衣装一つで、人の気持ちは随分と変わる。明るい色の服を着れば、気持ちも明るくなり、暗い配色の服を着れば、それだけで気分が沈みがちになるものだ。
ならば、普段と全く違う服を着れば、全く違う自分になれるのだろうか。
※
修学旅行3日目。
千雨は、エヴァンジェリンと並んで、昨夜のゲームの賞品であるカードを手にしたのどかが、クラスの皆に囲まれているのを眺めていた。
「宮崎のどかは、契約を解除しなかったんだな」
「ああ」
エヴァンジェリンの言葉に、千雨は小さく頷いた。
※
今日の早朝、のどかを訪ねた千雨は、昨夜のゲームが朝倉和美と使い魔のカモによる、パクテイオーカードを大量に得るための仕掛けであった事を話し、のどかの手にしたカードが仮契約の証である事を告げた。
「どうする?」
千雨の短い問い掛けに、のどかは小さく微笑んで、
「私、ネギ先生の従者になります」
と、応えた。
「私、この間、ネギ先生達や千雨さんがエヴァンジェリンさんと戦ってた時、祈る事しかできませんでした。もし仮にあの時、あの場に行ったとしても、何の役にも立てなかっただろうって事はわかってます。それでも、皆が頑張ってる時に後ろで見ている事が、とても歯がゆかったんです」
のどかは顔を上げ、あの夜のように真っ直ぐな瞳で千雨を見た。
「私は、皆と一緒に並んで歩いてたいです。後ろで眺めてるだけじゃ、きっと笑い合う事も出来ないから」
そう言ったのどかの言葉には、【覚悟】が満ち溢れていたように、千雨は感じた。
※
「……宮崎の覚悟は本物だと、私は思う。だから、本人が決めた事に口は出さない」
千雨は、のどかの凛とした顔を思い出しながら、そう言った。
「恋する乙女は絶対無敵、か。まぁ、あいつが本気でそれを望んだなら、私も何も言わんさ」
三々五々と人が散っていく中で、嬉そうにネギ達の元へ向かうのどかの後ろ姿を、ほんの少しまぶしそうな目で見るエヴァンジェリンであった。
「ネギ先生は、今日こそ親書を届けに行くのだろうな」
「今日を逃すと、もう余裕はない。幸い、今日は完全自由行動だ。少しばかり勝手な動きをしても問題はないだろう。……ん?」
その時、千雨は何事か話し合っていたネギ達の中、明日菜が何もない虚空から、眩い光とともに大きなハリセンを取り出すのを目撃した。
(手品、か)
意外な人物に意外な才がある物だと感心していた千雨の目に、先程まで横にいたエヴァンジェリンが、猛ダッシュで明日菜目掛けて駆けていく姿が映った。
「このっ……アホがーっ!!」
「あぶろばぁっ!?」
そして、その勢いを維持したまま、エヴァンジェリンは明日菜に強烈な飛び蹴りを食らわせた。
「ああっ、明日菜さん!?」
「ななななっ!?」
驚く一同を背景に、明日菜は珍妙な悲鳴と共に吹き飛び、床を幾分か削ってようやく止まった。
一方のエヴァンジェリンは、華麗に着地を決めると、まだ怒りが収まらぬ様子で「こはぁ……」と呼気を漏らしている。
「んなっ、何すんのよー!」
頬を抑えた明日菜が妙に乙女チックな座り方のまま、涙目で抗議の声を上げる。
「何をする、はこっちのセリフだ、馬鹿め!何でお前らは人の目がある中で魔法なりなんなりをすぐに使うんだ!」
そんな明日菜に、エヴァンジェリンは更なる怒りを持って怒鳴りつける。そして、その怒りの視線は、次に刹那をとらえる。
「刹那!お前が付いていながら何でこういう事をさせる!?」
「も、申し訳ありません!せ、西洋魔法はどうにも疎く、止めるタイミングが……」
「ええい、言い訳はいい!そして、坊や!」
「は、はいぃぃ!?」
平身低頭、といった有様の刹那を置いて、次にエヴァンジェリンが睨みつけたのは、ネギであった。
