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No.33521の一覧
[0] 魔法先生ネギま! ~Evectus est fabula~(魔法先生ネギま! × Dies irae)[愛宕](2012/11/18 21:14)
[1] 1 tantibus[愛宕](2012/06/19 22:34)
[2] 2 omen[愛宕](2012/06/19 22:36)
[3] 3 Arousal[愛宕](2012/11/18 21:07)
[4] 4 consideratione[愛宕](2012/11/18 21:08)
[5] 5 lacertosus[愛宕](2012/11/18 21:08)
[6] 6 Occasio[愛宕](2012/11/18 21:09)
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[33521] 5 lacertosus
Name: 愛宕◆38e00c08 ID:744da65f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/18 21:08

 避けられなかった。銃口を向けられたのに。なぜ避けられなかった。銃弾を避けることなんて造作もなかったはずだ。いろいろ弁明は出来る。だが、いまはそんな事をしている場合ではない。
 それでも、あまりの事態に思考は脇道に逸れていった。
 寸分違わず弾丸が眉間を穿とうとした。拳銃の中では最高の破壊力を持ち、ハンドキャノンと名称を抱く誉れ高いデザートイーグル。だが所詮はただの拳銃だ。この身は聖遺物と融合することで、喰らった魂相応の霊的装甲を纏っている。だから傷つかない。傷つかないはずだ。
 なのに耳朶が激しく揺れている。衝撃は脳にまで達していた。

(どうして私はこの様な無様な格好を晒しているのですか?)

 首が大きく後ろに反り返っている。視線の先には、壁にめり込んだ50口径の弾丸が見て取れた。こんな事はあり得ない。微動だにしないはずだ。首が反り返るなど有ってはなら無いはずだ。

(これは一体何事ですか……)

 嗅ぎ慣れた臭気がツンと鼻をついた。どこから――そう、すぐそばから漂ってくる。シャワーは浴びたはずなのに。
 千雨の顔が驚愕に歪む。遅れ馳せながら気が付いた。額が痛みを発している。
 触れるまでもない。皮膚が裂けていた。肉も削がれている。骨にも異常があるかもしれない。それほどの傷を負ったから、血が流れている。
 なんという日なのだろうか。なぜこうも得体の知れない局面ばかりに遭遇する。次々と身に降り掛かる。この世は悪夢のような未知で満ち満ちているようで、痛みの原因がなんなのか分からなくなってきた。
 それでも、乱れる思考は一つの答えを導き出した。

(つまりエイヴィヒカイトが破られたと言う事ですか?)

 否、完全に破られたわけでは無い。もしエイヴィヒカイトが破られたのならば、吐き出された50口径の弾丸は性能通りの破壊力を発揮し、この小さな頭を易々と粉砕しているはずだ。

(では、なぜッ?! あの光ッ!!)

 思い出す。直撃した瞬間に目を眩ませた閃光。あれは発射炎ではない。そうだ、あれには特別ななにかがあったような気がする。

(聖遺物? いえ、なにかの術ですか)

 記憶にある。霊的装甲を無効化する術を識っている。それを駆使した敵と戦った。

(ですが)
 
 襲いくる猜疑に心が囚われる。それは一九九五年の、偽りの記憶とするべき中の戦場だった。
 落ち着かない。集成したはずの思考がバラバラになり、混沌の坩堝の中で攪拌されていく。酷く気持ちが悪い。ここが戦場だと言うことを忘却してしまう。それを見計らったように銃声が響き渡った。
  
「――――ッ?!」

 胸から拡がる痛みに、体勢が崩れた。尻餅をつきそうになったところを、どうにかたたらを踏み抵抗する。狙いは心臓だった。幸い弾丸は胸骨を砕くだけで止まり、事なきを得たが、冷や汗が止めどなく流れる。あと少しずれてすき間を縫っていれば心臓が破壊されていた。

(たつみ――や?)

