「おはようございます、衛宮さん。朝、早いんですね」
「おはよ~、衛宮君」
朝飯の準備をしていると、ダイニングと直接繋がった玄関より声がした。
「おはよう、まあ早起きは俺の数少ない特技だからな」
昨日、買い揃えた食材で適当に朝飯を用意しながら二人に返す。
「ありゃ?衛宮君、料理出来るん?」
おいしそうやね~、言って俺の作った朝飯を眺める近衛。
「まあな、一人暮らしが長いんで勝手に身についたんだ。昨日の朝飯、近衛に作って貰っちゃったからな、今日はそのお返しだ」
まあ、近衛の朝飯ほど手の込んだ物作れないけどな。
「そんなんええのに。衛宮さん、昨日はお仕事夜遅くまでしとったんやろ?」
近衛と桜咲の手には食材と思しき物が詰まった袋が。
どうやら今日も朝食を用意する気だったらしい。
「大丈夫だ、昨日はそんな疲れなかったし、問題ない」
昨日は桜咲やタカミチさんが夜を徘徊していた間、近衛の部屋の周りを警護していただけ。
昨晩は一般人女性の惨たらしい死体が桜咲の見回っていた地区で発見されたらしい。
桜咲は今晩から、もっと念入りに捜索範囲を絞り込んで行くそうだ。
「しかし衛宮さん、休める時に休んでおかなければ体が持ちませんよ?」
尤もらしい事を厳しく指摘する桜咲。
「それは桜咲も一緒だろ?お前だって、夜は見回りをしながら、昼間は学校に行っているじゃないか?お相子だ」
「それはそうですが…………」
釈然としない趣で食い下がろうとする、小柄な背中。
何でもかんでも一人で背負い込もうする所とかアイツにそっくりだ。
「なら話しはお終い。ほらとっとと朝飯食うぞ」
全く、こいつは心配症だなあ。
「そうやね、せっちゃん、はよ食べよう。折角衛宮君が作ってくれたんやし、ね? ウチ、男の人の手料理食べるの初めてねん。楽しみやわ~」
ニコニコしながら食卓につく近衛。
「……このちゃんがそう言うなら」
付き従うは、小柄な従者。
正反対のこの二人だけど、案外いいコンビなんだな。
「それじゃ、いいか」
三人分の箸を並べ、皆で食卓を囲う。
そして、―――――
「「「頂きます」」」
――――――――合唱。
FATE/MISTIC LEEK
第十八話 日常境界 Ⅳ
桜咲がサトイモの煮っ転がしに箸を伸ばしたとき、俺は駄目もとで聞いてみた。
「なあ、桜咲」
何です? と視線で返された。
「今日の昼間なんだけどな、お前らが通ってる学術エリアに行っても良いか?」
「?―――衛宮君。うちらのガッコに何か用事でも在るん?」
ご飯を進める手を止めて、近衛が聞き返す。
「いや、直接の用事はない。ただ麻帆良の地形は可能な限り把握しておきたいからな、そのための見学だ」
駄目か? と再度、桜咲に問う。
「ああ、そう言う事でしたら構いません。先生方に話しを通しておくので、いらして下さって結構です」
言って、幸せそうにサトイモをほお張る彼女。
意外と御口に合ったようで。そんな顔されると嬉しいぞ。
「そっか~。衛宮君今日ガッコに来るんか~。ならせっちゃん、私達でガッコを案内してよろうよ」
こちらもサトイモに手を伸ばしながら朗らかに近衛が続けた。
「いいのか?」
そりゃ、一人で廻るより皆で廻った方が楽しいけどさ。
「構へんよ。来るのはお昼頃やろ?今日は午前で授業は終わるし、衛宮君さえ良かったら、ウチらが案内するえ」
護衛対象を守る意味でもその方がいいかな?
「サンキュ、助かるよ」
というか、これもある種のデートなのでは無かろうか?
「せっちゃんもいいよな?」
「いいですよ、どこで待ち合わせますか」
完全にデートの乗りになってきた。
ヤバイ、意識しだしたら急に恥ずかしくなってきたぞ。
「そやね~、“世界樹”の前なんてどうや?あそこなら目立つし、待ち合わせ場所には最適やろ?」
「そうですね。では衛宮さん、一時に世界樹の前で」
ああもうこれ完全にデートの待ち合わせみたいじゃないか。
みたいじゃなくて、そうなのか?―――――――落ち着け、俺。
「あ、ああ問題ないぞ。世界樹ってのはあれだな!? 街の中央にあるでかい木!」
声、上擦っているし!?
