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No.21913の一覧
[0] 頭が痛い(ネギまSS)[スコル・ハティ](2016/05/23 19:53)
[1] 第二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[2] 第三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[4] 第四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[5] 第五話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[6] 第六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[7] 第七話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[8] 第八話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[9] 第九話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[10] 第十話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[11] 第十一話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[13] 第十二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:20)
[15] 第十三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:21)
[16] 第十四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[17] 第十五話[スコル•ハティ](2015/12/19 11:22)
[18] 第十六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[35] 第17話[スコル・ハティ](2016/06/03 22:36)
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[21913] 第六話
Name: スコル・ハティ◆7a2ce0e8 ID:ce82632b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/12/19 11:18
 放課後の図書室。

 まるでアニメや漫画でよく見るお城のダンスホールのような高い天井とそこから真っ直ぐに床に向かう何本かの柱。壁際には4メートルを超える大型の本棚も備えられ、幾つもある小型のそれと併せると図書室と呼ぶには些か非常識な蔵書数を誇る麻帆良学園本校女子中等学校の図書室。

図書委員会などによる受け付け作業というシステムが存在しないのか、はたまた当番が未だ来ていないだけなのか。放課のチャイムが鳴ってから十分ほど経っているにも関わらずカウンターには人の姿が無い。

しかし人の姿が無いのはなにもカウンターに限った話ではない。

広い図書室を見渡してもそこには人っ子一人いやしなかった。たった一人を除いて。

大きな彫像が脇に飾られた窓の直ぐ近く。小さく開けられた窓から風が吹き込み、カーテンがはためいている。そのカーテンの波の内側、冬の夕日に照らされながら冷たい風にまどろんでいる男は正真正銘黒金哲その人だった。

机に突っ伏して寝入っている哲の手元には読んでいる途中に眠ってしまったのか本が開きっぱなしで置かれていた。

「ん………ううう……」

 机の感触が硬いのか夢見が悪いのか時折体を動かしては苦しそうに声を挙げる姿は、つい先日まで哲本人の肉体でのそれと変わる所がなく、哲本人が知れば前の名残を見つけたことに多少喜んだかもしれない。

かれこれ二時間ほどの間、一度も誰に気付かれること無く眠り続けている哲の眠りは寝不足というわけでもないのに深い。冬の寒さの為せる技だろうか。

ともかく、その物音一つせず静寂と夕陽の光に満たされた空間は、外の喧騒とは隔離され其処に置かれた本の影響も有ってか目にすれば心に焼き付けたくなるほど長閑な風景だった。

 とそこへ一人の闖入者があった。

「あれ? 誰もいないのかな」

 扉を開けるなりすぐさまカウンターへ向かい中の様子を見て取った少女は、そう言ってカウンターの中に入って作業を始めた。

パソコンのモニターに電源を入れつつ、何冊も縦に並んだノートの中から一冊を選び出し一番新しく書き込まれたページを開く。仕事内容その他幾つかの連絡事項に目を通してノートを閉じ元あった場所に戻す。モニターが明るくなってからマウスを操作し、画面を呼び出す。操作しているパソコンに繋がっているのは学園全体の図書室を繋ぐネットワークで、時に他の図書室に存在する本を取り寄せることに利用したりするもので、今画面に映っているのは図書館島に返却する本のリストだ。

時折図書館島の豊富な蔵書の中から、図書委員や図書館探検部の面々が選定した本が図書館島まで滅多に来ない生徒の目にも触れるようにと学園内の学校に貸し出されることがある。

今日はその貸し出し期間の最終日であり、生徒に借りられていった本や最後まで一度も貸し出されることの無かった本達が集められ、それを図書館島に返却する日なのだ。

人気の無かった本は一部既に昨日の内に図書館島に返却してあったが、今日返却しなければいけない本の量はとても昨日みたいに一人で運んでいけるものではなかった。

「そういえば……あの人はどうしたのかな?」

 男性恐怖症…というのとは少し違うか、男性が苦手な少女にとってはとても珍しい事に、頭の中に昨日会った男の顔が浮かび上がった。

階段から落ちた少女を受け止めて、その後少女が重そうに抱えていた本を持って図書館島まで運ぶのを手伝ってくれた男だ。

あの時の少女は最終日より先立って行われる図書館島への返却作業――その一部で自分の担当分である本――を、急遽決定された『ネギ先生歓迎パーティ』の為に図書委員の仲間よりも早く行って、そして階段から落下した。

そう運よく助けられたもののあのまま地面に叩きつけられれば自分はタダでは済まなかった。あの時もしかしたらあんな所で死んでいたかもしれないのだ。

本当にあの男性には感謝しても仕切れない。

少女がポケットの中の紙に触れる。それは少女が常備している図書券で、昨日は気後れしてしまって渡せずにいた物だ。

その後図書館島で男とは別れ、返却作業を済ませた後ネギの歓迎パーティに参加した少女だったが、道中でも男との会話は少なく図書館島でも礼を言っただけで別れてしまったので男については何も知らない。

今日も明確な意思で以て男に図書券を渡そうなどと思っているわけではなく、なんとなく今日会うことが出来たらもう一度お礼を言って一緒に渡すことが出来れば好いなと思っていたに過ぎない。