 恐るべき敵を睨み付けた瞬間、千雨の左の眉尻がぴくりと反応する。真名は左手で銃を構えていた。様になっている。しかしそんな姿が酷く、らしくない、と思えた。
 グリップを握る手は今にも震えだしそうになるほど力が込められている。端整な顔立ちを歪みに歪ませ、口端を吊り上げ、歯を剥き出しにし、眉間に深い溝を刻んで、瞳を憎悪で染めていた。普段学校で見掛ける、落ち着き払った雰囲気がそこには欠片もない。まるで別人のようだ。ここに居るのは感情を剥き出しにしたただ悪鬼だった。

(そのような凄まじい殺意を向けられる心当たりは……)
 
 腐るほどある。身に覚えなど有りすぎてどれだか分からない。叩けばいくらでも埃の出る身だ。しかし、腑に落ちない。それはロート・シュピーネであって、長谷川千雨ではない。なにより彼女とは親しくないが、およそ二年間クラスメートをしてきた。それがなぜ急に、今になって……

(なるほど、あれのせいですか)

 左目。真名の左目が異才を放っている。

(魔術、いえ超能力の類ですか――ねッ!?)

 カチ、と金属が接触した音を拾った。強制的に思考は中断させられたが、すでに肉体は脳を介さずに動いている。
 刹那遅れて銃が吼えた。真名の内で蠢く感情そのものようだ。だからと言って当たってやる義理はなく、弾丸はむなしく壁だけを破砕した。
 
「銃で私は――獲れませんよッ!!」

 エイヴィヒカイトを破る弾丸などを使っていては尚のことだ。避けずにはいられない。怖すぎて身体が勝手に動いてしまう。
 笑みを浮かべた千雨を睨み付ける真名は言葉を返さなかった。ただ眼力を強め、照準を合わせ直す。その動きは洗練されており、思わず「ほう」と感嘆を零させるほどだった。よほどの修練を積んだに違いない。その隠しきれないでいる内心とは完全に切り離された冷徹な技だった。
 しかし、

(……なんなのですかねぇ)

 気持悪い。酷く気になる。だがひとまず疑問符を振り払った。
 真名の指がトリガーを引き絞った。文字通り、肩で風を切りながら半身になる。轟き纏った銃弾は、二段ベッドの脚を一本粉砕した。どうどうと音を立てて崩れるベッドに、思わず視線を向けてしまう。

「人の――」
 
 部屋だからと言って、といった続きは心中で吐き捨てた。真名の動きに澱みはない。失笑ものだ。忠告してやったのに、まだ分からないのか。なにをどうしようと銃弾は当たらないと言うのに。
 見せつけるように、ゆったりと優雅に踊るように避けようとしたが、千雨の眼が限界まで見開かれる。身体が動かない。脳裡が家財道具の配置で埋め尽くされていた。自分の立ち位置がどこで、その背後になにがあるのかをまざまざと思い出さされたのだ。
 避けられない。背後にはパソコンがある。あれは50口径に耐えられるほどの強度を持ち合わせていない。リンゴのマークのついた箱が、ベッドよりも悲惨な末路を辿ることなど想像するまでもない。
 身体がくの字に折れ曲がる。銃声すら耳に入らなかった逡巡が断ち切られた。反射的に腹部を手で押さえる。傷を覗き込むような形で、千雨は頭を垂れた。
 しかし、その表情は苦痛に歪まなかった。ただ手の中のものをしげしげと見て、茫然とした。

(なにが?)

 憶えがない。しかし、手の中には弾丸がある。それはまるでたこ糸で絞められたボンレスハムのようなへしゃげ方をしていた。

(無意識――少し調子に乗りすぎではないでしょうか――)

 鎖骨を肩胛骨の間辺りに熱を感じる。肺、角度からその先の心臓、と言った真名の狙いが読めた。身を捻り銃声を避け、床が爆ぜる。

(――ね?)

