世界でも有数の人口過密国、日本。
その首都圏には当然ながら多くの人が集まる。
そして、人間が集まればその意識は“世界”に留まり様々な“異常”を呼び集める。
人の想念はそれ自体が流動する“力”であり、それを求めて集まる“魔”を古来よりその胎の中に詰め込んできた。
人の衰勢の裏側には、常に影が付きまとう。人間はその異常を容認、そして排除することで、自己の繁栄を促して来たのだ。
魔都。
人が創りあげた繁栄の都は一概にそう言えるのかもし―――――――
「ちょっと、シロウ!? 何くだらないモノローグに浸ってるのよ! オヤカタって人が呼んでるよ!?」
…………衛宮士郎、十○歳、学園中退、現在首都圏某所にてガテン系アルバイト中。
FATE/MYSTIC LEEK
第三話 橙色の魔法使い Ⅰ
親方から今日一日分の給料を受け取り一人帰路に着く。
東京に出てきて既に一ヶ月、黄昏に染まるオフィス街は未だに俺を嫌っているようだ。
まったく、ビルを塗りつぶすオレンジ色の世界がこんなにも寂しい物だなんて、考えもしなかった。
黄昏を顧みれば、鮮明に思い出せたはずのアイツの顔が今は霞んでしまう。帰る世界が異なるだけで、こんなにも人は孤独を感じられるのだ。
「どうしたの、シロウ?」
頭の中に、イリヤの声色だけが響いている。ああそうだった、少なくとも俺は一人じゃない。ごめんと、頭の中で一人ごちる。
「いいよ、寂しいのは私も同じだし」
冬木に、大河や桜の所に戻りたい? そんな意味を含んだ返答。
俺は当たりに人がいないのを確認して、薄く微笑んだ。
「そりゃあな―――帰りたくないなんて嘘だ」
だからといって帰れないだろう? と、あるはずの無い人影に返す。
「そうだね、あの時の大河と桜、本当に辛そうだったもの」
結局、あの晩から一週間後、俺は身一つで冬木の町を後にした。
ああいや、身一つ、というのは語弊があるか? こうして、“イリヤ”も一緒にいる訳だしな。
結論から言えば、今のイリヤに“体”はない。
イリヤの魂が肉体の限界に引き込まれる前に、遠坂が別の器、つまり宝石に移し変えたのだ。何でも遠坂の魔術は力の“転換”と“流動”、そして最も効率良く力を転換出来る器が宝石であるらしい。
イリヤは最後まで宝石に移るのを嫌がっていたが、遠坂の説得の末、渋々納得した。
何でも数多いる魔術師の中でさえ、魂の概念を確立、存在させられた魔術師は一人しかいないそうだ。
それに加えて、魂というものは肉体を移し変える度に劣化していく物だという。
だがしかし、そこは流石遠坂。
宝石に移し変えるだけなら、その劣化すら無いということだ。此処が説得の決め手と、宝石へのイリヤの転換をあの手この手の絡めてで説得した。
だけどな遠坂、流石にスタイルや金運は劣化しないと思うぞ?