それでも男性を苦手とする少女にしてみれば十分に積極的な姿勢だと少女自身が思っていた程だ。

まだ男に会えるかどうかも分からないというのにそう考えただけで緊張し始めてしまった少女は一つ、自分を落ち着かせるためにため息をつく。

「ふうっ」

 少女はまだ心臓がドキドキと鳴っている気がしたがある程度治まったので作業に戻る。

カウンターの中に置いてあるダンボール箱の中から本を取り出して一冊一冊リストと照合していく。

ここで確認された本は図書館島まで運ばれてから、それぞれその背表紙に張られているバーコードや表紙を捲ったところに書かれている管理番号をパソコンで読み取り返却が終了する。

少女は次々と確認を済ませて最後の一冊も終わり、さあ他の図書委員を待とうと椅子に腰を落ち着けたところで気づいた。

「あと一冊だけ残ってる?」

 確認した本は別の画面に移されて今画面に映っているのは真っ白な背景とボタンだけの筈だ。

しかしそこにまだ一冊だけ本の名前が書かれている。

ダンボールの中を捜してみてもその本は見つからず、今度は確認済みの本の中
を。

 それでも本は見つからなかった。

「ど、どうしようー」

 お昼休みの段階で数だけは揃えられていると他のクラスの委員に教えてもらっているので、その本が貸し出されている可能性はない。にも関わらず今本は一冊足りていないのだ。

見つからない本は少女が自ら選んだ本で、誰にでも読みやすいジャンルであるファンタジー、その中でも少女のお気に入りの一冊だ。

古めかした魔法使いと弟子に取られた少年のお話。

少女は読みながら幾度も考えたものだ。自分もこんな体験をしてみたいと。

念のためカウンターの中もあちこち探しながら、もしかしたら誰かが今読んでいるかもしれないと少女は考えた。本自体はダンボールに仕舞われていただけで、そのダンボールもカウンターに入ってすぐのところに置かれていて中は見える状態になっていた。それなら誰かカウンターの近くまで来た人が興味を持ってそこから持ち出した可能性がないわけではない。極めて低い可能性だが。

カウンターの中から出て図書室の中を練り歩く。

全体的に見てもスポーツなどの部活に勤しんだりと活発的な少女たちが多いとあっては仕方ないかもしれないが、麻帆良学園の図書室は放課後にはあまり利用者がなく、少女たち図書委員は勿体ないと嘆いているのが現状だ。

今も自分の発てる足音以外カーテンが風にそよぐ音しかしない。とても静かでページをまくる人が居たならその音まで聞こえそうだった。

 図書室の中を半周しても何も見つからない。これだけ静かなのに音が聞こえてこないということは図書室内に誰も居ないということで、本は誰かが持っているのではなく紛失したのではないかと悪い考えが少女の頭に浮かび始めた時一際大きくカーテンの音がした。

「そういえば? 何で窓が開いてるんだろう?」

 衛生上の問題で一時間に一度程度図書室内の換気をすることになっているが、此処には今自分以外の誰もいないはずだ。

誰かが換気の為に窓を開けたものの閉め忘れたのだろうと思った少女は窓を閉める為にそちらの方に近づいていった。

広い図書室内をたった一つの窓から入る空気では冷やし切れていなかったのか、少女は窓に近づいていくほどに寒さを感じた。

バサバサと音を発ててカーテンが揺れている。

「わぷっ!」

 カーテンを開けようと手を伸ばしたところで再びの強風。勢い良く迫るカーテンに少女は絡みつかれた。

「あわ、あわわわ!」

 カーテンはそれがまるで生き物であるかのように少女の体に複雑に巻きついた。

普通ならばカーテンを手で押し退ければそれで終わるところが、幾ら手で押し退
けようとしても巻物みたいに別の所から引っ張られてきた部分が増えるだけで一向に視界が開かれる様子はない。

