「―――――同調、開始(トレース・オン)」
慣れ親しんだ暗闇の中で、空気を震わす。嘆く言葉は常に一つ。
自分だけの呪文を持って自己の中に埋没する。
呪文は言霊。自分だけの自己革変。
「――――基本骨子、解明」
物体の構造を把握する、いかにうまく魔力を流すか今はそれだけを考える。
「――――構成材質、解明」
強化するのはただの木刀。材質の構造など用意に把握できた。
「――――構成材質、補強」
やはり遠坂の言うとおり、俺の属性は剣なのだろうか?
ただの角材では殆ど失敗していた“強化”の魔術は強化する概念が剣に変わっただけでこんなにもスムーズに行使することが出来る。
「――――全工程、完了(トレース・オフ)」
視界が開ける。
軽い酸欠に浸る高揚感を抑えつけ、出来上がった剣を振るってみた。
「うん。良い出―――」
「ヘぇ、中々いい出来じゃない」
感心感心、と頷きながら土蔵の中に入ってくるのは――――遠坂?
「いつから見ていたんだ?」
「始めからよ、魔術行使を始めちゃったから声をかけられなかっただけ」
覗きじゃないわよ、と苦笑しながら強化のすんだ木刀を弄ぶ。
「ま、そんなに大した魔術じゃないし、師匠に見られる分には問題ないでしょ?」
「確かに、で? 評価は?」
「75点。概念強化は十分だけど、慎重になりすぎ、行使のスピードを上げないことには、実戦で使い物にならないわよ、正義の味方さん」
だよなぁ、と俺は目で頷く。
遠坂は土蔵の門に寄りかかったまま木刀を投げてよこした。
「それでも大した物だけどね、以前とは比べ物にならない出来だもの」
おお、遠坂に褒められた。ちょっと、いやかなり嬉しいぞ。
……にしても、今夜の遠坂は元気が無い。今朝もそして晩飯の後もイリヤと遠坂、妙に不穏なやり取りをしていたし。
「どうしたんだ遠坂? 俺を褒めるなんて変だし、それにいつもの覇気も無い。あれか? へんなモノつまみ食いさせたか?」
まさか藤ねえや桜に続いて……もはや衛宮家の冷蔵庫は黄昏時を迎えたというのか。
「あんたね、私のこと、どうゆう風に見てるのよ」
むぅーと半眼で睨んでくる。遠坂が想像している通りだと思うぞ。が、今はそんなことよりも。
「で、何の用だよ? お前晩飯食った後、イリヤと一緒に遠坂邸に帰ったんじゃないのか?」
うん。確かに遠坂は八時過ぎ位にイリヤと衛宮邸を後にした筈だ。
思案顔で顎を撫で付けながら、何を置いても言っておかなければならないことを忠告してやった。
「それに今何時だと思ってんだ?女の子が一人で出歩いていい時間じゃないぞ」
あんたは相変わらずね、そういって力なく笑う遠坂に不覚にもクラッときた。ヤバイ、こんな儚げな遠坂は反則だ。
腹の奥で出かけた表情を飲み込み、慌てて会話を続けようとする俺を尻目に、遠坂が零した。
「色々、考えることがあって―――ね」
ぼそりと、消え入りそうな声でそんな言葉を口にした。
ホント、理由が分からない。イリヤの事か? と尋ねる前に、遠坂が遮った。
「衛宮君、今時間あるかしら?」
答える遠坂の貌は確かに魔術師のそれだった。そこに、先ほどまでの遠坂はすでにいない。
なるべく平静を装い頷く。
「問題ないぞ。時間があるから、こうして鍛錬してる訳だしな」
それもそうね、そう嘆いて遠坂は土蔵の外にきびすを返した。赤い背中が一歩一歩と遠のく度に、俺は言いようの無い不安を掻き立てられる。
「じゃ、居間で待っているわ、もう皆帰っているんでしょう?」
振り返らずに言い放つ。遠坂の背中は何故か小さく見える。
「ん? あぁ、もう家には俺しかいないぞ」
「それじゃ、待っているから。それと、心の準備、しておきなさい」
心の準備? なんでさ?
