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No.946の一覧
[0] FATE/MISTIC LEEK[Mrサンダル](2006/04/08 04:42)
[1] 第一話 日常境界 Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/02 06:06)
[2] 第二話 白の雪 Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/02 06:20)
[3] 第三話 橙色の魔法使い Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/02 07:12)
[4] 第四話 橙色の魔法使い Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/02 06:40)
[5] 第五話 橙色の魔法使い Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/02 06:54)
[6] 幕間 橙色の魔法使い 了[Mrサンダル](2007/02/02 07:03)
[7] 第六話 伽藍の剣 Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/03 05:08)
[8] 第七話 伽藍の剣 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 05:15)
[9] 第八話 伽藍の剣 Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/03 05:31)
[10] 第九話 伽藍の剣 Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/03 05:37)
[11] 第十話 錬鉄の魔術師[Mrサンダル](2007/02/03 06:42)
[12] 第十一話 錬鉄の魔術師 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 09:30)
[13] 第十二話 白の雪 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 09:48)
[14] 第十三話 白の雪 Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/03 09:58)
[15] 第十四話 錬鉄の魔術師 Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/03 10:05)
[16] 第十五話 白羽の剣士 Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/03 10:12)
[17] 第十六話 日常境界 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 10:18)
[18] 第十七話 日常境界 Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/03 10:23)
[19] 第十八話 日常境界 Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/03 10:29)
[20] 第十九話 一刀大怒 Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/03 10:35)
[21] 第二十話 三角遊戯 Ⅰ」[Mrサンダル](2007/02/03 10:44)
[22] 第二十一話 一刀大怒 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 10:55)
[23] 第二十二話 心眼/正義の味方 [Mrサンダル](2007/02/03 11:07)
[24] 幕間 白羽の剣士 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 11:15)
[25] 第二十三話 三角遊戯 Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/03 11:21)
[26] 第二十四話 日常境界 了[Mrサンダル](2007/02/03 11:26)
[27] First Epilogue 運命/境界[Mrサンダル](2006/04/08 02:19)
[28] 作者の後書きとお礼[Mrサンダル](2006/04/08 02:33)
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[946] 第五話 橙色の魔法使い Ⅲ
Name: Mrサンダル 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/02/02 06:54
 黄昏の街を行く。
 無機質なビル群の墓地を抜けて、工場地帯沿いに影を追う。
 急速な都市開発による名残だろうか?
 陽の灯らない路地裏が置き去りにされた子供のように感じられた。
 黒い影は歩みを止めない。

 イリヤの体を求めてここまで来た。
 蒼崎橙子に逢うために、今日彼女の画廊に訪れた。

 そこで、――――――二度と回り逢う筈の無い“剣”に出会った。

 彼女ではない/彼女に違いない人型。
 死んでいる/生きている筈の無いアイツへの思い。

 訳が分からない。
 イリヤの事/アイツのこと。
 分からないことが多すぎる。

 思考が纏まらない。
 蒼崎橙子、彼女はアイツを知っていた。
 聖杯戦争、何でこの戦いを知っている?

 思考が考える事を否定する。
 知れば殺される。蒼崎橙子は魔術師/逃亡者。

 逃げろ。
 死にたくなければ逃げ出せ。
 まだ間に合う、目の前の男は素人だ。
 エミヤシロウはここで死ぬ訳には行かない。





 ――――――――否。





 逃げること、引くことなど既に頭の中に無い。
 あの人型に、あの人型の在り方に、「衛宮士郎」は奪われた。

 俺の理想を「創造」したその業に、―――――俺の心は犯された。

 あの「創造(ワザ)」は至高の魔法だ。

 届くことが無い理想、叶うことの無い夢を。
 衛宮士郎が目指した唯一の願いを、――――――彼女は創造ってしまったのだから。

 ああなんてこと、衛宮士郎は知りたいのだ、蒼崎橙子、オレンジ色の魔法使いを。
 ああなんて過ち、衛宮士郎は逢いたいのだ、蒼崎橙子、理想を叶えた至高の業に。

 黒い影の足が止まる。

「さ、着いたよ。ここが蒼崎橙子の工房だ」

 言われて顔を上げる。

 そこには―――――――橙色に陰る、巨大な廃墟があった。





FATE/MYSTIC LEEK
第五話 橙色の魔法使い Ⅲ






「驚いたかい?」

 階段を登っていく途中、黒桐さんは不意に話しかけてきた。

「――――ここ、廃ビルにしか見えないもんね」

 廃墟。
 ビルの形を何とか保っているものの内装など全くなく、所々でビルの骨格、素材が剥き出しのまま放置されているのが見て取れる。
 構造を解析した結果、このビルは元々六階建ての建築物であることが分かった。
 途中で建築を破棄されたのだろうか? 廃ビルは四階までしかなく、作りかけであろう五階が屋上のようになっている。
 二階、三階は構造を読み取れなかった事から考えて蒼崎橙子の工房に違いない。

