Interval. / .
「所長、時計塔から手紙が届いていますよ?」
士郎君が事務所を休み始めて三日目。
彼がいない分仕事は増えるし所長の機嫌は悪いしでもう最悪だ。恨むよ、士郎君。
「ほう、時計塔から? 珍しいな」
どれ、と手を伸ばして、所長は手紙に目を通し始めた。
「ネエ、コクトー。トウコって封印指定を受けているから協会を逃亡しているんでしょ?なんでトウコに手紙が届くのよ?」
居場所がばれているなら、捕まえに来れるんじゃない? と、最もな疑問を口にするイリヤちゃん。なんて答えればいいかなぁ?
「魔術協会って所も一枚岩じゃないからね、協会の汚れや、手出し出来ない事柄を処理するときに彼らは表立って動けないだろ? そうゆう厄介ごとを処理するためには、橙子さん達の様な「協会に関係の無い人物」が事に当って処理しなくちゃ手が廻らないんだ。だから、協会の一部の人間は橙子さんと水面下で繋がっているんだよ」
「ふ~ん、大人たちは大変なのね。結局、自身の暗部を隠すためには建前なんていらないのかしら?馬鹿みたい」
随分キツイねイリヤちゃん。
「―――――――――――――――――」
あれ? 所長の顔が凄いことになっている。
「どうかしたんですか? 所長」
「――――――――式。至急、麻帆良に行け」
顔に焦りの色を浮かべ、ソファーで寝転がっている式にいきなり告げた。
「 ? ―――――何でだ、理由を言え。衛宮がどうかしたのかよ」
「ああ、不味い事になっている、衛宮が討伐に向かっている吸血鬼なんだがな、かなりの大物だったらしい」
「大物、――――強いのか?」
式の顔が喜々を占める。
「ロンドンではこの吸血鬼の討伐に鮮花を派遣したらしいんだがね、奴が取り逃がすほどの相手だ。何でもこいつ、祖の眷属で現存の宝具を所持していたとの事だが、協会の爺ども、潜伏中の吸血鬼が宝具を所持しているという情報を麻帆良の魔術師に伝えていないらしい」
「ちょっと、所長!? 何で鮮花がそんな危険なことやってるんです? 聞いてないですよ!?」
「教えてないからな。それに鮮花は優秀だが新人だからね、大方時計塔の爺どもの嫌がらせだろう。私も時計塔に居た時はよく使われたよ」
「ねえ、トウコ、それで吸血鬼の宝具って何なの?」
「“一刀大怒(モラルタ)”。フィアナ騎士団の英雄ダーマット・オディナの所有した魔剣だ。マナナーン、もしくはブラフのアンガスが与えたとされているが真意は分からん。協会の見解では刀身部分に真名と共に魔力を流すことで“両断”の概念を可能な限り“強化”するというものらしい」
不機嫌そうに、タバコに火をつけてイライラを募らせる所長。
「くそ、あそこにはあいつ等の置き土産が残っているから安心だと踏んだのが間違いだ。高畑の奴でも初見で宝具相手はきつい」
士郎君のこと、大切なんですね。
「鮮花の奴が存在概念ごと右腕は「焼き尽くした」ということだがね、こいつは今の衛宮の手に余る、式、お前が行って片付けて来い」
「嫌だね。手負いの上に、鮮花の尻拭いかよ?そんな奴と殺し合っても萎えるだけだ」
「おい、式。聞いてなかったのか? 鮮花がてこずった程だぞ? 今の衛宮じゃ相手に成らん。何をふざけている? アイツが死ぬぞ」
顔には出ていないものの、橙子さんは心配で心配で仕方が無い様子だ。
愛されているなぁ、士郎君。
「橙子こそ何言ってんだ? 弟子を過保護にするのは構わないけどな、今の衛宮をちゃんと視てやれ」
「何を馬鹿な、衛宮は半人前の魔術師だぞ? それはお前も分かっているだろう?」
「知らないね、魔術の事なんて。橙子、宝具だか何だか知らないがな、そんなものにアイツは負けない」
式は一つ息を吐いて、橙子さんを突き放す。
「―――――今の衛宮、“強いよ”。オレが、心の底から殺し合いたいくらい、ね」
それで、僕達の話は終しまい。
式にここまで言わせた男の子って、君が初めてなんだよ?
