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赤松健SS投稿掲示板


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No.21913の一覧
[0] 頭が痛い(ネギまSS)[スコル・ハティ](2016/05/23 19:53)
[1] 第二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[2] 第三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[4] 第四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[5] 第五話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[6] 第六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[7] 第七話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[8] 第八話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[9] 第九話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[10] 第十話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[11] 第十一話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[13] 第十二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:20)
[15] 第十三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:21)
[16] 第十四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[17] 第十五話[スコル•ハティ](2015/12/19 11:22)
[18] 第十六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[35] 第17話[スコル・ハティ](2016/06/03 22:36)
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[21913] 第三話
Name: スコル・ハティ◆7a2ce0e8 ID:ce82632b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/12/19 11:17
「……あ、あの…どうかしましたか?」

 気付くと少女がさっきよりも僅かに近いところに立って俺に話しかけていた。はっとして少女を見ると一瞬方を揺らしたが、俺のことを訝るよう表情をしている。

「ネギまかって思ってただけだよ」

 どうせ本当の事を言ってもこの世界の住人である少女に理解できるはずが無い。もしもこの状況で正解に辿りつけるとしたら、神託なんかが受け取れる霊感の持ち主か読心術師だけだろう。ネギまを読んだのは五年か六年くらい前で、覚えている事だって主人公の少年が魔法使いで金髪の小さい子と戦闘をした事位しかないが霊感少女的なキャラクターは確か居なかったはず。目の前の少女は俺みたいな一般人の心を読むような悪趣味な人間とは思えないし、危ないことはないだろう。

 案の定少女は首を傾げて

「…ねぎまって焼き鳥か何かの事ですか?」

と言った。うん、俺もねぎまって言われたら漫画か焼き鳥くらいしか思い浮かぶものないしこれが普通の反応だ。

「まあそんな感じ。今日の夕飯のおかずは何にしようかと思って」

 自分で言っておきながらなんだが無理のある言い訳だ。その日の夕飯のおかずを考えて会話中に放心するような人間は普通に考えて居ない。しかもあの流れで。

「そ、そうですか」

 少女は反応に困ったのか、それとも俺の事を変な人だと思ったのか話を打ち切ってまた図書館島に向かって歩き始めた。

俺は暫く自分の言動のおかしさに悶えてから少女の後を追った。



「今日はどうもありがとう。何か怖がられてたみたいだけど無理に頼んじゃったし。俺何かやっちゃったかな?」

「そ……そんなことありません。その……わ、私男の人が苦手で……。それに私の方こそた、助けてもらいました。ここまで本を持ってきて貰ったのに気付かなかったし。その…ありがとう…ございます」

 再び歩き出してから五分ほどで俺と少女は図書館内部に入ることが出来た。少女が持っていた本を貸し出し受け付けのカウンターに置いているのを見て俺もそれに習ったところ、少女は俺が本を持っていたことにそこで初めて気付いたらしく豪く恐縮された。 そこで、とりあえずの目的地である図書館島まで着いた俺は、ビクビクしっぱなしの彼女とこれ以上一緒に居る理由も無く、居たところで迷惑を掛ける一方なのでここらで別れるべく声を掛けた。

その結果が先ほどの会話である。

「そっか、良かったあ。何か嫌われるようなことしちゃったかと思ってたから。うん、本当に有難う。それじゃ」

「あ、はい。ありがとうございました」

 俺は最後にもう一度礼を言ってから少女と別れた。

「しかしどうすっかなー。家も無いし金もない。身寄りも無ければ知っている人も居ないときてる。食い物も手に入れなきゃいけないし大変だなー」

 幾らか奥の方に入っていって人気の無い辺りに腰を落ち着けた。幸いな事にテーブルと椅子が置いてあったので椅子に座ってテーブルに突っ伏した。

「なんかあのオッサン色々くれたらしいけど何一つ実感なんか無いし。てかそれ以前の問題だわ」

 何で一遍死んだのに生き返った挙句、前とは違う世界なんかで生きなければいけないのか。オッサンの言っていたことなら分かる。要は自分のお気に入りの世界から逃げ出そうとする奴はムカつくし、逃げ出したいと考えてる奴もムカつく。だから自分のお気に入りの世界から追い出して目の届かない所に追いやりたいという事だろう。