「貴様、昨日またも迂闊に魔法を使った挙句、それをそこの朝倉に見られたそうだなぁ……?」
「ひゃ、ひゃい……」
エヴァンジェリンが発するプレッシャーに気圧されたネギが、冷や汗をだらだら流しながら、呂律の回らぬ舌で何とか返事をする。
「このっ……!馬鹿者がぁぁぁぁっ!!」
「うひぃぃぃぃ!?」
一拍溜めた後、エヴァンジェリンの怒号が炸裂する。
「魔法ばれなど、今どきどんな3流の魔法使いでもせんわ!お前に魔法の才がある事は認めてやるが、その隠ぺい能力の低さをどうにかせん限り、【偉大なる魔法使い《マギステル・マギ》】になるなんて、夢のまた夢だっ!」
「がーんっ!」
ネギはエヴァンジェリンの容赦ない言葉の一撃にノックアウトされ、その場に崩れ落ちた。
「朝倉ぁぁぁっ!」
「うぇ!?私!?」
エヴァンジェリンの次なる標的は和美であった。
「貴様がこの中で一番性質が悪い!正直な所、今直ぐにでも記憶消去の魔法を掛けてやりたいくらいだ!貴様の企画したアホな企画のせいで、私が昨夜どんな苦労をしたと思ってるんだー!」
昨晩の正座地獄を思い出したエヴァンジェリンが、少々ピントのずれた怒りを爆発させる。
「あ、あはは……。そ、それはちょっと遠慮したいなーって……。ってゆーか、エバちゃんも魔法使いだったの?」
和美の言葉に、刹那が目を逸らしながら答えた。
「……それどころか、全ての魔法使いの中でも、五指に入る程のお方です」
「……何でそんな人が、私らに交じって中学生なんかやってんの?」
「ふん、それは私が学校に通うお年頃だからだ」
刹那と和美の内緒話を聞きつけたエヴァンジェリンが、その有り様を誇るように言った。
だが、それを知らない和美は、「そ、そうなんだー……」、と苦笑いするしかない。
「後、オコジョ……!」
「げぇっ!?」
体を小さくして、必死に存在感を消そうとしていたカモは、エヴァンジェリンの呼び掛けにに悲鳴を上げた。
だが、エヴァンジェリンは、カモをしばらく睨みつけると、ふっとその唇を緩めた。
「貴様にも何か言ってやろうと思ったが、貴様は昨日、千雨にきついお灸をすえられたそうだから、私からは何も言わん」
「か、カモ君、何されたの……?」
恐る恐る尋ねるネギであったが、当のカモはあの夜体験した死の恐怖がぶり返し、頭を抱えてガタガタと震えるばかりである。それを見たネギ達は、
(千雨ちゃん(さん)だけは怒らせないようにしよう……)
と、心に誓った。
その時、その様に騒いでいるネギ達の元に、千雨がゆっくりとやって来た。
「どうした、エヴァンジェリン。そんなに神楽坂の手品が気に入らなかったのか?」
「手品ではないわっ!」
エヴァンジェリンはくわっ、と歯をむいて怒鳴った。
「こいつが今出したのは、アーティファクトと言ってな、【魔法使いの従者】に与えられる専用アイテムだ。これもある種の魔法。決してそこいらでポンポンと出していい代物ではないというのに……!」
エヴァンジェリンは怒りがぶり返してきたのか、再び明日菜をぎろりと睨んだ。明日菜はそんなエヴァンジェリンの視線に顔をひきつらせると、じりじりと後退して身を守った。
「……はぁ。まだこの世界に足を突っ込んで間もないお前達や、魔法が当たり前にある環境で育った坊やにはあまり実感がわかないかもしれんが、魔法を初めとした異能の力と言うのは、常にそれを持たざる者達から排斥される。過去に起こった魔女狩りなどがいい例だ。強い力と言うのは、ただそこにあるだけで、憧れと嫉妬、そして畏怖を呼び込むのだ」
エヴァンジェリンの言葉に、千雨は自身の力を改めて思う。
そう、この力があったから――。