中々絡みついたカーテンを払いのけられずじたばたと暴れる少女。余程慌てているのか足元は落ち着き無く動き回る。

あっちにふらふらこっちによろよろ。最後にばたばたと手を動かして、

「いたっ」

「え? あ、すすみません!」

 カーテン越しに左手が何かを叩いた。

 誰も居ないと思っていた図書室に誰かが居たことにも、その人の事を叩いてしまった事にも、聞こえた声が男の声みたいだった事にも驚いて少女は後退さる。

それでも纏わり付いたカーテンは離れずにいて……

「動かない方がいいよ」

 もう一歩後ろに踏み出したとき、今度は声を掛けられた。

しかしもぞもぞと動いていたためにカーテンと制服の間で起こった衣擦れの音で上手く聞き取れない。

少女が「何が?」と聞く間もなく、次の瞬間少女の体のバランスが崩れた。

「あぶなっっっっ」

 驚いた人の声と、ギギギギと重い椅子が床の上を引き摺られる音。

反射的に縮こまろうとする体はポスっという音と共に軽々と受け止められた。

「いやー昨日から心臓に悪い事ばっかりだな」

 ふうー、などと大きく息を吐きながら誰かがそういったのが聞こえた。

「ほら、ちゃんと立って」

 そう言って声の主は少女に足を伸ばさせた。

「ありがとうございますー」

 自分の足でしっかりと地面を捕まえてながら礼を言う。

少女は耳朶を叩く声が昨日聞いた声に似ていて何となく気持ちが高揚している様な気分になった。

「気にしないでいいよ。俺が窓開けてたせいみたいだしね。ちょっとじっとしてて」

 こんなところにあの人がいる筈が無い。と思ってもそれでも、どうしても少女の心臓の鼓動は大きくなる。

するするとカーテンが頭のほうに引っ張られていき自分の前に立っている人の脚が見え始める。

黒いスニーカーと紺色のジーパン。男がどんな服を着ていたかまで憶えてはいないが色の雰囲気は似ている気がする。

更にカーテンが引き上げられていくにつれて上半身も見えてきた。

何の変哲も無い無地の黒いシャツと襟から覗く鎖骨と首のライン。

「…………………っ……」

 常識的に有り得ないと分かっていても期待ははやり、息を呑んでカーテンが完全に引き上げられるのを待つ少女。

ほんの十数秒ただ待つだけのことが異様に長く感じられて焦らされた気分になる。

「あっ!」

 遂にカーテンの拘束から抜け出して相手を見たとき少女は思わず驚いた声を出していた。

「あれ? 昨日の子か。こんにちは、お邪魔しています……で合ってるのかな?」
 何せ期待していたことが本当になったのだから。



「何だよ? いてえなちくしょー」

 安らかに眠っていた所を叩き起こされて、かなり不機嫌な寝起きとなった哲が目を開けたらカーテンにグルグル巻きになっている小柄な少女が立っていた。

しかも、どうやらそれは意図しない状況だったらしくカーテンに包まれた正体不明の少女は、慌てて謝りながら後退を始めた。が、制服か何かがカーテンに引っかかっているのか少女の体はいつまでもカーテンに包まれたままだ。腕を滅茶苦茶に動かして脱出を図っているようだがそちらの様子も芳しくない。

とポスポスと弱い音で叩かれるカーテンの音で少女の手が自分の頭を叩いたのだと哲は気付いた。なるほどそれなら全然怒る理由が無いやと。

その奇抜な光景に呆気に取られた哲はあっという間に怒りを霧散させ、きょとんとした顔でその少女を見つめ続けた。

今までの人生十数年の中でこんなに理解不能な事態に巻き込まれたのは初めての話で、これが男なら取りあえず蹴りを一発お見舞いしてやるところなのだが、自分が寝ていたところは女子中の図書室だ。下手をせずとも通報されるこの状況でどう対処していいのかが分からない。

騒ぎが起こらないように退散するのがいいか、それとも助けてから事情を説明して理解を求めたほうがいいのか。

結局どちらとも決めかねている間に

「あぶなっっっっ」

 目の前で少女が転倒、慌てて助けに入る羽目になった。

中学生の女の子ってのは皆この位軽いのか、と抱きかかえた少女の軽さに、昨日自分の上に落ちてきた女の子を思い出しつつ足が床に着くように姿勢を制御する。

「いやー昨日から心臓に悪い事ばっかりだな。ほら、ちゃんと立って」

 自分の事情を他の誰かが知っている訳がないので失礼だと思いながらも、昨日からひっきりなしに自分を驚愕させ続ける現実にいい加減哲はへとへとだ。

落ち着いた状態で立って貰ってからカーテンを頭の方に引き抜こうとすると、

「ありがとうございますー」

 少女に礼を言われた。

「気にしないでいいよ。俺が窓開けてたせいみたいだしね。ちょっとじっとしてて」

 元はと言えば自分がこんな所で暢気に寝ているのも悪いのだ。恐らくカーテンにでも体が隠れて少女からは死角になっていたのだろう。

それに、と窓の方をみながら哲は思う。

自分が寝たときとは風の勢いが随分と違うし、女の子は寒いのが苦手な子が多いみたいだから窓を開けっ放しで寝ていた自分がやはり悪いのだ。

無駄に会話を交わそうとは思わない哲は、卑怯かとも思ったが色々と言葉を呑み込み罪悪感が心に鎮座する中、これで自分の顔を見た後に通報しない程度に、恩に着てくれると嬉しいなーと余計な事を思わずにはいられなかった。

 力強くカーテンを引っ張りすぎるのも不味いだろうと必要かどうかも判らない気遣いで、ゆっくりカーテンを上へと引っ張っていくと途中で少女が体を強張らせ始めた。

うわっ、やば! 男だってバレて怖がられてる!?

見てみればいい加減少女のほうからも哲の服装やら背格好やらはとっくに把握可能だろう。

女性物とは勘違いし難い黒いスニーカーと同じく女性物とは勘違いし難いジーパン。特に足の太さなんか男の中でも細くはないのだ。これでは即男だと判ってしまうだろう。

焦った哲の頭は戦略的撤退を進言するが、ここまで来ておきながらカーテンを手放すのも無理だ。

後ろに進めないとなれば前に進むしかない。

腹を決めて少女の頭をカーテンから漸く解放する。

「あっ!」

「あれ? 昨日の子か。こんにちは、お邪魔しています……で合ってるのかな?」

 スポッと頭が現れた少女はその瞬間に声を挙げ、哲も少女と同じように驚いた。

哲の前に立っていたのは知らない少女ではなく、昨日哲を図書館島まで案内してくれた少女だったのだ。

「………………」

「………………う」

 無意識に声を掛けてしまってから、沈黙の痛さに呻く哲。

『知ってはいるけど一回くらいしか話したことない人や、昔は仲良かったけど最近話もしない人』がとても苦手な哲は、そのまま蛇に睨まれた蛙の様に身動きが出来なくなってしまう。

心の中では赤いパトランプがグルグル回り、サイレンは一つではなく3つくらいが大合唱。白い旗を百本単位で立てたくなるほど参ってしまった。

動物の死体のように強烈な存在感を醸し出している沈黙は、場の空気を支配したままいつまでも動き出す気配は無く、更に哲に緊張を強いた。

 どうにか言葉を介さずに場を動かそうと少女の方を見てみると、今度は覚悟が決まったような硬い意思を宿した瞳に見つめ返されてしまう。

どんな方向性であれスイッチが入ってしまうと暴走して自分でも手が着けられなくなってしまう性格の哲が、負のスパイラルに魅入られてこのまま石になりたいなどと現実逃避に走り始めた頃。