「僕も初めてここに来た時は驚いたよ、まさかこんな所に人が住んでいるなんて考えもしないだろう?」

 黒桐さんはどうやら廃ビルの四階に向かっているらしく、ヒョコヒョコと頼りない足取りで階段を上っている。
 段々と思考が帰ってきた、俺は注意深く周囲に目を向け、黒桐さんの質問に返す。

「ええそうですね」

 平静を装った筈なのだが、黒桐さんは、やれやれと言って残念がった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、橙子さん直々の“ご指名”何だからね。そんな危険は無いはずだよ。………………だから、警戒した方がいいのかな?」

 真剣に悩みだす黒桐さん。……あの、一体どっちなんですか?
 幾分か緊張が解け、俺たちは階段を上りきった。
 目の前には鉛色の重扉。この先には十分な広さの空間が広がっている筈だ。恐らくここが、蒼崎橙子の“事務所”なのだろう。
 気を引き締めろ、俺が挑むのは、封印指定の人形師。
 やっと、ここまで来たのだ。イリヤのため、冬木の皆のため、俺がしっかりしなければならない。
 不意に、イリヤの緊張が宝石を通じて伝わって来た。
 先ほどまで途絶えていたイリヤのラインが帰ってきた。どうやら、このフロアには魔術的な措置が施されていないようだ。

「シロウ………」

 不安そうなイリヤの声。
 大丈夫、俺だってそれなりに死地をくぐり抜けて来たんだ、任せろ。
 根拠の無いから元気、それでもイリヤは頷いてくれた。

「所長、ただいま戻りました。入りますよ」

 黒桐さんはそう言って、ドアを開けた。
 夕暮れ、適度な広さのオフィスは見事にオレンジ色に染まっている。
 飾り気の無いオフィス、その中央に申し訳程度に設置されたソファーと机、その向かいにはここが仕事場であることを主張するかの様に立派なデスクがある。

「すいません、予定より遅れちゃいましたね」

 黒桐さんはそういってソファーに腰を下ろした。
 その正面、黄昏の太陽を背に受けてデスクに腰掛けていた人影が振り返る。
 瞬間、全ての思考を奪われた。

「―――――――――」

 ―――――――今日は本当、驚いてばかりだな。
 短く切りそろえられたサファイアの髪。紫水晶をそのまま埋め込んだような紫苑の瞳。
 まいったな、女性を宝石に喩えるなんて、これが初めてかもしれない。
 遠坂然り桜然り朝倉然り、世の中には綺麗な女の人が一杯なんだな。
 どれだけ硬直していたのか、オレンジ色の人影は鈴のような声で告げた。

「お久しぶりね、衛宮士郎くん。私がこの事務所の所長、蒼崎橙子よ」

 告げると同時に微笑み。
 ヤバイ、俺の顔、今間違いなく真っ赤だ。

「――――――――っつ!は、はじめまして!衛宮士郎です!」

 ん? あれ? 何か違和感が?

「そんなに緊張しなくてもいいわ、せっかく来たんですものゆっくりしていってね」

 ああ、この慈愛に満ちた笑顔、ぜひ遠坂に見習わせたい。………って、惚けている場合じゃない。
 しっかりしろ衛宮士郎、目の前にいるのが蒼崎橙子だ!

「それじゃ、黒桐君。彼と二人で話がしたいから、席、はずしてもらえるかしら?」

 デスクより優雅に立ち上がり蒼崎さんは黒桐さんに、お茶を入れるよう促した。
 黒桐さんは、「女性って怖いよね」と、呟いて給油室と思しき部屋に消えていってしまった。
 一体何が怖いのさ?

