暗い迷宮をひたすらさまよい続ける。誰もいない迷宮を必死で彷徨い続ける。身を裂くような冷たい風が吹き荒れながらジャギを責め立てた。
そこではっと目を覚ます。いつもの悪夢だ。いつも見るジャギの悪夢だ。脂汗で濡れた首筋を手の甲で拭った。
ベッドから上体を起こし、鏡を見つめる。酷い顔だった。醜悪な化け物面だ。
ケンシロウ、かつての末弟に秘孔を貫かれたジャギの相貌は見るもおぞましい姿へと変貌した。
右の頭部から頬にかけて瘤の盛り上がったその顔は四谷怪談のお岩を彷彿とさせるだろう。
(へ、こんな化け物面じゃ誰も近づいてくるわけがねえよな……ま、俺にはお似合いの面か……)
リュウケンが愛情を注いだのはケンシロウだった。そして畏怖したのがラオウであり、期待をかけたのがトキだった。
それに比べて自分はどうだ。最初から何も顧みられることはなかった。
理由は分かっている。明らかに他の三兄弟と比べて劣っていたからだ。認めたくはなかった。
だが、認めざるを得なかった。結局の所、ジャギは他の三兄弟の咬ませ犬でしかなかったのだ。
ヘルメットを被り、寝室を出る。リビングルームのソファーではミサトが静かな寝息を立てていた。
綺麗な横顔だった。年相応の色気がある。
(しかしよ、無防備な女だな、こいつもよ。まるで襲ってくれって言ってるようなもんじゃねえか、この俺によ)
普段のジャギなら無防備なミサトをさっさと手籠めにして犯していただろう。だが、今はそんな気も起こらない。
原因はわかっている。あのエヴァとかいうわけのわからぬでかい乗り物のせいだ。
最初に乗った時は使途との戦いに集中していたせいでわからなかった。
だが、何度か搭乗している内にある奇妙な感覚を覚えたのだ。それは温もりだった。かつてジャギが渇望し、必死で求めていた温もりだ。
それはまるで母親の羊水の中でまどろむようなそんな不思議な感覚だった。
親からもリュウケンからも見捨てられ、末弟から己の顔すら奪われたこのどうしようもない悪党は、しかし、生まれて初めて安らぎというものを感じていた。
ジャギが最も恐れているのは、エヴァに乗り続けることによって自分が変わっていってしまうのではないかという事だ。
もしもこのまま乗り続ければ腑抜けになるかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。
(この俺から牙を抜いたらいったい何が残るっていうんだよ。あのエヴァとかってのに骨抜きにされちまって、悪党じゃなくなったら、
それはもう俺じゃねえ。ただの醜い面したガラクタじゃねえかよ……)
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見慣れたネオンと光景、SMバー、ナイトクラブ、立ちんぼ、ポーカー屋、キャバレー、ヘルス、歓楽街の嗅ぎ慣れた匂い。
ジャギは飲み屋のバウンサー(用心棒)で飯を食っていた。寝る場所はそこらの公園だったり、閉店した喫茶店の中だったり、
そうやって気ままに暮らしていた。正真正銘の根無し草の生活だ。ジャギが馴染みの飲み屋に入り、ウォッカを注文する。
このバーを訪れるとジャギはいつもウォッカを頼んだ。特に気に入ってるのがズブロッカだ。
バイソングラスの細い茎の浸かったこの酒は甘みがあってうまい。
いつものように一瓶を空にし、金を払って店を出る。当分の間はあのミサトという女のマンションに厄介になろうと考えていた。
なんだかんだいっても雨風凌げる寝床があるのはいいことだ。
ゲンドウはエヴァのパイロットになれと迫った。ジャギは最初に突っぱねた。パイロットになれば金と寝床を提供すると言われた。
横からアミバがいくら出すかを尋ね、値を吊り上げていくとゲンドウは顔をしかめながらも渋々承知した。
承知するべきだったのか。
「俺にはわからねえや」