「…うわー、お金持ちだぁ…。」
ひと休みした後、所持金のチェックをしたんだが、これがまた結構とんでもない金額だった。
総合計 16万5224G。
ドラクエでこれってもう何でも買い放題だぞ。ってそういえば装備的にはあまり買う必要がないんだった。
じゃぁ何に使えばいいんだ。というか、それ以前に価値がわかったら怖ろしくて、こんな大金もってられないぞ?
預け所に行くか? 確か夜でもやっていた筈だし。
そうだな、ルイーダの酒場で食事がてら預けに行こう。
ここアリアハンなら治安も良さそうだし、持ち歩いていても大丈夫な気もするが、万が一ってこともあるだろう。
備えあれば憂いなし。
となれば善は急げ。
と行動したときに、自然と剣を装備していることに気づく。やっぱこの自然さが不自然だなぁ。
まぁ、いいか。些細なことだ。もう何か慣れてきている自分に呆れるやら何やら。
部屋のカギを閉め、必要な荷物を持っているか確認する。
ギルドカードも持ってるし、お金も武器も持っている。OKだ。
さて出発。
「ちょっと、出かけてきます。」
カウンターにカギを預け、一路ルイーダの酒場へ。
明日来るって言ってたのに、その日の内に来ることになろうとは。
日はすっかり沈み、夜の帳が下りた街。
夕方の喧噪は落ち着き、行き交う人もまばらだ。
だが食事処や遊戯店などは、まだまだ人の出入りが激しいようだが。
こうして街を見渡すと、実に様々な店がある。
道具屋や武器防具屋などとっても、色々な店が軒を連ねる。
もう閉まっていて確認できないが、値段や品揃えの差異などもあるのだろう。
買い物のときは気をつけないとな。ぼったくられる可能性もあるかも、だ。
そうこうしてルイーダの酒場にたどり着いた。
なるほど。このルイーダの酒場が本来の姿か。煌びやかな灯りの灯った華やかな外観。
ただ、店のあり方から考えるに、一般市民はあまり近づかないのだろう。
店の近くにいる連中は、あまり堅気には見えない。一癖二癖ありそうな連中だ。
店に入ると、それは更に顕著に見てとれた。
昼間来た時とは雰囲気が明らかに違う。
柄の悪そうな連中やら、やたらおどおどしているような連中やら、実に様々だ。
人間観察はひとまず置いておいて、預け所に行かないとな。
「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」
いかにも人の良さそうな、恰幅のよい男性。まるでトルネコのようだ。
「お金を預けたいのですが。」
「はい。こちらのご利用は初めてでしょうか?」
「ええ、そうなんです。」
「では、こちらに御署名をお願いします。」
そういって差し出されたのは、口座開設に必要な書類だった。
この辺はしっかりしているようだ。これなら安心して預けられそうだ。
必要事項に記入を終え店員に渡すと、店員は書類をチェックし不備がないことを確認した。
「結構です。ではお客様、今回のお預け入れ金額はいくらほどで?」
「15万Gです。」
…あ、一瞬店員が固まった。そりゃ固まるわな。この世界の平均年収がいくらかは知らないが、結構とんでもない金額だろう。15万Gなんてのは。
店で買える最強装備でも3〜4万Gだもんな。
「…すいません、聞き間違いでしょうか? 15万Gで?」
「ええ、そうです。」
店員が聞き返すのも無理はなかろう。俺もゲーム内で一括で入金する時に、こんな金額入れたことないしな。
これです、とカウンターにGの入った袋を載せる。
「…かしこまりました。少々お待ちください…。」
そう言い残し、店員は袋を持って店の奥に消えていった。
まぁ、数えること自体、時間はさして掛からないだろう。
1000G金貨が何枚もあったし。
そして待つこと暫し。
「お待たせいたしました、お客様。確かに15万Gお預かりいたします。
では、こちらに預かり確認のサインをお願いします。」
はいです、…イルハっと。
「確かにお預かりいたしまた。では今後とも何卒ご贔屓によろしくお願いいたします。
なお、武器防具、道具類のお預かりも同時に承っておりますので、そちらも是非ご利用くださいませ。
本日はご利用いただき、誠にありがとうございました。」
さてっと、これで気兼ねなくゆっくりできるってもんだ。
あんな大金もってたんじゃ、おちおち昼寝も出来やしない。
さぁ、腹も減ったし、飯飯っと。
んーと、ここって注文はどうするんだろうな? 食券? 注文?