 そろそろ終わらせないとこの部屋には住めなくなりそうだ。千雨は手の中の銃弾を床に落としながら、口許をニィッと吊り上げ、顔を上げた。真名は鬼の形相を張り付けたまま、照準をピタリと顔に合わせる。

(ええ、たしかにもうそこしかないでしょう。目を撃ち抜くしかね)

 眼底は薄く、脆い。これまでのことを踏まえると、ここなら脳に到達する可能性は大だ。苦笑が漏れそうになった。狙いは読めた。左手に注目しながら思考を割く。もうなにをどうしても真名では自分は殺せない。

(それにしても仮にも私はクラスメートですよ。敵とあらばこうも容赦なしとは……プロですかね)

 真名のそれは一介の中学生が持ち合わせていいものではない。

(殺し屋がこのタイミングで乗り込んできたと言うことは、誰かが依頼したと言うことでしょうか? 武装して来訪したことからも間違っていないはず、すると依頼主は……マクダウェルしかいません……が……)

 引っかかりを覚える。真名とのファーストコンタクトで垣間見た彼女の顔。目を皿のように見開いて停止していたあの表情は何だったのだ。それを言葉にすると、

(驚愕ですか。私が標的だと聞いてやって来たでしょうに、なぜあんなに驚いて、その後はまるで親の敵を見るような――)

 真名の指が動く。千雨の口許が邪につり上がる。思索は終わりだ。語らせれば済む。
 口許がますますつり上がった。この手の人間は、そう簡単に口を割らないだろう。すると口を割らせる為には……
 喉がクツクツと鳴る。薄ら笑いが止められない。楽しみだ。愉悦に膝が震えてくる――筈なのに、なぜか代わりに背筋が震えた。楽しい楽しい時間が待っているはずなのに、なぜこうも背中が冷たくなっていくのか。
 鳥肌が立った。頭蓋の中では眩暈がするほどに第六感が警告を鳴り響かせる。一体なにが優位に立っているのは自分だ。真名を読み切った。彼女の攻撃はもう何一つ効かない。なのに、この足元から止めどなく這い上がってくる悪寒の正体はなんなのか。

(なにか見落としがあるのですか)

 注目する手元から視野を広げる。戸口から一歩踏み出す形で半身に構える真名の全貌が写る。左手を大きく前に突き出していた。
 その立ち姿は様になっていたが、ふと疑問を感じた。なぜ片手なのか。片手で撃ってはいけないなんてルールはないが、両手で構えた方が命中精度が良い。正確無比な射撃では弾道を読まれて止められるから? わざとぶれさせる? 否、

(その考えはいただけない)

 矛盾がある。それでは眼窩を穿つ起死回生の一撃を放てないではないか。では、少しでも距離を稼ぐ為か。

(どうも違う)

 この最終局面と言っていい場面で遊んでいる右手はなにをしている。右手は腹に添えられるようにしてあった。

(――?)
 
 おかしい。右手がまるで銃把を握っているように見える。そして、その緩やかに曲がった人差し指が……

「形成(イェツラー)!!」
 
 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。直感が出遅れては駄目だと、聖遺物を顕在化させるが、爆音も轟いた。なにもないはずの空間に突如、焔が現れた。

(爆炎が大きすぎる!?)

 使用火器は対物ライフルに違いない。人に対して過剰過ぎる殺傷力を発揮するだろう弾丸は、正確に脳幹をめざしていた。人間など当たった場所から簡単に真っ二つにすることが出来るのに、より確実な死を演出しようとしている。これまでの事を踏まえると霊的装甲は当てに出来ない。きっと同様の処理がこれにもされている。この身は常人のそれとは違っているが、頭が粉砕されるほどのダメージを負えば――

(――死――ぬ?)
 