兎にも角にも、遠坂はイリヤという“存在”を宝石に移し変えることに成功した。
とんでもない大魔術だったらしく「時計塔一発合格間違いなし!」の怒号と共に遠坂は俺に宝石となったイリヤを手渡した、このときの遠坂の顔は本当に綺麗だったと思う。
その後はイリヤの体をアインツベルツに送りつけ、俺は冬木を離れる準備を、遠坂はイリヤの新しい体を探し始めた。
しかし、イリヤの体となる“器”は結局見つからず、俺とイリヤが冬木を離れている間に、適当な“器”を探し出す、ということで決着した。
そんなわけで、正常、異常を問わず様々な情報が集中する首都圏に新たな住居を決定したのだ。切嗣の遺産でどうにかなったが、首都圏の家賃の高さに俺と遠坂は目を丸くしたのはご愛嬌だ。
俺が大変だったのはこの後、俺が冬木を離れること、イリヤのこと、真実を語れないもどかしさを嘘で塗り固めて説明した。
桜も藤ねえも、当然分かってくれる筈も無く、出発の時まで殆ど口も聞いてくれなかった。仕方が無いと、そう納得していた出立の日。
夜明けと共に衛宮低を後にするとき土蔵の前で桜と藤ねえが仁王立ちしていた。二人とも泣いているんだか怒っているんだか分からない顔で「いってらっしゃい」と一言。
そのときの二人の顔は間違いなく悲しみで微笑んでいた。
皆を守るため、ひと時の日常を切り捨てる、結局これも正義の味方の代償行為。
夜が明けて、紫色の空に橙が灯る、この日の朝焼けは、何かを手に入れて、アイツを失った黄金の夜明けに似ていた。
「ほら、シロウ、思い出に浸るのも良いけど、家、通り過ぎちゃったんだけど?」
冬木の思い出に浸っていたらあっという間に新居に着いてしまったらしい。ポケットの中から、イリヤが促す。不思議なことにイリヤはこの状態でも、簡単な魔術行使なら可能らしいのだ。
なんでも魔術は魂に刻み込むモノ、そのおかげで共有の魔術を利用して俺の思考、視界、様々な機能をイリヤと共に共有している。
にしても、考えた事がバレバレと言うのも如何な物か?
「大丈夫よ感じられるのは表層意識だけだから」
それでも十分問題があると思うぞ。
街の喧騒から離れた所にある古めかしい二階建てのアパート。
そこが今の俺の家だ。
数年前にこの近くでは殺人事件が頻発したらしく、事件が解決した今でも、入居希望者がいないらい。
「違うわシロウ、それ以前から入居者なんて一人しかいないって、大家さんも言ってたじゃない?」
む? そうだっけ? 兎に角、今このアパートの住人は俺ともう一人同年代の女の子、藤ねえと同い年位の女性が一人と三人だけだったりする。
カ ンカンカン、と頼りなく鳴る赤錆の階段を登っていく。
「よう、今お帰りかい?」
半分くらい階段を登ると、名前不詳、年齢査証のお隣さんがゴミ袋を持ってひょいと持って、こちらに向かってきた。
「ええ今日のバイトは全部終了ですから」
中くらいの髪の毛を茶色に染めて季節はずれの赤い半纏を羽織るこの人は、凄腕のドラッグバイヤーらしい。
「そりゃよかった、じゃ今日は体力が残っているわけだ。発散させたけりゃいつでもいいな、相手になるからさ」
―――っ!? なな!? 慌てる俺を尻目にくすくすと笑った。
思わず階段から足を踏み外しそうになったが、慌てて手すりを掴んで留まった。
「冗談、しかし、衛宮は単純だから好きさ、あの真っ黒坊やより分かりやすい男なんてあんた位のもんだよ」
真っ赤になっている俺の髪の毛を撫で付けて、俺の横を抜けていく。
カンカンと階段を下りていくお姉さんの足音が、いやに耳に残った。
べ、別にデレっとしているわけじゃないぞ!? 誤解だイリヤ!