「あ、あの! ………あの、さっきはその……昨日も…危ないところを…助けて頂いてその……………こ、これはお礼ですー!!」

 搾り出すように出した声は目の前の人間に話しかけるには大きくて、度々途切れたり声が裏返りそうになっていてガチガチに緊張しているのが透けて見える。

そんな声で叫びつつ、二本の腕を力いっぱい伸ばして少女は紙を差し出した。

「あ、ありがとう」

 胸の近くに差し出されたそれを、反射的に礼を言いながら受け取って見てみる。

「図書券です」

 少女が言ったとおりその紙は図書券で、500円と金額が印字されている。

「生まれて初めて図書券見たよ。プレゼントでも貰ったこと無かったし。うわあ、凄い嬉しい」

 緊張から解放された舌が饒舌に、それでいて正直に感想を洩らすとその反応は正解だったようで、

「よよろこんで貰えるとう、嬉しいです」

 おどおどとした態度を崩さないものの、長い前髪で隠された顔に嬉しそうな表情を浮かべてくれる。

目端に少女がほっとして息を吐くのを捕らえつつ貰った図書券を財布の中に仕舞い込む。

腹に溜まるものは買えないが、これも立派な金券だ。ほくほく顔になりそうなのをみっともない顔になりそうなので堪えつつお礼を言う。

「ありがとう。大切に使わせて頂きます」

「い、いえ。500円だし普通に使ってもらえると」

 まあ確かになんて思ってしまった自分が恥ずかしい。

哲は大学入試からこっち随分と読書という行為から離れていた事を思い出す。

理由は解らないが小学校からの数少ない趣味とも言える読書をここ数ヶ月楽しんでいなかった。

これがまた読書を始めるいい機会になるといいんだが。

「と、そうだ本と言えば」

 危ない危ない忘れるところだった、なんて口に出しながらさっきまで自分が眠っていた席に近づいていく哲。

カーテンを手でまとめながら開きっぱなしになっている窓に手を当てて横にずらす。

哲はしっかりと鍵まで閉めてからカーテンを手から離すと、机に向き直って一冊の本を手に取った。

「あ! そ、それ!」

「ご、ごめん。とったら不味かったよな、やっぱり」

 読書をしなくなったが、本好きは本好きであり書物蒐集狂という事であればビブリオマニアになりたいと願っている哲は、一学校の図書室としては破格の蔵書数を誇るこの図書室をうろうろとしているうちに興奮してしまい、面白そうな本を探して書架を総浚いした後にカウンターの中に見える本の詰まったダンボールを発見、我慢できずに侵入して気に入った一冊を持ってきてしまったのだ。

「あ、いえ。……その…それは今日中に図書館島に返すことになっているので」

 少女が申し訳なさそうな顔をしてしまい、哲としても自分が悪いのにそんな顔をされてしまうと弱ってしまう。

「そ、そっか。じゃあ機会が有ったら図書館島の方で借りてみようかな。数ページしか読まない内に眠っちゃったけど面白そうだったし。それに向こうの本の数凄いから他にも面白そうな本が見つかりそうだ」

 こちらの世界には身分を証明できるものが何一つない哲だが、学園長室を退室する前に聞いた戸籍の偽造やらが本当なら暫く経てば自分でも図書館島を利用することが可能かもしれない。

話題を切り替えようと思って振ったてきとうな話題だが、思いの外哲はその気になった。

そういえば昨日訪れたときは考え事や体の変化に驚いたりしていて楽しむ暇が無かったが、あそこの本の数はこの図書室でも比較にならないレベルだし。あああああああーー。テンション上がって来た!

グッと拳を握りこんで全身で喜びを表現する。今から期待ははちきれんばかりに膨らみ、図書館島に行こうと体が疼きだす。

 とそこで少女のことを思い出す。そうだ自分が勝手に盛り上がっている場合じゃない。

拳を解いて少女の方を窺った。

「そ、その本本当に凄く面白いんです。凄く簡単な言葉で書かれているのに、頭の中にその風景が浮かんでくるくらい描写が上手くて。それに心情の描写もとても巧みで、あるところではとても細かく、同じ気持ちになってしまうくらい登場人物の心を書くのに、また別のところではとても短くしか書かれていないんです。それでも色んなところからその人がどんな風な人間であるか判ってくるからここではこんな事を考えてるのかなって想像させられたりして。それだけじゃないんです! それぞれの登場人物がとても魅力的で、主人公の男の子はいつも強がっているのに本当はとても寂しがり屋で、でもずっと一人ぼっちだったから泣き方が分からないんです。魔法使いの御爺さんも男の子を弟子として育てる為に引き取ったんですけど、魔法使いの生涯孤独を味わう運命を男の子に背負わせることに酷く悩んだりするんです。物語全体の雰囲気もとても静かなのに心の中の動きが細部まで追っていけるので、速かったり温かかったり元気だったりして退屈しないんし、特に最後の章に入ってからの御爺さんと男の子の会話シーンは……………………。ってごめんなさい! まだ読んでないのに内容の話しちゃいました」

