≪横島≫
こちらの生活はそれほど不便なものではなかった。
講義を受けねばならない時間は増えたが、仕事はしなくてもいいので空いた時間はほぼ同じくらい。
こちらにいる間に発注を済ませていたマンションの建設もあらかた終わるだろう。
周辺住民への説得は骨が折れたが冥華さんが協力してくれたお陰でどうにか着工を始めることができた。
なんだかんだ言ってあの人には頼りっぱなしだな。
今日は俺がイギリスに来た最大の目的を果たすために廃線になった地下鉄の駅にやってきた。
壁の一つに目をやる。
継ぎ目も何もない普通の壁、霊視をしてもおかしな所は何もない。
「師匠。本当にここでいいのか?」
「間違いない。普通の霊視ゴーグルじゃあ発見できないほど完璧に迷彩されているが、ユリンの霊視は特殊だからな。しかし流石にこの辺の技術はたいしたものだよ。」
俺はその壁をノックする。
すると中から俺にとっては懐かしい姿が現れた。
「どちらさまですか?」
「先日連絡を入れた横島忠夫です。こっちは伊達雪之丞。先日連絡を入れたとおりドクターに話が合って来訪させていただいた。ドクターにお取次ぎ願いたい。」
「イエス。ミスター横島。ミスター伊達。お話は窺っています。こちらへどうぞ。」
そういって彼女、マリアは奥へと入っていった。
「師匠。今のはなんだ?」
「ん?彼女は1000年の時を生き続ける錬金術師、ドクター・カオスの最高傑作。人造人間のマリアだ。」
「へぇ、あれが。」
「さっきから聞いてればあれとか何だとか物をさすような発言はやめてくれ。確かに彼女はドクター・カオスによって生み出されたが、人工とはいえ魂を持って心も持っている。」
「そうなのか?その割にはあんまり感情がこもってなかったような。」
「生まれたのが700年以上昔だからな。ドクターが生み出したときにそういった部分に力を入れなかったせいだろう。」
「わかったぜ。もう道具みてえないい方はしない。」
「ありがとうな。」
長い階段を下りていくとその先にドクター・カオスが俺たちを待ち受けていた。
「ほう、アレほど見事な使い魔をよこすからどんな奴かと思ったがおぬしのような小僧だとはな。」
「ヨーロッパの魔王、ドクター・カオスですね?御高名はかねがね。俺は横島忠夫。こっちは俺の弟子の伊達雪之丞です。」
「わしと契約が結びたいということじゃったな。」
「その通りです。」
「小僧。貴様にわしが欲しいものが用意できるとは思えんのじゃがな。」
「これを。」
俺は左手から新たな文珠を生み出した。【若】という文字をこめる。
「これは・・・文珠か。霊気を究極にまで収束させて特定のキーワードをこめて一気に発露させるある種の奇跡。」
そのまま文珠を発動させてカオスを若返らせる。容貌は俺の知る300歳くらいまでに若返った。
「知っているなら話は早い。これはこの人界では俺にしか作れない。ドクターは1000年の長き時間を生きてきたために痴呆状態にあり、代わりとなる身体を捜していると聞いた。だがその状態なら今のままでも自分でどうにかすることができるだろう?」
「確かにな。十分な予算とそれなりの時間、一週間もあれば文珠に頼らなくても済む程度に応急処置は可能だ。」
「俺が提供するのはその一週間ドクターを若返らせ続けるための文珠と今後の研究資金だ。」
「私への要求はなんだ?」
「俺の目的が果たされるまで俺に協力をして欲しい。具体的には俺が頼む発明を優先して行って欲しいということだ。その間の空いた時間にドクターが何を作ってくれてもかまわないし、それがあまりにも危険なものでなければドクターがどうしようとかまわない。ドクターが片手間で作った破魔札や霊具でも現代では十分な資金源になるはずだ。」
「なるほどな。・・・おい、そっちの目つきの悪い小僧。」
「それは俺のことか?てめえいきなり何言いやがる。」
「お前以外誰がいる。おぬし、少し席をはずせ。私はこっちの小僧と重要な話がある。マリア、その小僧を外へ連れて行け。」
「イエス。ドクター・カオス。ミスター・伊達。こちらへどうぞ。」
「雪之丞。少し席をはずしてくれ。」
「わかったよ。」
雪之丞とマリアが席をはずずとすぐにドクターが本題を切り出してきた。
「さて、小僧。貴様の目的とはなんだ?文珠をこれだけ使って、それだけの好条件を出して、ただ事ではないのだろう?」
「・・・俺は未来から時空を渡ってきたものです。その未来を変えるためにドクターの協力を要請します。」
「いきなり大きく出たな。にわかには信じられん。」