「ごめんなさいね、衛宮君。今日は色々驚いたでしょう?」

 俺が腰を下ろしたソファーの向かいに椅子を引き彼女は切り出す。
 アイツの人形の事を言っているのだろうか? 勿論です、完全に不意打ちでしたから。

「ええ、一体どういうつもりなんですか?」

 どういうつもり? 決まってるじゃないか、警告だ。
 「私はお前を知っている」、そんな意味を込めた蒼崎さんからのメッセージ。それでも、俺は理由を聞かずにはいられなかった。

「何で、アイツが――――」

 一つ頷いて、蒼崎さんは続ける。

「当然気付いていることと思うけど、私は聖杯戦争のこと、貴方たちのこと、ある程度知っているわ」

 緊張が走る、―――――それは、何故?

「逃亡中とはいえ、私も魔術師だしね、協会の資料にあった第七百二十六号聖杯、当然興味があったわ」

「―――どうやって、あの戦いを?」

 当然の疑問を吐露する。

「それは秘密。これでも封印指定の魔術師だしね。貴方たち程度の魔術師の目を掻い潜って、盗み見するぐらい、分けないわ」

 キャスターさんにはバレていたみたいだけどね、そう言って整った顔を綻ばせた。

「そんな訳で、戦いの概要はある程度分かっているの、彼女の事とかもね」

「―――――っ!?」

 彼女―――それは、アイツのこと? イリヤのこと?
 落ち着け、衛宮士郎。弱みを見せるな、飲まれたらお終いだ。

「両方よ。―――にしても衛宮君、顔に出しすぎよ。同じ魔術師として心配しちゃうわ」

 微笑を絶やさず彼女は続ける。

「アルトリアちゃんの人形については特にいうことはないわ。あの戦いの後、作成意欲の赴くままに、作っただけだから」

 蒼崎さんの瞳に作為の光は無い。
 ああ、―――きっと蒼崎さんもアイツのあり方に魅せられただけなのだろう。
 だから分かる、この人も俺と同じなんだ。でも。

「それじゃぁ、何でイリヤのことも?」

「それはまだ、仮定の域を出てないんだけどね。貴方たち、私のこと探っていたでしょう?」

 その通りだ、イリヤの体、それを求めて俺たちはこの人に近づいていった。

「丁度一ヶ月くらい前かな、私の人型について、色々探りが入れられてるのに気が付いたのは」

 俺が朝倉に調べて貰い始めたのもその時期だ。時期的には間違いない。

「私は協会から追われている身だからね。どんな奴が私を調べているんだろうと思って、黒桐君に、調査して貰った所、あら不思議――――」

「俺たちが浮かび上がった――と、言うわけですか」

「ええ、そのイリヤって子、聖杯だったんでしょ?」

 無言で頷く。

「なら話は簡単、イリヤちゃんの体は戦争終了と同時に終わりを迎える。だから貴方は、彼女の新しい「器」を求めて、私を探った。違う?」

 ど真ん中ストレート、相手の方が何枚も上手だ、駆け引きも何も無い。
 始めから、この人は全部知っていたのだ。

「ええ通りです」

 俺は降参の意味を込めて零した。

「後は知っての通りよ、貴方たちが私に害を与える人間じゃないのは分かったし、お客さんみたいだしね。黒桐クンに頼んでここまで案内してもらったというわけよ」

「それじゃ、俺がブロードブリッジの画廊に辿り着けたのも?」

「そ、黒桐君に画廊の場所を貴方の雇った情報屋さんに直接リークして貰ったってことよ」

「なんでまたそんな面倒なことを? 直接、場所を教えてくれても良かったのに」

「あのね、衛宮君、私は封印指定の魔術師よ?情報屋さんに自分の所在を明かせるわけ無いでしょう?」

 ああ、納得。そりゃそうだ。

「でも何で、あの画廊を?」

「あそこなら場所が割れたところで問題ないしね。あそこを発見したところで、協会のワンちゃん達は、私の所に辿り着けないモノ」

 下手したら、場所が分かってもあの画廊を見つけられないかもねぇ~、と笑っている蒼崎さん。

「それに、貴方への警告の意味も込めてね。流石に、あの人形を見れば警戒ぐらいするでしょうと思って」

 こちらを一瞥して、蒼崎さんはなおも続ける。

「私だから良かったものの、他の魔術師に同じことしてみなさい、殺されちゃっても知らないんだから」

 これからは気おつけなさいと、メッとポーズをとる、その仕草がとても気恥ずかしくて俺は顔を伏せた。

「分かればよろしい。―――それで衛宮クンは、イリヤちゃんの「器」が欲しいのよね」

 先ほどのことなど忘れて、勢いよく顔を上げる。

「!?――――作って頂けるんですか?」

「ええ、人形を作るのは構わないわ、だけど―――――」

 蒼崎さんの顔が一気に魔術師の貌となり、俺を射抜く。

「―――――それに値すべき代価を、頂けるのかしら?」

「――――っつ!?」

 魔術は等価交換、基本中の基本だ。
 だが俺は、一体何を差し出せばいいのか?

