水晶玉の映像を見て私と六道女史はすぐに部屋を出た。
現場までは自動車で10分ほど。六道女史はそれを5分で走るよう運転手に命令する。
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現場にたどり着いても令子君たちはまだ混乱状態にあった。
冥子君はまだ気を失ったままだし、令子君とエミ君は動揺したまま言い争っていた。
「何をしてるのです!早く手当てをなさい~!応急処置なり救急車に連絡なりヒーリングなりすべき事がいっぱいあるでしょう~!」
六道女史の一喝で彼女達は正気を取り戻す。
私はヒーリングをするためにあまり動かさないように横島君の服を脱がす。
そして絶句した。
傷口がひどい。出血がひどい。
それは覚悟をしていたことだ。
服の上からでは鍛えられているとは判るもののそれほど目立つものでなかった彼の体は一目見て実戦向けとわかるような筋肉が見事なまでに鍛え上げられていた。
それはいい。
問題はその体に浮かぶ大小様々な、明らかに大の方の数が多い凄惨な傷跡が全身を覆っていることだ。
致命傷ではないかと思うような傷跡だけで10を遥かに超えているだろう。
見えてる部分だけで100を優に超える傷跡が埋め尽くすように並ぶ。
・・・いつまでも呆けている場合ではない。
彼のズボンからベルトを抜くと簡単に血止めをして、ヒーリングをはじめる。
令子君も青ざめた顔で気丈にヒーリングをはじめた。
こういった場合のヒーリングに向かないエミ君には私に霊力を送るように命じた。
「冥子!いい加減に起きなさい~!」
六道女史が冥子君を起こす。
横島君を見た冥子君が再びパニックを起こそうとするのを女史が頬を張り、正気づかせヒーリングを始めるように命じた。
冥子君は泣きじゃくりながらショウトラにヒーリングをさせる。・・・
女史はそのままどこかに連絡をやった。
救急車なり何なりを呼んでいるのだろう。
横島君は病院に運ばれ、2日後に意識を取り戻しさらに3日間入院をすることになった。
私はその間、六道家と病院を日参する。
3人は学校を休んでいた。
令子君とエミ君は顔を合わすたびにののしり合い、
冥子君にいたっては一歩も部屋から出ようとしなかったが、女史はそのことについて一切何も言わなかった。
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「ご迷惑をおかけしました。俺のミスです。」
彼は退院して私達の前に顔を出すと第一声、謝罪をした。
「君が無事回復してよかったよ。・・・やはり彼女達に実戦はまだ早かったようだね。」
「唐巣く~ん~。その結論を出すのは少し待ってくれるかしら~。」
のんびりとした声、普段の六道女史の声でやんわりと私をおしとどめた。
「横島く~ん~。フォローは~してくれるのよね~?」
「そのつもりです。・・・その件で六道家の死の試練を許可して欲しいのですが?」
「どこで知ったのかしら~?・・・まぁいいわ~。許可してあげる~。」
横島君は座を辞すと彼女達を呼びに行った。
「六道女史っ!」
「唐巣君の言いたいこともわかるわ~。でも~、私は唐巣君よりも横島君のことを知っているから~。」
「彼もまだ19歳なのですよ。」
「そうね~。でも~、普通の19歳ではないわ~。」
・・・・・。
横島君は3人をどうにか引っ張り出してきたようだが、不和の空気が広がっている。
令子君はイライラしげに足踏みしながらそっぽを向いている。
エミ君は令子君と反対を向きながらやはり刺々しい空気を撒き散らし、
冥子君は恐怖に怯えるように体を小刻みに震わせている。
「この間はすまなかったな。俺のミスで皆を危険な目に合わせてしまった。」
「ちょ、忠にぃは悪くないワケ。冥子がプッツンしなかったら何でもなかったワケ。」
冥子君が体をビクリと震わせる。
「うるさいわよ馬鹿グロ女。役に立たなかったのはあんたも一緒でしょ!」
「何をいうワケ!あんただって、」
口論が始まりそうになるのを横島君が押しとどめ、これから六道家に伝わる試練を受けることを説明した。
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「いにしえより六道の者に伝わりし禁忌の地よ・・・!試練のときは来た!!扉を開き我が一族の娘を試したまえ!!」
女史の呪と共に祠の扉が開く。中に4人を導くと床を崩し4人は深い穴に落ちていった。
「死の試練とはどういうものなのですか?」
「六道家の式神使いが1度は通る試練よ~。中では12神将たちが足場を支え式神をコントロールして入り口まで戻るんだけど~六道家の初代様が心理攻撃を行って、もしそれに屈してしまえば永遠に亜空間の穴を落ち続けることになるわ~。」
「な!そんなものを今の冥子君にやらせたら・・・」
「私は~、冥子と横島君を信じてる~!」
私の言葉を遮って女史が断言した。
その拳は硬く握られ、フルフルと震えていた。
長い、長い10分が過ぎ、さらに数分後、よろけながら冥子君が出てきた。
「お母様~~。」
「冥子~~!!」
女史が冥子君を抱きしめる。続いて令子君、エミ君が出てきて、
横島君は・・・インダラの背中ですっかり寝こけていた。
「・・・よ~こ~し~ま~く~ん!!」
女史が怒ってる。
流石にフォローのしようが・・・
「怒らないであげなさ~い~。」
最後に祠から出てきたのは十二単を来た女性だった。
面差しが女史や冥子君に似ている。
「初代様・・・。」
「あの子~すごい子ね~。」
初代様が冥子君に起こされてその頭を撫でている横島君を見てそういった。
「最初は~、沈没船みたいに揺れてたんだけど~、あの子が冥子に一言声をかけて~、眠ってしまってからは私が何をやっても足場は微動だにしなかったもの~。」
どういうことだ?
