「へぇ、それじゃ桜咲と朝倉は中学からの同期生なんだ?」
夜の深まる西欧風の町並みを抜けて、俺は日本魔術協会の本部に案内されている。
「ええ、彼女との付き合いも長いですね」
そう返すのは桜咲刹那。
彼女は朝倉と同じくここ、麻帆良の高等科に通いながら退魔士をしている同い年の女の子。
ちなみに、桜咲は「近衛木乃香」と呼ばれるやっぱり同年代の女の子と学生寮をシェアして暮らしているそうだ。何でも、麻帆等の学生は中学の時に自立性と協調性を慮るため全員が学内の同じ寮に入れられるとか、―――――――
「朝倉の奴、騒がしいからなぁ。中学のクラスメイトスメイトは大変だったんじゃないか?」
―――――――が、高等科に上がればその様な取り決めも無く。各々好きな所に住所を構え、思い思いの家から通学を許可されるらしい。桜咲宜しく、学内の寮に残るのもよし、朝倉のように辺鄙な都心のアパートに住むもよし。
「他のクラスメイトも負けない位騒がしかったですから、そうでもなかったと思いますよ」
「朝倉と同じくらい騒がしい? それじゃ毎日お祭りじゃないか」
そんな学園生活は楽しそうだけど、想像を絶する喧しさだろうな。
「ええ今思えばお祭りでしたね」
苦笑いしながらも、誇るように頷く桜咲。しかし、―――――
「こちら側の人間が多くいましたから」
そう零して、彼女の顔は薄く影を帯びた。
「それって、朝倉も言っていた担任の先生の事か?」
「先生もそうですが、私も含め吸血鬼、忍者、傭兵、幽霊、拳法家、マッドサイエンティスト、未来人、ロボ」
―――――――――――どんなクラスですか?
真面目な顔でそんなこと言われても反応のしようがないぞ。
幽霊ってのはさよちゃんの事だろうけど、最後のロボって何さ?
「中学を卒業する時には、ほとんどのクラスメートがこちら側の存在を知ってしまいましたし、皆をこちら側に引き込んでしまった原因は私たちにある」
何かどんどん暗くなってるけど大丈夫か?
桜咲って割りと一人で抱え込むタイプ?
「私達と関らなければ、お嬢様も他の皆も、日常を日常のまま楽しむ事が出来たはずなのに…………」
ああ――――こいつも、アイツと一緒。
償う必要の無い自責に何時までも囚われている。
馬鹿だなぁ、そんなこと、桜咲が気にする事じゃないのに。
「なんでさ? 桜咲は楽しかったんだろ? だったらそれでいいじゃないか」
桜咲や朝倉の顔を見てれば分かる、例え非日常の世界でも、得られたものは決して間違いなんかじゃない。
「……………」
何故だか、桜咲は固まっているし。
「どうしたんだ?」
桜咲が先導してくれないと、道が分からないぞ。
「いえ、私が持っていた魔術師のイメージと、衛宮さんが大分かけ離れていたもので」
少し驚いただけです、といって再び俺の前を歩き出す彼女。
「そうか?俺は半人前だしな、そう見られても仕方ない」
「そうでは無くて、魔術師は他人のことになど興味を持ちません。事実、私がであった協会の魔術師はみなそうでした」
心なしか、嬉しそうに桜咲は歩みを進める。
「でも、衛宮さんは違った。朝倉が衛宮さんを紹介した理由が分かっただけですよ」
理由って何さ?
金欠だから払いの良い仕事先を斡旋してくれって俺から頼んだだけだぞ?
「さ、着きましたよ衛宮さん、ここに日本魔術協会の長がいらっしゃいます」
連れて来られたのは、麻帆等の学園内のとある部屋の前。
「ここ、学園長室って書いてあるんだけど?」
――――――――なんでさ?
FATE/MISTIC LEEK
第十六話 日常境界 Ⅱ
「君が衛宮士郎君じゃな?」
目の前には仙人、もとい日本魔術協会長、ならびに麻帆等を運営する最高権力者でもある、近衛近右衛門さん。
重々しい雰囲気を纏い口を開いた。
学園長室と称されたこの部屋の中には、俺と桜咲、協会の長とその横に控える男が一人。
「はい、朝倉さんの紹介でこちらに伺いました衛宮士郎です」
一礼と共に自己紹介。
「話は朝倉君から聞いておるよ、半人前だが信用できる人材だとな」
俺を測る様に老魔術師は視線を送る。
その視線が魔術の技量も含め俺の人格を品定めされている様でいい気はしない。
だというのに何故だろうか、老人の視線が俺に向けられていない様に感じるのは。
しばしの沈黙の後、薄い笑みを浮かべ長は一つ咳払い。
「それで、君も知っての通り。この麻帆良に一人の吸血鬼が潜伏している」
長は沈痛な面持ちで話を始めた。
「現在逃亡中の吸血鬼は魔術師上がりの奴らしくての。成る前は魔具関連の術者としてそこそこ優秀だったようじゃ。吸血鬼に成った後は自身で創り出した、又は蒐集した魔具を用い、イングランド北部で一般人女性、12人を惨殺。協会は神秘の隠匿のため討伐要員を派遣するもこれを取り逃し、日本への逃亡を許している」
無言で俺は頷く。
「本件の通達を受けたのが一週間前、当協会はこれを受諾、逃亡中の吸血鬼が麻帆良に潜伏しているのを確認。既にここでも6名の一般人女性が惨殺死体で発見されている、無論非公式だがね。が、それでも未だ死徒を殲滅できないでいる」
長の表情は変わらない、―――――――ちょっと待て!?
