≪冥子≫
お兄ちゃんは~とっても優しいの~。
最初にあったときもおうちにつれて帰ってくれたし~。
式神ちゃんたちを見ても怖がらずに一緒にいてくれたわ~。
令子ちゃんやエミちゃんっていう親友を紹介してくれたし~。
お兄ちゃんが私を強くしてくれたお陰でお陰で他にもいっぱいお友達が出来たわ~。
式神ちゃんたちも私が暴走しなくなってからなんか嬉しそう~。
でも~、お母様はお兄ちゃんは他人にだけ優しいって言ってたわ~。
私や令子ちゃんや~妹のエミちゃんにもとっても優しいのに~。
不思議ね~。
・
・
・
≪令子≫
「来月行われるG・S資格試験の前に、みんなには力押しでは解決の難しいタイプの除霊を経験してもらいたいと思う。」
白井病院という総合病院の一室で、一人の少女が2ヶ月も睡眠状態になっていると言う。
横島さんがその依頼を受けたのだが、それを私達にやらせようと言うのだ。
「相手は魔族、ナイトメア。ナイトメアという種族は夢魔系列の魔族で戦闘能力は皆無だが能力は厄介で国連からも賞金がかけられている。今回のナイトメアの能力は夢を通して精神に寄生し、心を凍らせた後に悪夢を見せ続けると言うものだ。ナイトメアに取り付かれれば死ぬまで目覚めずに悪夢を見続けることになる。今回の場合は俺が受けた依頼だし、被害者を危険な目にあわせるわけにはいかないから必要になったら手を出すけどなるたけ自分達でやってみるといい。」
国連で賞金をかけられてる魔族か。相手にとって不足なしってね。
「それじゃあハイラちゃん~!」
冥子の式神の力で少女の心の中に入り込んだ。
・
・
・
≪横島≫
少女の心は普通の一軒家の形をしていた。
以前入った美神さんの心の中は城砦のようだったが、G・Sでもない普通の少女の心というものはこんなものなのかもしれない。
「夢の中ではハイラちゃん以外の式神は使えないから、フォローをお願いね~。」
「わかったわ。」
「心理攻撃に気をつけてね。ヘタをうてば心を凍らせられるか夢を奪われるワケ!」
ここまでは問題ないな。
少女の心の中もドアが並んだ異空間のようになっていた。
幸い、少女であったことから幾分心が未成熟であったからか道筋の分岐はそう多くなく、3人は魔力の残滓をたどり、苦もなく深層心理に下る階段を見つけることが出来た。
「ブヒヒヒヒッ!なかなか面白い能力を持ってるようじゃない?人間が夢の中へボクを倒しに来るなんてね。それにそっちの男はともかく貴女たち3人は人間にしては強い霊能力を持ってるわ。」
夢の中だとしても俺が霊力を隠していることには気がつかないか。
「こっちはG・S試験の準備で忙しいの。さっさと倒してやるから観念しなさい!」
「威勢がいいわね。でもここは夢の中。ボクの世界よ。ボクの世界であなたたちが勝てると思って!?」
「夢を奪わなきゃ何も出来ないあんたなんかに負けないわよ!」
「ブヒヒヒヒッ!あなたの言う通りね。でも、夢を奪えばボクは何でも出来るのよ。さぁ、もう何も考えなくていいわ。ボクの見せる悪夢の中で永遠を生きなさい!」
心理攻撃が3人を襲う。
・
・
・
≪令子≫
「よく、頑張ったね。」
神通棍を構える私。その先には横島さんがいる。
そう、私はようやく横島さんから一本をとったのだ。
「もう俺が教えられることは何もないかな?」
「そんなことないわ。私がここまで強くなれたのは横島さんのお陰だもの。」
「ありがとう。俺も令子ちゃんみたいないい教え子が持てて楽しかったよ。」
「ちょっと、それって。」
「俺は大学を卒業したら自分でG・Sの事務所を持つつもりだ。そのとき、一緒に来てくれないか?先生と教え子としてではなく、対等のパートナーとして。」
「え、えぇ!本当?」