少し妬けるね、――――正義の味方さん。
Interval. / Out.
FATE/MISTIC LEEK
第二十ニ話 心眼/正義の味方
暗がりの路地裏、一時的に逃げ切った俺達は息を堪えて状況の打開策を検討していた。
「それじゃ、近衛の所までタカミチさんを運べば助けられるんだな?」
彼の応急処置を終えた桜咲に問いかける。
「はい、近乃香お嬢様ならそれも可能です。しかし、――」
タカミチさんは呼吸こそ正常を保っているが、肩から袈裟に入った刀傷は深い、何時までもノンビリしてはいられない。
「分かってる、どちらかが奴を足止めしないとな」
負傷したタカミチさんを抱え二人で逃げ切るのは不可能、冷たい現実が圧し掛かる。
「だから、俺が打ち合って時間を稼ぐ。その間に桜咲はタカミチさんを近衛の所へ、その後増援を呼ぶなり、単身で戻って来るなりしてアイツを倒そう」
うん、今はこれがベストの選択だ。
今は一刻を争う、悠長に二人で吸血鬼の相手をしていたらタカミチさんが危ない。
しかし、俺の発言に不満の声を上げるのは桜咲だ。
「貴方は馬鹿ですか!? お嬢様の護衛を頼んだにも関らず、私を助けに来る! 血を吐きながらの魔術行使で私と高畑先生の逃げ道を作る! あまつさえ一人で奴と打ち合うなどと!? 奴の持つ未知の武器、貴方の技量、どう考えても昨夜の焼き直しは明白です! 死ぬ気ですか貴方は!? 残るなら私が、衛宮さん、助けてくれた事には感謝しますが今は高畑先生とお嬢様を! 何度でも言いますよ、今の貴方では時間稼ぎも出来ません」
があーと怒りも顕に俺を叱りつける。
夜の街に彼女に似合わぬ怒声が通る。
昨晩はここで頷いたけどな、吹っ切れちまった大馬鹿者は強いんだぞ。
「駄目だ、残るなら俺じゃなきゃいけない。だってお前、右手首壊してるだろ?」
「―――――――――――っつ!?」
狼狽の色を強めて彼女は庇うように右手を引いた。
おいおい、気付いてないと思っているのか?
「それにな桜咲。俺は死ぬ気なんてこれっぽっちも無い。俺がお前を逃がすのは、それが奴を倒すのに必要だからだ。今はお前の回復が絶対必要なんだよ。俺じゃアイツを倒すのに決め手に欠けるし、そのお前が剣を振るえないんじゃ話しにならない。お前が近衛の所で回復に努めるのは勝利条件を満たす上で外せないんだ」
そう、それは絶対。
俺では奴を倒せない。
俺に出来ることは、奴を倒すため、必殺の機会を創ること。
「しかし…………」
尚も食い下がる桜咲。頑固すぎるぞ。
「俺の心配なら無用だよ、俺はあんな奴なんかに二度と負けない」
先生の教えを刻み込め。
近衛が教えてくれた事を思い出せ。
ピンチにならない状況を創り出す/どんなピンチも切り抜ける。
半人前の魔術師、衛宮士郎はピンチになってはならない。
正義の味方見習い、衛宮士郎はピンチを乗り越えなくてはならない。
全く、むちゃくちゃに勝手なこと言ってくれる。
でもさ、叶えてみせるよ。両方とも。
「なんたって俺は、―――――――正義の味方を目指すんだから」
夜に落ちた沈黙を俺の決意で塗り替える。
陰気な夜は正義の味方の舞台じゃない。
輝く夜空に塗り替えろ。
正義の味方はいつだってかっこよくなきゃならないんだから。
「ふふ、そうでした。衛宮は正義の味方でしたね」
俺の言葉に力強い微笑で彼女は頷く。
やっと呼び捨てにしてくれたな。うん、そのほうがお前らしくてカッコいいぞ。
「では、この場は衛宮に任せます」
「ああ、任された。でもさ、なるべく早く戻って来いよな。流石に十分以上は辛いぞ」
ああ、なんとも情けない。
でも事実は事実、自分の限界は話しておかなくては。
「ええ、貴方の信頼、最大の力を持って答えます」
俺の言葉を受け止め苦笑いしながら強い意志を持って返された。
そして、――――――――
「もう、鬼ごっこは終わりかね?」
――――――黒衣の剣鬼は舞い降りた。
「そうだな、俺も逃げ回るのはいい加減飽きてきた所だ」
努めて、冷静を装う。
奴の身体にタカミチさんとの戦闘の後はない。
ボロボロの外套をそのままに、殆ど癒えていた。
あれが“復元呪詛”の力って奴か?
