夜が明けた。
「お~~~~~~~」
昨日は本当に疲れた。
太陽が昇りきるまで寝ているなんて珍しいこともあるもんだ。
「に~~~~~~~~~~~~」
泥のような体を起こす。
「い~~~~~~~~~~~~~~~~~」
狭い部屋の中まどろむ夜を抜けて、光に手を伸ばす。
「ちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
「――――――――――グフォあ!?!?」
輝く朝の光。
俺の意識は、白い妖精のスカイロリープレスによって再び夜に落ちた。
FATE/MISTIC LEEK
第六話 伽藍の剣 Ⅰ
「イリヤ、本当に死ぬかと思ったんだからな」
イリヤが元に戻って最初の出会いがあれじゃあな。
ロマンティシズムも何もあったもんじゃない。
「お兄ちゃんのイジワル、あれぐらいで怒ること無いじゃない」
嬉しくてついやっちゃただけじゃない、とテレ怒る白い妹。
義理とはいえ、実の兄を三途の川に送りかけておいて何を言うか。
「まあまあ、士郎君もそんなに怒らないで」
「そうだよ衛宮ッち、そんな可愛い妹さんが骨を拾ってくれるんだ、贅沢言うもんじゃないよ」
食卓を囲うのは俺、イリヤ、朝倉、幹也さん。
幹也さんとは、これからは仕事仲間だろ?と、いう事でお互い名前で呼ぶことになった。
そして朝倉、お前の言い分は明らかに間違っている。
「それにしても、幹也さんと朝倉が知り合いだったなんて知らなかったぞ?」
「ほら、言ったでしょ?信頼できる人から情報を貰ったって。それが黒桐さんって訳さ」
確認のため俺は幹也さんの方を向く。
(和美ちゃんは、僕と橙子さんの事知らないから。そこのところ宜しく)
との事なので。
(分かりました。話をあわせます)
「ちょいとお二人さん。朝から何をこそこそやってるのかな?」
そこに秘密があるのなら。そんな輝きを瞳にためて、嬉しそうにこちらを窺う朝倉。
お前、根っからの情報屋なんだな。
「何でもないよ。それで、朝倉はどうして幹也さんと?」
今日の食卓は、イリヤのリクエストでプレーンオムレツとハッシュポテト。久し振りのご飯の感覚に、イリヤは嬉しそうだ。
そんな妹を眺めて、朝倉になんでもないことの様に続けた。
「ん、ああそのこと?黒桐さんは情報屋の世界じゃ既に生きた神話でね。曰く、黒桐さんに探し出せぬものは無し!情報、人、物、を問わずその全てを調べきる。まさに、ブンヤ業界の神みたいな人なのだ!」
またまた一人で回転数を上げて行く朝倉。
イリヤ、年頃の女の子をそんな目で見ちゃいけないぞ。
「正体不明、年齢不詳、男なのか?女なのか?その全てが一切不明、唯一の特徴が全身黒ずくめ。幻の様な、だけど確実に実在するとされる、それが―――――――」
幹也さんは心なしか引いている。朝倉、これ以上は不味いって。
「黒桐幹也。その人なのだーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ああ、はいはい。
結局、俺の質問に答えてないし。
「だからさ朝倉。何でお前は、幹也さんと知り合えたんだ?」
「テンションが低いぞ、衛宮っち!」
やれやれと言って、肩をすくめる朝倉。
朝だからな、今のお前とためを張れるのは冬木の虎位のもんだ。
「貴方が高すぎなのよカズミ、それで?どうして正体不明のコクトーのこと、貴方が知っているの?」
ご飯を頬張りつつ、上品にイリヤは尋ねた。
「ん、薬売りのおネエが黒桐さんと知り合いだったらしくてね。彼女の紹介で知り合ったのさ」
朝倉は幹也さんのほうを向いて同意を求めた。
「そう言うこと。それ以来、何かと情報交換とかも兼ねてね。和美ちゃんとは同業者のよしみで付き合って貰ってるんだ」
用意したお茶碗を空にさせ、幹也さんははにかんだ。
「いや、私が一方的に助けてもらっているだけですけどね」
情報屋としてのプライドの問題だろうか、朝倉は困った様に笑っている。
「それはそうと、ご飯美味しかったよ士郎君。ご馳走様」
「いや衛宮っち、いつもいつも悪いね」
「いえいえ、お粗末さまです。とゆうか朝倉、お前今日学校はいいのか?」
「今日は三限から出れば問題ないのよ、それじゃ、勤労青年、今日から頑張ってね」
おい、お前朝飯食うためだけに残ってたのか?