しかしそういう話などではない。そもそもの話、俺が悟りなんか開きそうになっている筈がないのである。大した知識も無い俺の考えだが、俺は四諦も十二因縁も良く分からんし肉だって食うし……酒はやらないし煙草も吸わない、女にだってさして興味は無いけど……とにかく坊さんみたいな事は何一つやっていないのだ。そんな人間が悟りを開ける訳が無い。

ここのところの俺はただ単に凄い枯れている大学生で、『日々』生きていくのが堪らなく苦痛で、その癖特に悩む事があった訳でもなく、色々と起こる嫌なことは大概が自分が原因であるから諦めているし欲しい物も特にない。朝起きて学校に行って、授業を受けて家に帰って一日一度の食事を摂取してぼーっとしてから眠りに付く、彼女も居ないし金も無い、寂しい毎日を送っていたのである。正直なところこのままなんとなく生きて死ぬんだなとも思っていたし、それは又俺にとっては普通に幸せなことだと思っていた。自己に対する執着も他人に対する執着もとっても薄い気はするが、この位普通ではなかろうか。そういう訳で自分は普通の価値観を持った全くの一般人であり、解脱とかそんなものからは遠く離れた世俗に塗れた汚い人間である筈であるからしてオッサンに殺された事が納得行かないのである。

それに何なんですか異世界で人生を過ごすって。元々自分の生きていた世界を認識しながらそれとは違う世界で過ごすことの何処が愉しいのかサッパリ理解できないのである。何かこう漠然とした感覚で語ることになるが、そんなものは自分の人生では無いし、俺は俺の人生を死ぬことを望んでいたわけで。オッサンの言っていた通り俺は生きていても幸せになれそうになかった。
それこそ唯生きているだけでも飢えや渇き、痛みなんかと付き合っていかなければいけないし、現代社会で飢えを満たそうと思えばただ働くだけでは済まない。そんな事を延々と死ぬまで――オッサンの言うことを信じれば永遠に――続けなければいけないのだ。何が『生きてさえいれば幸せだ』だよ。生きてても辛いことばっかだっつの。

俺はうぎゃあああと一つ呻き声を挙げながら、ネガティブに染まった思考を停止するために頭を上げてグシャグシャ髪の毛を掻き毟る。

ともかく今の最優先事項は衣食住の確保である。

と其処まで言ったところで今度は考えが行き詰った。そうどうやったら衣食住が確保できるのか全く分からない。衣にしろ食にしろ住にしろ現代社会では金無しには如何することも出来ないのだ。そこで普通なら金を得るために職に就くわけだが、俺には肝心の戸籍が無い。ということは普通に定職にはありつけそうに無いということである。一応バイトでも住民票の写しなどが必要ない場合は有るが、そういうバイトは間違いなく肉体労働とかそんな感じの、運動とは前世から縁の無い俺の肉体では続けていくことなど不可能な仕事ばかりである。

それにそういった問題をクリアしてもそもそも面接に行く格好が汚かったり、働く為の体を維持する栄養が足りてなかったり履歴書や証明写真を手に入れるための金が無かったりで問題は山積している。ゆとり中のゆとりを自認する自分には八方塞もいいところである。

「どうすんだよこれ。アドベンチャーの癖に選択肢が出てこないとか。これで顔が滅茶苦茶カッコいいって言うんならヒモとかホストとかそういうのも出来るんだろうけど、生憎俺の顔は物凄い老け顔でその上不細工だし」

 先ほど髪の長い少女に連れて行かれた少年のようなあどけない顔をしていれば、ここまで連れて来てくれた少女を怖がらせる事も無かったろうと俺は思った。男性が苦手だと言っていたが、あの少年にはそこまではっきりとした男性性も感じられなかったし、案外あの少年辺りならあの少女にも簡単に受け入れてもらえそうなものである。

 と余計な事を考えていたので、自分の事に考えを戻す。

暫くの間必死に無い頭を振り絞って今後の方針を探った結果、こうなった。
溜息が止まらない。嫌な考えも止まらない。俺みたいな戸籍のない人間じゃ生活保護とか受けられるはずも無いし、やっぱりホームレスになるしかないんだろうか。確かこの街には山もあった筈で其処に行けば生きていくことくらいは出来そうだけど。ていうか本当に俺の体はオッサンの言ったとおり最高の物になっていたり、不死身になっていたりするんだろうか。永遠に生きるって事を考えてみれば恐らく老化も無いんだろうけど。そうなると飢え死になんかもなさそうで働く必要もなくなりそうなものだ。