「そうか、それは結構」
吸血鬼は火傷の痕が残る右腕で外套を靡かせ、“一刀大怒(モラルタ)”を執る。
怒りを覚える程に奴とは不釣合いのいい剣だ。
「それでは、狩りを再開させようか、魔術師」
満足げにモラルタを振りかざし俺たちに愉悦の笑いを振り回す。
その目は自身の宝具で人を刻む快楽に浸っている。
全長2メートル10センチ、刀身部分は鉛色に薄く輝きを纏い、全体の半分以上を占める真っ赤な柄はどこかランサーの槍を彷彿させる。
対人戦闘よりも騎馬戦において効果を発揮するその武器。
ファルクスと称されるその形状は、さしずめポールウェポン、日本における斬馬刀と言ったところか。
青い槍兵と起源を同じくする英雄、ダーマットが振るえばその輝きはこんなものでは無いだろうに。
「だんまりかね? 女はそれもそそるがね、男は止めたまえ見苦しいだけだ」
何が楽しいのか、俺たち、いや桜咲を嘗め回すように顔を歪ませる。
「月並みな台詞をどうも、その剣に見惚れていただけだよ」
桜咲より一歩前に踏み出し、あの剣とまみえるべき剣を執る。
「―――――――――――投影、開始(トレース・オン)」
両手に現れる、確かな重み。
干将・莫耶、俺の信ずるべき誇りある幻想。
赤レンガの町並みに月が差し込む、夜を遮る厚い雲に切れ目が走る。
「投影魔術。それも宝具を………先ほどといい貴様、何者だ」
暗がりに風が吹く、頬を伝う汗が心地よい熱を帯びる。
「さあね」
奴が干将・莫耶を眺めまわす、ほんと全身の血が沸騰しそうだ。
英雄達が振るう最高の幻想を。
「―――――――“正義の味方”、かな?」
「ふざけたことを、―――――――――!」
そんな目で、―――――――視るんじゃねぇ!!
「行け!桜咲」
夜を走り出す三つの人影。
「ぬ、女を逃がすか。――――何を考えている?魔術師」
俺の干将を軽く払い黒い影が俺に問う。
「―――――お前を倒す事だけだよ」
迫り来る大刀を受け流し左の莫耶で弧を描く。
「フン、笑えない冗談だ」
余裕で俺の剣戟を掻い潜り、更に速さを増す奴の剣。
「――――――っつ!」
右、右、左真横払い、人間を超えた身体能力を駆使し剣の暴風が俺を襲う。
まともに受ければ俺の身体は耐え切れない。
ならば流し、いなしきる。
剣技と呼べぬ攻勢ならば、俺にだって出来るはず。
一息の三連斬を吸血鬼の刃に滑らせ剣群を掻い潜る。
だがそれも束の間、新たな刃が苛烈に落ちる。
「どうした? 昨夜と同じく、もうついて来れんかね?」
くそ! 舐めやがって。
「―――――フっ!」
猛攻を何とか凌ぎきり、干将を下段より力の限り振り上げる。
「はは、中々!」
虚しく大気を絶つ俺の一刀、まずい!?