「……エヴァンジェリンの言う通りだと思う」
気づけば、千雨はそう口に出していた。
「望む望まぬに関わらず、持ってしまった力のせいで、大切な人達に憎まれるのは、辛い」
千雨のその言葉に、ネギ達は。
「千雨さんがそう言うなら……」
「ごめんね千雨ちゃん。もうあたし、気軽にこんな事しないよ」
「すみませんでした、長谷川さん」
「ごめん、ちうちゃん」
「申し訳ありやせんでした、姐さん!」
「ご、ごめんなさい、千雨さん」
「お前ら、何で私の時とこうも態度が違うんだっ!!」
急にしおらしくなった一同に、エヴァンジェリンの怒りが飛ぶ。
その後、怒れるエヴァンジェリンを宥めるのに、ネギ達が大層苦労したのは言うまでもない。
※
ひとしきり暴れて落ち着いたエヴァンジェリンは、気持ちを切り替える様に咳払いをすると、刹那に尋ねた。
「それで刹那よ。今日、私達はどう行動するのだ?」
「え?」
「え?、ではない。私達の班の班長はお前だろう。今日の行動予定ぐらい決めているんだろう?」
エヴァンジェリンの問い掛けに、刹那の目は盛大に泳ぎ、額には冷汗がにじむ。
ハッキリ言って、全くのノープランだった。刹那の頭の中は、木乃香の事でいっぱいだったからである。
「え、エヴァンジェリンさん?そ、その事なんですが、今日は私、ネギ先生達と一緒に行動しようと思ってたので……」
「ほぅ……。故に何も考えていなかったと?」
エヴァンジェリンの目がすぅ、と細くなる。それだけで、刹那は顔を青くした。
だが、そんな刹那に、エヴァンジェリンは小さくため息を吐くと、少し唇を緩めて微笑んだ。
「ふっ……。まぁ、そんな事だろうと思ったよ。ならば、こちらはこちらで勝手に動くが、かまわんな?」
「あっ、はい。それは、勿論!」
エヴァンジェリンからのお許しをもらった刹那は、目に見えて明るい顔をした。
「ふむ。時に千雨よ。今日のお前らの行動予定は?」
「私達は京の町を散策しながら、シネマ村に向かうつもりだったが」
千雨はそう言いながら、同じ班である和美に視線を送る。それを受けた和美も、千雨の言葉を肯定して、頷いた。
「シネマ村か……。いいな」
にやりと笑ったエヴァンジェリンに、千雨は首を傾げ、和美は嫌な予感に冷や汗を一筋流した。
※
「まぁ、今日は6班と一緒に行動したいと?ええ、構いませんわよ」
千雨の頼みは雪広あやかのあっさりとした承諾によって受理され、自由行動はエヴァンジェリン達6班と一緒に動く事が決まった。
「世話になる、委員長」
「よろしくおねがいします、委員長さん」
「…………よろしく」
ザジが最後に頭を下げる。因みに、刹那は当然離脱済みである。
「それにしても、最近長谷川さんとエヴァンジェリンさん、よく一緒にいるけど、いつの間に仲良くなったの?」
バスでの移動中、村上夏美がそう訊ねてきた。それを受けたエヴァンジェリンは、甲斐甲斐しく茶々丸に世話をされながら答える。
「ふっ、こいつとは月夜を背景に殴り合った仲なのだ」
「あー、だから友情がって、何か古いよ!?しかもそれって夕日をバックにじゃないの!?」
エヴァンジェリンの言葉を冗談と捉えた夏美の突っ込みが飛んだ。実際は殴り合うどころか殺し合った仲なのだが、当然千雨は何も言わない。
「そろそろシネマ村に着くわね」
窓の景色を眺めていた那波千鶴が言う。つられて窓を見れば、確かにシネマ村の看板が見えた。
「ふふふ、楽しみだな。茶々丸、カメラの準備はできているか?」
「こちらに」
にやにやとしているエヴァンジェリンは、従者の答えに満足げに頷いた。
「……時代劇が好きなのか?」
浮足立っているエヴァンジェリンの様子に、千雨が聞いてみた。
