「ふぁ~」
昨晩、桜咲に案内されたのは町外れのログハウス、そこで俺は夜を越した。
桜咲も話していた、クラスメイトの吸血鬼。
その「工房」だったらしいこの家は今は空き家。
ファンシーな室内は吸血鬼がここを離れてからもこのままの状態を保たれていたのだろう、部屋の中には、埃一つ無かった。男に宛がうにしちゃあ、ちょっと気が利きすぎている。魔術師を一人雇うって、実は結構気を使うことなのか?
「朝飯………作らないとな」
一人で考えても、下らない思考のループに陥るだけだろうし、早速、普段道理の行動を忠実に実行する。
嘆いて寝室を後にすると、味噌汁の香りが漂っているのに気がついた。
「ああ、おはようございます衛宮さん」
ダイニングで朝食の準備を手伝っているらしい桜咲。
「おはよ~、あなたが衛宮はん?私、近衛近乃香、よろしゅうね」
ぱたぱたと朝食を準備していた人影が振り返る、黒い髪、人当たりの良さそうな女性らしい顔つきは、まさに京都美人といったところか?
「おはよう、それと、はじめまして、近衛さん。俺の事は聞いているかな?」
美人二人に朝起きたらお出迎え。……以前の俺なら、間違いなく卒倒モノだな。
何だ、これが“美人は見慣れる”って奴なのか?
いや、それよりも何でここにいるのさ?
「呼び捨てで、かまへんよ。衛宮さん、今日からウチの護衛してくれるんやろ?」
微笑む、近衛。
ホノボノした中に女性の艶やかさが満ちている。
朝、男として色々と立て込んでいる時にその笑顔はヤバ過ぎる。
やっぱり美人に見慣れることなんてないんだな。
「それじゃ、俺も呼び捨てにしてくれよ。桜咲にも注意したんだけどな、「さん」付けはこそばゆい」
まあ、桜咲は未だ俺のこと「さん」付けで呼ぶけど。
「あはは、流石に呼び捨てには出来へんなぁ、衛宮君でもかまわへん?」
女性らしい落ち着きで返された。
桜みたいな女の人は最近見なかったからなぁ、心が洗われるようだ。
主に、先生によって汚された部分とか。
「ああ、それでいい。それと、近衛が朝食を?」
並べられたおかず各種を見渡す。
京風と言えばいいのだろうか?薄く鮮やかに彩られた優雅な品々がそこにはあった。
ここが木造のログハウスだって事を忘れさせるほど、見事な純和風。
――――――――食べるまでも無く、負けたな。
「このちゃんの料理は美味しいですよ。学校もありますから、早く頂きましょう」
席に着く桜咲、それに続く近衛と俺。
時刻は七時半、いくら同じ都市内に学園があるといっても、食べ始めないと遅刻させてしまう。何故に夏休み中なのに学校があるのかというと、麻帆良では休み中でも「講義」と銘打たれた夏期講習じみたモノが学内で催されているらしく、二人の優良女生徒はそれを受講しているのだとか、偉いぞ、一日中ゴロゴロしている朝倉に見習わせたい。
「悪いな、学校あるのに朝食の準備なんてして貰っちゃって」
と言うかそのためだけに?有難いけど唯のアルバイトにこの扱いは破格過ぎるぞ。果報すぎて怖くなる。
「かまへんよぉ。これから、ウチの事守ってくれるんやろ?これぐらい、安いもんやん」
食べよ食べよ、とにニコニコ箸を手渡す近衛。
「そっか、ありがとう、近衛。それじゃ、―――――」
“守ってくれるんやろ?” なんかお姫様を守る騎士みたいだ、言われて悪い気はしないな。
「「「頂きます」」」
麻帆良での初めての朝はこうして迎えられた。
FATE/MISTIC LEEK
第十七話 日常境界 Ⅲ
「それでは衛宮さん。学内は私が護衛に付きますので、昼間は街を見て廻るなり、室内で過ごすなりご自由にしてくださって結構です。では」
「ほなな衛宮君。行ってくるえ」
「おう、了解桜咲。それと確り勉強して来いよ、二人とも。学校中退者としては羨ましい限りだからな」
朝食を食べ終え、二人は学校へ。さて、俺は特にすることもなし。
「何かの役に立つかもしれないし、昼間のうちに街の構造を解析しておくか」
よし、決定。
いざ麻帆良の街へ。
「ここ本当に日本か?」
この質問何度目だ? というか、ありえないだろ?
