翌朝、いつもの通り朝起きてご飯を作る。
昨日は学校の様子を見るためだったから作らなかったけど、今日はお弁当も作ろう。
栄養バランスを考え、体にいい弁当を作るのが僕の楽しみだったりする。
(……こんなんだから、母さんに“主婦”って言われるんだろうな……)
そうまでして弁当をいそいそと作っている自分の姿が、なんだかとても滑稽に思えた。
(……そう言えば……)
ふと、思い出した。
アスカは、学校でパンを食べていた。友達と話してはいたが、とてもつまらなさそうにかじる姿が、とても印象深く残っている。
考えてみれば、彼女の家はどうやらお父さんはいないようだ。何か事情があるのだろうが、そこまで踏み込もうとは思わない。
だけど、キョウコさんは働きに出ていて、アスカは基本一人。弁当なんて作る暇はないだろう。
「……」
いつの間にか、僕の手は動いていた。普段よりも、少しだけ素早く。
(……さて、どうしたものか……)
見慣れない弁当箱を前に、腕を組んで考える。
とりあえず作ってみたのはいいものの、それから先のことを考えていなかった。
この弁当は、彼女の分として作ったものだ。
だがこれを彼女が食べるには、二つの大きな障害がある。
まず一つが、どうやって彼女に渡すか。
彼女は、おそらく今日も僕を避けるだろう。そんな中でタイミングよくばったりと会い、これを渡す機会があるかどうか……。学校で渡すことも出来るが、ひやかしにより阻止される可能性もある。出来れば、登校時に渡したい。
そして二つ目。これが、おそらく一番難しい。そもそも、彼女はこれを食べるのか。
あれだけ嫌われているなら、受け取る可能性の方が低いだろう。いや、おそらく受け取らない。受け取るはずがない。
それをどうやって食べさせるか……。
(……何やってんだろ、僕……)
ふと、無性に虚しくなった。
そうまでして、なにゆえ彼女に弁当を食べさせなければならないのか。僕は彼女の保護者か何かか?断じて違う。
それなら、そこまで僕がしてやる義理はない。ないのだが、せっかく作ったのだから、作った身分としてはぜひ食べてもらいたい。
気を引くわけでもない。同情……が強いのかも。
(……まあ、受け取らないならそれでもいっか)
最終的には、そんな妥協を脳内で決定し、玄関を出た。
「――あ」
「……あ」
玄関を開けた通路には、彼女が立っていた。ばったりと、偶然。
(タイミングがいいというか、ご都合主義というか……)
何だかあっさりと、彼女に会ってしまった。
「……」
「……」
僕らは通学路を歩く。何も言葉を発することなく。
アスカの歩く速度は早い。昨日と同じだった。後ろを振り返らず、ただ黙々と歩を進める。僕から離れようとしているのだろうか。
このまま離されるなら、それもいいかもしれない。でもその前に、一応声をかけてみることにした。
「――ねえ、アスカ」
「……」
意外にも、僕の言葉に、アスカは足を止めた。そのまま前を向いたまま、言葉だけを向ける。
「……何よ」
「ええと……あのさ、昨日昼御飯でパンを食べてたけど、いつもあんな感じ?」
「だとしたら何?別にいいでしょ。私の勝手だし」
そりゃごもっとも。まさに正論。もはや勝率は限りなく低いだろう。それでも、やっぱり一応言ってみた。
「あ、あのさ……良かったら、これ……」
「……ん?」
そして僕は、彼女にピンク色のハンカチに包んだ“それ”を渡す。
彼女はそれを手に取り、凝視していた。そのうち、それがなんなのか分かったようだら、すごく、驚いた表情を見せた。
「こ、これ……」
「お弁当。良かったら食べてよ」
「な、なんで――」
そこまで言ったところで、彼女は言葉を飲み込む。そして、口をグッと噛み締めた。
(あ、これは突き返されるな……)
半ば諦めの予想が脳裏を過る。仕方ない。トウジにでも食べさせて――
「――仕方ないわね。いいわ。食べてあげる」
「だよね。別にいいよ。あんまり期待は…………って、へ?」
「だから、もらってあげるって言ってんのよ」
「え、ええと……」
……これは、予想外だった。
「もういい?」
「え?」
「私、学校行くから」
そう言い残したアスカは、颯爽と歩いていってしまった。
それにしても、よくわからない。
普通出会って二日目の男子から、弁当を受けとるのか?僕が言うのもなんだが。
これは本来安堵する場面だとは思う。作った弁当を受け取ってもらったことだし。でも不思議と、頭の中は戸惑っていた。
物事がうまくいきすぎると、こうなるのかもしれない。
神様のイタズラか、はたまた彼女の気まぐれか。
ちょっとした超常現象を目の当たりにした気分のまま、僕もまた学校に向かった。