……かたん、 ……ことん。
再び第3新東京市に来て気付いたのは、このリニアモノレールという乗り物のことをワタシは結構気に入っている。というコトだった。
……かたん、 ……ことん。
ドイツ時代にはネルフ差し回しの乗用車ばかりだったから、その他の交通機関にはほとんど乗ったコトがない。
……かたん、 ……ことん。
前の宇宙のバカケンスケなんかは、リニアモーターは車輌が軽すぎて走行音の味わいに欠けるって言ってたケド、この軽快さが好き。
……かたん、 ……ことん。
「ジオフロント外周の急勾配をものともしない意外な力強さがイイ」んだとシンジに言わせたら、確かに粘着式推進より登攀能力と車輌のコンパクトさで向いてるだろうけど。とか、だからって乗り入れのない路線までリニアにすることはないとか、ぶつぶつボヤいてたっけ。
……かたん、 ……ことん。
そのくせ、「ジオフロント引き込み線に乗ってみたい」って羨ましがってた。なんでもセカンドインパクトで多くの地下鉄が廃線になった関係で、ジオフロント線は世界で最も急勾配を登るリニアモーター路線なんだそうだ。第2新東京みたいな新しい都市は整備計画がきっちりしてるから必要なさそうだけど セカンドインパクト前の大都市・大深度地下鉄には、ジオフロント並みの急勾配を登るリニアモーター路線も少なくなかったんだとか。
……かたん、 ……ことん。
有名どころのナガホリツルミリョクチ線なんか、車輌アプローチのメロディがキョーバシだかツルミリョクチだかって駅名のイントネーションから作曲されてたとか、どうでもいいコトを熱く語ってたっけ。
知ったこっちゃないケド。
……かたん、 ……ことん。
「…弐号機パイロット」
……かたん、 ……こ とん。
「…弐号機パイロット」
ん?
「…着いたわ」
あら、ワタシ寝ちゃってたのか。どおりで前の宇宙のことなんか夢に見てたってワケね。
それにしても……
「レイ。ワタシのこと、なんて呼べって言った?」
急かすようなメロディに、慌ててレイの手を牽きながら車輌を後にする。
ホームに人影はない。利用者がほとんど居ない上に、駅員も階下の改札に1人居るかどうかって程度だったはず。車輌が行っちゃうと、吹きっさらしのホームがホントに物寂しいわね。
「…アスカ、と」
そうよ。と、レイの手を放して向き直る。
「…」
「弐号機のパイロットであることは、ワタシの一部に過ぎないわ。だからその呼び方は正しくないし、好きじゃないの」
「…わかったわ」
解かってくれたならいいわ。アリガトって笑顔を向けたら、あの、良く解からないって顔されちゃった。
ま、これからよね。
それで、どっち?って促すと、「…こっち」って進行方向とは逆にホームを歩き始めた。もちろん、知ってるケドね。
今からレイの部屋に行くのだ。「ワタシはまだ住居が定まってないから今晩泊めて」って頼みこんでついてきたってワケ。
そうしてまずは、あの惨憺たる部屋を目撃したって既成事実を作る。
そうすればあとはドウとでもなるわ。世界に三人しかいないチルドレンの扱いじゃないとか何とか言って、改装させるなり引っ越させるなりできるでしょ。いっそ同居したっていい。前の宇宙でシンジと共に過ごしたおかげで今のワタシは家事も嫌いじゃないし、レイの1人くらいなら面倒見れると思う。
先行して階段を下りる背中。レイのことを知らないヤツが見たら、拒絶されているように感じるだろう。
ワタシは、アンタがホントはすごい寂しがりやだって知ってる。だからこそアノ生活にも文句を言わないのだと解かってる。
だからまず、そのことをアンタに自覚してもらうわ。それは辛いかも知んないケド、必要なことだもの。謝んないわよ。
だけど、そのうえで。
アンタにはヒトの絆ってモノを教えてあげる。
ワタシは、ワタシがアンタと仲良くできるコトを知ってる。ううん、アンタと仲良くなりたいと思ってる。
ワタシがそうしたいから、この宇宙にやってきた。ワガママだって解かってるし、アンタには迷惑かもしんない。
でも、ワタシはアンタの笑顔が好き。
――満面の笑顔ってワケじゃないけど、見てるだけで優しくなれるような柔らかな微笑み。月の光が降り積もるような静けさの、元の宇宙のレイが見せてくれた笑顔――
あんなふうに、アンタにも笑って欲しいと思ってる。
前の宇宙では、ぎこちなく微笑ませるくらいしか出来なかったケドね……
先に改札を抜けたレイが、一瞬だけ歩みを止めた。ワタシが改札を抜けるのを待って「…こっち」と右の通りへ出る。
やり方を学べば、ちゃんとヒトを気遣うことができるじゃない。
……そうね。慌てることなんてない。急ぐ必要もない。一歩一歩進んでいけばいいんだわ。今こうして、並んで歩いているように。
レイ、アンタの笑顔もこの世界を照らせるわ。照らせるようにして見せるわ。
まずはアンタのアノ部屋、なんとかしないとね。
篭る気合の仕向けるままにコブシを掌に打ちつけちゃったけど、レイは怪訝な顔ひとつしない。
前途多難だわ。ってつきかけた溜息を、そっと呑み込む。そういうトコロをひとつひとつやってかなくちゃね。
「あのね、レイ」
レイの肩に手をかけて、なんて言ってやろうかと考えをまとめながら足を止めた。
終劇