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No.43115の一覧
[0] その手に槍を、持つならば[sn](2018/09/04 22:06)
[1] [sn](2018/07/09 02:36)
[2] [sn](2018/07/09 22:15)
[3] 3[sn](2018/07/10 23:30)
[4] 4[sn](2018/07/11 22:02)
[5] [sn](2018/07/12 22:24)
[6] 6[sn](2018/07/14 20:56)
[7] 7[sn](2018/07/17 22:29)
[8] [sn](2018/07/18 22:57)
[9] 9[sn](2018/07/23 01:11)
[10] 10[sn](2018/07/30 21:33)
[11] 11[sn](2018/08/05 10:36)
[12] 12[sn](2018/08/17 21:57)
[13] 13[sn](2018/08/20 18:41)
[14] 14[sn](2018/08/28 22:25)
[15] 15[sn](2018/09/04 22:03)
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[43115] 6
Name: sn◆be94cdbe ID:b6566aa1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/14 20:56


シンジたちは大きく手を振って衛宮レストランを後にした。時刻は午後8時、あたりはすっかり暗くなっている。外には、いつからいたのか、迎えの車が停車していた。4人は車に乗り込み、ホテルへと向かった。

「ふう、おいしかったね」

「ええ、また来たいわ」

満足げにおなかをさするシンジに、レイが相槌を打つ。

「カヲル、よくあんなところの予約がとれたわね」

「それは企業秘密さ。ホテルに戻ったら、お風呂にしよう。最上階に町が一望できる大浴場があるから」

「大浴場……」

「さすが遠野グループね……」

キュッというブレーキ音とともに自動で扉がひらいた。車を出ると、燦々と輝くホテルの足元に出た。入り口ではガードマンが両側に立ち、あたりには様々な高級車が路駐している。やがて入り口からホテルマンが現れ、アスカとレイの荷物を持ち4人をホテルの中へと案内した。
エレベーターの扉に乗り込み、上に向かう。皆疲れていたのか、部屋に着くまで無言であった。

預かっていた荷物をアスカとレイに返し、ホテルマンは一礼をして去っていった。アスカは大きく欠伸をすると、「ちょっと休んでいくから、先行っといて」と部屋へ戻ってしまった。レイも目をこすりながらアスカの後に続いた。廊下には、シンジとカヲルが残された。シンジとカヲルはお互いきょとんとして目を合わせる。

「何だか、眠そうだったね」

「二人とも疲れたんだろうね。アスカちゃんは典型的な朝型だし、レイは低血圧だから、お腹一杯ご飯を食べて眠くなったのかな」

「そうかあ」

視線を外し、相槌を打つ。

「カヲル君」

「?」

視線を外したまま、シンジが呟くように言った。

「今日はとても楽しかったよ。正直言って、最初はどんな旅行になるのか不安だったけど……」

シンジは照れくさそうに頬を掻いた。

「こんなに楽しいとは思ってなかった。カヲル君のおかげだよ。カヲルくん、本当にありがとう」

その言葉に、カヲルは満足そうに笑みを浮かべた。

「ふふ、まだまだ旅行は始まったばかりだよ。これからもっと楽しもうじゃないか」

そうだね、とシンジは頷いた。

「じゃあ、大浴場に行こうか。最上階から眺める景色は格別だよ。なんなら――」

二人が部屋に足を向けた、その時であった。

――アスカとレイの部屋から短い悲鳴が聞こえたのは。




「!!」

「――」

悲鳴がした。確かに悲鳴が聞こえた。それも、聞き覚えのある声で。シンジは振り返り、部屋のドアとカヲルを交互に見た。

「――カ、カヲル君」

「……」

カヲルの顔から笑みが消えている。ただ無言でドアを睨みつけている。その様子がシンジの不安をいっそう煽った。

「……いま、悲鳴が――」

「シッ!」

カヲルが唇に指をあてる。それから足音をたてないようにドアへと向かった。シンジは恐る恐るカヲルの後を追う。

ドアノブに手をかける。カヲルはシンジの顔を一度見た後、そっとノブを回しドアを開いた。

「――」

キイ、と言うかすかな木擦れの音とともに、僅かにドアが開く。その隙間からカヲルがそっと中をのぞいた。

「……!」

「どうしたの? カヲル君」

カヲルの息をのむ音に、シンジが声を上げた。カヲルはシンジを一度見て、大きくドアを開いた。カヲルが指で合図をする。シンジは恐る恐る中を覗いた。

「あっ!」

シンジは思わず声を上げた。ホテルの部屋の中央には、アスカとレイの二人が仰向けに倒れていた。さあっとシンジの胸に冷気が下りる。二人は死んだように、ぴくりとも身動きをしない。