試しに死んでみるというのはどうだろうか。色々とやけっぱちになった俺の精神が通常なら有り得ない運転をしてそんな判断を下させる。

「いかんいかん。いくら何でも命に対する執着薄すぎだろ。逃避でもなんでもなく
死ぬとか俺みたいな青少年的健全性を保っている人間には、まず無理だ。諦めよう」

 何度目の繰り返しか、突っ伏していた顔を上げて周りに誰か居ないかを確認したとき急に感じたものがある。

尿意だ。

しかも強烈な。

便意も感じる。

これも強烈な。

肛門括約筋を押し広げてまっさらな大地に飛び出すのも時間の問題だ。

一着しかない服にアレが付着するのはなんとしても防ぎたい俺は、下半身に余計な力が入らないよう最新の注意を払って立ち上がる。周囲を見渡してトイレの所在を知らせる札でもないかと思った末の行動だが、今日は珍しくツイてるらしい。一番最後に視界に入った通路にそれらしき物が見えた。

ゆっくりと、かつ出来るだけ速やかに俺はトイレを目指して疾駆した。そう慎重になりすぎてこの爆弾が時限式の物であることを忘れてはならない。こいつは虎視眈々とその解放のときを待っているのだから。

 通路を二つほど通り過ぎたところで、不意に腹の痛みが激化した。

「うっっ………………ちっくしょー……こんな所で諦めてたまるかーー!!」

 痛みの増す腹と尻に苦しめられ、それを跳ね返そうと叫んだ。当然図書館内に於いては静かにするという文明誕生以来の鉄の掟を無視した俺に、幾つもの視線が突き刺さる。が、これしきの視線に負けてたまるものか。気合を入れなおし精一杯の努力で顔に笑みを浮かべる。何とでも言うが良い。俺は限界過ぎて気を紛らわせなければ一歩も歩けそうになかった。

「やった。あそこがトイレだな」

 壁際に視線の進入を防ぐように曲がった箇所が二つ並んでいた。近くに赤と青で人形の書かれたプレートもある。

「素晴らしい、これが優れた運の力。間違いない。オッサンの言っていた事は本当だったんだ」

 もう自分が何を言っているのか意識する余裕も無かった。とにかく捨て身で男子トイレに進入して個室に飛び込む。

最高の肉体を作るなら、どうせだったら排泄機能なんか付けなければ良いのにとオッサンを怨む俺だった。



「あー死ぬかと思った」

 事後の処理を済ませ個室から出ると、思わずこんな言葉が口を突いて出た。何でもない自分の軽口だが、一度死んでいる身としては今までとは違う感覚を覚える。といってもしょうもない感傷だったので、さっくりと忘れて手を洗い始める俺。

 備え付けの洗剤を手に出して、手首の上の辺りまで丁寧に擦る。
こんなものだろうと手に着いた泡を洗い流して手洗い完了。なんとなく鏡を見た時だ。

「あれっ?」

 鏡に映るはずの物が映らず、映るはずの無いものが映ったので驚きの声を挙げて
しまう俺。鏡の正面に、顔を同じくらいの高さにして見ているので角度上映らないはずが無いし、俺の後ろの壁が移っている以上これが光を反射していないはずがない。

説明の着かない現象に目の錯覚を疑って、二三度まばたきをしても、眉間を揉んでも映っているものは変わらない。解決の糸口さえ見つからない疑問が音になって耳に届いた。

「どうして俺の顔が映らないんだ?」

 どうやっても俺の顔が映らない。顔の位置を変えても別の鏡を覗き込んでも。その代わりに映るのは見慣れぬ顔。

「あれ? 何? どういうこと? なんで? どうして俺の顔が映らないの?」

 視覚ではどうやっても確認できない俺の顔を、手で触って確認しようとする。それでも分かるのは俺の手が感じ取っている感触は、俺の顔のものとは似ても似つかないという事だけ。よくよく見てみれば俺の顔を触ってる手も、手と胴を繋ぐ腕も、心なしか身長まで変わっている。

