「おい、衛宮。――――これは何だ?」
事務所の四階。
サロン件仕事場の中央に備え付けられたテーブルの上、俺は忙しく朝食を並べている。
時刻は朝八時、俺が用意した朝飯見て、先生はいつものデスクに就いた。
「何、って朝食用意しただけですけど?」
朝。目を覚まし、ここの冷蔵庫を見て愕然とした。
何も無いのだ、先生は一体何食べて生活しているんだ?
「そういうことを聞いているんじゃない」
そういうわけで、俺は食材を求めて二十四時間営業のスーパーへ、食材を買いあさり朝飯を用意したというわけである。
「 ? ああ、今日のメニューはご飯と大根の味噌汁、ハムエッグを主菜に人参の朝漬け、小松菜の炒め物です。気に入らなかったですか?」
定番とも言える朝食がだめ? やっぱ洋食の方が良かったか?
「―――――――――――――まあいい、お前に言っても無駄だった」
そうして、伽藍堂の朝は過ぎていく。
朝食を片付け終えて、昨日のようにサロン兼用の仕事場へと戻る。
朝の光が漂うオフィスは今日も清潔感に溢れていた。
「先生、幹也さんは何時ごろ出社なんですか?」
朝食に難癖つけながらも完食しきった先生に尋ねる。
「基本は九時の出社だからな、そろそろ来るだろう」
何処から持ってきたのか、先生は多種多様な新聞に目を通し返した。
「と言うことは、俺も今度からその時間に出社すれば良い訳ですね?」
九時か。
朝が早い俺としては、出社するまで時間を持て余すなぁ。
「君は八時だ。朝食が思いのほか気に入った、明日からも作れ」
経済新聞らしき物をホッポリ投げ、大衆誌に手を伸ばし詰まらなそうにページをめくる先生。
「……………………………………」
本当に身売りをしたみたいだな、実際その通だけど。
しばしの静寂を破り、鉛のドアを開く音と共に、―――――――
「所長、士郎君、おはようございます」
「おはようシロウ、トウコ」
―――――――――朝の挨拶、ちぐはぐな三人組がやってきた。
「ああ、おはよう」
視線を雑誌から外そうとさえしないクールビューティー。
挨拶ぐらいちゃんとしましょうよ先生。
「おはようございます、幹也さん、イリヤそれと…………」
「よう、お前が橙子の新しいオモチャか?」
――――誰さ?
FATE/MISTIC LEEK
第八話 伽藍の剣 Ⅲ
先生が作った、抗魔力を高めるであろう腕輪を図面に起こす。
構造把握を駆使して魔力線を辿り、この腕輪の最終効果を予想した結果、この魔具は使用者の抗魔力を増幅させるものだと当りをつけた。
しかし可笑しなものだ、解析の魔術は元々得意だったが、昨日一日先生と一緒に仕事をしただけで魔術効果のシミュレートのコツを掴めて来た。
正確には俺が仕事をして、先生はグチグチ俺を甚振っていただけだけど。
「不正解、その解じゃ正解はやれん。魔力線が腕輪の中央で基点となるのが分かるだろう?そこに「反転」と「盾」の概念を付加させた概念線が絡めてある。術者はそこに魔力を流し、自身とは正反対の属性に対し耐性を得る事が出来るわけだ」
魔力線と概念線が何だって?
昨日今日でそんなの行き成り出来るわけ無いぞ。
構造解析から最終効果のはじきだしまで持っていけただけでも進歩したほうだ。
「加えてだ、その腕輪が東洋とも西洋ともつかないデザインなのは東洋の五大思想を西洋の魔術に応用したタットワの属性体系で構成したからだ。「水(アパス)」の属性を持つものなら「火(テジャス)」に対して耐性を得るという―――おい衛宮、聞いてるのか?」
聞いていても全く分からないぞ。
「いえ先生、聞いてはいるんですけど、何を言っているのやら全く分かりません」
「ああ、君は本当に素人だったな、ふむ、今後の課題は物質、精神の把握に加えて概念理解のための知識だな。よし衛宮今日からお前のノルマは一日魔術書三冊だ」
「読めといわれても俺、魔術書なんて持ってませんよ?」
「心配いらない、前の弟子が使っていた入門用の魔術書が残ってる、今晩から本格的に鍛錬に入るからな、持ち出して構わないからその後にでも読め」
問答無用で、読め。って事ですか先生?