「ああ、あと和美の奴が、あんたの“探し物”についてなにやら手に入れたらしいよ?後で顔出せってさ」
突然階段の音が止まったかと思えば、お姉さんはこちらに振り返りそんな事を告げた。
朝倉の奴、速いな。情報収集能力が俺とは桁違いだ。
俺は東京に出てきて初めて知り合った友達、彼女の狡賢そうなのに、何故か愛嬌の良い表情を頭に思い浮かべて、お姉さんに返した。
「分かりました、後で顔出して見ます」
ん。と一つ頷いてお姉さんは階段を降りていった。
「シロウ」
イリヤが急かす。
「ああ、速いとこ朝倉の部屋に向かおう。」
わき目も振らずに上ったばかりの階段を駆け下りる。
カンカン響く音色が心地よい。
朝倉の部屋は、一階の角部屋。わき目も降らずに彼女の部屋へ駆け込む――――
「朝倉!イリヤのから……だ…―――---」
そこには、桜規模の二つの丘があった。
―――見つかったのか?……言葉が続かない。
状況を整理しよう、彼女は俺と同い年、普通なら学校に通っている年齢だ。
そして彼女の学校はS県の一大学術都市に在る、麻帆良学園の高等科の筈。
現在の時間は午後七時。あの学園を定時に終えたのなら、帰宅時間はこの時間帯の筈だ。帰宅して先ずすることは着替え。ああ、だからこの時間に下着姿でいても全く不思議じゃ――――――
「―――って!ゴメン!」
俺は何やってんだ!? ノックもせずに女の子の部屋に飛び込むなんてどうかしてる! というか朝倉! 着替え中くらい鍵、かけておけ!
「ああ、衛宮っち、随分速いね? それと覗きをするならもっとこっそりした方がいいんじゃないの?」
ナニヲオッシャッテイルンデショウコノカタハ?
「覗きなんてするかぁ!!誤解だ~~!」
「はいはい、分かってる分かってる。衛宮っちだって男の子なんだよね?」
「人の話を聞けぇ!」
結局、俺たちがまともに会話を始めたのは夜八時を完全に過ぎた時だった。
俺の自室、大き目の畳で向けられた六畳程の空間に俺と朝倉は向かい合って腰を下ろしていた。五月とは言え、隙間風が堂々と居座るこの部屋は少し肌寒い。
俺が入れたインスタントコーヒーで口を潤して、朝倉は切り出した。
「んでね、結論から言えばイリヤちゃんが満足しそうな器はアオザキ製の人形しか見当たらないわ」
朝倉は俺が依頼していた調査内容様を報告する。
これはこっちに出て来てから習慣になっている俺たちの日課。
「アオザキ製………ってことはやっぱり?」
「そゆこと、日本で全うな手段を使って手に入れようと思ったら法外な枚数の諭吉さんが必要ってわけ」
はあ、結局振り出しか。
俺は胡坐を解いて足を投げ出した。
「他にも色んな魔術師の器が流れているけど、それはあくまで“器”、衛宮っちが望むような完全な“人型”じゃないわ」
「それじゃ、今日は何が分かったんだ? その話の流れじゃ、今までと変わらないじゃないか」
朝倉の瞳がキランと光る。
何でも彼女は中学の時の担任教師が“こちら側”の人間だったらしく、それ以来、日常、非日常問わず情報を入手、販売し生業を立てているらしいのだ。
とは言え、女子学生だろ? と始めの内は俺も内心で侮っていたのだが、その収集能力が半端では無かった。彼女自身、魔術を使えないらしいのだがそんなこと瑣末な問題だ。
バイヤーのお姉さん曰く、「情報収集能力は真っ黒坊やの次くらい」に凄腕らしい。
ところで、真っ黒坊やって一体誰さ?
「衛宮っち、聞いてる? それでねイリヤちゃんが気に入った人形、“アオザキの人型”、これの製作者がどうやら日本にいるらしいのよ」
「――――っ本当か!?」
それは意外だ。それだけの人形を作るのだから、現役バリバリ、遠坂の言う時計塔辺りで活躍しているのかと思っていた。
「ええ、魔術協会でも曰くつきの人物でね。噂が絶えない人物らしいわ」
「それで? その人は何ていうんだ」
「名前を蒼崎橙子、偽名か本名か分からないけど協会にはこの名前で登録されていたわ」
アオザキトウコ。はて? “アオザキ”と聞いた時にも何かデジャビュを感じたのだが。
この名前はそれ以上だ、以前どこかで聞いたことがあるような?