なんて事を考えていると、店員が席へ案内してくれた。おお、意外に行き届いたサービス。
腰後ろに下げていた武器を外し、机に立てかけておく。
店員さんが預かってくれるといったのだが、丁重にお断りした。
何となく、武器が近くにないと落ち着かない。
…俺はいつからそんな物騒な気性になったのか。まったく。
ちなみに店員さんは皆女性。そしてその格好は皆メイド然としたものだ。
バニーかと思ってたんだが…。ちと残念。なんつって。
店員さんから渡されたメニューに目を通してみる。
うーん、名前を見る限り、現実世界と大差ないように見受けられる。
腹が減ったので、パスタ、パン、スープ、サラダ、ドリンクがセットになった物を頼む。大盛りで。
料理が来るまで、まわりの様子を見ていたのだが、いかにも冒険者然としたのは意外に少ない。
そりゃそうか、こんな時間だもんな。皆飯食いに来てるのにフル装備なんて落ち着かないし、周りも迷惑だ。
軽装で、武器も持ってないのもいる。ってアレは普通の人なのかな?
俺みたいに武器を携帯したままってのは半数も居ないくらいか。
掲示板近くの席に座ったこともあったので、掲示板も眺めてみる。
うーん、依頼やら募集やらってのはホントに沢山あるんだな。正に多種多様。
レベル上げ仲間募集や、護衛の依頼、一緒に○○の街を目指しませんかなど、この中から探し出すのだけで骨が折れそうだな。
と、掲示板をつらつらと眺めていると、ふいに声をかけられた。
「あの、ここの席ご一緒してもいいですか?」
ん?
声をかけられた方を見ると、そこには活発そうな肩程まで長さの黒髪の女のコが。格好から察するに魔法使い、か?
活発そうな感じだから、武闘家と言われても納得してしまいそうだ。
…無粋な話だが、スタイルがいいな、このコ。顔が幼く見えるんだが、実年齢はもう少し上なのかな?
などと、若干邪なことを俺が考えていると、そのコは再度尋ねてきた。
「ダメでした? 誰か待ち合わせがいましたか?」
「…いや、そういったことはないんだが…。」
「じゃぁ、ご一緒しても大丈夫?」
まぁ、一人飯より人数が居た方が食事も進むしな。見るからに純朴そうなコだし。特に裏はなさそうだ。
「ああ、いいよ、座りな。」
「やったぁ!ありがとうございます! …で、あのー、実はもう一人いるんですけど…。」
なんだいそりゃ。まぁ、4人掛けのテーブルだから一人二人増えるくらい構いやしないが。
「ああ、良いよ、俺は。人数が多い方が食事も楽しいしな。」
そう言うと、ありがとうございますっといってもう一人を手招きした。
そうしてやってきたのは、年の頃は黒髪のコと同じくらいの綺麗な緑がかった、髪の毛をお下げ、ではないな。
何と言ったか、確かツインテールだったか。そんな髪型にした不思議な髪の色の女のコ。
身なり的におとなしめな感じ。どことなく僧侶っぽい雰囲気だ。
…しかし、このコもスタイルがいい。この世界のコ達は、みんなこんなにスタイルがいいもんなのか…。
お兄さんには悩ましいぞ。
そして二人に席を勧めると、黒髪のコは俺の隣に、緑髪のコはその隣、俺の正面に座った。
「で、君たちは食事は済んだのかな?」
ルイーダの酒場に来るんだ、主な目的は食事かギルド関係だろう。
で、こんな時間だ。目的は自ずと知れる。
「あ、まだなんです。二人とも。」
ん? こりゃたかられたかな? って、まぁいいか。手持ちもあるし、こんな可愛いコ二人と食事できるんなら安いもんか。
「そうか、じゃぁ、何か好きな物頼みな。お代は俺が持つよ。」
えっ?と顔を見合わせる二人。
「折角、こんなに可愛いコ達と話す機会があるんだ。晩飯の一食や二食、奢るさ。」
二人ともその言葉に頬を朱く染める。初心な反応だなぁ。まったく若い子はみんな小悪魔だ。
「でも…。」と渋る二人だったが、そこは年長者に格好つけさせろ、と無理矢理納得させた。
というこで二人の分も追加注文。
で、店員さんを呼んだんだが、そこに来たのは何とルイーダだった。
「あら、色男。もう二人もひっかけたのかい?」
…アンタは注文取りなんてやってないでカウンターに居なさいな。
「…そんなんじゃないですよ。一時の交流って奴です。」
「それが引っかけたっていうんじゃない。」
ねー、なんて二人に視線を送るルイーダ。ほら見ろ、返答に困ってるじゃないか。
二人がルイーダに注文を伝え終わると、そうそうに追い返した。からかいに来ただけか。まったく。
「…あの、あなたはルイーダさんと親しいんですか?」
黒髪の子がおずおずと聞いてきた。
「え? いや、今日の昼間に知り合ったばかりだけど…。」
「…とてもそんな風には見えなかったんですけど…。」
あー、ゲームでも知ってたし、この世界に来て、初めてちゃんと喋った人だからかな?