 ぶるぶるぶるぶると体が震えだす。まるで夢の中の様な状況だ。自分の体が、知らぬ間に自分の知っている物ではなくなっているなんて。そういえば昔放送されていたという特撮ヒーローは悪の組織に自分の体を改造されていた、なんてことを思い出した。

「わーお、スゲー」

 しみじみと観察するとさっきまで自分の物だったと思っていたのが馬鹿なんじゃないかと思うくらい、全てのパーツが俺と異なっている。筋肉が太くなりすぎて、傍から見ると太っているように見えていた大臀筋と大腿筋は服の上から見てもすらっと細くなっているし、指も太さが全然違う。体が全体的に細く長くなっている。

「うわーなんかキモチワリー」

 もう一度、今度は映っている顔を自分の物だと思って鏡を見ての感想がこれだ。言葉自体は冗談の部分が多いが、やはり自分の顔だと思うと強い違和感を覚える。がしかし、自分の顔をして不細工と言ってしまえるほどのご尊顔が辛うじて二枚目に引っかかる位に変貌していれば、笑うか今の俺の様なリアクションを取ってしまうのが普通だろう。

意図せず、クツクツクツと笑いが漏れる。最高にどうでもよくて本当に最低の気分だ。

これがどういう事か分かるだろうか。簡単な話である。自分を自分だと同定出来る材料がたった一つ、精神しか無くなってしまったという事だ。勿論この程度で自己同一性を見失ったり、自己連続性無しには生きていけないという訳ではない。オッサンの悪意の様な物を感じ取っただけ。それだけだ。

「本当に意地が悪いなあのオッサン。俺の事を平穏に過ごさせる気が真剣に全くないな」

 俺は自分に目を着けた相手の性質の悪さを嘆いて、腹の底から溜息を一つ吐いた。

「まあ、でもいいや別に。生きてるし」

 頭を切り替える。別に自分の生死に関わるような問題じゃないんだから、気にするだけ無駄だと切り捨てて、別の事に目を向けるのだ。これからの身の振り方だって決まってないし。

ハンカチの類は何処のポケットを探っても出てこなかったので、濡れた手はズボンで拭いて一つ、新しい顔でキメ顔を一つ取ってからトイレを出た。鏡越しに見た俺のキメ顔はビックリするぐらい似合ってたが、やっている事の滑稽さを思うととても正視出来たモンじゃなかった。



「で、何がどうなると俺はこんな血みどろになるんだろうか?」

 真っ赤なシャツとジーパン、正確に言えば真っ赤になったシャツとジーパンを見て首を傾げる。

目の前には、大きな目が一つ顔の中央にあって角が生えている杭みたいに太くて鋭い歯を持つ見たこともない生き物とか、ひょろっと長い肢体と緑色の肌、頭に皿を載せた湖沼や川なんかに生息していると言われている生物だったり、二足歩行している人間サイズのカラスだったりそれはもうハリウッド・ムービーの特殊メイクもびっくりな格好をしたUMA共が犇いている。

「なんや久しぶりに呼ばれたと思ったらまーたここかい。何度も何度も諦めの悪いやつやなー」

 少し離れた所では隣や近くのUMA同士が喋っていたり、日本語を使っていたりと人間臭さが漂って居るが、状況が読めない。

「あー? なんでこの小僧は生きてるんや?」

 俺の直ぐ後ろから声が聞こえた。振り返ると長い鉄の棒を持ったUMAが、その手に持った棒を振り切った格好で俺の事をみていた。鉄の棒は建材にも使えそうな位長くて太く、形状は六角柱になっていて、人間に使えそうな代物には見えないが、もしかしてアレは棍のつもりなんだろうか。

俺は、いつか夢に見た様な状況だなとぼんやりと思った。夢見が悪い俺は頻繁に何か細長い棒に突き刺さる夢や、親に自室に閉じ込められた挙句に売り飛ばされる夢、巨大な猫に乗っかって森を疾走する夢などを見て寝起きには錯乱している事が結構あったが、今回もそういう夢か何かなんだろうか。