「そうや。でも、どうしたん衛宮君?突然元気になって」
「心なしか、落ち着きもないのですが?」
「いや、なんでもないぞ!それじゃ一時に世界樹前だな?楽しみにして――っつぐふ!?」
そう言って無理やりご飯をかっ込み、咳き込む俺という馬鹿一人。
最後まで、不思議そうな目で俺を見て、彼女達は学校に向かった。
そうしてお昼。
三人分の弁当を作り、麻帆良市の中央部、学術エリアのど真ん中にある非常識な木の前で、俺は二人を待っていた。
「…………でかすぎる」
在りえない。
こんなデカイ木在りえないから。
「驚きましたか?」
俺が慄いていると突然、澄み切った刃物の様な声が後ろから聞こえた。
「当たり前だ。大きさもそうだけど、魔力容量が半端じゃないぞ?」
振り返り桜咲に告げる。
特筆すべきはその巨大さよりも内包された魔力だ。
下手したら聖杯に届くんじゃないか? 魔力感知に疎い俺でも圧倒されるんだぞ。
こんなもの人前に出して大丈夫なのか?
「衛宮君も余所の魔術師さんと同じなん?」
桜咲の後ろに控えていた近衛が心配そうに尋ねてきた。
「俺、も?」
はて? どういう事だ?
「外来の魔術師は、麻帆良の思想や表立って神秘を揮うことをよしとしませんから」
ああなるほど、確かに一般の魔術師じゃ麻帆良の“人助けの為に魔術を使う”ってのは、納得出来ないだろうし、この馬鹿でかい樹みたいな神秘を放っておくのはご法度だろう。
「確かになぁ」
非常識な巨大樹を見上げ嘆く。
遠坂辺りが視たら、この樹を根元からへし折りそうだ。
アイツがベアでこの樹を殴ってる姿が鮮明に想像できる。………怖いような面白いような。
「なんで、余所さんは麻帆良の魔術師を目の敵にするん?」
俺の表情をどう取ったのか、近衛が、わからへんわぁ、とため息を吐いた。
「桜咲の言う通り、基本的に神秘は隠匿すべきものだし、人助けの為に神秘を行使するここの魔術師とは相容れないからだろうな」
魔術は隠匿するべきもの、それはこの日常を守るため、絶対に必要な掟だ。
「それではやはり、衛宮さんも麻帆良の魔術師の事が?」
俺の言葉に、不安そうに桜咲が視線を泳がせた。
「正直な話、俺にはどちらが正しいかなんて分からない」
神秘を用いて人を助ける。
その行為は日常の境界を犯すこと、これは間違いない。
だが、“人を助ける”、その思いは正しく、誇るべき願いだ。
だから伝える、その願いは決して間違いじゃないと。
「でもさ、“人を助ける”その行為は間違いじゃない、その願いは正しいものだと思うから」
うん、それが今の俺に出せる精一杯の答えかな?
「だから俺は麻帆良の人たちを守りたいと思うし、手伝える事なら何でもする。俺が麻帆良の人たちを嫌うなんて在りえないから安心してくれ」
正義の味方を目指すんだもんな。
人を救う、志を同じくする者として目指す道は違えど応援するぞ。
「どうしたんだ?二人とも?」
というか何で二人して変な、もとい、呆気に取られた顔してるのさ?
「いや、衛宮さんは本当に魔術師なのかと・・・・・」
呆れている桜咲。
「衛宮君、お人よしってよく言われるやろ?」
可笑しそうに優しく微笑む近衛。
なんでさ?
真面目に考えてチャント答えたんだぞ!?
「――――――ほっとけ!ほら行くぞ、早く案内してくれ!」
「はいはい、ほな、せっちゃん行こうか?」
「そうですね、このちゃん」
くすくす、笑いながらこっちをみてるし。
ああもう知らん、勝手に行くぞ。
真面目に答えたのになんでさ。
「冗談やん衛宮君、それじゃ最初はウチらの通う女子校エリアから・・・・・かな?」
……今なんと仰いましたか、近衛さん?
「……女子校?」
「そうですよ。私たちが通う、麻帆良学園高等科は女子校です」
――――――ヤバイ、壮絶にヤバイ匂いがする。
「…………いや、そこはいいよ。俺、男だし」
逃げ出せ衛宮士郎。
そこは自らの理想と同じ、決して至ることがない世界のはずだ!