「ほら!これはどうか!」
脳天目掛けて捉えきれぬ、受けきれぬ一撃が刳りだされる。それを。
「―――――――――っちい!!」
全身のバネを総動員して真横に飛び引く。
「ハっ、ハ、っつ、―――――」
転げまわる俺の体、何とか奴の刃を無傷で躱し体を起こす。
「くくく、健闘するじゃないか?」
くそ!
桜咲の奴、良くこんな化け物と女の子の体で打ち合えたもんだ。
痺れた手に力を込めて、呼吸を正す。
落ち着け、闇雲に戦っても無駄死には必至。
「充分休んだかね?それでは行くよ、先ほどの贄を追わなければならないのでね」
影が疾駆する。
奴の攻撃は単調だ、式さんの其れとは比べるまでも無く、醜く単純。
「フン!!」
力任せの一撃。
昨日も奴の一撃は経験してる。
なら、読みきれないはずが無い!
「―――――ハ!」
激しい剣雨を自身の感覚を頼りに渾身の思いで捌きつつ、自己の中に埋没する。
「そらぁ! まだまだ行くぞ!」
人外の一撃一撃が更に重みを増していく。
「―――――――っつ、く!?」
腕が根元より軋みをあげだす脆い身体。
持ってくれよ!!
「こ、のぉ!――――」
反撃の狼煙を左の莫耶と共に突き出す。
「―――――――ぬ」
だが俺の剣戟は吸血鬼のバックステップで軽く躱され、
「――――惜しいね」
体を捻り俺の間合いの外より“一刀大怒”が振るわれる。だが、――――
「ああ、―――――惜しかった、な!!」
間合いの外から切りかかるのは読んでるんだよ。
真後ろに全力で飛び引き、干将・莫耶を力の限り投擲する。
「――――ぐぬ!?」
俺の手から放たれた干将莫耶が奴の両肩に突き刺さった。
奴を怯ませるには、――――充分!
「まだまだ!――――投影、開始!」
転がる身体を弾ませ、大地を踏みしめる。
空想を持って剣を鍛える、脳内にはファルシオン。
一つで敵わぬならば、その十倍でどうだ。
「――――――――憑依経験、共感削除!」
奴の顔が殺意に引きつる。
人間風情と侮り嘲笑に染まっていた眼は怒りに満たされていた。
突き刺さった干将莫耶もそのままに吸血鬼は刃を振りかざす。
「魔術師風情が!! やってくれる!」
吸血鬼が俺の目論見に気付いたのか、“一刀大怒”に魔力を込める。
まずい、奴の方が速い。奴の剣に対抗できる、何か!?
「――――――――仮定凍結、投影再開(バレット・フリーズ、トレース・オン)!」
くそ!? 間に合え。
「――――――――っくう!投影、終了(トレース・オフ)!!」
呪文の終了と共に全身を張り裂けそうな激痛が走る。
人が振るうには大きすぎる刃が俺の手に現れる。
奴が振るう“モラルタ”じゃない。
ダーマットの振るう奇跡がこの手に現れた。
ルールブレイカーの時もそうだが、今の俺じゃ干将莫耶以外の武器は真似られて四割。
とてもじゃ無いが真名の開放なんて出来はしない。
それでも、お前に英雄の誇りが宿るなら、――――――――
「――――“一刀大怒(モラルタ)”――――」
――――――――――――奴の一刀、耐え切ってみせろ!!
