「はい、皆さんいいですか~?今日は皆さんをこれから半年間ご指導してくださる選択授業の講師の先生方をご紹介します~。まずは霊的格闘を教えてくださる白竜寺師範である豪宣寺一馬さんよ~。」
今日から横島さんが六道女学院の講師となることになった。
選択授業と言うのは除霊スタイルが皆それぞれ違うために一括でできない授業を各スタイルのスペシャリストを講師として招き、半年間ずつ前期と後期に分けて3学年合同で学ぶ専門的な授業のことである。
例年であれば霊的格闘、中距離攻撃術(主に道具を用いた攻撃型除霊術)、遠距離攻撃術(遠距離戦を得意とした霊能力)、操作系術(式神や道術の僵屍等を操る術)、戦闘補助術(幻覚系や防御系の術)、回復術(ヒーリング等)の
6教科なのであるが、今年は横島さんが飛び入りの形で参加したために何を教えてくれるかはまだわかんない。
横島さん教えてくれないし。
むやみやたらと偉そうなオッサンどもが偉そうに自己紹介と自分の授業の有用性をアピールしている。
はっきり言ってそんなに大したやつらに見えない。
ランクにしたってBランク程度だし、・・・まぁうちの教師人にしたってB~CランクのG・Sに過ぎないのだけど。
はっきり言って横島さんや唐巣先生の教えを受けてる身としては興味なし!
まぁ、いかに天下の六道女学園と言えども単発の講師ならいざ知らず、一定期間拘束される講師にAランク以上の1流G・Sを呼ぶのは難しいか。
むしろ横島さんのほうが例外中の例外。
いくら流派を持たないから拘束されていないとはいえ私達を3年間、冥子にいたっては4年以上面倒見てくれてんだから。
「最後は~皆も知っての通り最年少のS級G・Sの横島忠夫さんよ~。」
周囲から歓声が上がる。
ミーハー。
「はじめまして。横島忠夫です。俺は皆さんとそう歳も変わらないので何を教えようかと思いましたが、せっかくですので専任の教師の方々では教えにくいことを教えたいと思います。まずは、逃げ方。」
歓声がやんだ。
「それから狡猾な戦法や卑怯な手段についてを主に講義したいと思います。以上。」
ざわめく声。
生徒の中にははっきりと失望や侮蔑の視線を送るものがいる。
居並ぶほかの講師陣の目が言っていた。
『お前はそういう汚い手段でS級G・Sに登りつめたんだなと。』
横島さんの授業を希望したのは霊能科全員中のほんの1割。
7人の中で最も少なく、私たち3人を除けばいわゆる落ちこぼれ。
霊能力が低く、自信がもてないような奴らばかりだった。
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「ちょっとあれ何なワケ!最初はキャーキャー言ってたくせに。ふざけるんじゃないワケ!」
昼休み、3人で庭先で食事をしているときにエミがきれた。
「それよりあの腐れ講師どもよ。あんなの横島さんの足元どころか比較対照にもなんないような奴らの癖して。あんたらがいったい横島さんの何がわかるってのよ。」
私の怒りも収まらない。
冥子も冥子で頬をプクーっと膨らませて怒っていた。
「なんですか皆さん~。年頃の娘がはしたない~。」
「おばさま、じゃなかった。理事長先生。」
「だめよ~、そんな怖い顔をしたら~。」
「でもお母様~。」
「学校では理事長と呼びなさいって言ってるでしょう~。仕方のない子ね~。それに~横島君が歯牙にもかけていないことをみんなが気にしてもしょうがないでしょう~?」
「そうかもしれませんけど。」
「でもまぁ~、横島君もいけないのよ~。」
「理事長先生!」
「エミちゃん怖ぁ~い~。」
怖がってるような素振りには見えない。
「だって~。横島君たら自分の価値が全然わかってないんですもの~。あ~、別に横島君の能力が希少だからとか~、S級G・Sだからとかって理由じゃないわよ~。」
横島さんの能力。特に文殊の力は歴史上で見ても特級に希少な能力だ。
ママから渡されたネックレスには横島さんが作った【守】【防】【帰】の文殊がついている。
エミには【撃】【防】【守】。
冥子には【戻】【防】【盾】。
一見すれば大して価値のない、安物のアクセサリーに外見的にも霊的にも偽装されたそれは考えようによっては世界1価値のあるネックレスに違いない。
私達は常にそれを身に着けるようにしている。
「もっと根本的なことよ~。貴方達は知ってるでしょう~?」
もちろん知っている。
「でも~、今回はそこにつけいる隙がありそうね~。」
「理事長先生?」
「半年だけって言うのは~もったいない話だと思わない~?」
この顔は、何かをたくらんでる顔だ。
横島さんが危ない
・・・んだけど内緒にしときましょう。
帰り際、私達のことを良く思ってらっしゃらない先輩方が私達を見て何かこそこそ言っている。
恐らく私達が横島さんの講義を選択したことについて揶揄しているのだろう。
ハン!あんたらみたいな雑魚がなに言ってるか知りたくもないけどあんたらはあたし達の足元にも及ばないんだからなに言ってたって痛くも痒くもないのよ!