 エイヴィヒカイトを打ち破るのだ。再生できないかも知れない。その事実にカッと脳髄が熱くなった。指先から伸びた十本の鋼線が空を裂き踊る。
 止める。絶対に止められる。ワルシャワ・ゲットーがどれだけの劣等を絞め殺してきたと思っているのか。この聖遺物に捕らえられたが最後、聖餐杯猊下と言えど脱出できぬ逸品であると自負している。この程度、魂無き弾丸が、拘束できない道理はない。
 そんな意地がまず絡みついた。そして引き寄せられるように鋼糸が弾丸に巻き付く。だが止まる様子がない。拮抗は一瞬の事で、シュイィンと甲高いモーターのような音を立てながら徐々に押し込まれてくる。

「ッ――我に勝利を与えたまえ(ジークハイル・ヴィクトーリア)!!」

 千雨は歯を剥き出しにして、これまで以上に形成を強めた。白煙が上がる。銃弾が赤熱、此所までしても止まらない。

「クウゥウウウウ」

 拳を硬く握り、糸を引き絞る。

(と、らえた!!)

 目と鼻の先、それを見て千雨は肩で息をする。糸に絡め取られた弾丸は、蜘蛛の巣に掛かった朱色の甲虫のようだった。

「は、ははは、あははははははははははははは」

 それが嗤いを誘った。防いだ。防ぎきった。とっておきだったに違いない。
 デザートイーグルはブラフ。左手に注目を集め、なにかしらの術で見えなくした右手のアンチマテリアルライフルで仕留める。それが筋書きだったに違いない。
 だが、通用しなかった。絡め取った。
 千雨は眉を八の字に歪め、卑屈な笑みで口許を穢した。悔しいだろう。無念だろう。苦渋しているだろう真名の表情を堪能しようと、卑下た視線を向ける。

「はぁ?」

 間の抜けた声は、ズブリと腹から聞こえてきた異音と協和した。傷みよりもなによりも先に戸惑う。なんなのだ。自分の腹に指を突き入れるこれは。黒に近い肌をした白髪の腰の辺りから蝙蝠を連想させる羽を生やしている異形は誰なんだ。
 理解している。でも信じきれず、つい今しがたまで真名がいた場所には視線が動く。デザートイーグルとバレットM82だけが落ちていた。それらの使用者の姿がない。目の前にいるのはやはり龍宮真名となるのだが、これは……
 吐血が思考を切った。痛みが走る。全身のバネを使った必殺の貫手が臓腑を蹂躙する。
 胃を裂いた指先が横隔膜に触れた。これが本当の切り札だと理解させられる。真名の表情は、勝利に歓喜し、歪みに歪んでいる。

「――――――ッ!!」 

 千雨は声にならない声を上げた。痛みからくる悲鳴ではない。気勢だった。思考を染めたのはただ一つ。死の否定。殺されてなるものか。メルクリウスの掌の上かもしれない。きっとそうなのだろう。それでも、淡い期待を抱いている。それを同胞達やツァラトゥストラにならまだ分かる。だが、よりにもよってこんな一目見て劣等人種だと分かる小娘によって断たれるなど――こんな事があって良いわけがない。
 ぷつんと張り詰めた糸が切れるように痛みが消えた代わりに、全身が脈動、肉が引きつり、皮膚が弾けた。
 真名が驚愕に手を止めたが、すぐにもう一歩踏み込み、腕に力を込め直す。終わりはすぐそこだ。横隔膜のすぐ上に心臓はある。
 しかし、

「いい判断でした。逃げるよりも止めを差しにくる。その決断になにひとつ間違いはありません。ただ――相手が悪かった」
 
 真名がシュピーネの戦法を知っていたなら不用意に近づかなかっただろう。それどころか、こんな狭い逃げ場のない室内を戦場としなかったはずだ。どうにかやり過ごすことを考えたに違いない。

「そう貴女の判断はなにも悪くなかった。必殺の弾丸をいなしはしたが、まだ決着もついていないのに不用意に緊張を解きほぐし、哄笑しだした敵が目の前にいるのですからね。明らかな隙、本命に打って出るのは当然のことです」