「時代劇に限らず、私は日本の文化が好きなのだ」
「だから、マスターは茶道部にも所属しておられます」
「天ぷらも、寿司も、すき焼きも好きだし、富士山なんかも心そそられる。何時か登ってみたいな」
「な、なんというテンプレ的外国人……!」
横でそれを聞いていた和美がごくりと唾を飲み込んだ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ベタであるが、並ではない。
※
「着替え?」
シネマ村についた一行が真っ先に向かったのが、時代劇の衣装を貸してくれる貸衣装の店であった。
「そう!折角ここまで来たんだし、がっちり決めとこうよ!」
首を傾げる千雨の背を、和美がぐいぐいと押す。そのまま店に入ると、6班と3班のメンバーが、それぞれ思い思いに衣装を選んでいる。
「こんな機会でもないとコスプレなんかできないし、普段と違う自分になってみるのもいいんじゃない?」
「普段と違う自分」
和美の言葉に、千雨は己の普段を思った。仮面を纏い、その度に違う存在に変わる自分。そうか、自分は――。
「私は、コスプレイヤーだったのか」
「い、いきなり何言ってんの?」
時折、常人とは斜め方向に突き進む千雨の発言に、和美は顔を引き攣らせた。
そんな風にしている間にも、皆の衣装は決まっていく。
花魁、貴婦人、村娘、侍、殿様など、まさに様々である。因みに、千雨は巫女の衣装を纏った。
「後はエヴァンジェリンさんと茶々丸さんだけですわね」
未だ閉まったままの更衣室と、そのそばに控える茶々丸を見て、花魁と化したあやかが言う。
「私はマスターの衣装に合わせて着替えたいと思います」
従者の鏡のような事を言い、茶々丸は一礼する。
「それにしてもずいぶん時間がかかるわね」
「エヴァンジェリンさん、結構早くに衣装を決めた筈なのにね」
貴婦人の千鶴が言えば、村娘の夏美も追従する。
と、その時。
「ふははは、待たせたな!」
高笑いと共に、更衣室からエヴァンジェリンの声が響いた。
「茶々丸、カーテンを開けよ!」
「はい、マスター」
主の言葉に従い、さっとカーテンを引いた茶々丸。そしてそこに現れたエヴァンジェリンを見た一同は、思わず「おォ~」とどよめいた。
「ぬふふ、どうだ、格好いいだろう?」
そう得意げに言うエヴァンジェリンは、なんと鎧武者の姿であった。兜から具足まできっちり揃った、隙のない出で立ちである。
「素敵です、マスター」
茶々丸はふんぞり返るエヴァンジェリンを褒め称えながら、連続でカメラのシャッターを切る。
「凄い格好だー!」
「あらあら、まぁまぁ」
「中々お似合いですわよ」
「よくそんな、しかもサイズが合うやつがあったねー」
「……イカす」
それぞれの感想に、エヴァンジェリンはますます得意げになる。
「ふふふふふ、そうだろう、そうだろう!ただ、これには一つ欠点があってな」
「「「欠点?」」」
首を傾げる一同に対しエヴァンジェリンは、
「重すぎてピクリとも体が動かん!ふははは、一体どうすればいいのだろうな!?」
どうやら、得意げになっていた訳ではなく、半ばやけくそ気味に笑っていただけのようであった。
「すみません、あいつを別の衣装に着替えさせてやってください」
そろそろ半泣きになりそうなエヴァンジェリンを救出すべく、千雨は手近な所にいた店員を呼んだ。
※
紆余曲折はあったものの、無事に着替えが終わった一同は、シネマ村を練り歩いていた。
「次はどこに行く?……ぷっ」
「そ、そろそろお昼ご飯でもいいと思うけど。……くふっ」
「あらあら、ふふふ」
「もう、皆さん、そんなに笑ってはエヴァンジェリンさんに失礼ですわよ!大丈夫ですわよ、エヴァンジェリンさん、よくお似合いですわ!」