 まさかこれ程の反応とは。

気でも紛れれば御の字かなという予想を遥かに上回る少女の反応に哲の額に汗が浮かぶ。

本好きにも程がある。

確かに自分の周りにいた趣味を持った人間の中にもこういった好きな事になると急に口が回りだす人間もいたが、まさか苦手な男性相手にまでそうなるとは。大した本好きっぷりだ。自分など足元にも及ばない。

「ああ、いや、気にしないで。そういうの気にしないし。それに余計に興味そそられたくらいだから逆に感謝したいくらいかな」

 幸い本当にネタバレを気にしないタイプの人間なので痛くも痒くもない。

「そ、そのありがとうございます」

 本に対してあれだけ語れるくらいに好きなら、もしかしたらこの事で怒られるかもとも思ったが、気付いてないのかスルーされたのか分からないが丸く収まってくれたらしい。

哲は背表紙を見てタイトルを確認する。

「とりあえずタイトル覚えとかなきゃね。借りたくなっても見つからないと大変だ」

「それでしたら、あの……取り置きしておきましょうか? わ、わたし図書委員なのでその位なら出来ますけど」

「ああ、うん。そうして貰いたいところだけど、まだちょっと借りられそうにないんだよね。あー、うーん」

「それなら……あの……図書館島に来ていただいたときに私に声を掛けてもらえれば」

 今一記憶力には自信のない哲だったのでその申し出は渡りに船だ。遠慮なく乗らせてもらう。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「は、はい!」

「えっと、それじゃあこれお願いします」

 図書委員の前で堂々とカウンターに侵入する度胸はないので、少女に本を渡して
しまう。

そのまま少女は「じゃ、じゃあ」と言ってカウンターの中へ。パソコンに向かって画面を何やら確認すると本をダンボールへ戻した。

エヴァンジェリンとの待ち合わせ場所は此処だし、放課後となれば校舎内を歩いている生徒の数はこれまでの比ではない。哲としては移動することが出来れば男性が苦手だという少女と同室に収まっている理由がないので退室してしまうのだがそうもいかず、椅子に座って手持ち無沙汰にきょろきょろ辺りを見渡したりと、落ち着かない様子の少女に哲は距離を取ろうと話を切り出そうとした。

「あの………どうして此処に?」

 しかし口を開こうとする直前少女の発言によって機先を制される。

態々自分から話しかけようとするする程俺が此処にいる理由が知りたいんだろうか。

と哲は考えたが、よくよく考えれば自分と彼女は昨日ほんの少し話した程度の赤の他人であり、女子中の図書室で再会したというなら当然不法侵入を疑われるはずである。

そこまで考えたらならば非力そうな少女が不審者にそんな事を聞くわけがないと考え付きそうなものだが、残念ながら哲の頭は少々短絡的に出来ていた。

「えーーっと。そのなんていうか面接で来た帰りに昼飯抜きで待ってろと言われたので人が余り来なさそうで鍵の開いていそうな図書室に避難したってところかな。彼処で話した事が本当ならそのうち此処で働く事になると思うんだけど」

「えっ!! そ、そうなんですか?」

 この少女の発言にも、ちゃんと少女の顔を見ていればそこに現れた感情が簡単に読み取れそうなものだが、哲には強烈な嫌悪の篭った声にしか聞こえていない。

接点なんかあるかどうかも分からないんだから話すべきじゃなかったかな。

 などと見当はずれな事を考えて

「あ、でも安心してくれて大丈夫。副担任だし、多分一年生のクラスだろうから。エヴァンジェリンって分からないよね?」

 と訊ねてみた。

あれだけ見事に未発達な体だ。実年齢が幾つかという事を考えなければ本来小学校にでも通っていそうな体で、中学校にいるのだ。どんな理由が有るのか知らないが不自然すぎる配置は行わない事を前提にすればエヴァンジェリンのクラスは一年生辺りだと推測できる。

絡繰さんが同じ学年だとは考えがたいが、この際そっちは考えずともいい。

目の前の少女は自分からすればとても小さいが、この年頃の女の子と比較すればそう小さい方でもなさそうだし、きっと大きさ的に二年生か三年生だろう。

中学校の教師は教科担当制だが、違う学年の授業を受け持つとは考えがたいしこれなら少女との接触は皆無の筈だ。

「え、エヴァンジェリンさんですか? 知ってます。同じクラスですから」

 ななな、なんですって?

思わずおばはんみたいな喋り方で叫びそうになる哲。

「ごめんなさい」

「ええ!? な、なんでですか?」

「だって、俺が担任って嫌でしょ?」

 頭を下げてどうこうなる問題でもないが、気分の問題だ。

自分の事を個人的に嫌いな人間は片端から敵認定する程狭量な哲だが、苦手だと言われるのは少し問題が違う。

俺も苦手な人間は多いし、とことん苦手だから気持ちは分からなくもないと哲は勝手に自己完結して頷いた。

「そんなことないです! 前の担任の先生も男の人でしたし、その嫌というのとは違うんです」

 そういって俯いてしまう少女。

 哲はまたも少女を落ち込ませてしまい頭を抱えたくなった

俺は糞か!