「―――――っ! 惨殺死体? ここで人死にが起きてるんですか!?」
朝倉の奴からは何も聞いてないぞ?
「それだけではない、本件に当った当協会の魔術師も重傷者を出している、現在まともに動けるのは、桜咲君とそこのタカミチ君ぐらいだ」
長の左に構えていた人物が前に出る。
草臥れた背広にがっしりとした体つき、タカミチと呼ばれた影は一礼して顔を変えた。
「ここからは僕が話そう、いいかい? 衛宮君?」
「――――――っええ構いません」
強い。
アイツや式さんには及ばずとも、分かる。この人は一線級の魔術師だ。
「有難う。それじゃあ続けるよ。時計塔より本件を引き継いでから、僕達麻帆良の魔術師は警戒体制を敷き、これに対処。麻帆良都市内の主要地点に警護要員を配置するも、結果は学園長のおっしゃた通りさ。」
潜伏中の吸血鬼、どうやら厄介な奴みたいだし、俺なんか役に立つのか?
「どうやら、この吸血鬼は単独で行動しているらしくてね。街の人間が死者に取り込まれない代わりに、あぶりだせないんだよ」
「それでフリーの魔術師を雇って人員不足を補おうと?」
笑えない話だ。
「その通り、ただ協力してくれる魔術師は少なくてね、うちの情報部も奔走してはいるんだけどどうにも」
顔は笑っているが、目には狼狽の色がある。
当然だ、既に冗談じゃ済まされない数の犠牲者が出ている、今こうしている間にも誰かが殺されているかも知れないのに。
「分かりました! 吸血鬼の殲滅こちらこそ是非お手伝いさせて下さい!!」
身を乗り出して、彼らに告げる。
朝倉、感謝するぞ。
正義の味方としての俺の本質を、その嗅覚で嗅ぎ分けていたんだな。
「――――――――――ええと、何か勘違いしているぞ? 衛宮君」
勢い込む俺を尻目に、タカミチさんはそんな事を言った。
「―――――――――――――――へ!? 俺の仕事は死徒狩りですよね?」
きっと俺の顔、今大変な事になっているだろうな。
「違うよ。今の話はあくまで現在麻帆良における脅威がどんな物であるか理解して貰うために君に話しをしたんだ。少なくとも吸血鬼は相当の手練だ、そんな相手に半人前の君では荷が重過ぎると思うんだよ。だから君に受け持って貰うのは別の仕事。あ、いやけして君の力を信用していない訳じゃないよ」
タカミチさんが慌ててフォローしてくれる。
考えてみれば当然だ。
吸血鬼は厄介な相手みたいだし、半人前の俺が出張っても邪魔になるだけだよな。
「それじゃ、俺の仕事は何なんです?」
俺を囲む三人に首を傾げながら尋ねた。
「ワシの孫娘の護衛じゃ」
口を開いたのは長さん。
孫娘の護衛? なんでさ? それって、職権乱用とか、その類じゃないのか?
「先ほどお話ししましたよね? 私のルームメイト、近衛木乃香お嬢様は学園長のお孫さんなのです。常時私が木乃香お嬢様の護衛を担当しているんですが、今回の件、私も死徒狩りに参加することになりまして」
「なるほど、桜咲の手が廻らないからその間俺がその子の護衛をすれば良いんだな?」
一つ頷く桜咲。
そう言う事なら、了解した。
「―――――――それで、衛宮さん。引き受けてもらえますか?」
言って、手を差し伸べる桜咲。
断る理由なんてない。
だけどな、朝倉、仕事の詳細は事前に話しておけよ。
「勿論だ。―――――――半人前だけどな、宜しく頼む」
「助かるります、衛宮さん」
二人で握手。
小さい手だ、こんな手で退魔士だって言うんだから不思議なもんだ。
「それでは衛宮君。君の仕事は昼夜を問わず木乃香の護衛じゃ、宜しく頼むぞ」
そういうのは魔術協会の長。
なんとも考えの読めない薄い喜びを浮かべる。
グランドの魔術師は皆こんな感じなのか?
「ええとそれで、俺の滞在先なんですけど……………」
「ああ、既に用意してある。後で刹那君に案内して貰うとよい」
「分かりました。それでは長、今日はこれで」
一礼して、桜咲と夜の学園長室を後にする。
「それでは、衛宮さん。こちらです」
桜咲についていこうとしたその時。
「それと衛宮君、細かい仕事内容は桜咲君に聞いてくれ。この事件が解決するまで仲良くやるんだよ」
学校の先生みたいに微笑んでタカミチさんはまた今度と手を振った。
「ええ、俺は問題ないです。それじゃ、タカミチさん、また明日」
振り向きざまに答え、夜の学園長室を後にする。
静寂に満たされたこの街に、溶け込むべきでない異物がある。
目に映らぬ脅威を睨みつけ、ひと時の宿を借り受けるため小さい少女の背中を追う。
果たしてこの地でどんな非日常(セカイ)が廻っているのだろう?