「この場合、褒め言葉ではないぞ、委員長……」
ひたすら屈辱に耐えて、むっつりと押し黙っていたエヴァンジェリンは、絞り出すような声で言った。その周囲には、先程からガラガラという音で、煩い。
「爆笑」
殿様スタイルのザジがポツリと言うと、堪え切れなくなった、夏美と和美が同時に噴き出した。
「ぷふーっ!ご、ごめんねエバちゃん!で、でも、ふふ、よ、よく似合ってるよ!」
「そ、そうだね!ふはっ、な、何か可愛いし。あはは!」
「ええい、笑わば笑え!変に気を使われる方が余計腹立つわ!」
「マスター、立ち上がると危ないです」
茶々丸が冷静に主を宥める。
鎧武者を脱出した今のエヴァンジェリンの格好は、髪の一部がぴょこんと突き出るようにした髪止めを付け、絣の着物を纏っている。そして何より、その小さな体は、箱車に収まっており、それを押す茶々丸は黒い袴を纏い、腰には太刀を佩いている。
「子連れ○……」
その出で立ちを見た千雨が呟く。
その言葉通り、エヴァンジェリン主従は、揃って子連れ○のコスプレをしていた。体格の都合上、当然ながらエヴァンジェリンが大○郎。茶々丸が拝○刀である。
「くそぅ、あの鎧がもう少し軽かったら、こんな屈辱的な目にあわんでも済んだのに……」
「まぁ、プラ製でも、あれだけきっちり揃えれば、相当重かっただろうしねー」
ようやく笑いが収まった和美が、エヴァンジェリンを慰める。
その時、何を思ったのか、不意に茶々丸が叫んだ。
「エヴァ五郎ー!!」
「茶ーん!!って、何やらせとるんじゃ貴様はぁ!!」
思わず乗ってしまったエヴァンジェリンは、何故かとても満足げな己の従者を睨みつけた。
そして、そのやり取りのせいで、和美達(千雨以外)は再び爆笑の渦に捕われていた。
※
「お、あれは……」
落ち着いた一同は、今の状況にも慣れたエヴァンジェリンと共に、再びシネマの村を歩いていた。江戸の街並みを忠実に再現した街並みは、ただ歩いているだけでも物珍しく、エヴァンジェリンの機嫌もすぐに治ったのである。
そんな風にしていると、不意に和美が何かを見つけて立ち止まった。
「どうしましたの、朝倉さん?」
「いや、あそこに夕映っちとパルがいる」
「あ、ほんとだ」
和美が指さす方を見れば、何かを監視するかのようにこそこそと隠れている綾瀬夕映と早乙女ハルナの姿があった。
「何してるのかなー?」
「面白そうだし、ちょっと行ってみようよ」
和美の言葉に従い、一同がぞろぞろと二人に近づく。そして、何かに夢中になっている二人の背後から、ひょいと曲がり角の先を覗き見る。
するとそこには、着物姿の近衛木乃香と、男装の剣士に扮した桜崎刹那の姿があった。二人は随分と仲良さげに、シネマ村を楽しんでいる様子である。
「ただの仲の良い二人にしか見えませんが……」
「いや、これは間違いないよ」
そんな二人を見て、そう評している夕映とハルナに、不意を打つように和美が声を掛けた。
「ふっふっふ。確かにアヤしいね~、あの二人♡」
「わぁっ、朝倉にいいんちょ達!?」
当然驚いた二人は、びくりと体を震わせる。
「あんた達もシネマ村に来てたんだ。てか、何ガッチリ変装なんかしてんのよ」
「ここ来たらやんないとー。あんたもやんなよ」
そんな風に軽く言葉を交わす和美とハルナの横で、夕映が千雨に話しかけていた。
「は、長谷川さん!?こんな所で会えるなんて……!因みに、今少しお腹が空いてますね?」
「ああ。団子が食べたい」
「団子ですか……!くっ、そこまでは読めませんでした……!!」
「……いつも思ってたんだが、綾瀬夕映のあれは何なんだ?」