「アスカっ! 綾波!!」

つんのめりそうになりながら駆け寄る。胸の内が恐怖で満たされている。この部屋で、何かが起きたのだ。それが何なのかはわからない。しかし、己の大事な友達が目の前で倒れている。不用心にも、シンジが彼女らのもとに近寄る理由は、それで十分だった。

トイレへ向かう通路を横切った瞬間、シンジの体に衝撃が走った。後頭部に激痛が走り、もんどりうって床に倒れ込む。グルングルンと景色が回転する。霞む視界の中で、アスカの横顔が見えた。手をのばそうとするも、まるでタールの海に沈んでいるように動かない。意識が、はじける。

「……あ、ガ――」

人影が自分を見下ろしている。その隣には、ぼやけてシルエットしか映らないが、確かに、シンジのよく知る人物が――

「(カヲル、君――)」

誰かの声が反響する。何と言っているか判別は付かなかったが、声の主はひとりではない、ということだけわかった。そして、何かを言い争っていることも。

やがて複数の人影はシンジをまたぎ、アスカとレイを担ぎあげ何処へと行ってしまった。

頭が破裂しそうなほどの痛みに耐えながら、シンジは最後の力を振り絞って右腕をポケットに伸ばした。ストラップを引っ張り、携帯電話を取り出す。携帯電話はシンジの手を離れ、胸のところまで滑り込んだ。震える手で画面に指を這わす。目的はただ一つ。

シンジには助けが必要だった。それも、今、すぐ。タイムリミットは、すぐそこに迫っている。

目はもうほとんど機能していない。勘を頼りに手を動かす。誰かに、助けを乞わなければ。

――いったい、誰に?

シンジの脳裏に、ある男の顔が浮かんだ。確か、今日、連絡先を交わした――

確認で、一度、電話をかけた。

履歴の一番上に、その番号が表示されている。

呆けるようなスピードで指を動かす。その気の遠くなる時間の中で、彼は男の名を考えていた。

――あの人は、確か、

そこで、シンジの意識は闇に落ちた。携帯電話の画面は、士郎の電話番号を表示したまま、主人の命令を待ち続けている。だが、命令がない、と判断すると、幕を下ろすように画面を閉じた。




士郎とライダーは夜の街を駆けていた。

ことの発端は10分前、シンジたちの残した食器の片付けと掃除を終え、店を閉めようとしていた時だった。士郎がシャッターに手をかけたとき、ポケットの携帯電話が鳴った。普段は仕事の電話のほか鳴ることがないため、士郎は驚いて作業の手を止めた。画面を見れば、つい今しがた話をしていたシンジからであった。忘れ物でもしたのか、と思いながら電話に出たのだが、すぐに異変に気がついた。なにしろ、電話は繋がっているのに、何も声がしない。こちらがいくら声をかけても、反応がないうえ、電話も切れない。士郎と桜は互いに顔を見合わせた。