 真名の視線が室内を奔る。縦横無尽に鋼線が線を描いている。敗因など言わずとも理解できるだろう。それでもあえて口にした。

「ただ運が悪かった。いえ、貴女が強かった。強すぎた。ここまで出来る者はそうそういませんよ。私はどうやら貴女の戦術にまんまと引っ掛かってしまったようです。だから――」

 ニィッと下品な笑みを浮かべ、

「ワルシャワ・ゲットーを十条しか用意できなかった」

 狭い室内に縦横無尽に張り巡らされたこの極細の鋼線網こそが、本来の姿だった。何百という極細のワイヤーを具現化し、身体の周囲に張り巡らせ、防御態勢を整えてから、その中の一部を敵に放ち、絞め殺したり、輪切りにするといった使い方をとる。

「ふふ、貴女はのこのこと蜘蛛の巣に足を踏み入れていたのですよ」

 声が上擦った。顔も恍惚と崩れそうになったが、唇を固く閉じた真名を見た瞬間、凍り付いた。
 その瞳の中にいる自分の姿が……囚徒にしか見えなかった。全身を糸で絡め取られた真名のそれよりなお酷い。辺獄舎の絞殺縄が全身の肉を食い破やぶり、魂を捕らえているように見えた。どう足掻こうが逃れられないそんな未来を暗示しているようだった。
 千雨は唇を噛み切らんばかりに歯を立てて食いしばる。些細な動きに引きずられるように糸が締まり、みしみしと真名の肉が悲鳴を上げる。彼女の喉から苦悶が上がったが、歓喜に浸っている余裕などなかった。

(囚人? なにかの間違いです。そう、そうです。咄嗟だったからです!!)

 頭を大きく振って、不快な妄想を払おうとする。

(私の系統ならありえることです。肉体を聖遺物と融合させるのですから、それに興奮状態になりやすい。あの時だってそうです。危機的状況だったと言っても過言ではない。だからこんな形でワルシャワ・ゲットーを具現化したのです)
 
 きっと同胞のベイを真似たのだろう。彼は全身から血の杭を出す。その強さは黒円卓現存メンバーで、一、二を争う。それにあやかろうとしたに違いない。

(そ、そうです。私も私で昔のままとは言えない。だから形成の仕方に変化が出たとしても、なんらおかしくありませんッ!!)

 断言する。しかし気分は一向に晴れなかった。むしろどうにか言い訳を繕った感が、ひしひしと押し寄せ暗澹としてくる。
 そんな気分をより一層、逆撫でするように、糸から逃れようと苦痛に耐えながら真名が身を捩っていた。その揺れる瞳の中に自分がいる。二人して揺れていた。巣に掛かった二匹の獲物がどうにか逃げだそうと身を捩っている。だが、どちらも逃れることが出来ない。
 否、と千雨は右手を払う。全身から生えた糸が右手を目指して蠢き出す。パジャマが千切れた。下着も無残を晒す。
 修復の完了したばかりの腹部を撫でた。そこからワルシャワ・ゲットーは出ていない。しかしガリッと歯軋りしてしまう。おかしくないと認めながらも、今まで通りに鋼線を指先に纏め直したその行為が、どっと敗北感を呼び込んだ。

「クソ」

 どうしようもなく指先に届く振動が苛つかせた。緩慢な動きで上げた瞳に、大の字に張り付けにされた真名が写ったとたん、危険な色が宿った。
 浮き出る汗を舐めるように視線を這わせる。真名が動きを止め、息を呑んだ。構わず千雨はジッと魅惑的な肢体を視線で犯す。同い年とはとても見事な体つき。
 聖遺物に力を込めた。身動ぎ一つ出来ないほどにワイヤーがきつく食い込み、真名の喉から苦鳴が漏れた。
 頬がにやつく。すぐに声は噛み殺され、睨み返された。