「ガイノイドであるこの身では、理解しかねます」
夕映の謎の行動は、人類の最先端を行くガイノイドでもわからない。
その様にじゃれていると、刹那たちの方で動きがあった。不意に走り込んできた馬車から下りた貴婦人――月詠が、衆人環視の元、堂々と刹那に挑戦状を叩きつけたのである。無論、木乃香の身柄を賭けて、である。
その折に放たれた殺気に、エヴァンジェリンは不快そうに眉根を寄せた。
「典型的な戦闘狂だな。あのような者を野放しにしておくとは、関西呪術協会は何をやっているんだ」
「如何いたしますか、マスター」
主の様子に、従者である茶々丸が訊ねる。ここでエヴァンジェリンが月詠を倒せと言えば、茶々丸は躊躇なくそれを実行に移そうとするだろう。
だが、エヴァンジェリンは静かに首を横に振った。
「他人の決闘に横槍を入れるほど野暮ではない。それに、このくらいの窮地を乗り越えられなければ、刹那はこれから先護衛としてやっていけんだろう」
エヴァンジェリンはそう言って、目を細めた。視界の先にはクラスメートに囲まれて、困った顔をしている刹那がいる。
「スパルタだな」
その輪に加わらず、エヴァンジェリンの近くにいた千雨が言う。
「本人の希望に沿っているだけだ。刹那とて、いつまでも誰かにおんぶに抱っこにいるつもりではあるまい。……む」
その時、エヴァンジェリンは、遠くから漂う匂いと音に気付いた。ねっとりと、纏わりつくような濃厚な血の匂い。それと、かちゃかちゃと何かがこすれるような音。どちらも、エヴァンジェリンにとって身近な物だ。それが、こちらに向かって近づいてくる。
「あの神鳴流の剣士の仲間か?それにしてもこの音は……」
遠くを見やっていたエヴァンジェリンは、にやりと笑うと立ち上がった。
「どうやら、何やら面白そうな者がこちらに近づいてきているようだ。少しばかり出かけてくる」
だが、千雨はエヴァンジェリンに応えない。その視線は全く別の方向に向けられていた。その視線を追ったエヴァンジェリンは、そこにきっちりとした学生服を着た、白い髪に白い顔をした、美少年が立っている事に気付いた。
その少年は、何を言うでもなく、ただじっと千雨を見つめている。そして不意にその視線を外すと、人ごみの中に紛れて消えた。
「どうやらそちらにも挑戦状が届いたようだな?」
「らしいな」
エヴァンジェリンの言葉に、千雨は小さく頷いた。
「どうするつもりだ?」
「放っておいてもいい事はない。排除する」
至極あっさりとそう言って、千雨は少年の後を追った。
「いつの間にやら、随分と行動的になったな」
初めて自分と相対して時とは、些か違った行動を取るようになった千雨に、エヴァンジェリンは感慨深げに言った。その変化は、決して悪い物ではないと思ったからだ。
「では、私も行くとしよう。茶々丸、あいつらのフォローを頼んだぞ」
「かしこまりました、マスター」
主の言葉に、機械仕掛けの従者が一礼を持って答える。
「良し、来い、チャチャゼロ!」
「アイサー、ゴ主人!」
ピン、と頭の髪止めを外したエヴァンジェリンは、持っていたバッグに入っていたチャチャゼロに呼び掛ける。それにすぐに応えたチャチャゼロはバッグから飛び出すと、エヴァンジェリンの肩に摑まる。
そしてそのまま、真祖の吸血姫と、その最古の従者は、京の空へと舞い上がった。
千雨、刹那、エヴァンジェリン――。三人のそれぞれの戦いが、シネマ村を舞台に幕を開けようとしていた。
【あとがき】
長らく更新を途絶えさせてしまい申し訳ありません。リアルの忙しさから、しばらく筆が進まなくなっておりました。
さて、次回からは決闘三連発。千雨達がそれぞれの敵と相対します。
それでは、また次回。