衛宮士郎はそこに踏み込んではいけない!
「ほな行こうか? 最初はウチたちの学校や」
両脇から、がっしり決められた。
この細腕の何処にそんな力が!?
「いやだ!? 無理!? 女子高!? 俺は男だ!? そこ以外を案内してくれぇ~!?」
綺麗どころ二人に引きづられて女子高エリアの門を行く。
「大丈夫、大丈夫。衛宮君かわええし、大人気間違いなしやえ?」
ええ、女の園に男が紛れりゃ、違う意味で大人気でしょうよ!
「衛宮さん、コレも仕事のためです。諦めて下さい」
た~す~け~て~。
「先ずはここ、中央エントランスです。初等科、高等科の共通フロアでもあり、テストの成績発表などが、全校規模で行われます」
連れてこられたのは、大学の様に悠然としたクリーム色の壁が眩しい大講堂。
「―――――、―――――、―――――!!」
視線が!? 下校時刻とはいえかなり残ってる女学生の視線が!?
「ここは第二体育館やね、ここでは主に初等科、高等科合同の室内系部活が主に活動しとるえ、麻帆良の運動系部活は全部で二十一個あって、―――――――」
「――――!?――――!!!―――――#%#$」
痛い、視線が痛すぎる!?
なんでさ!? 何でよりにもよって新体操部が活動してるのさ!?
や~め~て~。
生ごみを見るかの様な瞳を向けないで~!?
「お、蒔絵が手ぇ振ってるやん?衛宮君も振り替えさなあかんよ」
近衛。
お前には俺に向かってる、直死の視線が感じられないのか?
おわ!? なんか色々飛んできた!? え、何だコレ? リボンが体に!? ちょ!? ま!?
「衛宮君、凄いなぁ、リボンで空を飛ぶなんてカッコええ魔術やん」
え!? いや! 地面が!? 天井に堕ちる!?
「なんでさ~~~~~~~~~~あ!?」
―――――――――――星が見えた、スター!!??
「さて、衛宮さん、次は女子寮なのですが、―――――」
「お願いします。それだけは勘弁して下さい」
「死ぬ、―――――――――」
女子高エリアを抜け、今は桜咲と近衛の担任だった先生が良く腰掛けていたという銅像の前。既に全身ボロ雑巾のよう。
「衛宮さん、これでほとんど廻ったと思うのですが、地理的な問題は解決できたでしょうか?」
銅像の下に腰を落ち着けてそんなことをのたまう桜咲。
「まあ、何とか。それとエリア中央の湖に浮いてる変な建物はいいのか?」
あそこ、何が在るんだ?
「あそこには鋭敏な結界が敷いてありますから。もし吸血鬼が侵入すれば即座に分かります」
クールに切り返される、ここまできたら全部紹介してくれてもいいじゃないか。
「案内してもいいちゃう?」
「必要ありません。それにそろそろ日が落ちる、このちゃん、帰りましょう」
桜咲が、剣士の趣で答える。
気がつけば、確かに日が落ち始めていた。
夏の日長とは言え、時刻は六時、それも当然か。
「そうだな、それがいい。近衛も有難う」
「ええよ別に。でも折角だから最後まで案内してあげたかったわぁ」
本当に残念そうに落ち込んでいるな、近衛の奴。
「それじゃ、この仕事が終わったらまた案内してくれよな?今度は妹も連れて来るからさ、ガイドさん頼むぞ?近衛」
麻帆良みたいな町並みは、イリヤ、好きそうだもんな。
うん、それがいい。今度の休み辺りに二人でここに来よう。
「そうか?悪いなぁ衛宮君。そういう気の使い方、ウチ結構すきなんよ?」
くすくすと奥ゆかしい笑みが零れた。
ほんと、近衛にはその顔が良く似合う。
「それでは、衛宮さん、今夜も私は夜の街に繰り出すのでこのちゃんの事、お願いします」
「了解。それじゃまたな、桜咲」
桜咲はタカミチさんと落ち合うため、足早に駆け出す。
「それじゃ、お姫様、今宵も貴方の騎士が全霊を持って守護させて頂きます」
冗談めかせてかっこよく一礼。
「期待してるえ、衛宮君」
小さく笑って彼女は踵を返す。
向かうべきは彼女の小さなお城。
今夜も、その一時の日常が守れます様に。
さあ、今夜も夜を狩出そう、―――――――――。