胸中で自分を罵倒する。己の会話の下手さに反吐が出そうだ。

 どうにか顔を上げてもらおうと必死に会話をしようとするが、起死回生の一手が思い浮かばず俯いた少女の旋毛を見つめること数秒。

切羽詰った黒金哲は思考を放棄した。

「ああ! そうなの? 良かった。君みたいな可愛い女の子に嫌われてると思うとやっぱり落ち込むしね」

「か、かわ!?」

「そうそう、凄い可愛いと思うよ、君。ちょっと内気な性格みたいだけど、さっきみたいに言いたいことは言えるし、苦手な男相手にも優しいしね。それに図書委員で図書券まで持ってるって事は結構本好きなんでしょ? 俺も本は割と好きだしそういう所も良いかなって思うよ」

「ええええええええええ!!?」

「前髪で顔が隠れちゃってるけど、顔が見えるようにすればもっと可愛くなると思うし髪形とかも色々試してみると良いんじゃないかな」

「あわわわわわ」

 取りあえず褒めろと本能が命じるので、気の赴くまま目に付いた箇所から感じたことまでべらべらと喋る。

褒められなれていないのか目の前の少女は混乱しているようだが、俺も「あわわわわわ」だ。歯が浮くというか、腐るというか。とにかく背筋がむずむずする。

こういう時女子と余りお近づきになる機会の無かった事が如実に現れていて褒め言葉の種類が少なかったりして、人生経験というか女性経験の少なさが悔やまれた。

もうこれ以上言葉が出てこなくなるまで褒め続けたところ少女は完全にフリーズ状態。さっきまでと同じで俯いたままの状態だが、所々髪が透けた場所から顔を紅くしているのが見えた。

やっぱり聞いてるほうも恥ずかしかったか。

 こちらも精神的に息を整える必要があったので、深呼吸を二三度して熱くなった頬を冷ます。

それだけでなく手で頬やら額やらを触ってみると顔面くまなく赤くなっているのか何処も微かに温かい。

この顔見られるのもまた恥ずかしいので少女に背を向けるように振り返って暫く押し黙る。

と、そういえば。

「そうだ、そういえば自己紹介もまだだった。黒金哲18歳、教員として此処で働く予定です。よろしく」

 すっかり頬から熱が引いた後、念のため顔を触って熱くないことを確認してから振り向いて。

これだけ喋っているのにいつまでも名前が分からないと呼びにくくて仕方なかった。

「………はっ!? さ、2年A組27番み、宮崎のどかです。………よ、よろしくお願いしましゅ!」

 まだ意識が復帰してなかったらしく少しの間返答が無かったが、顔を覗き込んでみたら気がついたらしく自己紹介を返されたが。

「ぅっぷっ」

 噛んでしまった少女を前にして思わず噴出して笑ってしまう。

よ、よろしくお願いしましゅって……

口に手を当てようとしたが、時既に遅し。一度笑い始めたが最後、哲の笑いは収まるところを知らない。

クスクスクスクス。

抱腹絶倒とまではいかずとも、口の端から笑い声が漏れ顔まで逸らしてしまう。

「ちょ、ちょっと待ってツボに入った」

「ううううう」

 どうにか笑いが収まったときにはのどかは肩を震わせており、パッと見泣いている風にすら見えていた。

「クッ、本当にごめん。なんか凄く面白くって」

 恥ずかしそうにしてる姿もエライ可愛かったですとは言わない哲。これ以上は泣き出されるか逃げられそうだ。

笑いの余韻を噛み殺しながら謝っては効果は半減、もしくはそれ以上だ。

のどかは首を振って気にしていないとジェスチャーしてくれたが、顔を上げてはくれなくなってしまった。

「じゃあお詫びになるか分からないけど何か手伝うことってある?」

「え?」

 苦し紛れの策だったがのどかは顔を上げて疑問顔、反応が得られただけで十分作戦は成功だ。

「今すぐって訳にはいかないけど、エヴァンジェリンに許可とってからなら手伝えるから。ほら、この本とか図書館島まで返しに行くんでしょ? 昨日も沢山本持って歩いてたしもしかしたら今日も同じことやるのかと思ってさ。そしたら手伝えるかなーと。また落ちたりしたら危ないしね」