何故か痛む頭で、これは明晰夢という奴かなんて暢気に考えていると

「まあ、どないでもええか。もう一遍殺せば」

なんて後ろのUMAが呟いた。

 現実感の欠如した状況に、俺はその言葉の対象が自分であると認めることが出来ず、一体誰を殺すつもりでいるんだろ、と辺りを見回した。見えるのは十数体のUMAと大量の木だけ。

と、そういえば木を見て思い出したが、俺が考え事を明日に持ち越して眠り込んだのもこんな森の中だった。図書館で新聞を確認した時は日付は二月上旬となっていて、気温も時期に違わず震える程に寒かった。もしかして朝起きたら凍死してたりするんじゃなかろうか? ああ! きっとそうに違いない、幾ら眠いからってあんな所で寝るんじゃなかった。と今頃深い(永い?)眠りに就いているはずの体を心配していた俺の体は横合いから受けた強い衝撃で吹き飛ばされた。

強い痛みを覚えて疑念が強くなる。夢なのに痛い。それも意識が飛びそうな位。

そのまま碌に身構えもせずに吹き飛ばされた俺は、俺を吹き飛ばしたやつとそっくりなUMAに強か背中を打ちつけた。

「があああああああ!!」

「なんやなんや、やり損ねてるやんけ。指示通り殺さんとあかんやろ」

「ぎゃああああああ!!」

 背中を打ちつけた事で取り込んだ空気を残らず、吐き出してしまう。苦しい、また意識が飛びそうになった。俺の意識をそっちのけにして空になった肺が空気を取り込もうと大きく口を開けた所で、俺のぶつかったUMAに頭を掴まれた。UMAの手は大きく俺の頭を、みかんの様に包み込んでいる。この調子ならみかんと同じように俺の頭を潰すことも可能だろう。

視界を塞がれた俺が、俺の頭を掴んでいる手を外そうともがくよりも早くUMAの手に力が込められた。

痛い。痛い。いたい。いたい。

それ以外に何も考えられなくなる。

此処に至り、漸く俺は理解した。これは夢じゃない。

無意識の行動だろうか。俺を掴む指に手を掛けて体中の力を振り絞って暴れた。

それでも俺を掴む手からは逃れられない。俺の頭を握る力は徐々に増している。

後どのくらい力が増すと俺が死ぬのか分からない。

後どのくらい力が増すと俺が死ねるのか分からない。

口を閉じる筋肉が失われてしまったみたいに、俺の口は悲鳴を挙げるばかりで俺の頭を掴む手に食いついてやることも出来ない。

苦しみの余り意識が乱れ、ぶつっぶつっと飛び始める。

「なんやまだ死なんのかこの小僧。一般人にしては随分と丈夫なんやな」

 俺の口から溢れ続ける悲鳴はもうとっくに言葉の態をなしていない。ずっとずっと唯痛みに声を挙げ続けるだけ。

いたい。いたい。いたい。い……。

叫び続けて酸欠にでもなったのか頭に薄ぼんやりともやがかかったような、俺の
体から俺の感覚が遠ざかったような、そんな状態になった。

………………………

 痛みで冷静を奪われて、ごちゃごちゃになった時間間隔でも長いと感じ始める。長い。苦しい時間が長い。

UMAには確かに殺意が存在したはずでアイツに俺を生かそうとする意志など有るはずがない。ならなんでこんなに痛みが続くんだ。なんで俺はまだ生きているんだ。いつのまにかたまにかかっていたもやも晴れている。

「なんでや? なんでこの小僧まだ生きてるんや? 全力でやっとるのに頭が潰れん!」

 俺の悲鳴が聞こえる。まだ痛みは続いている。それでも段々と、僅かずつでも痛みが治まり始める。

辺りがざわついている。何を喋っているのか分からないが会話しているという事だけは分かった。

何処かから冷たい風が吹いてきた。

暴れる。叫び声を挙げ続けながら。こんな時にどうやったら良いかなんて分からない。だから手足を子供が駄々を捏ねるときのように振り回した。

「いたたたたたたた、なんやこの小僧。力がつよなってるやんか。訳分からんし、もうええわ。潰せんのやったらぶった切ったるわ」

 俺の頭を掴んでいた力が消えて、体が地面に落ちた。地面に落ちた衝撃と、頭を潰されそうになった痛み。それらに耐えてUMAを見上げたときには既に手遅れ。腰にぶら下がっている鞘から抜き出した刀が俺目掛けて振り下ろされた。