「我慢する必要はありませんよ。我慢は身体に毒ですからね?」

 だから、その表情も逆効果だ。血が滲むほど唇を噛んで耐え忍ぶ真名の姿は健気すぎて、腰が蕩けそうだ。忍び笑いが殺せない。
 肉が嘶く。防刃繊維の弾ける音をアクセントに、ジャケットとオーバーズボンの切れ端が床に落ちた。艶めかしく血化粧を施された褐色の肢体が露わになる。真名は一瞬自分の身に起こった事を理解できず、茫然としたが、すぐに視線を強めた。がすぐに気丈な彼女の瞳が弱々しく揺れた。これからどのようなことが身に降り掛かるか、十分理解していたはずだ。しかしそれでは認識が足りなかったと思ったに違いない。目と言わず、頬と言わず、口許とも、千雨のすべてが淫らに濡れていた。
 触れようとする指が震える。朱を引いた頬がどうしようもなく愛おしい。忌避する表情、避けようと仰け反る仕草がまた酷く劣情を誘った。
 真名が目蓋をこれでもかと押し上げ、動きを止める。千雨の口許もそれに合わせるように耳元までつり上がった。絶妙な加減で拘束が緩められていた事にやっと気が付いたのだ。
 そして指が難無く触れた。

「おや、避けないのですか?」

 真名は逃げなかった。ねっとりと執拗に柔らかな頬をなで回しながらじっくりと反応を観察するが、真名は目を閉じ、一切身動ぎしない。

(まったく良い反応をしてくれます)

 相性が良い。サディストの血が騒ぐ。どれだけ持つだろう。久しぶりなので加減が出来ないかも知れない。出来る事なら長く楽しみたい。
 触れるか触れないか絶妙なタッチで指先が顎のラインを辿り、執拗に紐の掛かった喉に這わした。鳥肌が立った。隠そうとしても隠しきれない生理的な反応が浮かびだす。
 たまらず首筋にむしゃぶりついた。長く異様に赤い舌で、浮き出た血と汗を執拗に舐め取る。上目遣いに真名の反応を窺うと、我慢しきれず眉間に皺が寄っていた。
 瞳が緩む。熱くねっとりとした吐息混じりの声を吐きかけた。

「ほらほら我慢だけでなく、なにか打開策はないのですか? せっかく糸も緩めてあげたのですから、頑張れば抜け出せるかも知れませんよ?」

 千雨は悦予に息を荒げながら、真名の腰に左手を回し抱き寄せる。そして右手は鎖骨を一撫でし、乳房へと向かわせる。軽く爪を立てると朱の線が新たに引かれた。思考が掻き乱されるだろう。まだまだ序の口だ。これから生娘がどこまで我慢できるか見物だ。泣き顔など見られたら最高だ。

「ほらほら頑張りなさい。このままでは貴方は私に喰われてしまいますよ」

 血の付いた指先を卑猥に舐め上げる。

「うん?」

 真名が閉じた瞳を見開いていた。顔からは色が消えている。千雨の顔からも喜色が失せ、眉が忌々しく歪んだとたん、ガリッと音がし痛みが走った。真名の口に突き立てた人差し指と中指が、骨の半ばまで噛み切られていた。

「これ以上の辱めを受けるくらいなら……と言うわけですか?」

 猿ぐつわでもして続ければ良いのだが、真名のその行為は酷く気分を醒めさせた。しかし十分、気分転換にはなったのか、思考が冴えた。

「いいえ、違いますね。いやはや、そう言うことですか……あなたは私がなにか知っていますね」

 あと一歩のところで最後の望みを絶たれた真名の瞳に絶望がにじみ出す。その反応、正解だろう。陵辱の末路になにが待つのか。ただ死ぬのでは無いことを真名は理解している。ただ死ぬだけなら、辱めにも耐えただろう。最後の最後まで諦めなかったに違いない。なのに、それらをかなぐり捨てて、真っ当に死ねる時に死ぬ。そんな自決を選んだのは……

「その気持ち分からなくもないですよ。いえ、むしろ私だからこそよく分かります」

 千雨はそう伝えると、真名の首に縊りつけた極細のワイヤーを、辺獄舎の絞殺縄の名に相応しい太さに顕在化した。




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