「お、おい!?遠坂!?」
そこに尋ねるべき人影はすでに居ない。とにかく、遠坂の話を聞くために居間に行かなくては。
土蔵から出る。
見上げた明月。そこにあるはずの風景が、雲に隠れて見ることが叶わなかった。
FATE/MYSTIC LEEK
第二話 白の雪 Ⅰ
「イリヤの体が、もう――――持たない!?」
居間の机を叩きつけ、遠坂の言葉を拒絶した。
なんでさ!? わけが分からない。そんなの嘘だ、いくら遠坂の口から聞かされたとは言え、そんなの認められない、認められるわけが無い!!
今日の朝だって今日の晩だって、イリヤは、アイツは普通に過ごせていたじゃないか。
確かに今日は元気が無かったけどそれはっ。
「落ち着きなさい、衛宮君――半人前の貴方に彼女の状態の何が分かるの?」
半人前。それは勿論俺の魔術の知識、技能の話だ。
冷静になるまでも無い俺にイリヤの状態を知る術等無いのだ。遠坂の下した結論だ、遠坂が言うのだ、その答えに間違いなど無いのだろう。
――――――――だけどそれでも納得など出来ない。
「なんでさ……遠坂…なんで」
無理やり腰を落とした俺は感情の命じるままに遠坂に問いだしていた。考える事を拒否したはずの脳みそは、それと同時に鈍間な思考を走らせる。
「……何で、どうしてイリヤの体が限界なんだ?」
聖杯の泥? いやでも、目に見える異常だったら聖杯戦争後に遠坂がとっくに気がついて、処置を済ましていたはずだ。
混乱する俺の前で、魔術師ぜんとした遠坂は重苦しさを纏ったまま小さな唇を開いた。
「―――――イリヤは聖杯の器、それは分かっているわよね?」
無言の間を肯定と受け取ったのか遠坂は話を続ける。一瞬、彼女は何かを噛み締める様に唇を結んだ。
「そして同時に、イリヤは魔術回路を人間にしたホムンクルスでもある」
「俺なんかとは比べ物にならない魔術師ってことだろ? 何でそれがイリヤの体が持たない理由になるのさ?」
当然の疑問を投げかけたつもりだったが、平静を貫いていた筈の遠坂の顔が歪んでいく。
それが、俺の心臓をびくりと弾ませた。
「話は最後まで聞きなさい衛宮君。つまりイリヤは聖杯として機能するために作られたホムンクルスなのよ、この意味分かる?」
それが何なのさ、全く要領を得ないぞ。そんな顔を作って遠坂の質問に返した。
「まだ分からない?使い捨ての道具と同じよ。目的のために作られ、目的のために使われる、目的を果たせたのなら後はゴミ箱の中。聖杯戦争のために作られ、聖杯として使われる、聖杯という機能を果たせたのなら後は一緒、ゴミ箱行きね。そんな物に余分な「人並みの寿命」なんて物、付加させていると思う?ようはそれが、無機物か人の形をしているかの違いだけなのに?」
早口に言葉を突きつけられて、全身の筋肉がギチリ固まった。それと同時に崩れだす、バラバラになっていく俺の理性。
空調分解した筈のソレは、そんな状態でも認められない答えを求めていた。
簡単な事だ。
つまりそれは、始めからイリヤには人としての“命”なんて、人としての“幸せ”なんて与えられて、―――――いない?
頭に血が上る。いや、とっくに沸騰している。
だってそれは――――あまりにも悲しいじゃないか。
「はじめっから―――あの戦争が終わったら、イリヤは」
「そう、つまりそういうこと。彼女が日常に生き続けるなんて無理なのよ。最初から決まっていた事なの」
全身が灼熱しそうなのに、頭の中はとんでもなく冷え切っている。俺は間違いなく怒っている、イリヤを物みたいに扱うアインツベルツを。
そして何より、そんな事にも気がつかなかった俺自身に。
考えてみれば当然だ。
イリヤは聖杯。そのことに気付いていた時点で、この問題に気付かなきゃならなかった筈なのに―――。
「遠坂―――お前は―――」
「ええ、気付いていたわ」
冷ややかな肯定。そこに遠坂の意思は微塵も感じられない。
「だからできうる限りの手段を講じた、あらゆる可能性に手を伸ばし延命を試みた、だけどね士郎、ゴメン―――私じゃ、イリヤを助けることが出来ない」
そして拒絶。魔術師じゃない、吐き出しの遠坂の思い。
「アインツベルツのホムンクルスは大したできよ。半端な技術じゃないわ」
ほんと、自分に腹が立つ。
遠坂は俺がのうのうと日常に浸っている間、ずっと一人で理不尽な非日常と戦っていたのに。遠坂は女の子だ、その苦しみに耐えることが出来ても、辛くないわけ無いじゃないか。
「聖杯として機能する器にイリヤという情報を固着、魔術師としての機能の付属。元々短命で脆弱なホムンクルスをあそこまで完璧に人間として機能さえる技術、それはすでに魔法の域と言っても過言じゃない」
淡々と事実だけを述べる。その瞳はあまりに暗い
「悔しいけど、私じゃだめだった」
そう言って笑う遠坂はホントに悔しそうだ。魔術師として、何よりイリヤの友達として。“死”という決別を納得できていない、そんな顔。
だけど最後に、これだけは、辛くてもこれだけは遠坂に聞かなくてはならない。
「イリヤは……知っているのか?」
この理不尽な決別を、手に入るはずの幸せが遠のいていく不条理を。イリヤは受け入れているのか?