散々痛みに晒されたお陰で恐怖に膠着する事こそなかったものの、俺はその場を一歩も動けずに、ただ腕を交差して体の前にかざす事しか出来なかった。

模造刀とは全く雰囲気の違う、月光を受けてギラギラと光を反射する金属光沢。刀を振り下ろす軌跡も速度も文句無く、俺の頭をいとも簡単に割るだろう。

もう俺に出来ることは何もない。この段階で振り下ろされる刀を避けるような術は知らないし、きっと体も動かない。

 でも、それでもいい気がした。絶体絶命の状況も一度死んだ後の事で、今更もう一度死ぬくらいなんて事ないだろう。俺の本当の人生はとっくに失われているんだから。

諦めと同時に希望も湧いてきた。

それでも、今は生きている。一度死んだとしても今も生きているんだ。態々死にたいと思うほど生に思うところはないし、死に執着もしていない。もしもこの状況をやりすごして生きていられたならとりあえず明日も元気にやっていこう。視界の端に映った金髪を見てそう決めた。

「うらああああああ!」

刀が俺の腕に到着。骨に接触するも僅かな抵抗にもならず、依然刀は止まらない。

想像を脱しなかった刃物で切られる痛み。それを手首に感じた。不思議と痛みを感じない。感じるのは燃え上がるような熱さ。切られた腕を中心で炎に包まれたみたいだ。

刀はいつのまにかもう一方の腕も通り過ぎていて、また意識が飛んでいたことを知る。刀から俺の頭まで十センチもなく、刹那の間に俺の頭にも届くだろう。

人間の頭蓋骨は大変滑らかで、下手な拳銃の弾丸では弾が滑ってしまって致命傷に至らないケースがあると何かで聞いた事を思い出す。刀でも同じ事が起こるのだろうか。しかし、そんな期待を笑い飛ばすように刃が頭蓋を割って脳に到達する。脳漿が漏れ大脳が切断される。最終的には海馬やら視床下部やらもやられるだろうが、脳の構造に明るくない俺には次に何処が斬られるのか分からない。

視界の上のほうから大量の血が噴出しているのが見えた。

そういえば、普通頭を斬られたときっていうのはどの辺りまで意識があったりするんだろ


ざしゅっ
ただの筒に成り下がった耳の中にそんな音が響いた。



「はぁあああ。なんやえらく丈夫なガキやったで。気も何もつこうてないのに全力でも握りつぶせんかったしな」

 青年を惨殺した鬼が、半ばまで切り裂かれた体から刀を抜き出しながら怪訝そうに呟いた。

人外の者、常識の埒外の存在である鬼が疑問に思うのも無理は無い。何故なら鬼の見ている前で少なくとも二度、青年は死んでいるからだ。

一度目は青年をこちらに吹き飛ばした鬼に頭を潰され、二度目は今自分が。一度目の後、何事も無かったかのように青年が生き続けていたために誰もが鬼の失敗だと思ったが、そうなると鬼の一撃の後青年の潰れた頭が見えたのは見間違いだと言うことになる。しかしそうなるとこれだけの数の鬼が同時に見間違いを起したことになる。それは少々納得しがたい。

それに、と鬼は疑問を重ねた。

それに、自分があの青年を握りつぶそうとした時、あの青年の硬さは徐々に増し
ていなかったか? 種族の違いの為に人間を殺すことに抵抗など感じるはずも無い。だから容赦せず、己の快楽の為に頭を掴む力を徐々に上げていった。相手は気も魔力も持たない一般人だ。全力を出さずとも握りつぶすことは容易だったはずだ。それでも青年は生き残った。気も魔力も使わず、鬼の全力に耐え切ったのだ。

言い知れぬ恐怖を鬼は感じた。それは人間が、ゾンビと呼ばれる死体のまま蘇った人間に怯えるのと同じ感情。

「いつまでそうしてはるんや? さっさと次行こうや」

「ああ、そうやな。そうしよ」

 傍らに居た一つ目にそう声を掛けられて我に返った。もうどちらでもいいことである。なにせ青年は頭を二つにかち割られて死んでいるのだから。

愚かな疑念を振り切って鬼は青年の死体に背を向けて歩き出した。一度死んだ人間が蘇ることなど有り得ない。そんな条理の外にある力を有しているのは極一部の吸血鬼や神に準ずる力を持つ存在だけ。あんな青年がそんな力を持っている筈がない。