互いに否定しあう真作と贋作、弾け爆ぜる大気の中で二つの刃が鬩ぎ合う。
幻想の炸裂は俺の腕を、足を、胴を容赦なく削り取る。
それでも、奴の剣だけには負けたくない。
彼らを、宝具を振るう眩しすぎる英雄達を知る者として、奴だけには負けられない。
「――――――――――――――――――――」
辺りに静寂が訪れる、先ほどまで焼けるように地上に咲いた剣の火花の跡はそこに無く。
月明かりと、巻き上がる砂塵だけが世界を支配していた。
「いやいや、驚いてばかりだな」
視界が晴れる。
そこには、――――――夜を支配するかの様に佇む吸血鬼がいた。
「まさか私の剣まで作り出せるとは、全く君の魔術は凄まじい」
残された強がりで、膝が落ちるのを耐え切った。
ほんと、大したものだ。
真作の一撃をまともに受けても俺の“贋作”には傷一つ無い。
―――――――お前も奴に振るわれる真作が許せなかったんだな。
「時計塔の魔術師でさえ、ここまで見事な投影は行えまい」
使命を果たし夜に霞む贋作に告げる。
ゴメン、俺の身体が限界だ。
「君の創った干将・莫耶、かね? 素晴らしいなこれほどの剣、視たことが無い」
吸血鬼が俺の干将・莫耶を引き抜き弄ぶ。
「なんだ、消してしまうのかね? もっと見せておくれ、その剣に刻まれた殺戮の歴史を」
勝手な事ばかり抜かしやがって。
“尊い幻想”に刻まれた想いを、そんな言葉で貶めるんじゃねぇ。
「これだけの贋作を創るのだ、君も感じるだろう? 英雄達が奏でた、栄光と狂気の声が。素晴らしい、君は素晴らしいよ、こんな極東の地でまさか宝具に出会えるなんて!」
―――――ぶん殴りたい、なのに体が動かない。
「ああそうだ、君を“公”の眷属にしよう。今までそんなものに興味は無かったが、君なら話は別だ。それほどの投影魔術、他にも何か投影できるのだろう? 君ならば、彼らに劣らぬ騎士になれる。それほどの、魔術だ」
人外との打ち合い。
限界を超えた投影。
衛宮士郎はそんなものに耐えられるほど頑丈に出来ていない。
視界が狭まる、身体が沈む。
これ以上戦えない。
「まだ動けるのだろぅ? さあ、次の宝具は一体なんだ? グラム? デュランダル? 何でもいいぞ、宝具という殺戮兵器、古の殺戮者が振るいし羅刹の業。イカレタ殺人者達の悦楽、その歴史を見せておくれ!」
―――――――――――――だって言うのに、アイツは何を言っているんだ?
「そら、死ぬ気で創れば、私に届くやもしれん!」
撃鉄を叩き熾せ、――――――。
お前は正義の味方、全てを守る、全てを救う。
なら、アイツ等の誇りも守れなきゃ、嘘だろう?
「“尊い幻想”。その殺戮の願いを見せてみろ!」
あの戦いで出逢った英雄達が殺戮者?
そんな筈あるか、あいつ等は誰よりも何よりも尊く誇り高かった。
ただイカレテ人を殺すお前と一緒にするんじゃねぇ。
「―――――――――――――――ふざけろ」
誰よりも多くを殺して英雄になった/ああそうだ。
誰よりも多くを傷つけて英雄になった/ああそうだ。
誰よりも多くを切り捨てて英雄になった/ああそうだ。
―――――――――だけどアイツは、誰よりも傷ついて英雄になったんだ。
奴は、触れちゃいけないものに手を出した。
俺はアイツを知っているから、俺はあの戦いを知っているから。
「――――――――――アイツ等の輝き、手前なんかに穢させない」
ギチギチと数多の剣達が俺の身体を縫い付ける。
限界を超える魔力の装填に俺の回路が悲鳴を上げる。
灼熱する血液、沸騰する脳髄。身体を食い破る痛覚を、怒りに身を任せ殺しきる。
痛く、―――ない。
この程度、遥か高みに至るアイツ等の痛みに比べるべくもない。
身体が弾ける。痛みを振り切った愚直な瞳が、倒すべきどす黒い侮蔑を捕らえた。
頭の中には使い慣れた二振り。
さあ、お前らを貶めたあの外道に。
「――――――――――投影、開始」
――――――――――その輝きを見せてやれ!