「衛宮は私の様な「創る」魔術師にとってまさに理想の小間使いだからな、その解析能力に加えて魔具、術式のシミュレートが完璧になれば、どこに出しても恥ずかしくない自慢の小姓になれるぞ」
爽やか過ぎる笑顔で俺を見つめる先生、それ全く嬉しくないです。
色々なものから目を背けるため、ひたすら図面を睨み付けるのだった。
何とかお昼を過ぎた辺りで、先ほどの図面を起こしきり仕事場のソファーに腰を下ろし肩を回す。目の前には先ほどの女性、両義式さんが詰まらなそうに腰掛けている。
今時珍しく着物を着こなし、肩の辺りまで伸ばした髪は無造作に切りそろえられていた。
俺よりも一つ二つ年上だろうか?鋭い眼光を放つ眼は、全てを見通す程深い黒に満ちている。
そしてこの人も半端ではない美人だったりするのだ。
「なあ………衛宮士郎って言ったっけ? お前」
不意に、式さんは気まぐれな猫みたいに話しかけてきた。
「ええそうですよ、式さん」
年上の女性、それも幹也さんの彼女であるらしい人を下の名前で呼ぶのは抵抗があるのだが、上の名前で呼んだら殺す、みたいな殺気を送られたので仕方なくそう呼ぶことにしている。
「お前、なんだってこんな所で働いてんだ? そんな物好き、幹也ぐらいのものかと思ってたんだけどね」
幹也さんとイリヤは現在昼食の買出し中、自然と会話は俺と先生、そして式さんの三人だけとなる。
「式、こんなところとは随分だな。愛しの黒桐の職場だ、そういってやるな」
紫煙をなびかせ、いつもの調子で返す先生。
幹也さんと式さんの馴れ初めは先生が事細かに話してくれた。
超能力がどうだの神代の魔眼だの根源がなんたらと、とてもじゃないが色恋話と言うよりも殺伐とした伝奇物語だ。
「煩いな橙子。俺は衛宮に聞いてるんだ……少し黙れ」
かわいい声で凄いこというなあ式さん。
「やれやれ、だそうだぞ衛宮、答えてやれ」
それに全く動じない先生も流石ですね。
「どうしても何も、先生の人形に惹かれたからですよ。幹也さんと同じです」
特にそのほかの理由はないなぁ。
しかし、俺の答えに式さんの顔が不機嫌に染まった。
「それだ、こいつのガラクタのどこに惹かれたんだ? 幹也といいお前といい、頭おかしいだろ」
うわ、式さん言い切った!?
流石に先生も青筋立てているぞ。
震える先生なんて始めて見た。
「よく言った。――――――式、表へ出ろ」
先生は突然腰を上げてそんなことをのたまった。
先生!? 行き成りそんな物騒な台詞はまずいですよ!
「――――いいね、橙子を切り刻むのは楽しそうだ」
幹也さん、式さんって綺麗な顔して物騒な事おサラリとおっしゃるんですね。つーかすげー。こんな人が彼女の幹也さんって何様ですか?
「――――――――って二人とも何言ってんですか!? やめて下さい!」
そうして俺は、二人の大怪獣に立ち向かっていった。
俺が殺される前に幹也さんとイリヤが何とか事態を収めてくれたので、この騒動は事なきを得た、式さん、とんでもなく強かったんですね正直アイツと鍛錬した時よりも怖かったです。
この二人を諌めるなんて流石だ、幹也さん。足、震えていましたけど。
その後は何事も無く退社時間を向かえ、例によって仕事場件サロンにて皆でお茶の時間になった。今日のお茶菓子は式さんが差し入れてくれた如何にも高級そうなお饅頭と玄米茶。
むむ、今度のお饅頭もトンでもなく美味しい。
皆でお茶を楽しむさなか、先生がタバコに火をつけ此方を窺っている。
「人間には二属性二系統あるんだ、衛宮」
紫煙を吹かして寛ぎながら橙子さんが口を開いた。
「例えば、黒桐なら『探るモノ』。式ならば『使うモノ』といった様にね」
幹也さんも式さんもこの話には興味が無いのか、俺とイリヤだけが先生の話に耳を傾けている。
「これらは、一概に才覚、人の本質とも言い換えることも出来る」
先生は俺の方に賢者の様な瞳で続ける。
「そして衛宮、君は私と同じ『創るモノ』それを忘れるな」
いつかの戦いで赤い弓兵に穿たれた言葉。その言葉が再び俺の心を鍛える。
「そういえばまだ聞いていなかったな、君が、「衛宮」が目指すものを」
既に答えなんて知っているであろうに、俺を見据えて先生は言う。
「決まってます。『全てを救う正義の味方』です」
今も、そしてこれからも変わることの無い俺のたった一つの願い。
賢者の様だった先生は、いつの間にか不遜な貌に戻っていた。
「なら『創造』ってみせろ衛宮士郎。私の弟子だ、最低でもそれ位は創れ」
それで、話はお終い。
俺達は、再び束の間のひと時を楽しみ出した。
伽藍の堂、二日目の夜が始まる。
さあ、神秘の宴の幕が上がった。