心中で己の不安を取り払おうと呟いた。そんな事は起こりえない。

「アハハハハハハハ。アーハッハッハッハッハ。まさか、まさかとしか言いようが無いな」

 鬼の恐怖が具現したのか、背後から笑い声が挙がる。声の発生源も丁度青年の死体の辺りだ。

「なにもんや、一体!」

 他の鬼達も声の方向に振り返る中、この鬼も恐る恐る後ろを振り返る。

確かに誰かが立っている。しかしそれは青年ではない。月の光を浴びて美しく輝く金髪は、その髪先を血に濡らしている。

少女が立っていた。青年の死体の傍に。手と口元、服も血で染まり、それでも血の汚れを嫌う素振りをみせない。

「なんやお嬢ちゃん。気でも触れたんか」

 仲間の鬼が軽口を叩く。きっとこの少女も青年と同じ一般人だ。そう思って鬼達は少女の不幸を哂った。この状況がどんなに異常なものか鬼達は理解していない。

 少女が笑い続けるのを見ながら、鬼達は少女を囲うように散らばっていく。どうせ今日も任務を達成することは出来ない。ならば出来るだけ自分達が楽しめるようにこの少女を嬲るのも面白いだろう。とそう鬼達は思っていた。

「心配するな、絶好調だよ。この十五年で最もな。ククククク、それにしても雑魚共の臭いに混じって、極上の血の匂いがするから来てみればこれ程の物が転がっているとは。瓢箪から駒が出るとはまさにこの事だな。しかし、昔から徳の高い坊主の肉を食らうと力が増すと言ったもんだが、そうなるとあのバカの封印を消し飛ばした血の持ち主であるコイツは一体何者だったんだろうな」

 少女の退路を絶った鬼達は少女を囲む輪を縮めていく。

「死体から血を吸うというのはどうも好かんが、まあいい。これ程の物ならば例え死体からでも啜る価値は有るからな。惜しむらくはたった一度しかこれ程の血を味わえぬことか。っち、仲間割れかと思って放っておいたが、割って入るべきだったな」

 封印、吸血、死体から啜る。どれも少女が発するには不適当な言葉が続出する。どうやら少女が自分達側の存在であると知って鬼達も身構えた。それでも少女は臨戦態勢を取らないどころか気も魔力も纏わない。鬼達の中で油断と警戒が鬩ぎ合う。

そんな鬼達を少女は無視し続け、手から滴り落ちる血を口に含む。

恐らくは青年の血を舐め取る少女の表情は恍惚として、快楽に溺れ、情欲に染まっている。鬼達の目にはこんな状況にも関わらず、少女は股間に手を突っ込んで秘所を弄り出すのではないかと思えた程その黒い瞳も、紅い頬も、呼吸する鼻も、指を銜えた口ですら淫靡に映った。

鬼達は誰も口を開けないまま、じりじりと少女との距離を縮めていく。そして少女は膝を折って青年の頭を掴み持ち上げて、その首筋に噛み付いた。

 じゅる、じゅる、じゅると血を啜る音だけがした。手に付着した血を舐め取るのと直接吸血するのとでは味が違うのか、少女の顔に浮かぶ熱狂は先ほどの比ではない。

「やっちまえ!!」

 今回呼ばれた鬼共の中で最も強い鬼の号令で鬼達は一斉に少女に飛び掛った。果たしてその号令は勝機を勝ち取るものか、目の前の少女から感じる恐怖に突き動かされたものか。

どちらであろうと関係は無かった。その血を啜っていた少女によって鬼達は全員倒されたからだ。

「バカ共が。彼我の戦力差すら計れんのか」

 楽しみを邪魔された少女は心底うんざりした声でそう鬼達を侮蔑した。

「茶々丸、手を出すなよ! リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 何処かに仲間でも居るのか、誰かへと手出しを禁じてから、少女は呪文を詠唱し始めた。