「貴方がここに来たのは、金銭という代価で私の人形を手に入れることが出来なかったから。なら当然、それに代わるだけの何かを差し出すのが筋でしょう?」

 蒼崎さんは魔術師の貌で静かに笑みを称える。
 息を呑む。ここまで、黙って事の成り行きを見守っていたイリヤも不安に飲まれている。
 蒼崎さんの人形に釣り合うだけの代価?
 そんなの、俺の一生を捧げた所で釣り合いがとれる筈無いじゃないか。だけど、それでも俺が差し出せる物など、最初から一つしか持っていない!
 前を見据えて、丹田に力を込める。そうして。

「俺の、体で支払います―――――――――――」

 ――――――――――――蒼崎さんの瞳を見据えて言い切った。

「………………」

 俺蒼崎さんは答えない、その瞳は深く、視る事は叶わない。俺にはこれしかないのだ。実験体だろうが何だろうが構うもんか。
 奴隷だって構いやしない、もとより俺にはこれしかないのだ。
 イリヤの体を手に入れる。ならば、差し出すべきは俺の体。代価として釣り合いはとれる筈だ。

「……………くく」

 その瞳光が灯り、そして―――――――盛大に笑い出した。

「ぷっはははははっはは――衛宮、ぷハ………く、おも……くく、――面、白すぎだ」

 なんでさ? 俺は大真面目だぞ?
 なんで、イリヤまで笑っているのさ?

「――く、いい、くくく、だろう……くく――その代価、くく、納得してやろう」

 ん、蒼崎さんの雰囲気が違うような? 気のせいか?
 俺が首を傾げたのも束の間、直ぐに蒼崎さんは先ほどの調子に戻り。

「ふふ、こんな可愛い子に体で支払うなんて言われたら、頷くしかないわね」

 そう言って、壮絶に艶っぽい視線を送ってくるのだった。

「―――――っつ!!!」

 ああ!? そういう意味ですか!?
 
「そ、え、あ、いや、違!? 俺が言いたかったのは!!?」

「あら、違うの?お姉さん、そこそこに期待してたのよ?」

「―――――――――――っつ!!!!!!!!」

 ヤバイ、死にそう。

「それとも私、魅力が無いかしら?」

「-――――っつ!?そんなわけ無いじゃないですか!?」

 ああー! 泥沼に嵌っていくー!!??

「そうなの、じゃあ問題ないわね?」

 いえ、ほんと頭がどうか成りそうです。助けてください。

「それで、どうするの? 衛宮クンは欲しくないのかしら?」

 蒼崎さんの濡れた瞳に、情欲が灯る。

「――――――――――――――――――――――――――」
 ――――――――――――死んだ、一回死んで帰ってきた。

「あらあら、冗談が過ぎたかしら」

「…………ホント、勘弁してくださいよ」

 思いっきり脱力して俺は切り返す。

「フフ。御免なさいね、ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな?」

 先ほど顔に戻り蒼崎さんは舌を出し笑った。

「でも、冗談抜きで今の話、代価としては十分かな。丁度、魔術的な方面も補佐出来る従業員を探していたところなの。今まで手伝ってくれていた一番弟子は時計塔に行っちゃっていてね、手が足りなくて困っていたのよ」

「 ? 黒桐さんだけじゃ手が足りないんですか?」

「ええ、彼は魔術師じゃないから。それ以外の事務的な仕事や、調べモノなんかは彼がやってくれるんだけどね。“こちら側”の仕事は私が一人でやらなくちゃいけない状況なのよ」