俺は【映】の文珠を作る。
「これから俺の記憶をこの文珠で映像にしてお見せします。よろしいですか?」
「いいだろう。」
文珠を発動させる。それは俺と美神さんの出会いから始まって、ダイジェストで映し出す。自分が出てきた辺りは頭を抱えていたが、アシュタロスの反乱以降は真剣な面持ちで見ている。
そして、俺の結婚式の日、自分を含めた皆が死に、俺が【荒神】として復活した。
数百年間の不断の闘争。
そして2柱の最高指導者と邂逅し、時間を逆行したところで映像を切った。
その長い長い映像も直接脳に映したものだから夢を見るようなもので、
俺の過去は現実時間のほんの30分ほどでカオスの知ることとなった。
・
・
・
≪カオス≫
こいつはとんでもない代物だな。
私の頭脳をもってしてもこの記憶映像が偽者であるとは思えん。
論理的整合性は損なわれていないし、目の前のこの小僧が嘘をついているようにも思えん。
仮にこの小僧が洗脳されていたり、記憶を弄られていたりすればどこかにつぎはぎができるはずだがそれも見受けられなかった。
私のこと、マリアのことはおろか、マリア姫やヌルのことまで正確に知っておったしな。
なるほど。こやつがあやつであったか。
私はこの小僧に700年前に会ったことがある。
恐らくこの映像は本物のはずだ。
だとすれば・・・これがあやつの未来というわけか。
音声もなく、映像だけで感情がわかるわけではない。
だが・・・あれは。
「小僧。一つ聞きたいことがある。お主にとってこの映像を見せることは本意ではないだろう?何故私に見せた?適当なことを言うなり黙秘するなりできたはずではないのか?」
「ドクターの頭脳ならいずれ俺の正体にたどり着くはずだ。そのときに嘘をついていたがために協力を拒否されたりしては元も子もない。苦痛であってもドクターを信用して真実を告げねばドクターの協力は仰げないと判断したまでだ。それと今見せた記憶は俺と神魔の最高指導者、竜神王とオーディン、俺の使い魔のユリンと俺に仕えてくれるキンナラ族のゼクウしか知らない。内密に頼む。」
こやつ。・・・
「フフフフフ。フハハハハハハ!面白い。面白いぞ小僧。いや、横島。1000年の時を生きてきたがこれほど面白いことは初めてだ。それに私に敬意を払うこと、おぬしの意思を私に押し付けなかったこと。気に入ったぞ横島。これは契約などではない。私をおぬしの戦いに最後までつき合わせるならばこのドクター・カオス。ヨーロッパの魔王の名にかけて全身全霊を持っておぬしをサポートしてやる。」
「礼を言う。ドクター。」
「カオスと呼べ。私はお前を戦友と認めたぞ。このドクター・カオスが1000年の人生の中で始めて認めた男だ。誇りに思うがいい。」
私は横島と固い握手を交わした。
思えばこの1000年間。自分は他人に価値を認めてこれなかった。
出会うすべての人間が愚かしく見えて、
例外といえばマリア姫くらいのもの。
それとて彼女は自分が庇護すべき相手にしか過ぎなかった。
あぁそうだ。私は初めて友と呼べる男にめぐり合えたのだな。
「この文殊はどれくらい持つ?」
「感触からいって後3時間といったところかな。」
「十分だな。ここでは実験に差し障る。これから別の隠れ家に移動するから明日そこに来てくれ。まだ準備することもあるしな。」
「わかった。よろしく頼んだぞ。カオス。」
「任せておけ。」
横島と伊達とか言う小僧が帰ってからマリアと共に荷造りをする。
ホームズと別れてから転々とし、ここの隠れ家も長いこと使っていたがもうここに戻ってくることもないだろう。
「マリア。私はとうとうお前を人間にしてやることはできなかった。だが横島なら、お前をまた人間にしてくれるやもしれん。」
「ノー。ドクター・カオス。マリア、わかりません。」
「今はわからなくてもいい。いずれ時が来ればわかるだろう。」
横島の記憶の中、マリアは明らかに感情を持ち、横島を好いていた。
横島本人は気がついていなかったようだがな。
そうでもなければ700年間感情というものをほとんど学べなかったマリアがアレほど短期間のうちに感情を手に入れられるものか。
ホームズでさえあれほどの変化はマリアには与えられなかった。
横島。お前もまた、まさしく天才なのだろうな。
ならばこのドクター・カオス。
娘の思い人のために。
そして何より我が友のために。
お前の悲劇という名の運命ごときこの頭脳でねじ伏せてくれる。
だから楽しみにしていろよ。
横島忠夫。
わが戦友よ。