そのまま少女は呪文を詠唱しながら少年の体を抱えて軽く跳躍する。身長など小学生並みの少女が青年を抱えて飛ぶのである、滞空時間などあってないようなものだ。当たり前のように少女と青年の体は重力に引かれて落下を始める。はずだった。

少女と青年の体は重力を無視してそのまま空へと浮き上がり、見る間に五メートル程の高さにまで達した。

殺到する鬼達を少女は空中へと逃れて睥睨し、犬歯をむき出しにして獰猛な感情を発露させる。その犬歯は人間では考えられないほどに鋭利だ。

「復活第一発目の魔法だ。お前らには勿体無いが、景気付けにでかいのを食らわせてやる」

 突如として少女の周囲の空気が爆発的な膨張をしたような衝撃が発生する。しかし、それは大気の状態が変化したなどという物ではなかった。魔力の解放である。

一瞬で鬼達が見たこともないほどの大きさに膨れ上がる少女の魔力。鬼達が己の所業が最悪のものだった事を悟ったのは呪文が完成する寸前だった。

「来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪 闇の吹雪!!!」

 眼前で巨大な魔力が渦を巻いて迫ってくる。

 為す術無く消えていく共に呼ばれた鬼達を目にして、鬼はこの地に封印されていた伝説の話を思い出した。其は600年の年を越えて生きる魔王。かつて魔法界において恐怖の象徴となり、600万ドルの懸賞金を掛けられた闇の福音。不死の魔法使いとして君臨するハイデイライトウォーカー。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。正真正銘掛け値なしの化物である。


「まったく、私の邪魔をするとは。さて、邪魔者も居なくなったことだしゆっくりとこいつの血を吸わせてもらおうか」

 音も立てずに着地した少女は、青年の体を地面に横たえ、もう一度首に噛み付いた。

しかし、コイツの血の美味さは恐ろしささえ感じるレベルだな。常飲したくなってくる。本当に惜しいことをした。

エヴァンジェリンは封印の解けた幸運よりも、この血が失われてしまう不幸を嘆いた。

そう彼女は封印が解けた事を喜んではいなかった。彼女を外の世界に惹きつけるものが今の世界には欠けているから。

彼女の封印を解きに来るといって死んでしまった男を捜しに行くという手もあるが、その男と同じ組織に所属し、共に大戦を戦いぬいた筈の男さえその足跡を辿れずに10年が過ぎているのだ。最早その男が生きているとも思えなかった。

その男の息子が今日この麻帆良学園にやってきた。そいつの血で封印を解こうとも思ったが、封印が解けた今その息子に関わったところでちょっかい以上になりはしない。

彼女は己を縛る鎖が解けたにも関わらず、目的地を失っていた。

「マスター」

「どうした茶々丸」

 青年の首に噛み付いていたエヴァンジェリンは、従者の少女茶々丸に呼びかけられて吸血を中断した。

「今は吸血の最中だ。余程の事でなければ邪魔をするな」

「しかし」

 飽くまでエヴァンジェリンに何かを伝えようとする茶々丸にエヴァンジェリンは
苛立ちを覚えた。

青年が死んでから結構な時間が過ぎている。そうなると当然鮮度を失った血液もその美味さを減少させる。エヴァンジェリンは未だに湧き出し続ける極上の血を少しでも美味いうちに味わいたかった。

「まだ敵がいるのか?」

「いいえマスター。現在周囲に敵性個体は存在しません」

「では、隣の地区の担当者でも近づいてくるか?」

「いいえ、マスター。となりの地区を担当している桜咲刹那及び龍宮真名両名とも
接近は確認できません」

「では、近右衛門の奴から連絡でも入ったか?」

「いいえ、マスター。学園長他学園関係者からの連絡は来ていません」

 考え付く限りの用件を問いただしても、茶々丸は否定する。エヴァンジェリンは焦れた。これ以上の損失は我慢できなかった。

「ええい、ならば放っておけ。私は少しでも早くこの死体から血を吸いきってしまわなければいかんのだ」

「ですからマスター」

「くどいぞ! 茶々丸」

 エヴァンジェリンが茶々丸の制止を振り切って青年の首筋に再び噛み付いた瞬間。

「うわああああああああああああああああ!!」

「うわああああああああああああああああ!!」

 確かに心臓の止まっていた青年が目を開いた。


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