 ああなるほど、それなら黒桐さんのあの雰囲気も納得だ。

「そんな訳で、衛宮君が、この事務所に勤めてくれると助かるのよね」

 いかが? と視線で蒼崎さんがこちらを窺っている。
 そんなの、断る理由が無いじゃないか。

「そんなことでよければ喜んで。半人前の魔術師ですけど、宜しくお願いします」

 言って、俺は頭を下げた。

「良かった、そう言って貰えると嬉しいわ、半人前とはいえ、魔術師一人を雇うのだもの、多くは無いけど、生活に困らない程度のお給料も出させていただくわね」

 そう言う訳で明日から宜しくと手を差し伸べて来る蒼崎さん。
 でも、最後にもう一つ、どうしてもお願いしたいことが俺にはある。

「―――――あの!!」

「? 何かしら? まだ何かある?」

 蒼崎さんは手引っ込め、可愛らしく首をひねっている。
 それに俺は構わず、最後のお願いを口にした。

「―――――俺に、魔術を教えて貰えませんか!?」

 蒼崎さんに表情は見えない。
 驚き? 侮蔑? 当たり前だ、厚かましいにも程がある。
 それでも、それでも俺は。

「俺、蒼崎さんの人形に感動しました。同じ、いえ俺と蒼崎さんとじゃ全然違うかもしれないけど、魔術師として、心の底から震えたんです!」

 アイツに届かないと、二度と廻り逢うことが叶わないって思っていた。
 それを叶えてくれた、その「創造」に衛宮士郎は魅せられた。

「――――だから!」

「――――――――――、一つだけ条件があるわ」

 殺意にも似た、励声で俺の言葉は遮られた。
 これが、“蒼崎橙子”、封印指定の魔術師か―――――――!
 思わず息を飲む。
 俺は、紡がれるべき言葉を待つより仕方が無かった。

「私のことを、二度とその名で呼ばないで。それ以外ならなんと呼ぼうが構わないは、―――――その条件、守れるかしら?」

「―――――――――」

 無言の肯定。
 声を出せば殺される、そんな予感にも似た明確な恐怖をかみ殺し伝えた。

「よろしい、それじゃあ、明日から宜しくお願いね?衛宮士郎くん」

「―――――――――」

 “蒼崎”の名にどんな意味があったのか。
 それを約束しただけで、彼女の殺気は嘘の様に納まってくれた。

「――――それじゃ取り合えず、ポケットの中の、彼女を一晩預けて貰えるかしら? 人型は一晩あれば用意出来るし、明日には人間として機能できるはずよ」

「――――っ!? 本当ですか?」

 俺は驚き、イリヤが喜ぶ。こんなに早く「イリヤ」に戻れるなんて、思っていなかったのだろう、そのはしゃぎ様が半端ではない。
 喜び勇んで、イリヤを手渡した。

「はい、確かに受け取ったわ。イリヤちゃんの事なら安心してね、明日の朝には元の彼女に戻っている筈よ。明日の朝、黒桐クンに迎えに行かせるから今日はもう帰っていいわ」

 疲れたでしょ? 彼女はそう言って穏やかな笑みのまま立ち上がる。
 いや参った。本当に女性の理想ってあったんだな。間違いなく美女だぞ。

「はい。イリヤの事、宜しくお願いします、―――――――先生」

 そんな蒼崎さんに敬意を込めてそう返した。

「――――――っつ!?!?」

 今度は、何故だか先生が驚いた。何でさ?

「衛宮くん、――――それ」

「? 何か変でしたか、先生、名前で呼ばれるの好きじゃ無いみたいですから。それに、俺はこれから先生に師事する訳ですし、敬意も込めて“先生”と呼ぼうかと」

 うん、別に不思議じゃないよな?

「それじゃあ、今日はこれで、明日から宜しくお願いします」

 そう言って、先生に背中を向ける。
 オレンジ色の空は既に堕ち、オフィスには人口の光が灯っていた。

「――――――――――」

 何故だか、先生は俺から目を外さない、背中に刺さる視線が痛い。
 困惑、疑問、懐疑、嬉々、親愛。様々な思いが二つの瞳に込められている気がした。
 鉛色のドアのぶに、再び手をかける。
 訪れた時には俺を拒絶するだけだった、鉄の塊が今はこんなにも軽い。




「――――――――ああ、それとな衛宮士郎」




 カッラポの境界を跨ぐ。
 ドアをくぐり、その場をあとにする。
 重く、扉が閉じる直前、――――――――




「ようこそ、――――――――――――伽藍の堂へ」




 不意に、そんな言葉が耳に残った。




 一人、黒に犯された、街を行く。
 心を焦がす黄昏は、伽藍の世界に塗り替えられていた。

                    


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