何かあったのか? 士郎は不審に思った。同時に、心臓からじわじわと不安の波が全身に伸びていくのを感じた。

かつて行われた聖杯戦争――

冬木という街は、決して平和な街ではない。そのために、士郎たちはこの街に残った。あの惨劇以来、彼らが夜の街に赤い花を咲かせたことは、一度や二度ではない。

士郎は桜に家で待機するよう指示し、ライダーとともにホテルへ向かった。幸い場所はカヲルが漏らしていたので把握している。問題は、時間だ。

電話がきてから15分が経過した。驚異的なスピードで二人は遠野ホテルの前に到着していた。

「士郎」

「見たところ、異常はないな」

早歩きでホテルの中へ向かう。入り口には警備員、ロビーには数名の客がソファーに座っていた。中を一瞥し、フロントへ向かう。

「すみません。ここに碇シンジという少年は宿泊していませんか? 電話がつながらなくて」

士郎はそう言って携帯電話を取り出し、シンジの着信履歴を見せた。フロントの女性はしげしげと画面を見つめ、少々お待ちください、と不思議そうに応対した。

やがて、エレベーターの前で待つライダーのもとに、士郎が駆け足でやってきた。

「部屋がわかった。35階の3504号室だ」

ライダーは小さく頷き、二人はエレベーターへ乗り込んだ。




「これは――」

部屋のドアには鍵がかかっていなかった。物音がしないことを確認して、気配を消して潜入する。部屋の中央にはシンジが倒れ伏していた。

「シンジ君!」

シンジに駆け寄る。首筋に指を当て、脈を確認する。命に別状がないことを確認し、士郎は安堵した。

「後頭部にでっかいたんこぶがあるな。どうやら後ろから一撃で昏倒させられたらしい」

「……その犯人はもうここにはいないようですね」

ライダーが窓を指さす。窓は大きくあけ放たれ、カーテンがゆらゆらと舞っていた。

「他の三人はいないな。……シンジ君、おきろ」

士郎がシンジの肩を叩く。シンジはうめき声とともに意識を取り戻した。

「目が覚めたか。俺がわかるか?」

シンジの目が開く。宙をさ迷っていた瞳は、やがて士郎の顔に焦点を合わせた。

「――う」

「シンジ君。聞こえるか?」

「え……衛宮、さん」

だんだんと、シンジの顔に表情が戻る。

「っつ、う……」

「無理をするな。頭の後ろにでかいたんこぶができている。あまり頭を揺らすなよ」

「いえ、大丈夫です」

シンジは士郎の肩を借りて起きあがり、あたりを見回す。現状を把握した所で、シンジは青ざめた。

「そっそうだ! 綾波、アスカがっ!」

「シンジ君、落ち着け」

「綾波とアスカがさらわれたんです! 悲鳴が聞こえて、部屋に入ったら、急に――!!」

取り乱すシンジの肩を、士郎は強く掴んだ。

「シンジ君」

「は、はい」

士郎は顔をシンジの目線の高さまで持っていき、シンジを強く見据えた。

「俺が知りたいのは状況だ、シンジ君。それさえ分かれば、きっと力になれる。だから、ここに戻ってきてからのことを1つ1つ話してくれ」

士郎はシンジにゆっくり言い聞かせるように語りかけた。シンジの目から焦燥の色が消えていく。シンジは呼吸を整え、ここで起こった出来事を話しだした。

「ホテルに戻って、アスカたちと廊下で別れたんです。そして、僕とカヲル君も部屋に戻ろうとしたら、アスカたちの部屋から悲鳴、だったと思うんですけど、何か聞こえて、部屋の中に入ったら、アスカと綾波が倒れていて……それから、」

一気にしゃべって、シンジは言葉に詰まった。士郎が話の間を置く。

「なるほど。それから?」

「それから、……あまり覚えていません。気がついたら、床に倒れていて、確か、部屋に黒い人影と……」

一つ一つ記憶を整理していく。そこで、シンジは何かに気がついたように、はっと顔を上げた。

「どうした?」

「――カヲル君」

シンジは茫然とつぶやく。シンジは泣きそうな表情で、士郎のほうを向いた。

「カヲル君が、僕を、見下ろしていました」

「――」

士郎は息をのむ。頭の中で、ひとつのシナリオが浮かび上がる。目的はわからないが、犯人はシンジを残しアスカとレイを連れ去った。なぜ、セキュリティの盤石な遠野ホテルでこうもたやすく誘拐が起きたのか。簡単だ。内部に手引きした者がいるからだ。

