運命は袋小路──勇者の帰った世界で──
崩れかけた廃城の中、ついに私たち"勇者一行"の旅は終わりを告げました。
「じゃあ、姫も元気で」
そういうと異世界から私たちを救ってくれた勇者は"破滅の魔女"を倒した時にできた時空の穴へと向かっていきました。
ほんの3年前。
突然現れた人知を超えた魔法を操る魔女。
その魔女は"破滅の魔女"と呼ばれていました。
しかし、女神様は私たち人間を見捨てなかったのです。魔女が現れた時、この世界に"勇者"と言う救世主を導いてくださったのでした。
我が王国軍でも相手にならないほどの強力な力を持つ魔女と戦うこと3年。
魔女の生み出した魔獣を倒し、人々を救いながら私たちは世界を旅したのです。
少し偏屈ですが頼りになる白の賢者。
魔女の生み出した魔獣に家族を殺された元木こりの戦士。
異世界から呼び出された強く、誰よりも優しい勇者様。
そして、治癒魔法の使い手の私。
王国の末子ではあるのですが、父の命によって共に魔女を倒す旅へ。
城の外をほとんど知らなかった私に、勇者様は色んなことを教えてくれたのです。
命の大切さを。
一度しかない人生を、誰かに奪われては駄目だ。
そう言って彼は弱き人々に手を差し伸べ続けたのです。
私にとって、大切で大好きな勇者様は帰ってしまう。
「……姫も来る?」
ああ、何とも甘美な誘い文句でしょう。
私も行きたい。
貴方様とともに生きていきたい。
けれども、私には最後に残った王族として責務があるのです。父も兄も魔獣により身罷りました。この国を王族として纏めなければならないのです……。
「──残念ですが、私にはやるべき事が山ほど残っています」
「そっか……そうだよね。ごめん、姫。無理言っちゃって……」
「いえ。またいつかお会いできますか?」
「……きっと、いつか会えるよ」
そう言って微笑むと、勇者様は時空の裂け目の向こうへと向かってしまわれました。小さくなる裂け目に、走り出そうとする気持ちと足を押さえます。
今なら間に合う。
まだ間に合う。
──人生は一度きり。
わかっています。
それでも、私は残ることを選んだのです。
「行ってしもうたの、姫様よ。それにしても、なんだったのだろうな……己の意志に、想いに従え、とは」
「魔女の最後の言葉、ですね」
「うむ。今となっては何も分からんがな」
白の賢者様は相変わらず消えた裂け目の辺りを見つめていました。
「俺達も……帰るか。家族の墓参りもあるしな」
戦士様は肩に斧を担ぐと、そのまま振り返ることもなくこの場を後にしました。
「では、賢者様もご達者で」
私は別れの挨拶を済ませて、王都へと帰っていきました。
ひとりで馬で街道を、山道を、ある時は砂漠を歩いて渡り。私を迎えに来るものはおりません。魔獣の襲撃で王都は崩壊し、多くの人が亡くなりました。
それでも、まだ生きている人々のために私は帰らなければなりません。
そして、私は王都にたどり着き王国の復興をはじめました。
──3年が経ち、やっと作物が取れるようになりました。
──5年が経ち、人々の顔に笑顔が戻り始めました。
そして、10年。
気づけば王国は元通りとまでは行かないまでも、復興の目処が立ったのです。
だから、私は勇者様を追いかけるために魔法の研究をはじめました。
時空を引き裂く程の魔力は私にはありません。
それに、勇者様がどこにいるのかも見当もつきませんでした。それでも、私は研究に研究を重ねていた時、ついに限界が来たのです。
いつの間にか50年が過ぎ、ただの人間の体では──短すぎました。1度だけの人生だと言うのに、このままもう一度勇者様に会わずに死ぬなんて──絶対に嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
愛しています勇者。
愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます。
だから、必ず会いに行きます。
絶対に会いに行きます。
──そして、どのくらいの時が経ったのでしょうか。
私は気づいたのです。
過去に戻れば、この世界に来た時の勇者様に会えるではありませんか!
ああ、なんということでしょう。
どうしてこんなにも気づくのに時間がかかってしまったのでしょうか?
最初からそうすればよかったのです。
勇者様と出会った時に戻ればいい。
今度は選択を間違えません。
「勇者様……いま会いに行きます……」
今の私ならば時間を遡ることくらいはできるはずです。時空を渡り、勇者様を探し出すことは出来なくとも、きっとそのくらいの魔力はあるはずです。
過去に干渉してはならない。
未来を知ってはならない。
時を操ってはならない。
そういうことから禁術として封じられていましたが、大丈夫。私ならきっとうまくできます。
ただほんの少し、勇者様と会って、今度は選択を間違えないようにするだけ──。
青白い光に包まれた直後、私は見覚えのある平野の上にいました。辺りを見回そうと飛翔魔法で飛び上がって、黄昏に沈みゆく太陽の美しさに目を奪われました。
そして、太陽に照らされた王城と城下町を守る城壁に目を移し呟きました。
「ああ……懐かしい。そういえば、城壁もこんなに立派でしたね」
突然、思い出に浸っていた私に、矢が飛んできました。ポスッと既に腐り落ちた私の心臓を矢がしっかりと射抜いています。
けれども、不思議と痛みひとつ感じません。
「ば、化け物……魔女だ!!」
そう言うと、兵士たちは次々と矢をいかけてきます。少し静かにして頂こうと飛んできた矢を火炎防壁魔法で防いだつもりでした。
だと言うのに──どういうことか、兵士たちは炎に焼かれ死んでいきます。
そんなつもりじゃなかったのに。
私は空を飛び、逃げて逃げて……。
けれども、兵士たちは追いかけてきて。
だから、私は逃げるために──眷属を召喚したのです。それから、私は眷属を放っては逃げてを繰り返し、やっと落ち着ける廃城を見つけたのでした。
魔力も失い、その後私はしばらく眠りについていると──ついに勇者様に出会え……。
勇者様の隣には──まだあどけなさを残す私の姿がありました。そして、白の賢者様に、戦士様が……。
──ああ、そういうことなのですね。
私はついに理解してしまいました。
「もう逃がさないぞ、破滅の魔女!」
破滅の魔女。
何とも今の私にふさわしい宿業の呼び名なのでしょうか。
けれども、戻ることも進むことも私にはできません。私にできるのはここで終わることだけ。それでも、私は少しでも未来を変えるためにできることがある。
──己の意志に、想いに従え……でなければあるのは破滅の運命のみです──。
お願いします。
気づいてください。
チャンスは一度しかないのです。
お願いします。
義務なんて捨ててください。
あなたの、いえ、私が本当に欲しているものを選んでください。
そう願いながら、私は剣を振りかぶり飛びかかってくる最愛の人を……両手を広げて抱きしめようとしたのでした。