今俺がいるのはイタリア・フィレンツェと日本の近代的な町並みを融合させたような商業エリア。いや、イタリアなんて行った事は無いけど、たぶんそんな感じ?
他にも、今、桜咲と近衛が通っているであろう学術エリアと学生寮などが存在する居住エリアなどがあるらしいが、とてもじゃないが一日でそんな広範囲解析出来ない。
三つに分割された地区内で、最も人が集まる商業エリア。今日はそこを重点的に解析する。
「ふうん、建物の劣化とか、結構激しいな」
欧風の建物は未だ堅牢にそびえ建っているが、街の所々に今にも崩れそうな物が幾つかあった。それのどれもが魔術で補強されている。
「建物の劣化もそうだけど、行き止まりや閉鎖空間も目立つな、当たり前か、欧風の町並を無理やり日本に詰め込んだ様なもんだし、路地裏が多くあっても不思議じゃない、っと」
思い立ったことを口頭で反芻させながら、事細かにメモを取る。しかし、これで納得だ。
桜咲の話では、このエリアで計5人の惨殺体が発見されたとのこと。
これだけ入り組んでいるのだ、逃走経路だって何個か確保出来るだろうし、吸血鬼が主な狩場に定めているのも頷ける。
だが、それよりも気になることが一つあった。
「この街、魔力の残留が濃すぎるぞ」
魔力感知に疎い俺でも感じられる違和感、残留濃度が異常に高いのだ。
「それだけ、この街では魔術行使が多くされているって事か…………」
“神秘を用いて人助け”先生が言っていたな、麻帆良の魔術師はアホだって。
あの時は聞き流したけど、あれは嫌味でも何でもない、ただの真実。
「先生、俺に気付かせたかったんだろうな」
エミヤシロウと同じ、神秘を持って人を救う。その矛盾を。
「全く、先生の言うとおり、俺、いつまで経っても大馬鹿だ」
日常と非日常。
その境界は酷く曖昧だ。
神秘を持って人を、唯人を救う。
それは決して救いなんかじゃない、だってそうだろ、―――――――
「それは、日常という平穏を、引かれた境界を侵すことに他ならないじゃないか」
桜咲の暗い影。
自分の存在が、知らなくていい「世界」に友達を引き込んでしまった自責。
日常の尊さを知るものにとって、其れは膿んだ傷痕。
それが誰に向けてのモノか、俺には分からない。
非日常の世界が悪い訳じゃない、そこで得たもの、そこで手に入れたものは決して間違いなんかじゃない、それはアイツが教えてくれた。
だけど、――――――神秘では人を救えない。
こんな単純な事に、俺は何で気付かなかった?
なら俺は、衛宮士郎は“正義の味方”として自らの魔術(剣)を一体何に振るえば良い?
「っつ! くそ、何だって俺はこんな!」
今までの自分に、そのことに気付かない麻帆良の魔術師に何だってこんなに怒りを覚えなくちゃならない!?
「―――――っ、忘れろ、衛宮士郎。今お前が考えるべきは、他にあるはずだ」
近衛の護衛、今はそれが最優先事項。
自惚れるな、今俺に出来るのは目の前の問題に挑むことだけだ。
今の俺に、人を、誰かを救う事など出来はしない。
「戻ろう、夜が近い」
見上げれば、空が赤く染まっていた。
街の中央にそびえる大樹、この世界の境界を絡め取るように佇むそれは、俺の心を締め付ける。
――――――――さあ、狩りが始まる。