「衛宮さん……」

認めたくないが、それしか考えられない。シンジも、自分の結論を信じることができないでいる。士郎は床にへたり込んでいるシンジの手を引き立ちあがらせた。

「士郎でいいよ。――とにかく、ここから離れよう。少なくとも、うちのほうが安全だ」

何故二人がさらわれたのか、シンジはなぜ残されたのか、士郎の頭をめぐる疑問は尽きない。終らぬ問いに考えを巡らせても意味はない。それならば、行動することが真実へより近付くための手立てとなろう。




この時、ライダーは周囲に注意を払っていた。士郎とは、聖杯戦争以降から主人の命令でパートナーとして彼のサポートをしている。冬木の町に住み始めてから、幾度かの危険はあった。凛がこの地にいない間は、身に降りかかる火の粉は己で払わねばならない。闇夜を駆け巡り、仇為す敵を討った。そのような日々が十数年も過ぎれば、互いの長所、短所も見えてくる。ライダーは、頭に血の上りやすい士郎の性格をよく知っていた。熱くなれば、視界は狭まる。だからこそ、ライダーがその死角をカバーせねばなるまい。

「(――3人、ドアの裏――)」

だからこそ、彼女はこの場に迫る脅威を完璧に感知していた。おそらく、ホテルに入ってからマークされていたのだろう。濃霧のように感じる。成人した男の匂い、硝煙を沁み込ませた金属の匂い、火薬の匂い。ライダーは殺気を漏らさず戦闘態勢に入った。まがりなりとも彼女はサーヴァントである。気配遮断のスキルを持ったアサシンでなければ、彼女を出し抜くことはできない。

士郎がライダーの異変に気がついた。それをライダーは確認し、とアイコンタクトを送る。士郎は一瞬周りを見渡し、それから人差し指をたてた。1人残せ、ということだ。士郎の意識は、熱しやすいがため冷めやすい。だからこそ、冷静な時の彼の判断力は信用できる。

「シンジ君、こっちだ」

シンジをドアのほうではなく、部屋の隅に連れていった。どこへ行くのか、と疑問に思ったシンジが口を開こうとした瞬間、激しい音とともにドアが開かれた。




――10分前

遠野ホテルのロビーで、ソファーにゆったりと腰かけた男は新聞を広げていた。彼がロビーに来たのは約30分前、シンジが昏倒した時間とほぼ重なる。はたから見れば、ホテルの宿泊客にしか見えない。男は視界の下半分を新聞に費やし、上半分でロビーの様子を窺っていた。

彼の座ったソファーからは、入口とフロント、その先に続くエレベーターまでの間しか見えない。後ろ側の売店、バーの様子を見ることはできない。だから、彼のソファーの後ろ側には別の男が雑誌を広げながら、男のカバーをしていた。

雑誌を広げた男がちらりと目線を上げる。彼の視線の先に、バーのカウンターに腰掛ける男の姿が映った。一瞬だけアイコンタクトを送り、顔を下げる。今現在、この空間に異常はない。

それから2分ほど経過したときのことだ。一組の若い男女がホテルに入ってきた。息を切らせ、手には荷物はない。着の身着のまま飛び出してきた、という印象を受ける。「狩り」が実行されたばかりということもあって、三人の男の警戒を強めた。片割れの男のほうがフロントに何事か話しかけ、女のほうに近づき、エレベーターへと乗った。

新聞を畳み、立ちあがる。今の男女の顔を彼は知っていた。「犬」ら4人が夕方より接触した「一般人」、そういう報告が上がっていた。なぜ彼らがここに来たのかは分からない。だが、どんな人物であれ邪魔者は消さねばならない。それこそが、この男の任務であった。

新聞をまるめてゴミ箱に捨てる。それを合図に、雑誌を読んでいた男とバーにいた男も立ちあがった。ホテルに来る前に打ち合わせていた通りだ。士郎たちの乗ったエレベーターがどの階に泊まるのか確認をし、男たちもエレベーターに乗り込んだ。

