カワサキのZZR1400、総排気量は1352CC、エンジンは4ストローク並列4気筒で最高時速は瞬間で323キロを叩きだす。
レイはジャギの背中に子供のようにしがみつきながら、ただ、じっとしていた。ZZR1400のマフラーからあがる排気煙がレイの鼻腔を撫でる。
「オメエ、確かレイっていったな。オメエ、なんでエヴァのパイロットなんざやってんだ?」
「……乗れって命じられたから」
「へえ、命令されたからあんな怪物に乗ったっていうのか。テメエの命すら危ういってのによ」
「……」
「へ、まるで人形だな。オメエ、自分の意思ってのがねえのか?」
「……わからないわ」
「ふうん、テメエ、親はいるのかよ」
「私に親なんていない……」
(俺と同じ親なしってわけか。こいつはおあつらえ向きだぜ)
対照的な二人だった。ただ、ゲンドウに言われるがままに動くレイと、己の欲望と感情にのみ生きるジャギ。
左にカーブするとジャギがバイクをスローダウンさせた。バイクを止めるとレイに降りろと命じる。
レイは言われるがままにバイクからそっと降りた。
「こっちだ。ついてきな」
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激しいビブラートがレイの鼓膜を弄した。狭いステージから響くエレキギターの激しいサウンドとリズム。
フロアの中央では、半裸になった男女の群れが激しい動きを見せながら踊り狂っていた。
長い髪を振り乱し、腰をくねらせながらジャギの目前で淫らなリズムを取る女達。
男達がジャギに向かって愛想笑いを浮かべた。
「どうだ、楽しいだろう?」
隣に座らせたレイに向かってジャギが問いかける。静かに目を伏せたまま、レイは何も答えなかった。
「は、相変わらず陰気くせえな。まあ、いいさ。その内楽しくなってくるはずだぜ、こいつを飲めばな」
ジャギがグラスに注がれたドラッグ入りのミルクをレイに飲むように促した。
「酒は飲めないだろう。だが、こいつなら飲めるはずだぜ」
ジャギから受け取ったミルクを数秒ほど眺めてから、グラスに口をつけるレイ。仮面の下でジャギは唇を歪ませた。
(へへ、ゲンドウよ。テメエの大事なお人形は俺の懐の中だぜ)
レイが喉を鳴らしてミルクを飲んでいく。唇の端からこぼれたミルクの滴がレイの顎から白い首筋へと流れていく。
ひどくエロティックだ。無垢のエロスだ。
(やっぱり俺は俺でしかねえや。親からも世間からも見捨てられたただのゴロツキよ。しかしよ、見れば見るほど良い女じゃねえか。
身体は細すぎて俺好みじゃねえが、あと二、三年もすりゃ、肉付きも良くなるはずだぜ)
頬を赤く火照らせるレイ、少女の毛穴からは滲んだ汗の香りがした。双眸を潤ませながら、レイがジャギの肩にもたれかかる。
「どうやら気に入ったようだな。いいだろう。好きなだけ飲ませてやるよ。お前も欲望のままに生きるんだ。
なあ、楽しくやろうぜ。やっぱりテメエの人生なんだしよ、人間、素直に生きるのが、本能のままに生きるのが一番ってもんさ。そうだろう?」
ジャギがレイの耳元で囁きながら、少女の腰の辺りに手を回す。ほっそりとした腰だ。少しでも力を入れれば折れてしまいそうな。
「さあ、踊ろうぜ。俺と一緒に踊り明かすんだよ。たらふくドラッグをキメながらなあぁ。何も怖がるこたあねえんだ。お前の知らねえ快楽って奴を教えてやるよ。
この俺がな」
レイを無理やり立ち上がらせ、ジャギを脱力した少女の身体を揺らす。
「さあ、踊るんだよ。快楽に身を任せながらなあぁ」
ジャギの言葉に反応するかのように身体を動かすレイ。夢遊病患者のように身体を揺らすその姿はどこか危うくたどたどしい。
「そうだ、それでいいんだ」
フロアの熱気がふたりを包み込んだ。激しい轟音がレイの子宮を揺さぶる。真っ赤な舌先を突き出し、ジャギがレイの瞼の上を舐めあげる。
(ゲンドウよォ、テメエのお人形は今日から俺達と同じケダモノに生まれ変わるんだぜ。残念だったなあ、
俺はよ、俺を捨てたテメエとユイのことがよ……心の底から大嫌いだったぜえぇぇっ、ああっ、なんで死んじまったんだよっ、お袋よォっ、
俺がテメエをぶっ殺せねえじゃねえかよっ、こんなクソみてえな世の中に俺を生みだしやがってよォォっ
テメエだけさっさと死んじまって楽しようなんざ、虫が良すぎるんだよおおおォっ、俺はよォ、テメエらの吐き出した汚物よォっ
その汚物を産んだテメエらは汚物以下じゃねえかよォォッ!……ふん、まあ、いいさ)
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手足を投げ出したまま、椅子に腰掛かるジャギの姿。投げやりな姿勢、いつもの態度。そんなジャギにミサトは気にした様子を見せることなく質問を続ける。
「それであなたは今までどうやって生活してきたの。いくら調べてもあなたの過去のデータが見つからないのよね」
「知るかよ。知りたきゃ勝手に調べろ」
いくらジャギに尋ねたところで、この男は何も答えようとはしない。ミサトは無駄だと知りつつも質問を続けた。
「それにあなた、あの時の使徒との戦いぶりや訓練のデータ、まるで人間じゃないわ。リツコも言ってたけど、人の範疇からはずれてるって」
「俺をそこらの人間と一緒にすんじゃねえ」
「それにその胸の傷、銃弾か何かで撃たれたような……」
「さっきからごちゃごちゃうるせえぞ」
不意にジャギが身を乗り出し、ミサトを正面から見据える。
「そういえばよ、さっきリツコっていったよな。あの姉ちゃん、ゲンドウと出来てるみてえだが、どうなんだ?」
「今してる話とは関係ないわ」
「いいや、関係あるね。俺の事が知りてえなら、もっと俺と仲良くならねえといけねえぜ。だったらよ、そっちの話も聞かせてくれよ」
「でも、プライベートな話だし……」
ミサトが言葉を濁すと、待ってましたとばかりにジャギが付け入る。
「ハア?プライベートだあ?じゃあよ、なんでテメエは俺の過去の話をほじくりだそうとしてんだよ?」
ジャギの言葉にミサトが押し黙り、頭を下げる。
「ごめんなさい、もう、あなたの過去の話は聞かないわ……」
「ふん、そうさ、それでいいんだよ」
再びジャギは椅子にもたれかかった。