「本当よ。それじゃあ約束よ!」
最後の瞬間、横島さんの顔が馬面に変わった。
・
・
・
≪冥子≫
「あら~?ここはどこかしら~?」
気がついたら野原に座ってるわ~。お洋服もドレスに代わってるし~。
「冥子ちゃん。」
お兄ちゃんの声の方に振り返ってみると王子様の格好をしたお兄ちゃんがインダラちゃんの背中に乗っていたわ~。
「冥子ちゃん。いこうか?」
「何処に行くの~お兄ちゃん~。」
「とってもいいところだよ。」
お兄ちゃんが私を抱き上げるの~。
嬉しくなってギューって抱きついたらお兄ちゃんは優しく微笑んで~、
「冥子ちゃんは甘えん坊さんね~。」
お兄ちゃんの顔がお馬さんに変わったの~。
・
・
・
≪エミ≫
「ここは?」
「大丈夫か?エミ。」
忠にぃ。ここは私達が最初に出会った場所。
忠にぃに私が抱きすくめられていた。
「お前が殺したわけじゃないんだ。お前がいけないわけじゃない。俺はずっとエミの味方だから。」
私は両の手を忠にぃの胸元に添える。
「霊体貫通波!」
忠にぃ、いや、ナイトメアが吹き飛んだ。
「ブヒヒ!何で?」
「あんまふざけたことすんじゃないワケ!令子や冥子ならだまされたかもしれないくらいオタクは上手く化けてたわ。でもね、私を騙せるほどじゃない。忠にぃはそんな薄っぺらい言葉は吐かない!それにそんな薄っぺらい瞳じゃないワケ!」
あんな瞳は、きっと誰にも出来ない。
令子も、冥子も知らない忠にぃを私は知ってる。
あんな暗い瞳をしながら奇麗事を吐いて、
誰かのために泥をひっかぶる。
そんな忠にぃだから殺し屋は信用したのだ!
「くそっ!」
ナイトメアの集中が解けたのか意識が急速に浮上した。
・
・
・
≪ナイトメア≫
「クッ!」
いい攻撃をもらったせいで集中が解け、残りの2人も開放してしまった。
「あれ~わたし~?」
「オタクらは心理攻撃に嵌ってたのよ!それより早く立て直しなさい!」
「不覚とったわ!ごめん。エミ!」
「そんなことよりとっとと決めるワケ!」
まずいわね。・・・なら霊能力を何も感じないあの男の中に逃げ込むか。
あの3人の中に深く根ざしてたこの男なら相手も手出しできないはず!
「ブヒヒヒヒーン!やったわね。ならこういう手段はどう!?」
相手が動くより先にボクは男の心の中に寄生する。
悪夢の種を探そうと考えるまでもなくそこは悪夢だった。
愛した女を庇って死んだ。
愛した女の命を使って助けられた。
家族が、友が、愛した女が、愛した女の生まれ変わりかもしれない娘が、
自分のせいで巻き込まれて殺された。
そして神から見捨てられ、悪魔から呪われた生を数百年、
不断の殺戮と、苦痛と、死が続く。
そして世界を滅ぼし、また最初に戻った。
心の中では恐怖が、憤怒が、憎悪が、狂気が、慟哭が、虚無が、そして絶望が渦巻いている。
表層意識に触れただけだと言うのにボクの意識が侵食され、塗りつぶされた。
今この瞬間ほど自分がナイトメアであることを恨まなかったことはなかった。
nightmare(=悪夢)であるボクには一瞬でこれだけのことを理解してしまったのだ。
この男の心はほぼ全てこの悪夢で構成されていること。
この苦痛が延々と繰り返され続けていること。
悪夢である自分はこの悪夢の中で壊れることすら許されないこと。
そしてこの悪夢が、悪夢そのものであるボクが耐えられない悪夢が夢ではなく現実だと言うことをだ。
「イヤァァァァ!」
絶叫することしかできなかった。
・
・
・
≪令子≫
絶叫があたりに響いた。
横島さんに寄生したはずのナイトメアが横島さんから抜け出そうとしてもがいている。
横島さんはそれを霊気を纏った手で押しとどめていた。
「お前は悪夢が好きなのだろう?」