チン、という音とともに扉が開く。三人の男たちは、手に持った自動式拳銃の遊底を引き上げた。



ドアの耳を寄せる。中からは、二人分の話声が聞こえる。「犬」が目を覚ましたのか、話し声が聞こえる。男の警戒は殺意に変わった。中にいる二人は消さねばならない。

もともと、目を覚ました「犬」がロビーに降りてきて、ホテルを出たところで拘束するのが本来の彼らの任務であった。だが、そのプランを乱す者が現れた場合は、誰であろうが排除せよ、とも命令を受けていた。他の二人に指で指示を送る。「3つ数え、中へ押し入る。お前は女を、俺は男。お前は後ろでサポートをしろ」と。二人の男は短く頷いた。――これで準備は整った。男は拳銃にサプレッサーを取り付け、そっと引き金に人差し指をかけた。そしてドアにぴったりと張り付き、音をたてないようにノブを握った。




3人の男が部屋へ押し入る。中でお互い邪魔にならぬように、1人は右側に、もう一人はその反対側に素早く身を寄せる。そして残りのひとりは間に立ち、後ろから追うのだ。身を屈め、ターゲットを視認し、銃を向け、発砲する。この間、実に2秒を切る。ターゲットはわけもわからぬまま額を打ち抜かれ、物言わぬ躯となるだろう。血のにじむような訓練を繰り返し、同じような任務を何度もこなしてきた彼らにとって、気負いや緊張など存在しない。己を機械と化し、一連の動作を再生するだけだ。

部屋の中を視認する。そこで男たちは一瞬動きを止めた。ありえないことである。死が目の前に迫る殺し合いの中で、動きを止めることは自殺行為以外の何物でもない。だが、彼らが失態を犯したのは理由があった。

部屋は無人だった。撃ち殺すはずのターゲット、驚いてこちらを振り向くはずのターゲットは、そこにいなかった。男たちの予想は外れたのだ。それが、彼らの足を止めたのだ。

そして、ライダーにとってはその一瞬で十分だった。

突如、前方先行していた二人の男の頭が回転した。螺子が緩むように、支えを失った頭部はバランスを失う。彼らの脳天には、か細い手が添えられている。一瞬にして命を奪われた二人の男が、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。同時に、後ろを先行していた男は、自分の背後に何者かが着地する気配を感じた。とっさに振り向き銃を構えるが、ねらいを定める前に銃を弾き飛ばされた。

彼の思考が追い付く間もなく、破砕音とともに両腕に激痛が走った。見れば、肘がありえない方向に曲がっている。抵抗することもできず、今度は大腿に下段蹴りが叩き込まれた。その蹴りは完璧に彼の大腿骨を粉砕し、男は床に倒れ伏した。

男は激痛に悶えながら、自分を完膚なきまでに無抵抗化した人物を見ようと顔を上げた。そして彼は、ことの異常に気がついた。目の前に立っていたのは、およそ暴力とは縁遠そうな、華奢な女であったからである。目と目が合う。男はその視線に背筋を凍らせた。女の目には何の感情も映っていない。ただ自分を観察しているのだ。まだ、抵抗しないかどうかを。

――冗談ではない。己より、この女のほうがよっぽど機械じみている。

彼は、失敗した。そして、まだ生かされている。その事実が示すことはただ一つ。最早身じろぎすることすら許されない状況で、彼は確信した。

「俺は、ここで死ぬ」




シンジは士郎の配慮で、ライダーの殺戮シーンを見ることから逃れた。気がつくと、部屋の入口に男が三人転がっていた。1人は苦しそうに呻いているが、他の2人はピクリとも動かない。よく見てみれば、首があらぬ方向にねじまがっている。シンジは小さく悲鳴を上げた。

「驚かせたか? すまないが、もうしばらく我慢してくれ」

士郎が床で呻いている男に歩み寄る。ライダーは男の襟をつかんで乱暴に士郎の顔まで引き上げた。

「お前たちは、誰だ? 何が目的だ」

男は士郎の顔を見るも、口を開かない。ただ、荒い呼吸を繰り返すだけだ。

「もう一度聞こう。お前たちは、誰で、目的は、なんだ?」

言葉を一つ一つ区切り、冷たく言い聞かせる。男は一瞬だけ目をそらし、士郎を無言で睨みつけた。

突如、ゴッ、という音がした。シンジは驚き身をすくませる。見れば、男の口元から一筋の血が流れている。士郎が、男の顔を殴った音だった。

男が憎悪に顔を歪ませ、無言の抵抗を続ける。質問をひとつ無視するたび、士郎は男を殴った。小さな部屋に、鈍い音が響き渡る。いつしか男は白目をむき、だらりと開かれた口からは最早半分ほどになった歯が除いた。この時点で、シンジは目と耳をふさいでベッドにくるまっていた。

