≪横島≫
G・S資格試験を終え、冥子ちゃんが女性G・S主席合格者の最年少記録を打ち立ててから数ヶ月。彼女達はFランクのG・Sとして学生を続けながら俺と唐巣神父の下で研修を続けていった。
令子ちゃんとエミは第4チャクラまで開くようになった。しかし第5チャクラを開くのは至難の業だろう。チャクラの開放は加速度的に難しくなるからソロソロ他の分野に重点を置いたほうがいいかもしれない。
冥子ちゃんは逆に最近チャクラの開放を教え始めた。
式神を使うと言うことに関して修練は十分に積み、あとは経験させるしかないとこまでいっている。個人戦闘に関する才能は壊滅的なので地力を上げる修業を優先させた方が効率的だろう。
雪之丞は霊的格闘にかけては令子ちゃん以上に才能を見せるものの、過去の魔装術のような決め手がないので今ひとつ実戦には使いづらい。その点に関しては身体が出来次第何か考えなければならないだろう。チャクラの開放も順調に第2チャクラを開放している。
それからたいしたことではないが俺と雪之丞の身長が過去よりずいぶん伸びてる。俺は小さい方じゃなかったが長身だった親父の子供としてはやはり発育不足だったし、雪之丞にいたってははっきりいって小さかったが、まぁ成長期にあの食事事情じゃ仕方なかったのかもしれない。俺が大体182cm、雪之丞も既に170cmに達してまだ伸びているから過去より大分大きくなるのは間違いない。
そんな表面上は平和な日々が過ぎていたある日、俺と令子ちゃん達の分岐点となる事件が起こった。
「どういうことです?」
俺と唐巣神父が冥華さんと美智恵さんに緊急で呼び出された。令子ちゃんたちもこの場に集まっている。
「東京中の霊的ポイントの封印が緩められているのよ~。この地図を見てちょうだい~。」
東京23区の地図を引き伸ばしたものがテーブルの上におかれる。
「私が説明するわね。知っての通り、東京と言う都市は人工的に作られた風水都市よ。太田道灌が江戸城を開き、徳川家康の下、天海僧正が完成させた日本有数の霊的都市ね。先月から東京の霊的ポイントの封印が緩められて霊の行動が活発化してるわ。封印を破られたのではなく緩められていただけなので発見が遅れたのは痛いわね。」
美智恵さんが赤いペンで地図にマーキングしていく。
「封印が緩められたのを確認したのは東京の鬼門を護る寛永寺、浅草寺のラインと裏鬼門を護る増上寺。それから目黒区竜泉寺目黒不動、文京区南谷寺目赤不動、豊島区金乗寺目白不動、世田谷区数学院最勝寺目青不動、台東区永久寺目黄不動の通称五色不動尊よ。現在は六道家縁の術者がお寺の住職と共同して封印のかけなおしをしているけどまだ時間がかかるわ。その間にさらに封印がとかれて東京の霊的防御が緩められると取り返しの付かないことになりかねないわ。そうならないうちに他の霊的ポイントの警護を行って欲しいの。」
「いったい誰がそんなことしたかわかってるの?」
「現在調査中よ。」
美智恵さんはそういって話を切り上げた。
いったん令子ちゃんたちや雪之丞を部屋に帰している間に聞かれたくない話を続ける。
「それで犯人はあいつらですか?」
あいつらとはG・S資格試験のときに密談をしていた連中だ。
「ええ、間違いないわね。残念ながら証拠固めに手間取っている間に先手を打たれたわ。」
「東京の霊的防御の大部分には六道家のいきがかかってるわ~。もしその封印が一時的に解けでもしたら六道家は霊能の大家として大きなダメージを受けることになるわ~。」
「そしてそれを自分達で解決したら自分達の評価は鰻登りと言う訳よ。動いているのは陰陽道の加茂家を中心に、いくつかの霊能家が結託してるわ。」
「権力闘争か。下らないな。」
「耳が痛いわね~。特に今回みたいに関係のない人まで巻き込むようなことになってるときには~。」
「まぁ今回の件に関しては六道女史に責があるわけではないだろう?美智恵君。立件できるだけの証拠はあるのかい?」
「横島君の協力のお陰で状況証拠だけはいっぱいあるんだけどすぐに立件は無理ね。オカルトGメンの日本支部ができていたら今のままでも十分引っ張れるんだけど今の警察機構ではオカルト犯罪の立件は専門の知識がない分立件に慎重なのよ。」
「仕方ないか。とにかく被害が拡大しないように動こう。」
