「君が横島君だね。話は六道女史からいつも聞いているよ。」
「はじめまして唐巣神父。御高名は窺わせていただいてます。」
初めて唐巣神父を冥華さんから紹介された。よくよく考えれば同じ生徒を教える者同士としては会うのが遅かったくらいだろう。
「知ってるかもしれないが私は教会から破門された神父に過ぎないよ。それに君ほどではないさ。16歳でG・S資格試験主席合格。17歳で正式なG・Sと認められ、高校在籍中にS級G・Sとして認められる。それもたった2年でだ。露出がまったく無い世間からの認知度は低いが、業界内では最年少記録をたたき出し続ける六道家の秘蔵っ子、横島忠夫の名前を知らないものはいないよ。」
少し褒めすぎのようだが、それでも嫌味を感じないのは神父の人格のお陰だろう。
「それに、君に教わるようになってから令子君の成長は著しいからね。一度会ってみたかったんだよ。」
ニッコリ微笑む。
神父はやはり基本的に善良で懐が深いのだ。
形でいえば後から来た若造が自分の弟子にちょっかい出してると取られてもおかしくないのに気にした風もなく、純粋に令子ちゃんの成長を喜んでいる。
・・・聖職者という人種が皆、神父のような人格だったら世界の戦争の半分は減るだろうに。
「今日は神父にご相談があってお訪ねしました。」
「?言ってみてくれたまえ。」
「俺は来年のG・S資格試験にエミと冥子ちゃんを参加させようと思います。それで令子ちゃんも参加させたいと思い、令子ちゃんの師である神父にご相談に伺いました。」
「来年といったら彼女達はまだ17歳だ。早すぎるんじゃないかね?それに試験とはいえ2次試験は場合によっては死者も出る危険なものだ。」
「俺は彼女達ならできると信じています。神父も1次試験の心配をしていないから2次試験の心配をなさっているんでしょう?」
「・・・確かにそうだ。例年通りであれば今の令子君でも資格を得ることは難しくないだろう。だが、そういうときの若者こそ危険だとも私は思っている。若者の君に言うことではないのかもしれないが。」
「俺は今の彼女達に必要なのは経験だと思っています。彼女達はとても才能に恵まれているけど、その活かし方を知らない。実戦でしか学べないことを彼女達が霊的成長期にあるうちに学んで欲しいと思っています。」
「君の言う事にも一理ある。しかしだね。」
「お願い、できませんでしょうか。」
俺は深々と神父に頭を下げる。
「・・・結論を急ぐのはお互いにやめようじゃないか。確かに彼女達に今のうちから除霊の空気を肌で感じさせるのも悪くは無かろう。幸い来年のG・S資格試験までは10ヶ月の時間がある。その間に除霊の現場に立ち合わせて、大丈夫だと判断したら私も反対はしない。しかし、六道女学園の方は大丈夫なのかい?あそこは例年3年生の中でも選ばれた3名しか在学中の資格試験受験は認めていなかったと思うが。」
「その件については俺と神父、美智恵さんの推薦状があれば特例として認めると確約をいただきました。」
「日本に5人しかいない現役S級G・Sのうちの3人の推薦か。確かに特例を認める条件としては十分かもしれないね。」
「えぇ。最も、その約束を取り付けるために六道女学園で講師をする約束をさせられてしまいましたが。」
俺の苦笑を見て神父も同様の苦笑いを浮かべる。
なんだかんだいって六道冥華は非常にタフなネゴシエイターなのだ。
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「と、言う訳で3人にはしばらく俺の除霊や神父の除霊に随行してもらうことになった。異議があるものはいるかい?」
「あるわけ無いじゃない。基本練習も飽き飽きしていたことだし。」
・・・・・。
「任せといて。忠にぃに続いて女性の最年少主席合格の記録をうちたててやるワケ。」
・・・・・。
「お兄ちゃんとお出かけ~。楽しみね~。」
・・・・・。
「それでは今から出かけるから除霊道具を渡しておく。」
俺は除霊道具をそれぞれに、一般的なG・Sの装備品一揃いを渡した。
六道家のリビングでは冥華さんと唐巣神父がユリンを通して除霊の様子を密かに覗くことになっている。
水晶玉にユリンが映像を送るのだ。
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仕事の難易度はランクC。廃工場に集まった悪霊を除霊するというもの。
G・Sの依頼としては比較的ポピュラーな部類の仕事だ。
悪霊の霊気に引き寄せられ、他の雑多な悪霊や雑霊が集まってきている。
俺はまず掌に霊気を集めると大きく一つ打ち鳴らした。
パーーーン!!