「埒が明かないな。かなり鍛え抜かれた男のようだ。おそらく、このまま殺したって口をわらないだろう。――ライダー、悪いが、「アレ」をお願いできるか?」

血に染まった拳をタオルで拭いてから、士郎は男を椅子に腰かけさせた。ライダーはわかりました、と答え、眼鏡に手をかけた。



気が遠くなりそうな痛みの中、男はただ時間が過ぎるのを待っていた。もう士郎の言葉も聞こえていない。朦朧とした思考の端で、男は何度も繰り返されていた殴打が止んだことに気がついた。今度は何だ、と腫れあがった瞼を開き、眼球を動かす。そこには、自分の仲間を一瞬で殺したあの女が映っていた。

ライダーが眼鏡に手をかける。途端、男の体内に、これまでにないほどの悪寒が奔った。這ってでも逃げようと手足に命令を送るが、機能を完全破壊された手足は男の命令を受け付けない。必死で首をよじり、ライダーの視界から逃れようとする。だが、その空しい努力も、己が椅子から転げ落ちただけ、という結果以上のものを男にもたらすことはなかった。

まずいまずいマズイマズイマズイ――!

床をのたうちまわりながら、男はパニックになっていた。わけもわからず、自我が崩壊していく感覚に襲われる。それは、男がまったく味わったことのない、新しい恐怖の怪物であった。

ライダーが眼鏡をはずす。一瞬、男と目が合う。すぐに、ライダーは再び眼鏡をかける。

男は呆気にとられた。今、自分が感じた得体のしれない恐怖は何だったのか。目の前の女が、ただ眼鏡を外しただけだ。1秒にも満たぬ間に、女は再び眼鏡をかけた。それが何を意味するのかは分からない。男がほっと安堵に胸をなでおろしたのは、ほんの刹那であった。

真冬に川へ浸かったような冷たさに気付く。その感覚は足先から腰まで及んでいる。両足の骨折の激痛すら感じず、男の下半身はまるで石になったように固まってしまった。

男は不審に思い、下半身に目をやった。

――男の目に飛び込んできたのは、例えではなく、本当に石になってしまった下半身であった。

音が消え、呼吸が止まる。さっきまで痛みとともに命を訴えていた両足は、無機質な岩石と化している。思考まで石になったかのようだ。懸命に呼吸をしようとするが、ひっ、ひっと喉の引きつけを起こすだけで、体はまともに働かない。おぞましい死の瘴気が、男の全身を包み込む。

――女の足が、右足を踏みつける。

やめてくれ、と叫ぼうとした。だが、痙攣する喉からは言葉を紡ぐことができない。男は初めて自分の運命を呪った。

思えば、ゼーレが崩壊してから、安息などなかった。抜ける機会などいくらでもあったのに、自分は組織のコマだと言い聞かせ、機械仕掛けの兵士であると認識し、命令に忠実に従った。そうだ、そうやって任務をこなすことしか知らなかったのだ。死の淵に立たされ、男はようやく気がついた。自分は選択を誤った、と。

――女の足は、微塵の躊躇いもなく、男の足を踏み砕いた。

声ならぬ声を上げる。痛みはない。魂を刈り取られたのだ。これは幻視痛だ。生きているからこそ、死ぬ。それを忘れていた。俺は機械ではない。ちっぽけな人間なのだ。

女の足が左足に当てられたとき、男は初めて士郎の問いに答えた。断片的に、思いつく単語から、絞り出すように知っていることを話した。とにかく、この恐怖から一刻も早く離れたかった。そのためだったら何でもする。

知りえるすべてを明かした後、小さな衝撃とともに彼の意識は永久の闇に落ちた。





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