・・・あぁ、おば様が言ってたのはつまりこういうことか。
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横島さんの最初の授業。100人入る教室に3学年あわせて30名ほどしか座っていない。
「まず皆さんに言っておきますが、俺が教える卑怯な手段はあくまで補助的なものとして覚えておいてください。一応名門六道女学園の講師を引き受けている身としては使わないで欲しいと言います。卑怯な手段。いわゆる邪道は実戦で有効に働き、10年正道を突き進んだものが1月邪道を学んだものに敗れることもあります。ですがそういった手段はいずれ限界が訪れ、かえって皆さんの成長を阻害することになるでしょう。」
横島さんはそこでいったん言葉を切る。
「では何故俺が皆さんにそういった手段を教えようとするか?それは、皆さんがそういった卑怯な手段で攻撃された場合の対処法を学ぶためです。知力を失っていない悪霊や悪魔の中にはそういった手段を好んで用いるものがいます。そういった相手と相対した場合、相手のペースに嵌って何もできずに殺されてしまうG・Sの数はあなた方が思っている以上に多くいます。実戦の中で、まして悪霊や悪魔を卑怯者となじったところで何にもなりません。事前にそうはならないための手段が講じれるようになってください。」
横島さんが皆の顔を見回す。
皆の顔が授業始まる前の雰囲気と変わり真剣なものとなっていた。
「それから逃げ方。除霊中は何があるかわかりません。不測の事態に備えようとも、ときにトラブルに巻き込まれて撤退が必要になることもあるでしょう。そういった場合の緊急回避や撤退の方法を学んでおけば死亡する確率は大きく減るはずです。・・・そうですね。時間があったら除霊中に起こりうる突発的なトラブルについても講義しましょう。」
横島さんの瞳の感じが変わった。
それは深く、深く、悲しい色を湛えていた。
「最後に皆さんにお願いがあります。生き延びることを諦めないで下さい。貴方達が将来G・Sになった時、絶体絶命の状況に陥ることもあるでしょう。そんな時でも決して諦めず、最後のときまでせいいっぱい生き延びる努力をしてください。俺は皆さんがそういったG・Sになってくれることを望みます。大切な人を喪った悲しみは、人生を傷つけ、歪め、あるいは閉ざしてしまうほどの影響を及ぼします。皆さんが大切に思っている家族や友人、恋人などにそれだけの影響を及ぼしてしまうことを忘れずにいて、そんな思いをさせないようにしてください。」
深々と頭を下げる横島さんを見て、胸の奥がズキリと痛んだ。
選択授業は週に3回。
横島さん授業は週ごとにまとめて行われ、最初の週は座学から始められる。
具体的な例を出して悪霊のとりうる手段、自分がとるべき手段、逃走経路、利用すべき状況などが講義される。
翌週はそれを実践に移す。
これが曲者だった。
最初の日は他の生徒はおろか、実戦を知っている私達3人すら横島さんの殺気にあてられ、何もできぬうちに【殺されて】いった。
結局、全員が殺気の中を動けるようになったのはその翌週からで、先々週学んだ講義の内容を実戦形式で潜り抜けていく。
状況が説明され、敵役を横島さんやユリンが受け持った。
受ける生徒の実力に合わせて手加減されてはいるがあくまでギリギリ勝てるかどうかというところまでしか手加減されず、講義の内容もそのまま使うのではなく必ず応用しなければ切り抜けられないようになっていた。
生徒はどんな手段、道具を用いてもいいことになっていたが、選択肢が多すぎてそれらを使いこなすことから学ばねばならない。
間違いなく7つの選択授業の中で一番きつい。
絶対に出来ないのではなく出来るかもしれないと言うのが癖もので、気がつけば生徒全員必死になってこの授業に取り組んでいる。
私たち3人も講義の内容を検討しあって臨み、どうにか達成率60%というところ。
まぁ、私達には随行している実戦なんかより数倍きつい状況が割り当てられるのだが。
お陰で自然と戦術や戦略を学ぶようになってしまった。
他の生徒達も30~50%ほどの達成率ながら、夢中になって授業を受ける。
他の授業と違い、成功したときの達成感は癖になるほどだし、
失敗したときは本気で悔しい。
そんな身がこれでもかと言わんばかりに詰まった授業が1学期いっぱい続けられた。