それを知らなければ、衛宮士郎は先に進めない。だから、これは確認。これだけは、なんとしても聞かなくてはならない。
「―――――ええシロウ、知っているわ、そんなの当然じゃない」
!?―――声の主に振りかえる。
そこにはイリヤが、いつもと変わらぬ穏やかな微笑で立っていた。
「全く、リンはお喋りね。シロウに口止め、お願いしたはずだけど?」
「煩いわね、口止め料、貰ってないけど? 魔術は等価交換、そんなことも知らないのかしら? イリヤスフィール」
「あら、あれは友達としての“お願い”よ、リン」
「おあいにく様、自殺願望者の“遺言”を聞くほど、私は人間が出来ていないの」
舌戦を開始した遠坂とイリヤ。おい遠坂? さっきのしんみりムードはどこいった?
そんな二人を尻目に俺はイリヤにもう一度尋ねる。
「イリヤ、何で話してくれなかったんだ?」
イリヤの体、確かに俺じゃあ手に余る問題だけど、俺にだって出来ることがあったはずだ。
自分の無力を噛み締めながら、俺の前に腰を下ろしたイリヤに問いかけた。
「ん~、シロウに心配かけたくなかったし、今の生活、壊したくなかったから」
息を呑む、ああなら答えは簡単だ。イリヤも今の日常が好きでいてくれている。
なら――――、
「ならイリヤはここでの生活を続けたいと思っているんだよな?」
そう、イリヤはここでの生活を愛してくれている。だから―――
「それは違うはシロウ、私は今の生活を“壊したくない”の、そこに私の在る無しは関係ないわ」
瞬間、世界が凍りついた。
「な――---」
何で、と言いかけた言葉が出てこない。
「何で? それこそ、考えてみてシロウ。この身は聖杯の寄り代、アインツベルツ、その妄念の結晶。例えこの身が生きながらえたとしても、いずれアインツベルツは私を求める」
イリヤが何を言っているのか、全く分からない。
「お爺様たちが今私を回収しに来ないのは、死体、まあ人間の機能が停止した後のほうが私を回収するのに事が荒立たないからよ」
認めたくない、それじゃあイリヤは―――。
「仮に私が人としての生を得られたところでお爺様たちは私を回収するでしょうね。アインツベルツ一千年の奇跡を他の魔術師に奪われる分けにはいかないから。分かるシロウ、私が生き残ることは、この日常を彼らに犯させることに他ならない」
イリヤの幸せは――どこに行けばいい? どこに行けば手に入る?
「だからねシロウ、私を、ううん私達、大河や桜、凛の日常を守りたいと思うなら―――」
その先をいったら駄目だ。そんなの、イリヤの口から聞きたくない。
「私の命を――――望んじゃいけないんだよ」
誰かを助けることは、誰かを助けないとゆうことなんだ――――昔、切嗣が俺に投げかけた言葉。
そんなこと、分かっている。だけど何で、何でそれがイリヤなんだ。
「だからねシロウ―――貴方がそんな顔、しなくていいんだから」
微笑むイリヤはアイツと重なる、得られるはずの幸せを、遠くから宝物を見るみたいな瞳で眺める。
「何だよ、それ―――――――」
そんな顔、二度と見たくない。
皆を守る正義の味方に憧れた、貫くと決めた。切嗣から貰った馬鹿みたいに綺麗な理想を。守ると決めた、アイツが得られたはずの幸せをせめて守りたいと願ったはずなのに。
「全然、守れてないじゃないか――――――」
「シロウ?」
イリヤを直視する、諦めない。こんなの間違ってる。
当たり前の幸せすら許されないなんてそんなの間違ってる。
だったら―――――俺に許された事はなんだ? 俺に出来ることは、一体なんだ?