もともと俺は人見知りする質でもないし、普通に喋ってたと思ったんだがな。
「あー、人見知りしないしな、俺。」
「そうなんですかって、そうですよね。私たちが声をかけても特に動じた様子もなかったですし。」
まぁ、別な意味で動じたがな。こんな可愛いコ達に声かけられた経験なんてないから。
「そうだ、そいえば、何で俺なんかに声を?」
そうなのだ。別に一人で食事を取ってるやつなんかざらにいる。
何でその中で俺なのかが気になっていたのだ。
「…それは、あなたの横に置いているその剣が、物凄い立派な剣のようだったんで…。」
なんだいそりゃ。剣目当てってかい。
「いえ!そうじゃなくて、そんな立派な剣を持っているなら、持ち主であるあなたは、さぞや経験豊富な冒険者なのかと思って…。」
なるほどね。興味本位からか。だが…。
「うーん、期待に背くようで申し訳ないんだが、俺は今日、ギルドに登録したばっかりの初心者だよ?」
えぇっ!?と二人して驚く。そりゃそうだわな、武器に不釣り合いだよな。
「とてもそんな風には見えないんですけど…。堂々としてるし、身構えも落ちついてるし…。」
う、昔からそれは言われてるんだよな。
年のわりに落ちついてるとか、雰囲気が年寄り臭いとか。
「そうかな? 俺としては普段通りにしているだけんだが…。」
そこでふと気づいたことが。
そいえば、折角卓を共にしているのに、それぞれの名前を聞いてなかったな。
「気がつかずに申し訳ない。名乗ってなかったな。俺の名前はイルハだ。よろしくな。」
二人とも、あっという顔をした。あまりに自然に会話が進んでいたので気づかなかったのだ。
「こちらこそすいません、あたしの名前はニル。職業は魔法使い、見習いです…。」
黒髪のコはやはり魔法使いだったか。そして語尾が小さくなって伏し目がちになる。別に見習いだっていいだろうに。
「私はハイネ。職業は僧侶見習いです。よろしくお願いします。」
そう言って深々とお辞儀をした。礼儀正しいコだ。
「ああ、よろしく。で、俺は申し訳ないが初心者な訳だが、この剣について聞きたいことでもあったn
「この男は初心者じゃないよ。」
おいおい、話を遮らないでくれよ。
料理を持ってきたルイーダが話の腰を折る。
え?っとまた固まる二人。
「…どういうことですか? ルイーダさん?」
話をややこしくしないでくれ…。
「いやね、確かに登録上は初心者かもしれないが、こいつの身なりや立ち振る舞いを見てれば、とても初心者とは思えないだろ?
現にギルドカードがそれを証明しているしね。」
「「 ? 」」
二人の頭の上にハテナが見える。盛大に。
器用に運んできた料理を並べながら、ルイーダはさらに続ける。
「ほら、イルハ。あんたのギルドカードをそのコ達に見せてあげな。」
そう言って俺を促す。
まぁ、別に見せたところで減るもんじゃないしいいんだが、無用の混乱を招くような気が…。
って、この期待の視線じゃ見せないわけにもいかないな。
「…見てもでかい声だすなよ? これ以上騒ぎになりたくないんでな。」
そう言って二人に俺のギルドカードを手渡す。
あ、固まった。
「…な、なんです? これ…。このレベルといい、職業といい…。」
そりゃ不思議に思うよな。俺もよくわかんないもん。
「…うわぁ、凄いですね…この能力値…。これなら…。」
ん? これなら?
「あ!いえいえ、こちらの話で…。」
何事かニルちゃんが誤魔化そうとしたところにルイーダが、
「あぁ、そのコ達、パーティーを組みたがってるのよ。でも、その二人じゃまだ経験も浅いし、レベルも低い。
他のパーティーでもお荷物になってしまうかもって事で、中々メンバーが集まらなかったのよ。」
「っル、ルイーダさんっ!」
二人とも、わたわたしながらルイーダの話を遮ろうとする。
だがルイーダは何処吹く風。話を続ける。
「で、そんなところへ、大層立派な武器を持った一人の男が現れた、と。身なりも身のこなしも経験十分。
こりゃいいってんで、パーティーを組めないか声をかけたってとこなのよ、ね?二人とも?」
二人とも顔を朱くして頷く。
「「…はい。」」
あー、こりゃルイーダが一枚噛んでるな…。
「で、ルイーダさんは何が目的なんです?」
「あれ?ばれてる?」
わからいでか。あからさまにけしかけてるだろうが、この二人を。
「いや、別に深い意味は無いのよ。このままじゃ二人が可哀想ってのと、アンタみたいに変わったのが組んだら面白そうだなぁって。」
おいおい、安易だな。
「そんなんで組まされたら、この二人が可哀想でしょうが。」
なぁ、と二人を見ると、あれ?
