セイコウ・キテン)”は?」
先生は、いつもの無関心な口調で団欒に混ざっている。
「うん、使いやすいし、いい剣だわ、流石ね」
イリヤがニコニコと眺めているのは三国志に登場する二振りの剣、銘を“青・倚天”。“鉄を切ること泥の如し”と謳われる名剣だ。
どうしてだか、イリヤは俺の“干将・莫耶”と同じようなタイプの双剣を自身の獲物にすると聞かず、先生がわざわざレプリカを作ってくれた。
ちなみに、この剣の設計には俺も一枚噛んでいたりする。
剣の事なら私よりも上だろう? とは先生談。
初めて先生に褒められた俺は有頂天のままに設計図を起こした。
オリジナルを念入りに解析しイリヤの身体に合わせて先生と一緒に創り上げたのだ。まだまだ、道具の作成は出来ないものの、設計くらいなら一人で出来る。
魔術回路も順調に開発されているみたいだし、俺も着実に進歩しているぞ。
「俺もそう思います。形が違うけど構成材質は本物と変わらない。魔剣としてなら中々のできだと思います。イリヤの成長に合わせて今後も色々と能力付加も出来るよう、工夫された造りですしね」
刀身は俺の干将莫耶より短く左右非対称の短剣。
それなりの年月と経験を積ませればかなりの名剣に仕上がる筈だ。
「いやなに、それほどでもないさ」
そうは言うものの、まんざらでもない様子の先生、紫煙が嬉しそうに散っている。
「ほんと、橙子にしてはいい出来だよ、これ。本物は扱いづらそうな大剣だったけど、これなら俺も欲しい」
と、言うのは式さん。
式さんが先生の仕事を褒めるなんて、俺がここに勤めてから初めてなんじゃないか? ちなみに、式さんの言う本物の“青・倚天”は先生の私室に眠っている。
宝具級のコレクションが眠る先生の宝物庫件私室、いつかの金ぴかを思い出すなぁ。
「でも綺麗な剣ですよね、蒼と白の刀身、イリヤちゃんに似合っていますよ。あ、でも刃物が似合う女の子はいて欲しくないなぁ」
微妙な発言ですね幹也さん。心中、お察しします。
「ほっとけよ幹也、別に構わないだろ」
顔を紅くしてソッポを向く幹也さんの彼女。
いやでも式さん、大学にナイフなんて持っていったら何者だって思われますよ?
「う~ん、確かにレディとしては大問題よね」
「別に構わないだろう? ここの男二人は剣の似合う女の子に夢中みたいだしな」
―――――――ってそんな危険なをサラリと!?
「せ、先生、―――――!」
「しょ、所長、――――――!」
先生、クツクツ笑いながらとんでもない爆弾落とさないで下さい!
「そ、それはそうと、今日の模擬戦はどうでした!先生!?」
話題! 話題を変えなくては!
「そ、そうです、橙子さん、先生なんですから、士郎君達にキチンと指導してあげてください!」
絶妙のコンビネーションで話題転換を試みる男二人。
笑わば笑え。
伽藍の堂での色恋話は、たいてい式さんの爆発で終わる。
俺はもう直死の魔眼で殺されかけるのは御免だ!
「そうね、今日は私も中々戦えたと思うし、トウコの意見が聞きたいわ」
ナイスだイリヤ! お前も、式さんの暴走が怖いんだな。
「――――――――っち、うまく逃げたな、黒桐、衛宮」
二本目のタバコに火をつけ先生は残念だと笑う。
こっちは死活問題ですから。
「まあ、まじめな話。私の視る限りでは及第点だ。お前はどうだ、式?」
気だるい感じは取れていないモノの、先生の空気は明らかに違う。
「ん、衛宮はそこそこ戦える。前のチグハグさが殆ど感じられないしな、斜に控えた無形の型に下段を意識した新しい構え、前の守備一徹、もしくは攻撃一辺倒だった時と違って、今は攻防一体って言えばいいのか? かなり楽しめる」
「へえ、式が褒めるんじゃ士郎君は本当に強いんだろうね。それじゃあ、イリヤちゃんも?」
「イリヤはこれからだ。今の双剣が合っているとは言っても、剣を持ってまだ二ヶ月、戦いになんて成らないさ。それでも、幹也より強いけどな」
式さんの発言に苦笑するしかない幹也さん。相変わらずきつい。
「ええ~、今日の投擲とか結構うまくいったじゃない!? シロウが最後にへましたけど、私の活躍があったからこそ、最後の攻撃が出来たんじゃないの!」
膨れるイリヤ。
それにしても、最後のヘマとは何事か。
式さんが相手じゃなかったらあれは絶対に決まっていた………多分。
「あのな、投擲は剣技じゃない。最後の投擲だって、衛宮がうまい具合に戦闘を運んでいたからこそ可能な攻めだ、違うか、衛宮?」
「ええまあ、イリヤの射程に誘い込むまではよかったんですけどね」
見抜いていたのに付き合ってくれたんですね、式さん。