「分かった、つまりイリヤは今の藤ねえや桜たちの日常を守りたいんだな?」
「ええ」
「そのためにはイリヤが死ぬ以外に方法がないと」
吐き気がする、イリヤが死ぬなんて、この先二度と口にしたくないぞ。
「そういうことね」
「ならイリヤ、ここを、冬木の街を出て行こう」
「「…………………………………………………………は?」」
遠坂とイリヤの声が見事にハモル。そんなに意外なことを口にしたつもりは無いんだが?
「ど、どうしてそんな結論になるのよーーー!?」
「シロウっ!?一体何聞いてたの?」
ガア~、と物凄い剣幕で赤と白の美女が吼える。
「なんでさ? 聞いた限りでは、イリヤ、俺たちの日常を守るために自分は消えるしかないと思っているんだろ?」
イリヤの目が泳いでいる、どうやら図星だったらしい。
「それにな、イリヤ。俺たちの“今”を大切に思っているんなら自分から死ぬみたいなこと絶対に言わないでくれ」
「だけど――」
イリヤは言いよどんでいる。それはそうだ、あの結論はイリヤなりに、精一杯考え抜いた結論なのだろう。
アイツみたいに、綺麗な物をけして自らの手で汚さない真直ぐな答え。それでも、俺はその答えを認められない。
とても綺麗な答えだけど、それは決して幸せな答えじゃないと思う。
そんな思いをするのは、俺とアイツだけで十分だ。
「それにな、イリヤがいない日常なんてきっと壊れているのと何も変わらない」
そう、これが俺の本音。
俺も、きっと桜も遠坂も藤ねえもイリヤがいない日常なんて、もう考えられないはずなんだ。
「だからさイリヤ、俺たちの事を大切に思うならお前は絶対、元気に生きて貰わなきゃ嘘なんだ」
真直ぐイリヤに瞳を向ける。
「だから、俺はお前が死ぬなんて認めない。皆で幸せになる方法を考えよう」
イリヤが俺を見つめる、悔しさや悲しみ喜びや嬉しさをたたえたそんな瞳、そんな時間がどれだけ続いたのだろうか。そして。
「―――フゥ、シロウって随分我侭だったんだね」
ポツリと。そんな、生気に満ちた声で微笑み返した。
「ああ、俺も知らなかったけど、俺、随分と我侭だったみたいだ」
俺とイリヤで微笑み合う。
どうやらイリヤは考え直してくれたみたいだ。うむ、やはり生きるだ死ぬだという様な殺伐とした物より家族はこう微笑み合ってこそだな。
「それで士郎、皆で考えようってのは分かったけど、それがどうして冬木を出て行くことに繋がるのかしら?」
私、いま凄く怒っているの、お分かり?とばかりに笑顔を向ける、今そこにある遠坂。
「ああ、そのことなんだけどな。目下の問題はイリヤの命を救うことなんだよな?」
「ええ一番の問題はそれね、加えてアインツベルツの問題もあるわ。例えイリヤの命を延ばす事が出来たとしても、近いうちにあいつ等はイリヤを回収しに来るでしょうしね」
「よし。話を聞いた限り、そいつらは「イリヤ」を回収することよりも、「聖杯の器」としてのイリヤを回収したいんだろ? つまり、イリヤの「体」の回収が目的ってことであっているか?」
うわ、自分で言っといて何なんだが、体が目的って、ちょっと卑猥だ。
「 ? 不思議な事言うわね、まあ、あいつらは「イリヤ」という個人を回収する前に聖杯の寄り代たる、魔具としてのイリヤだから。士郎の考え方で問題ないわ」
「それともう一つ、遠坂が試したのは、“延命措置”だけなんだな?」
「ええ、ありとあらゆる方向から考察してみたけど、イリヤの延命にはアインツベルツの技術力以上が必要だわ。これは間違いない」
遠坂のことだ、本当にありとあらゆる角度から検証しての答えなのだろう。
「ああもう! じれったいわね! サッサと冬木を離れなきゃならない理由を教えなさい」
「そうね、私もそれを知りたいわ」
遠坂とイリヤが先を促す。
「つまり、この状況を一番スムーズに解決するためには。イリヤをアインツベルツに返して尚且つイリヤの命を救い、桜や藤ねえ達に危害が及ばないようにすれば言い訳だ」
「それが出来ないから困ってんでしょうがぁーーーーーーー!!!!!」
遠坂、ついに爆発。こらイリヤ、レディがはしたないわよ、なんて言わなくても良い事で、遠坂を挑発しないでくれ。
「でも、これについてはリンに賛成かな。それが出来ないから悩んでいるのよ?」
イリヤの視線が痛い。
でもなあ、昔、切嗣が話してくれた様な魔術師が本当にいるんなら、割と簡単に事が済みそうなんだけどなぁ・・・・・やっぱ難しいのか?