「流石に皇居には手を出さないだろうし、比較的新しい明治神宮と靖国神社は除いたとして、怪しいのはここね。」
湯島天満宮と神田明神を指差す。
「知っての通りここに奉られているのは日本の3大怨霊のうちの菅原道真と、相馬小次郎将門(平将門)よ。」
「このクラスの怨霊を鎮めることができれば霊能家としての格は一気に上がるわね~。それこそ失点を犯した六道家を抜きかねない位くらいに~。」
「だとしたら怪しいのはむしろここではないか?」
俺がその場を指差す。
「大手町。・・・首塚か。」
「湯島天満宮にしろ神田明神にしろ奉られてる神は和魂(穏やかな心)でそうやすやすと祟らないが、首塚にあるのは荒魂(荒ぶる心)だ。簡単に祟る。」
「確かにそうだね。でも関東平野の守護神の荒魂だよ?いくら陰陽の大家だからってそう簡単に鎮められるものではないだろう?」
「あら~。別に鎮める必要はないのよ~。復活する前に封じたっていうスタンスさえ取れれば十分なんだから~。」
「いずれにせよ、その3箇所を中心にユリンを東京中の霊的ポイントに飛ばします。相手が現れたら俺の文珠で全員を【転】【移】させますから現行犯逮捕しましょう。」
「そうね~。それしかないかしら~。」
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≪令子≫
東京千代田区大手町
「加茂栄光。そこまでよ。」
ママの掛け声と共に相手が立ち止まる。
「な、六道。」
「加茂栄光。貴方を危険指定霊体及び妖物の解封の罪で現行犯逮捕します。」
「ちぃっ!」
栄光がこちらに向かって式を放つが、横島さんのサイキック・ソーサーで弾いた。
「無駄な抵抗はやめなさい。日本にオカルトGメンの支部はないとは言え、現行犯なら逮捕する権限があるのよ!」
「くそっ、ここまで来て。」
栄光は首塚の封印を壊そうとする。
首塚から瘴気が立ち上った。
「止めたまえ!将門公の荒魂なんかを解封したらどれほどの被害がでるかわかっているのか。」
「今更他の人間がどうなったところで知ったことか!お前達が死ねば証拠もなくなる。それにもう遅い!すでに将門の魂は復活を始めている。」
「ちっ!」
霊波刀が伸びて栄光を打ち据えたが首塚からの瘴気は収まらず、次第に10mを越す鉄色をした鎧武者の姿をとる。
「ああああぁぁああ!」
将門が吼える。
その声には尋常でない呪詛がこもっていた。
まずい。
そこいらの悪霊とは格が違う。
こんなの野放しにしたら本気で東京が壊滅しかねない。
しかしその瞬間、空気が変わった。
発生源は将門ではなく横島さん。
「霊波刀定型式肆の型、狂気の顎。俺の底に潜む狂気の形だ。ただでは済まんぞ将門!」
ナニ?アレハナニ?ウデカラハエタキョダイナアギトガワタシニメイジル。
狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!
不意に空気が少しだけ軽くなる。
「某がお守り申し上げる。某の前におでにならぬように。」
私たちのネックレスから【防】の文珠が光を放ち、ゼクウさまが防御のための結界を張ってくれたお陰で幾分空気が軽くなった。
それでも横島さんの腕から生えた大顎から発せられる瘴気、いや、アレは狂気なのだろう。それは文珠と神様の結界を越えてなお私を苛んだ。
駄目だ。身体の震えが止まらない。
冥子もエミも。それどころかママや冥華さんや唐巣神父まで青い顔をして震えている。
恐らくほんの一瞬。
文珠が発動し、ゼクウさまが私たちの前に立つまでのほんの一瞬の間、私が触れた狂気の渦はあと数瞬で私を狂わせただろうと確信する。
アレは尋常じゃない。
アレは普通じゃない。
ただ、アレが怖かった。
あれほど優しく、あれほど私たちを援けてくれたはずの横島さんが何か別のものに変わってしまったような。
能面のような無表情。
ただ瞳にだけ爛々と狂気を宿す横島さんと巨大な顎が、
日本三大怨霊の一角を一方的に貪り食らうのに時間はかからなかった。
そして恐怖に耐え切れず、私の意識は闇に落ちた。
横島さんの顔がまともに見れないでいる数日後、
冥子やエミまでそうなってしまって、
いや、エミは一言二言、言葉を交わせていた分私よりましなのだろう。
横島さんは伊達君を連れてイギリスへ留学してしまった。
私は・・・
私は・・・。