ナイトメアは答えない。否、答えられないほど錯乱していた。
それを見つめる横島さんの瞳は見たこともない暗い光をたたえている。
ただ、ただ、横島さんが怖かった。
暗い瞳に魅入られて、指一つ動かせない。
「忠にぃ、もういいでしょう?ね?」
エミに促されてナイトメアを解放する。
軽く目を閉じ、再び開いたときにはいつものような強い意思の光を灯していた。
・・・恐怖は既になく、敗北感と悔しさだけが残った。
・
・
・
≪横島≫
ナイトメアが鈍い光を発しながらのたうちまわってる。
「嫌、嫌よ!あんな悪夢は嫌!悪夢はいやよぉぉ!」
その光が強くなり、体に変化がおき始める。
「何が起きてるワケ?」
「堕天だ。」
「堕天って、こいつは魔族でしょう?」
「魔族と神族は表裏だ。条件さえ整えば魔族も堕天する。・・・神族、魔族は霊的生命体故にそのあり方によって状態が変化する。例えば天使は天に使える者だが、天に使えるというあり方に耐え切れなくなったときに堕天してしまう。いま、こいつは自分が悪夢であると言うことに耐え切れなくなったんだろう。」
「じゃあ、こいつは逆に神族になるってワケ?」
「たぶんな。」
ナイトメアの変化が収まる。半人半馬の姿は変わらないが、武装をして、楽器も所持している。その神格はナイトメアであった頃より非常に高くなっており、俺の知る小竜姫と同格に思えた。
そいつが俺に跪き、臣下の礼をとる。
「某は緊那羅(キンナラ)族のゼクウと申します。」
「緊那羅?天界の楽師か。」
「その通りです。かつて神魔の戦いの折に血に酔いすぎて堕天しナイトメアとして生きてきましたが、再び堕天して元の姿に戻った次第です。」
「ならば天界へ戻ればいいだろう?」
「横島様。某は貴方様の臣下としてお仕えしたいと願っております。横島様が神、魔族を嫌っておいでなのは知っておりますが、そこを曲げてお願いできないでしょうか?」
「何故だ?」
「某は僅かながら横島様の心と過去に触れてしまいました。その上で神族に戻ることも魔族に堕ちることも出来ませぬ。横島様のお力になりたいと思います。」
ゼクウの瞳はまっすぐ俺を見つめる。
「楽師とはいえ天竜八部として仏法の守護の役にあった身、必ずや横島様のお役に立てると、いえお役に立ちます。何卒お願い申し上げる。」
・・・・・。
「好きにしろ。ただし、様づけはやめてくれ。」
「御意。では主様のことは洋風にマスターとお呼びします。以後、緊那羅族が一人、ゼクウはマスターの眷属としてマスターある限り忠誠を誓わせていただきます。」
そういうとゼクウは俺の影の中に入っていった。
これでこの依頼は終了。
協会への報告やゼクウについては面倒な問題だが、冥華さんに相談をするしかないな。
令子ちゃんと冥子ちゃんは恐怖に怯えた瞳でこちらを見ていた。
・・・ソロソロ潮時なのかもしれない。
・
・
・
≪冥子≫
お兄ちゃんは~とっても優しいの~。
最初にあったときもおうちにつれて帰ってくれたし~。
式神ちゃんたちを見ても怖がらずに一緒にいてくれたわ~。
令子ちゃんやエミちゃんっていう親友を紹介してくれたし~。
お兄ちゃんが私を強くしてくれたお陰でお陰で他にもいっぱいお友達が出来たわ~。
式神ちゃんたちも私が暴走しなくなってからなんか嬉しそう~。
でも~、今日のお兄ちゃんはとても怖かったわ~。
私はお兄ちゃんのことを何も知らない~。
悪夢が悪夢でいられなくなるほどの悪夢っていったいどういうことなの~?
私はその夜怖いのか、悔しいのか、悲しいのか、判らなくなって眠ることが出来なかったわ~。
でも~、エミちゃんみたいにお兄ちゃんを信じきれずに怖がってしまった自分がとても情けなかった~。