「ほう、――――頭脳的な戦闘など今の衛宮には到底不可能だと思っていたのだがね。どんな手品を使ったんだ?」
酷いですね先生、しかもその台詞を笑って吐けるあたり、尊敬します。
「手品じゃなくて魔術です。解析の魔術を応用してみただけですよ」
うまく出来るかは自信なかったけど。
「解析? なんでそんな魔じゅ、―――――なるほど、面白い使い方をしたじゃないか、衛宮」
ニヤリと、そんな音が聞こえそうなほど先生は不適に微笑む。
「話が掴めないわ、説明してよシロウ」
置いてけぼりが気に食わないのか少し不機嫌にイリヤが言う。
「でもさ、意外と単純なんだぞ、イリヤ」
そう、面白くもなんともない。
「俺は戦闘に影響すると思った要素を片っ端から「解析」して戦闘状況を予測してみただけなんだ」
先生にこき使われて、やたらと発達した解析能力。その技術を応用し「戦闘状況」を解析、様々な可能性をシミュレートし自身に最適な行動を予測する。
戦闘の解析、と言っても言葉どおりの意味ではない。相手の身体状況、武装、運動能力、能力や魔術、俺の技量、身体能力そして地形状況や天候。それらを、俺の特化された解析能力で事細かに分析把握、戦闘には関係無いと思われる瑣末な事象さえも情報として頭の中に取り敢えず突っ込んでおく。
所詮解析によって手に入れた膨大な情報があろうとも、結局それをどう使うかは、俺の頭にかかっている分けではあるのだが………。
俺には天性が無いのだから、他のところで補うしかない。それ故の、解析による情報収集、集めたそれを自らの知恵と勇気と経験と技量で処理し、発展させた戦闘方法。穴だらけのシュミレート。
面倒臭いんで、この度は“戦闘状況の解析”と十派一絡げに呼称した次第である。
「戦闘予測って言えば聞こえはいいけど、あくまで予想だから殆ど外れるし自分の体だってその通りに動いてくれる訳じゃないしな、さっきの鍛錬でも全く役に立たなかった」
「そう悲観することはあるまい、今はまだ肉体も、そして解析の魔術も未熟だからな。それも仕方ない。が、着眼点はなかなかだ、使いこなせれば衛宮の武器になるさ」
先生は心なしか嬉しそうだ。
―――――――でもさ先生。
「しかしですね、先生。ピンチになったり、取れる行動が限られたりすると全く使えないんですよ、これ」
「君な、それは前提がまるで違うぞ」
嬉しそうだった先生の顔が突然落胆にとって変わる。
君はどこまで行っても馬鹿だな、ってそんな真面目に言わなくても。
「でも先生、もしもピンチに陥ったりしたらどうするんです? こう正義の味方宜しく、ババーンと乗り切る教え? とかないんですか?」
なんか前も似た様な事言って、アイツに殺されかけた記憶が。
「だから前提が違う。ピンチになったら? 取れる行動が限られる? そうなったら死ね。一番手っ取り早い」
うわあぃ! なんて素敵なお言葉。
だけど、―――何故だか否定する気になれない、加えて先生の瞳にフザケタ色が一つもない。
「危機的な状況を乗り切ることが出来るのは式のような「戦闘者」、生まれたときから卓越した才覚と優れた肉体があるものだけだ。私達のような「創るモノ」には絶対に真似できん」
先生の瞳は変わらない。
俺を導くときの優しさを含んだ不遜な顔つきのまま続ける。
「いいか、絶対に忘れるな。お前がすべき事は“いかに冷静に、ピンチにならない状況を創り出せるか”。戦うのなら常に万全、逃げ道は確保済み、自身の最大戦力をもって敵を駆逐する。それが、私が教えられる唯一の心得だ」
先生は、タバコを捨てる。
その残り香が妙に甘く感じて嬉しくなった。
「はい、心に刻んでおきます。先生」
「分かればいい、―――――――って何だお前ら」
気付けば、でこぼこの三人が俺と先生を注視していた。
「いえ、所長は士郎君には凄く優しいんだなぁと」
にこにこ嬉しそうな幹也さん。
「橙子も伊達に年食っている訳じゃなんだな」
本気で感心している式さん。
「トウコ! お兄ちゃんとっちゃ駄目だからね!」
膨れ始めるイリヤ。
「――――――君たちな」
あ。先生が青筋立てている、主に式さんの台詞で。
「先生!今日は止めましょうよ!? ね、月見、月見しましょう、ほら!」
一難さって、また一難。
今日はこればっかりだ。
「ふん、まあいい、今日は夜空の月に免じて許してやる」
おお、先生が大人の対応をしているし!? 月の綺麗な夜はいい事もあるものだ。
「そうですね、こんな日に喧嘩は良くないです」
幹也さんの声に全員、月を顧みる。
夏の夜空。
光に濡れる夜空が、俺達を照らしている。
さて、今夜はも暑くなりそうだ。