 冗談めかして最後にそう付け足す哲。

図書館島への移送はまだ推測の段階を出ないが、下手に断られると心配で眠れなくなりそうだ。

「あ……はい、ええと………」

 最後のは矢張り良くなかったのか、のどかは顔を青くしてしまい、のどかの返答を待つ哲は気が気ではなくなった。

男友達と同じ感覚で喋るのは駄目だ。無神経は無神経なりに気を使わないと。

自戒にも諦めが含まれる辺り、今日一日で大幅に増した苦手意識と女性に対する経験値を有効利用できる日は遠い。

「じゃあ、その……おねがい……」

「わーーーーーーん!!」

 のどかが返事を言い切る直前。

けたたましい声と同時に入り口のドアが強く開かれた。

「ネギ先生!?っ」

 扉を開けて飛び込んできたのは昨日髪の長い少女と一緒に何処かへと消えて言った少年。

何か怖いことでもあったのか泣きべそをかいていた。

「あ! 宮崎さんと昨日の男の人! 良かった、助けてください」

 扉の外が騒がしい気がしたが、それも少年が扉を閉めた事で聞こえなくなった。

ガチャンと鍵を閉めてからこちらに向き直った少年は哲とのどかに助けを求める。

「どうかしたのか?」

「そ、それが色々あってクラスの皆に追われてるんです」

 その色々の部分が気になるんだが、突っ込んだらやっぱり不味いんだろうな。

「そ、そうなんですか? 鍵を掛けたならしばらく大丈夫だと思いますけど」

 心配そうな顔をしているのどかを見ると哲は如何に自分の心が汚れているか自覚せずにはいられなかった。

俺って嫌な奴だな。こういう時に普通に人の事を心配できない。

「ええっと、それであなたは?」

「ああ俺? 黒金哲。もしかしたら此処で働く事になるかもしれないん者です。君は?」

「はい、僕はネギ・スプリングフィールドです。3年A組の担任で英語担当です。まだ此処に着てから一日しか経ってないんですけどね」

 ああ成る程。この子が学園長の言っていた天才少年か。

柔らかい赤毛で歳相応に純真そうな顔。物腰は礼儀正しく正直10歳とは思い難い。件の少年がどんなものなのか興味のあった哲には予想とは違った少年に思えた。

というか自分が10歳の時とは全く比べ物にならなくて情けなくなってしまう。同じ歳のときの自分なんてこんな風に人に挨拶が出来たかどうかも怪しかった。

えへへーと笑った顔が女の子に見えるのはどうかと思ったが。

「大きな図書室ですね。本がいっぱいで凄いや」

「この学園って結構古くて昔ヨーロッパから来た人が創立したんです。歴史が長くて種類も多岐に渡るので蔵書数は普通の学校よりもかなり多くて……でも、大学部の図書館島の方が何千倍もあるんですよ。図書館探検部という部活もあるくらいで」

「へー、詳しいんですね宮崎さん」

 子供らしく興味の対象は目まぐるしく変わっていくのか、視線は完全に書架の方に向かっている。

僅かもしない間にネギは歩き出して、うわーうわーと何度も言いながら彼方此方を見回す仕草もやっぱり子供のそれだ。

教師としてはともかくいい子ではありそうだというのが現時点での哲のネギに対する評価だった。

 時々本を手に取りながら書架の間を練り歩くネギに

「…………ど、どうかしましたか?」

 肩もくっつきそうな距離まで近づいていくのどか。

しかしネギの質問には答えず放って置けばいつまでも直近でネギの顔を見つめ続けている。

ネギが右に動けばそちらの方へ、ネギが左へ動けば同様に。鳥類の子鳥が親鳥の後を追いかけるみたいにぴったりと追いすがっていく。

不思議に思ってのどかの目を見た哲はすぐさま状況を理解した。

こ、これは桃色熱視線!! 恋に溺れる少年少女だけが放つ宝石の如き煌きだ。

ついぞ前世ではお目にかかる事はなかった代物だというのに、こちらの世界に来てから僅か二日で見ることが出来るとは。流石ネギま。

然らば早々にこの部屋を撤退しようと哲は決めた。エヴァンジェリンとの約束も有るのでこの周辺にいることになるだろうが、同じ部屋に居たのでは宮崎さんも思いを伝えにくかろうと老婆心を出したのだ。

何も言わずにそろそろと足音を消して二人から離れる。

音を発てずに開錠することに苦心しながらものどかを応援する哲。

基本的に他人の幸せは普通に受け入れられる性格だ。お世話になった子が幸せになるなら否やはない。

「失礼しましたー」

 自分の耳にも辛うじて届くくらいの小さな声でそういって入り口のドアを閉める。

さあ、ここに居るのも悪趣味だからと扉の前を離れようとしたところで大変な事に気付いた。

鍵が掛けられないのだ。

勿論中から出て行くことを危惧しての事ではなく、告白中の現場に他人が立ち入る無粋を心配しての事だ。

「ネギせんせー」

「アス…アスナさーん」

 バタンバタンやらガターンと大きな音と共に二人の声が聞こえる。

「くうっ」

 告白中にするような音では無い事に疑問を憶えないでは無かったが、扉を開けて確認するわけにはいかなし、かと言って此処を離れることも出来ない。

ジレンマに身を焦がす哲。

「あんたは!?」

「昨日の髪の長い子じゃん」

 よくよく昨日会った人間と縁の有る日だ。

この状況でなければ喜んでいられたが、今はそうも言っていられない。

もしもこの中に入る事が目的だというのなら断固阻止しなければ。

「ちょっとあんた何で此処に……ってそんな事よりもちょっと其処に入れなさい」

「ちょっと待って。今中で大事な作業中なんだ」

「知らないわよそんなこと。それよりも本屋ちゃんが危ないのよ!」

 扉の前に俺が居るというのに構わず突っ込んでくる髪の長い少女。

本屋ちゃんて誰だよ!?

という疑問を差し挟んでいる余裕は無かった。

ドアノブに手を掛ける少女の腕を掴む。

「中にはネギ君と宮崎さんしか居ないから大丈夫だって。本屋なんて人いないから」

「その宮崎が本屋ちゃんなのよ。良いからちょっと離しさい、よっ!!」

 相手が女子なので力を入れられずにいる哲と、ポパイ級の腕力を持つ少女。

あっさりと哲の腕は振り払われて少女は図書室への侵入を果たした。

「て、こーのネギ坊主。何をやってるかー!!」

 振り払われた腕の痛みにめげず再度少女の腕を掴もうとする哲を、少女はいとも容易くかわし足元に落ちていた本を掴んで全力投擲した。

「わーーーー!?」

 哲の位置からは見えなかったが、少女が投げた本はネギとのどかの下にあった本の山を突き崩し見事に二人の密着が解けた。

「アスナさん、危ないです」

「元はといえばアンタの作った薬が原因でしょうが! ごめんね本屋ちゃん。って気絶しちゃってる!」

 自分も入るかどうか逡巡した哲が入室した時には整理されていたはずがごちゃごちゃに散乱した本と、その上に寝ているのどか、ネギとネギを叱っている少女という光景が広がっていた。

