夜の街を翔ける
背中には醜い白羽の翼。
月光を背に、白く輝く忌むべき“異能”。
私の祖先は、古来より“鬼”と呼ばれる異端と交わり人とは相容れぬ力を得た。
人に蔑まれ、疎まれる呪いの血印。
だが、ソレも昔の話。
この力を受け入れぬ、恐れる自分はもういない。
四年前のあの出会いが、私を変えてくれた。
だがそれでも、この姿は彼ら以外に見せたことは無かった。
「――――――――早く、急がなければ」
烏族。
本来鬼では無かった彼らは、その黒い翼と異能故に、人より蔑まれ、棲む場所を奪われ、その在りようが歪んでしまったモノ達。
人との接触を絶った彼らは、長い時を経てその身を変質、人とは異なる化け物に成った。
鬼に成れば後は簡単。
人の望むまま人を喰らえばいい。
簡単な話、彼らは加害者で在り被害者だ。
鬼と成り果てた彼らはやがて力を求めた下賎な人間と交わった。
それが始まり、私の祖先と成る“混血”の最初の一。
私の中に眠る“異能”、なんてことは無い、唯空を飛ぶことが出来るだけ。
―――――――――異端で在るが故に、日常に溶け込めず。
そして幸運な事に、私の中の“異端”の血は他の者より薄かったのだ。
―――――――――異端で無いが故に、非日常にも溶け込めない。
宙ぶらりんの境界を誰にも理解されること無く唯歩き続ける。
噂に聞く“紅赤朱”等には到底及ばない脆弱な血。
本来黒で在るはずの“異能”は白く、儚い私の心を暴き出す。
白い翼を持つが故に私は非日常に嫌われた。
白い翼を持つが故に私は日常に嫌われた。
―――――――彼らに出会えてから、私の境界は無くなったのだろうか?
「―――――――――衛宮」
正義の味方になると、迷いなく口にした赤毛の少年。
魔術師の癖に純朴で真直ぐな同い年の男の子。
ネギ先生と同じ、一生懸命でどこか放っておけない優しい人。
きっと、衛宮もネギ先生と同じだ。
非日常の世界にいながら、日常を大切に出来る人。
彼は私の翼に何を思うのだろう?
正義の味方。
彼は、人に仇名す私に何を思うのだろう?
人でもなく、鬼でもない。
宙ぶらりんの、誰にも理解されることの無い私に、彼は何を思うのだろう?
分からない、だけど是だけは確かな想い。
「―――――――死なせは、しない」
―――――俺はさ、正義の味方になりたいんだ――――――
私は、救われたいのだろうか?
Interval / feathers.
剣戟が聞こえる。
静寂が、荒々しい剣の火花を運んでくれる。
「―――――――もう直ぐ」
―――――衛宮の所に辿り着く。
そんな考えが、頭をよぎった瞬間ありえない光景が、見下ろす影の町に存在した。
馬鹿な、人の身であの吸血鬼と互角に打ち合うだと!?
「――――そんなもの、正義の味方にあるはず無いだろ」
衛宮の瞳に力が灯る。
月明かりを背に受け、赤い騎士の空気が変わった。
私とて、それなりの死線をくぐり抜け、数々の強者と斬りあった。
なのに、その瞳に声を失った。
「はは、来るかね!?」
黒い外套が、加速と共に剣を振り上げる。
速い。
唯の人間に、あの剣戟は受けきれない。
迎撃のため腰を落とす衛宮、しかし、その瞳に敵など既に映っていなかった。
一体何を見つめているのか? ワカラナイ、だが分かる。
私の知る筈の無い強き武士の躍動、神代の時代ですら為しえぬ戦いを、衛宮の瞳は捉えていた。
数々の強き兵と斬りあった?
笑わせるな、衛宮の瞳に残る軌跡、知るはずの無い戦士達の輝きに比べれば、なんて酷薄。
「―――――――――」
吸血鬼の剣雨が衛宮を薙ぎ払い、叩きつけ、突き抉る。
そのどれもが必殺、人の体、人の反射では捕らえきれぬ必殺の数々。
ソレを。
「――――――――」
拙い剣技で凌ぎきる。頬を抉られ、肩を穿たれ、胎を裂かれて。しかし、その全ては致命傷になりえない。
知っている、と。
こんな物が必殺ではないと、真に振るわれるべき“必殺”はお前などでは届く筈が無いと、衛宮の剣戟が誇りと共に唱える。
愚直な剣が唯月明かりの下、残光を翻す。
剣の冴えなどそこには無く、
閃くモノなど在りはしなかった。
全て凡庸、されど―――――その全てが“必殺(英雄)”を知る輝きに満ちている。
「ぬ、下らぬ!」
死徒が旋回運動と共に衛宮を捉える。
下らぬものか、剣を執るものとして、その輝きは絶対だ。
愚直で無様で在ろうとも、その輝きは目指すべき一つの真理。
醜い貴様の剣戟で、衛宮の剣には届かない。
一太刀で剣をいなし、衛宮が飛び引く。
「ちい!ちょこまかと」
衛宮の体の限界は近い、彼のピンチに現実で私の思考が弾ける。
助けなければ。
「また投擲かね!?懲りないな君も」
私の体が、死徒に向けて引き絞られたその刹那。
(サンキュ、桜咲。もう少し待ってろよな、チャンスは創る。失敗するなよ?)
―――――――優しく、決意に満ちた正義の味方を幻視した。
「は!――――――当らぬよ」
彼の渾身の投擲は虚しく死徒の影を裂く。
「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」
衛宮の内より声が毀れる。
その瞳は不適に影を捉え、同時に。
「―――心技、泰山ニ至リ」
――――――――私への信頼に満ちている。
「はは、万策尽きたかね!?」
まさか、衛宮の策を貴様などに読みきれるはずが無い。
「――――凍結、解除」
言霊と共に現れる、黒白の中華刀。
衛宮が信じる、二振りの夫婦剣。
「またそれか、いい加減諦めろ!?」
違う。
貴様には感じられないのか? あの剣が、その輝きを放つこの脈動を。
「―――心技 黄河ヲ渡ル」
衛宮の体が沈む、助けに向かおうと、本能が体を動かす。
駄目だ、衛宮は私を信じている。
―――――なんたって俺は、正義の味方を目指すんだから――――
なら、私が彼に答えず、誰が彼を信じるのか?
「さあ、引導を渡してやろう!」
衛宮は死に体、今なら赤子でさえ彼を切り伏せられるだろう。
しかし。
「―――唯名 別天ニ納メ。両雄、共ニ信ズルヲ叶ウ」
―――――紡がれた信念と共に、衛宮の必殺は放たれた。
彼の剣が命を持ち、地上に黒と白の月が光る。
一閃、天の月を蹴り夜空を裂く私の白羽。
「―――――――――な! 剣が」
驚愕に顔を醜く歪ませる吸血鬼、その不快な顔ごと。
「だが!この程度で私を、―――――――っな、に!?!?!?」
夕凪に全霊の誇りを掲げ。
「衛宮の創った必殺の機会――――――――逃がしは、」
渾身を持って、貴様を絶つ!!
「上空から!?馬鹿な!!?それがお前の、――――――!?」
その身に受けよ。
「――――――――――しない!!!」
神鳴る剣。
「っ貴様らぁ!!!!!!!」
「―――――――――真・雷光剣――――――――――」
辺りを、包む迅雷の輝きが、凶つ人型を喰らい尽くす。
塵すら残さず浄化された吸血鬼を一瞥し、羽を地に着け。
「――――――――――っ衛宮!」
倒れ付した衛宮を抱え、再び輝く夜を抜けた。