「いえ、私たちはあなたとパーディーが組んでみたいんです。これは嘘偽り無い本心です。
確かにきっかけはルイーダさんからの助言でしたが、あなたがここに入ってきたときから、あなたに惹かれていたんです。
その立ち振る舞いや、装備品、私たちの目から見ても熟練の冒険者だと直ぐ分かりました。
それで、ルイーダさんに聞いて助言を頂いたんです。
本当は初心者ではないんですよね?ギルドカードは嘘をつきませんから。何か事情がおありなんでしょう。
それで…、出会ったばかりでこんなことをお願いするのも心苦しいのですが、是非ともパーティーを組んで、私たちを鍛えていただけませんか?」
真摯にこちらの瞳を見つめながら話すハイネちゃん。
…まいったな。確かに初心者ではないといえばそうなんだが、初心者といえば初心者なんだよな。
だが、今事情を説明するわけにもいかないし…。
しかし、こんな瞳で見つめられたら断りづらいしなぁ。
うーん…。
「…そうですね、じゃぁ一回この3人で依頼を受けましょう。それでも続けられるとなったら正式にパーティーを組んでみましょうか。」
まぁ、何とも中途半端だがしょうがない。
二人は見習いだと言うし、俺もギルドカード上の能力は確かに高いんだが、実体験が乏しいので両方のテストを兼ねてってとこかな。
その返事を聞いた二人は表情を明るくさせる。
「「ありがとうございますっ」」
綺麗にハモった返事だ。
「いやいや、俺も迷惑をかけることになるかもしれないからな。こちらからもよろしくお願いするよ。」
そう言って二人と握手をする。
こんな華奢な手で冒険に出ようとするんだからな。
何か事情があるのか、それともこの世界では当たり前のことなのか。
ま、それは今はいいだろう。
この二人に迷惑が掛からないように、俺も気合いを入れないとな。
「さ、話がまとまった所で料理を食べておくれ。せっかくの料理が冷めちまうよ?」
ルイーダに促され、俺たちは席に座り直す。
ルイーダはなにやら満足げな表情で、俺の肩を叩いてからカウンターに戻っていった。
…何か、上手くしてやられてみたいだな。
「あの、イルハさん。」
「ん?」
食事の手を止めることなく、ニルちゃんを見る。
不作法だとは思うのだが、空腹にこの料理では手を止めることは出来そうもない。
それくらいここの料理は旨い。
「イルハさんの職業の「使者」って一体何なんですか?」
そうだよな、そりゃ見たこと無い職業だもんな。
「すまん。それについては俺にも説明できないんだ。俺自身、何のことなのか分からなくてね。
ルイーダさんにも分からないそうだ。こんな職業見たことも聞いたこともないってね。」
「そうなんですか…。でも何か格好良いですね。他に誰もいない職業なんて!」
素直な子だなぁ。俺なんかは何か裏があるんじゃなかろうかと、正直怯えていたりするんだが。
「でも使者って何の使者なんですかね。色々考えられると思うのですが。」
ハイネちゃんの言うとおり。捉え方は幾らでもある言葉なんだよな、「使者」って。
「あぁ、そうなんだ。何処からの、誰からの使者って所が問題なんだよな。
こんな抽象的なものじゃなくて、もっとはっきりした職業が良かったよ、俺は。」
苦笑しつつ、最後の一口のパスタを食べる。うん、旨い。
そして今日はひとまず、これにて解散となった。
勿論会計は俺持ち。でも3人分でも6Gだからな。安いモンだ。
って宿代の2Gって物凄く安いんだな。素泊まりではあるが、風呂もトイレもついててこの値段だもんな。
驚いたことに宿は同じ宿だった。彼女らは俺より上の階のツインだそうだ。
こりゃいいやってことで、宿のロビーで明日の軽い打ち合わせをした。
依頼はやめて、周辺でのレベルアップを兼ねた腕試し。
行程は1泊野宿予定だ。それ以上だと彼女らも負担が大きいだろう。
俺も自分がどの程度やれるのか、様子を見たいってのが本音だしな。
いくらギルドカードが嘘をつかないとはいえ、心配は心配だ。
二人の女のコの命を預かるようなもんだかなら。過信は禁物だ。
そして二人と別れた後、宿の大浴場へ。
これが思いの外、良い風呂だった。
まぁ、シンプルな大浴場だったんだが、疲れていたせいもあるんだろう。
正に極楽だった。あー、極楽極楽。
さて、明日はちと気合いをいれていかないとな。
あー、おかしいな、今日がこんな冒険の初日。
こんなに色々なことに、訳も分からず巻き込まれた筈なのに、結構普通に対応してしまっている自分が居る。
これからどうなるか。どうなっていくのか。
俺の明日はどっちだ?