「あれはアスナさんが僕に飲ませたんじゃないですか!」

「当たり前でしょ、あんなの信用できるはずないじゃない。それにあんた結構力強いんだから本屋ちゃんくらい振り解きなさいよ」」

「コラコラお前ら。口論する前にやること有るだろ。宮崎さん保健室に連れてけよ」

 二人が何を話しているか分からないが、ともかく気絶した宮崎さん放っておくのは如何なものだろうか。

哲はヒートアップしかけている二人を制してそう諭した。

手っ取り早く自分で運んでも良いのだが、この少女の前では自分で運ぶとは言えなかった。何せ昨日哲ははのどかに触れただけで殺されかけたのだ。

自分から担ぎ上げようものなら今度こそ命はないだろう。

「それもそうね。全く世話ばっかかけるんだから」

「あ、ありがとうございますアスナさん。助かりました………って哲さんいつの間に居なくなってたんですか? 助けてくださいよ。なんで溜息なんかつくんですかー」

 ネギの発言に溜息が止まらない哲。

頭の中ではこんな事を言っていた。

いやいやネギ君、流石にそんな野暮な事は出来ませんよと。

「何ネギコイツの事知ってんの?」

「ええ、さっき自己紹介しました」

「ふーん」

 怪訝そうな視線を送ってくる少女。

「コイツとは失礼だな年上に向かって。俺は黒金哲。現時点では予定だが此処で働く事になっている……と思う」

「う、うるさいわね。良いのよ、不審者なんかにまともな口聞く必要ないじゃない」

「不審者って何でだよ。此処で働くかもって言ったろ」

「働くかもって何よ、働くかもって。消防車の方から来ましたっていうのと変わらない怪しさじゃない」

 少女の言葉に思わず納得してしまう。確かに胡散臭さが爆発している。

ネギも心なしか疑いの目を向けてくるが、哲はそうとしか言えない立場なのが辛い。

「仕方ないだろ。学園長から此処で雇ってもらえるとは言われたものの、俺自身信じられない状況なんだ。でも此処で働かせてもらえる筈だ。……多分。学園長のノリが軽すぎて俺には判断が着かん」

「確かにそれは……」

 少女も思い当たる事があるのか、そこで追求は止んだ。

「そんなことはないと思います」とネギが学園長を庇ったが、図書室に居る四人のうち哲と髪の長い少女が否定。残るのどかは気絶中で無効票。ネギの擁護も虚しく学園長はノリが軽い老人に認定された。

「まあ、そういうことなら仕様が無いわね。私は神楽坂明日菜よ。よろしくね」

 苦々しい笑顔を浮かべながら結んだ握手は、互いに同情を抱くには十分な感情を伝えた。

「それじゃあ私は本屋ちゃんを保健室に連れて行くから。ほらネギ、アンタも来なさい」

「はい。それじゃあ哲さんまた今度」

「ん、また今度」

 それから明日菜はのどかを抱き上げ、ネギを連れて図書室を出ていき、残された俺はエヴァンジェリンが来るまでの間床に散らばった本を集めて掃除に勤しむことになった。

「何をやっとるんだお前は」

 図書室に入るなり掃除していた俺を見てエヴァンジェリンはそういったが、俺が事情を説明すると盛大に、それはもう盛大に溜息をついてくれた。

 理由を聞いてみても

「お前に話すとまた怒りそうだからな」

 と笑って、教える気はなさそうだ。

 俺はその件については完全に忘れ去ってしまいたかったので、エヴァンジェリンがニヤニヤ笑いを始めると直ぐに質問を取り下げた。

「帰ったらお前に色々と教えておくことがある」

「へ? 何もう一泊して良いの?」

「勿論授業料その他諸々として血を頂くがな。これでお前が副担任になれば、お前が家を出てからもお前の血を飲めるようになるな」

「なあ!? お前そんな事考えてたのかよ」

 一通り本が片付け終わったのを確認してから掃除用具を元あった場所に戻してエヴァンジェリンと茶々丸と共に図書室を去る哲。

今日は野宿を覚悟していただけにその提案は飛びつきたくなるものだったが、エヴァンジェリンが徒でそんな事をする筈がなかった。

しかも哲を教員に推した理由まで暴露した。

「もう15年も中学生を繰り返しているんだ。その位の楽しみが無ければやってられんし、貴様は見ず知らずの吸血鬼が自分に教職を用意させるほど教師に向いていると思うか?」

 考えるまでもなく答えはNOだ。ていうかそれってどんな状況だ。自分の事も忘れてツッコみたい。

「だったら何処か行けばいいじゃん」

「私は此処が気に入ってるんだよ。封印さえなければ京都でも北海道でも沖縄でも行けるからな」

「マスターはこんな風に素っ気無く仰っていますが、実際にはこれから書店に寄って旅行雑誌を買った後、一晩中旅行計画をお建てになる程楽しみにしてらっしゃいます」

 茶々丸の発言にギギギギと音が聞こえそうな感じでエヴァンジェリンが振り向く。

「旅行ねえ。暑いところじゃなければ俺も行きたいな」

「コラ茶々丸! 貴様余計な事を言うなー!!」

 山積していた問題が解決の兆しを見せ始め、哲は自分の幸運を噛み締めるようにこの長かった二日間を思い出す。

これからの日常もこの二日間と同じくらい予想天外な物が待ち受けていそうで肩の力が抜けたが、ともあれどうにか生きていけそうである。

「これも神様様様なのかね」



 ところでいつまでも姿を見せなかった図書委員は一体何をしていたのだろうか。


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