「ん~、やっぱ無理なのか?イリヤを他の「人型」に移し変えるのって?」
遠坂が探したのは延命方法だけみたいだし、この方法ならイリヤの「体」を他の「体」に移し変えた後、オリジナルの体をアインツベルツに返してしまえば事は済むと思うのだが? 後は万が一、アインツベルツが「聖杯の器」ではないイリヤを求めた時に備え、冬木から姿をくらませば、皆が幸せな解決になると思うんだけどなぁ。
でもま、こんな簡単な解決方法があるのに、遠坂が見逃していたら、遠坂のうっかりも此処に極まりだな。
「いや悪い。こんな半人前の魔術師が考えたような方法、遠坂が試してないはず無いよな?」
やけに二人が静かだし、また馬鹿な発言しちまったのか?
「「…………そ」」
―――そ?
「「それだぁ~~~~~~~~~~~!!」」
弾け爆ぜる赤いのと白いの。そして巻き込まれる哀れな俺。なんでさ?
「それよ!リン!なんでそんな簡単なことに気付かなかったのかしら!」
いやそれは、遠坂のうっかりが感染したのでは?
「士郎、なんか物凄い失礼なこと考えなかったかしら?」
いえ、ありのままの感想を思い描いただけなのですが。
「リン! 今はシロウを虐めるよりも、私の体よ! 今の体、あとどれだけ持ちそうなの?」
「見積もりだと後二週間といった所かしら?なんにしても、今から貴方が満足出来るような人型を用意するのは無理ね」
「この前のオークションカタログに載っていたアオザキの人型は?」
「無茶言わないでよ!今の私じゃ、とてもじゃないけど手を出せるレベルじゃないわ!・・・主に金銭面でだけど」
「――――――リン、友達のピンチなのよ!それ位家でも何でもうっぱらって都合つけなさいよね!?」
「――――っ!何いってんのよ!あの値段みた!!?首都圏のど真ん中に城建てられるか
もって値段なのよ!そんなの私んち担保に入れた位で都合出来るかぁ~~~!!」
「――――――!」
「―――!?」
「―--」
俺は二人の喧騒に耳を向けつつ縁側に腰を下ろた。
ふっと、彼女たちを顧みる。
俺はもう眼中に無いのか二人のじゃれあいで加速度を増していく赤と白の永久機関。
何か途中のシリアスが嘘みたいだ。
まあ何だ、兎に角、俺たちの日常ってのは守れたって事で良いのかな?
うん、そう納得しておこう。
「――――――――――――――ああ、晴れたみたいだな」
月を探す。
空が凪ぎ、夜の黒を照らし出す銀の月と翡翠の風。
時刻は時期に日を跨ぐ。
幻視するのはアイツの笑顔。
今は遥かに遠き、空の月よりもなお遠い、遥か彼方の彼女の姿。
此処に誓いを。
「お前が手に入れるはずだったこの幸せを―――」
必ず―――――守りきって見せるから。
見上げた空には雲ひとつ無く、輝く夜空はアイツの色に染まっていた。
「ちょっと士郎!!なにぼけっとしてんのよ!!暇だったらお茶ぐらい入れなさい!」
「そうよシロウ、レディをもてなすのはカッコいい男性の仕事なんだから」
――――――――――なんでさ?