首をかしげる俺を無視して朝倉は続ける。
「学生時代の専攻はルーン魔術、凄腕の人形師で現在封印指定を受けて逃亡中。驚いたことに、彼女“三原色の魔法使い”の一人に数えられているわ……っと断言したいところなんだけど、ちょいとそこら辺の事情、錯綜してて分かんないんだな。オレンジだか、スカーレッドだか、まあ兎に角、すんごい魔術師のは確かだわさ」
「魔法使い!? その人、魔法使いなのか?」
凄いな。魔術師じゃなくて、魔法使いか。
「ん~、彼女は“魔法使いに準ずる扱いを受ける魔術師”って事みたいね、ま、なんにしても、魔術の使えないあたしと半人前の衛宮っちじゃ、何が凄いのか? なんてわかんないしね~」
けらけらと笑う朝倉。
イリヤも、それもそうね、何て一人で納得するな! 結構傷つくんだぞ。
「んで、此処からがほんちゃん」
俺の葛藤を笑いも隠さず十二分に楽しんだ朝倉は目の色を変えた。
俺も彼女の前に構えて、言葉を待った。
「蒼崎さんが日本にいるってのは良いよね? それで所在なんだけど、これが全くわかんないのよ。何とか東京に滞在してるって情報はつかんだんだけど、そっから先はお手上げ」
降参のポーズをしているがその目が情報屋としての誇りに満ちている。
「だがしかし! 美少女パパラッチ、朝倉和美は伊達じゃない! 聞いて驚け衛宮っち!」
俺は彼女の声色に一瞬ひるんで、またかと諦める様に肩を落とした。
そんな俺の脱力も気にせず、彼女は一人で回転数を上げていく。………一体何がお前をそうさせるんだ? 一人の友人として、疑問を浮かべるばかりである。
「なんと! この蒼崎女史! 明日、晴れてお披露目の、湾岸ブロードブリッジの民間企業スペースに人形画廊を確保していたのだ!!」
じゃじゃーん!! と、未来から来た狸形ロボ宜しく、朝倉は派手な効果音が聞こえて来そうなほど白熱する。
にしても、ブロードブリッジか。
何でも以前、完成間近まで建築が進んでいたらしいのだが、数年前の殺人事件と同時期に謎の決壊事故を起こしたとか。それ以降も、結局住民の不満もお構い無しに建築作業を強行し、今に至るというわけだ。
「人形が押さえられないなら、後は直接本人を抑える! どうよ衛宮っち!?」
「ブロードブリッジ……か、その情報、信用できるんだろうな?」
「裏は取れてないけど、信頼できる人間からの横流し情報だから、十分信憑性があると思うわ」
目と目で頷く俺と朝倉。
うん、イリヤの奴も有益な情報を得られたんで喜んでいるな、善哉、善哉。
「それで旦那」
む、突然朝倉の口調が変わる、女の子なのにそれはどうかと思うぞ?
一応睨みを利かせては見るが効果など当然望めるわけも無い。ため息をこれ見よがしについてやり、僅かばかりに抵抗の後、何時もの通り俺が折れた。
「分かってるよ、報酬だろ?」
何時もの事なので、ため息の後もやはり仏頂面。そうして返したのだが、やはり相手の応答にも変化は無い。
「衛宮っちは話が速くて助かるねぇ」
「気にするな、こんなことが報酬になるならお安い御用だ」
冬木の町じゃ、何せ五人前用意していた訳だし。
「いや~助かるよ、衛宮っちのおかげで、ここ最近の食生活が夢のようだ」
「そんな大げさな物じゃないだろう?」
幸せそうに冷蔵庫を見つめる朝倉に苦笑いしながら台所に立つ。
一瞬、冬木での食卓を俯瞰した。
「元気が取り柄みたいな奴らだから、心配するだけ無駄だよな。」
そう一人ごちる。
嘆いた言葉は一体誰に向けた物だったのか――――――
さて、今日はなにを作ろうか?