言うが速いか、朝倉はとっとと家を後にした。
「いってらっしゃい、和美ちゃん。それじゃ士郎君、僕達も出ようか?あんまり遅いと所長が怖いからね」
幹也さんは本気で震えている。はて、あの優しい先生が怖い、何でさ?
「?そうでうすね、急ぎましょうか」
「イリヤちゃんも来て構わないからね。それじゃいこうか」
イリヤの手をとって、家を出る幹也さん。
あのイリヤがこんな直ぐ懐くなんて流石だ幹也さん。
大人の落ち着きといい、憧れるぞ。
そして、一路は先生の事務所を後にするのだった。
「遅いぞ黒桐、それに衛宮もだ、君らは亀か?今何時だと思っている」
“壊れた幻想”―――この瞬間を表現するならば、衛宮士郎はこの現象をそう呼称する。
美しき理想、信ずるべき願い。
その思いの力は、とてつもない爆発力となってその身を焦がす。
「全く、これならば亀の方が幾分もマシという物だ。君達、亀に謝れ」
一度目は赤いあくまに、そして今度は先生。
在る筈だと。一度は裏切られた理想が、もう一度手に入れたはずの綺麗な理想が、
「役立たず、とは君達の為にあるような言葉だな、ここまで使えないといっそ清々しい」
――――――――粉々に砕け散った。
あれは誰だ? ここはどこだ?
もしここが白鳥座X-1の暗黒空間だったとしたらどれだけ楽なことか。
「みろ、君達が遅れた分、仕事が全く進んでいない。君達が仕事をしないで一体誰が仕事をするというんだ?」
不機嫌に弄ばれていたのは真っ白な図面と何やら小難しい言葉が羅列した書類の束だった。一切手が付けられていないことから考えて、先生は仕事をする数には入っていないらしい。素晴らしいほど座った眼でこちらを見据える、まるで汚物でも見るかのよう。
――――――泣きたい。
「まあ、役立たずを雇った私の責任でもあるがね。君達に少しでも良心というものが残っているなら、早いところ仕事を始めてくれないか?」
俺は無言で幹也さんを見た。
幹也さんの瞳が俺に問いかける。
「士郎君、――――――――――――ついて、来れるかい?」
無理です。
幹也さんは磨耗しきった笑顔で先生から書類を受け取り、ため息をついた。
「それじゃ、僕は事務処理を始めるから、士郎君は、――――」
「衛宮は私の横で人形やら魔具やらの製図だ、-――-期待しているぞ、噂に聞くへっぽこ加減、精々楽しませてくれ」
そう言って、昨日とは180度反転した綺麗な笑みを俺にくれる先生。
イリヤ、助けてくれ。
恥も外聞もかなぐり捨てて、最後の望みを顧みる。
「それじゃ、イリヤちゃんはこっちでお茶していてね」
幹也さんはイリヤにお茶を勧めている。既にイリヤの瞳に俺はいない。
「ほら衛宮、さっさとはじめろ。退屈でかなわん」
ゴッド―――――俺、何か悪いことしましたか?
そうして、俺の新しい非日常は幕を開けた。
全く、衛宮士郎は“理想”とやらに随分と嫌われているんだな。
だが不思議なことに、いやな気は全然しない。
確かにショックだったけど、こんな先生も似合っているな、何てほくそ笑んでいる俺がいる。何だ、簡単じゃないか、俺はこんな先生だからこの人が好きなんだな。
「なんだ衛宮、気持ち悪いぞ。――――――やはりお前もマゾか?」
―――――――否。
――――――――――――断じて否。
そうして俺は、彼女の下で新たな非日常に踏み出した。