「なんだ、またそれかね?ふう、どうやらそれ以上の宝具は創れない様だし、――――」
黒い影が何か嘆いた。
聞こえない。
「―――――――やはり、ここで死んで貰おう」
凶刃が頭上より降る。
単調な力任せの一撃、速い、見えない、それでも、――――
「―――――誰が、手前の一撃で」
自身の経験より、その軌跡を読みきる。
脳みそが溶け出す。その灼熱は発光と共にひだひだの裏側で弾け飛び、自身の思考は限界を超えて回転していく。
残存魔力は殆ど無いも同じ。――――なら、今の俺に出来ることは何だ?
「―――――っぬ!?」
奴の右手に飛び引き距離を取る。
「―――――――」
思考を休めるな。
奴を撃滅する為の手段、逆転の可能性を探し出せ。
身体性能――――問題ない、まだ身体は動かせる。
保有戦力――――投影は出来ても一度、必殺の機会を待つ。
敵対戦力――――能力差は否めない、それでも数の上では互角。
状況把握――――圧倒的に奴が優勢、―――――だけど、諦めない。
地形要素――――理想的だ、奴の剣はこの地形で小回りが利かない。
勝利条件――――決まってる、あいつをぶん殴る。
敗北条件。
「――――そんなもの、正義の味方に在るはず無いだろ」
どんなピンチにも陥らない、―――――こんなのピンチでも何でも無い。
どんなピンチも乗り越える、―――――この程度、切り抜けて見せるさ。
「はは、来るかね!?」
自身の経験を信じろ。
拙い剣技、凡庸な才覚。
それでもお前が見てきた戦いは、――――何よりも高みの戦場(いくさば)だ。
「―――――――――」
行動予測、演算開始。
凶刃が堕ちる。
アーチャーの技は奴の剣より誇り高かった。
捕らえきれぬ突きが降る。
ランサーの槍は奴の剣より速かった。
うねり狂うヤ刃が奔る。
ライダーの短刀は奴の刃よりもしなやかだった。
躱し切れぬ刃が薙ぐ。
アサシンの刃は奴の剣より旨かった。
非道な一撃を叩きつけられる。
キャスターの理は奴の剣より狡猾だった。
恐ろしい激烈が炸裂する。
バーサーカーの力は奴の剣より恐ろしかった。
醜い誇りが俺を切り裂く。
アイツの剣は奴の剣より、―――――――――尊く、何よりも綺麗だったんだ。
なら、目の前の剣を乗り越えなくては嘘だろう?
「そら! そら! そら! 先ほどからどうした? 受けるだけでは私は倒せんよ!?」
無様な黒衣が何かのたまう。
知ってるよ、俺はお前を倒せない。
「――――――――」
だから、俺が戦うのは自分自身。
俺が勝利するのは常にエミヤシロウだけだ。
自身の経験、自身の予測を違う事無く実行する。ただ、それだけ。
「ぬ、下らぬ!」
必殺の機会整った。
「ちい!ちょこまかと」
さあ、覚悟しろ吸血鬼。
「また投擲かね!? 懲りないな君も」
―――――――――この輝き、屍(かばね)に刻め。
「は!――――――当らぬよ」
第一刀、干将回避。
「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」
第二刀、莫耶回避。
「―――心技、泰山ニ至リ」
「はは、万策尽きたかね!?」
まさか、アイツは必ず帰って来るさ。
「――――凍結、解除」
「またそれか、いい加減諦めろ!?」
「―――心技 黄河ヲ渡ル」
倒れ伏す体を支えきる、まだだ、まだ俺はオレ自身に勝利しちゃいない。
「さあ、引導を渡してやろう!」
言葉は信念、俺/オレはココに別たれる。
「―――唯名 別天ニ納メ。両雄、共ニ信ズルヲ叶ウ」
俺はアイツと一緒に、信じた道を貫いたんだから。
「―――――――――な! 剣が」
是、干将莫耶。
「だが!この程度で私を、―――――――っな、に!?!?!?」
後は頼むぞ?
「衛宮の創った必殺の機会――――――――逃がしは」
「上空から!? 馬鹿な!? それがお前の!?」
「――――――――――しない!!!」
「っ貴様らぁ!!!!!!!」
「是、心眼也」
―――――――――――桜、ざ。