それだけで周囲を漂う霊体達の半分くらいが消える。
「今のは何?」
「拍手払いだよ。神社に参拝するときにやるあれだよ。本来は神道系の術だが礼賛が無くてもこの程度なら霊力を十分込めれば効果は見込める。まぁ、払えるのは未練の少ない雑霊程度だけどね。」
ユリンに残った悪霊を始末させる間に少し授業をする。
「霊を払うために必ずしも霊具や特殊な霊力が必要なわけじゃあない。犬の咆哮、太鼓の音、反閇、四股踏み、拍手。そんなものでも霊は払えるし、柊の葉に鰯の頭で鬼やらいの、大蒜の花は吸血鬼封じの呪具になる。お年寄りがくしゃみの後に悪態をつくのや、電話で『もしもし』と言うのだって悪霊払いの風習の名残だしね。」
「へー。でもそんなこと覚えてどうするワケ?そんなのよりちゃんとした霊具や霊能力使った方がよっぽど効果的なワケ。」
「いざと言うときのために覚えておいて損はないだろう?」
「大丈夫よ~。皆がいてくれるもの~。」
出しっぱなしの12神将に微笑みかける冥子ちゃん。
・・・・・。
俺はユリンに霊視させているが、見鬼君を出しているものは誰もいなかった。
令子ちゃんは神通棍を持っているが持っているだけ。
エミは何一つ道具を出していない。
冥子ちゃんは逆に必要も無いのに12神将の全部を出して、何もさせずに連れ歩いていた。
・・・・・。
そして、リーダー格の悪霊の潜んでいる部屋でそれは起こった。
「ちょっ、何でこれでCランクの悪霊なのよ。どう考えてもBランク以上の相手じゃない。」
令子ちゃんが予想外に強い悪霊のボスを見て叫ぶ。
「食霊して強化されたんだ。油断するな。」
いくつもの悪霊の力を取り込んだリーダー格は知能も高く存外手ごわい。
俺の放った破魔札を掻い潜り後ろの3人に狙いをつけた。
令子ちゃんとエミは咄嗟に身をかわすがそれができなかった冥子ちゃんに狙いを定める。
「ふ・・・ふえ・・・ふええ~~ん!!」
暴走。
過去の冥子ちゃんより霊力の扱いもスタミナも上がっているが、初めての実戦で強面の悪霊に迫られ、無駄に12神将を出し続けて消耗したスタミナは耐え切ることができなかった。
しかし、こんな壊れかけた工場の最奥で暴走させてしまえば生き埋めになりかねない。
故に俺はいったん悪霊を無視して冥子ちゃんの暴走を止めることを優先させても不自然ではない。
座り込んだ冥子ちゃんの肩をつかむと【鎮】の文殊で暴走を無理やり鎮めた。
すぐに正気に戻った冥子ちゃん。
その顔が次の瞬間赤く染まった。
俺の背中から、俺の腹に貫通して伸びた悪霊の腕から飛び散った血によって。
それを認識した冥子ちゃんは一拍の間の後気を失う。
致命傷ではないが明らかに重傷。
それを無視して腹からはえた腕を掴むと振り向きざまに霊波刀で切り裂いた。
崩れ去る悪霊。
そして散り散りに飛び去る悪霊たち。
駆け寄ってくる令子ちゃんとエミ。
それを認識した後、
俺は意識を手放した。