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今日は私と横島君も六道家に逗留させてもらうことになった。
あの後横島君は令子君。エミ君。冥子君の部屋で個別に彼女達と話をしていた。令子君の部屋からは令子君の怒鳴り声、エミ君の部屋からは慟哭、冥子君の部屋からはすすり泣く声がそれぞれ聞こえたが横島君が何を話していたかはわからない。
その日の深夜。
「結局~、横島君は中で冥子になんて言ったのかしら~?」
「別に。ただ信じてると言っただけです。あと、上についたら起こしてくれって。」
たったそれだけ?
「それだけなの~?」
「それだけですよ?」
「それだけであんなに変われるものかしら~。」
試練から戻ってきた後の冥子君は明らかに何かが変わっていた。
「変わるもんですよ。人間なんてたった一言で。・・・冥子ちゃんに足りなかったものは多分責任感と自信だと思ってますから。」
「どういうことかしら~?」
「冥子ちゃんは多分、これまで他人から心配ばかりされて信用されたことはないんじゃないですかね?」
それは・・・確かに。
「冥子ちゃんはこれまでも困れば誰かが何とかしてくれてたんじゃないでしょうか?だから自分が何かをしてしまっても、式神達を暴走させてしまっても何とかなると言う意識があったんじゃないかと思います。自分が信用されないのは自分が弱い体と思い込み、余計に誰かに頼る癖がついているのだと思います。でも、自分が何とかするしかないと思えば冥子ちゃんはやってくれます。暴走することの結果と向き合えれば暴走を必死に抑えるでしょう。信用すれば応えようと必死に努力してくれますよ。冥子ちゃんは誰かのためになら頑張ることのできる優しい娘ですから。」
私は・・・冥子君のことを見誤っていたのか?
「ありがとう。ありがとうね。横島君。」
六道女史が横島君の胸の中で子供のように泣きじゃくっていた。
母親として、自分の娘を認められたことが心底嬉しかったのだろう。
そんな六道女史の背中を擦る19歳の少年の瞳は、
誰よりも人の心の本質を見る少年は、
私や六道女史よりもずっと年上の人間のようで、
六道女史が彼のことを信頼するのが良くわかる気がした。
六道女史が落ち着くのを待って、彼はあてがわれた自室に戻っていった。
「ごめんなさいね~。みっともないところを見せてしまって~。あ~あ~。あんな若い子に泣かされちゃったわ~。」
泣くだけ泣いた女史の笑顔はとても晴れやかだった。
「本当に彼はすごいですね。」
「そうね~。唐巣君は気がついてないだろうけど~、本当にすごい子なのよ~。」
まだ何かあるのか?
「あの子達はたった一回の除霊でいろんなことを経験したわね~。協会からの情報に誤りがあるかもしれないこと~、除霊道具が手に入らないときの除霊方法~、助手と言っても危険な目にあうかもしれないこと~、除霊が命がけの仕事であること~、除霊中に油断したり無闇に霊力を消費しては後々痛い目を見ること~、悪霊の強さが変化しうること~、除霊中が何があるかわからないこと~、自分のミスが味方を窮地に追いやること~、緊急時にどれだけ人が混乱するかということ~。そこから学び取れるかはあの娘達しだいだけどね~。」
「な、・・・それじゃあわざと?」
「多分聞いても自分のミスだったの一点張りだと思うけど~。イロイロと不自然よね~。除霊中の様子を見せたければわざわざ水晶玉で中継なんかしなくても帰ってきてからユリンを使ったほうが効率的だし、冥子が暴走するときだって横島君なら先に悪霊のほうを瞬殺することなんて簡単だったはずよ~。わざわざ除霊道具を3セットも用意する必要もないし~、普段は使わない破魔札なんか使っていたしね~。」
しかしそれは・・・なんて子だ。
数日後、今度は私が彼女達を除霊に連れて行ったがその時の彼女達の働きは見違えるようだった。
まだ多少ギクシャクしていたが3人の友人関係も修復されつつある。
そしてその働きはベテランG・Sと比べても見劣りはしなかっただろう。
たった一度ミスが、彼女達の中にあった油断や慢心、過信を取り去ったかのようだった。
けどね、横島君。
君は少し自分のことを粗雑に扱いすぎないかね?
あの体の傷のことにしても、今回のことにしても。
誰かのために頑張りすぎているのは本当は君なのじゃないかい?
だから私は六道女史のように君を信頼したりはしない。
無論信用するけどね。
君の背負っている何かは、きっと他の誰かも背負えるはずだ。
願わくば私もその一人でありたいと思っている。
もし君が誰かの力を欲する時があれば、
私は君に喜んで力を貸そう。
だから横島君。もっと他人を案じるように自分の身も案じてくれ。
主は汝の隣人を愛せよと説いているが、
その前に自らを愛するが如くという一文も入っているのだよ?
・・・主よ。彼の少年の行く末に光あらんことを。